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星の屑から  作者: えすてい
第1章 自由と代償

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第10節 ガノアと絶望

 

 最初がどちらかだったか、もう分からなかった。

「こっちだ! はやく!」

「うらあああああ!!」

「上手だ! 上手に回れ!」

 怒号と悲鳴が街を覆う。金属同士がぶつかり合う音。壊れる音。火炎瓶が投げ込まれ、ガラスが割れる。中に込められた油に引火して炎が立ち上った。

 逃げ惑う市民をギルドの中に避難させながら、ガノアは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 ついに始まってしまった。もう、どうすることもできない。

 ギルド内にはルールエに住む冒険者が立てこもり、避難民の救護と手当を行っていた。

 ルールエで始まったこの騒乱は徐々に戦場を広げ、憲兵たちでは収拾がつかない程に拡大している。商会グループの雇った傭兵団が圧倒していた戦況を、自警団が裏で取引された武器を使って巻き返したのだ。

 事態は混戦へともつれ込み、戦火は市街地に広がり続けた。

 皆が自分の正義のために他人を傷付ける。

 これが自由の代償なのか………?

「ガノア様、この辺りの避難はあらかた終わりました!」

 ギルド員の一人がガノアに告げる。

「助かった。俺は北側へ向かう。ここの防衛は任せたぞ」

 ガノアが伝えると、冒険者は即座に動き出す。

 俯いたガノアは記憶を辿っていた。

 自分のしていることは本当に望んだ結果なのか。

 現実に食い荒らされる市民たちが、歪んだ理想にただ踊らされているだけではないのか。

 正門と裏口は固く閉じた。

 ガノアは二階の窓から飛び降りる。

 追うようにして窓からミレイが顔を出した。

「お気をつけて!」

 ガノアも手を軽く挙げて応える。

 盾を左手に持ち、大通りを避けて路地を駆けた。

 喧騒はあちらこちらからも聞こえてくる。

 柵を上り、屋根に手をかけて屋上へ上がると、街の被害状況がありありと窺えた。

 打ち合った後なのか、うずくまる自警団の姿。血が滴る路地裏。その先に倒れた数人の傭兵団。遠くでは煙がいくつも立ち上り、やはりどこもかしこも戦場と化している。

 美しい街の見る影もない、惨憺たる地獄絵図。

 逃げ遅れた人たちを早く救助しなくては。

 ガノアにはこの争いを止めるだけの権力があった。ギルドと領主の架け橋になれば、権限は憲兵をも上回る。

 傭兵団の街からの立ち退きと自警団への厳重処罰。たったそれだけの事を行えばいいはずなのに。

 しかしそれは許されない行為だった。

 死に瀕した魚に僅かな水を与えて何になる。絶望を先延ばしにしてまで介護する必要が、あるのだろうか。

 全ては自分たちで撒いた種だろうに。

 割れそうな思いが、ガノアを苦しめた。

 せめてもの償いとして善良な市民の避難を優先し、被害を食い止めることに躍起になった。

「――ッ!」

 屋根伝いに北を目指していたガノアは、家屋からの悲鳴を聞きつけ速度を緩める。

 黒瓦を滑り軒下に降り立った。盾を正面に向けて跳び、窓から家屋へ侵入する。

 窓枠が折れ曲がりガラスが割れて飛び散った。

 破片を粉々に踏み潰すと、ガノアは辺りを見回す。

 家の中では、血しぶきの中心に家主らしき姿。荒らしまわり、散乱した家財の先に、傭兵と思しき悪党。

 ガノアは重量を活かしたタックルをその悪党にぶち当てる。

 突如として現れた岩石のような体当たりをくらい、悪党は家の壁にめり込んだ。

 重い衝撃が家全体に走ると、タンスの上にあった小物が下へ落ちる。

 意識を失い新たな壁となった悪党を無視し、家主のもとへ駆けつけるが、既に事切れていた。

 ガノアは祈りを捧げると同時に違和感を覚える。

 首から出血し飛び散った飛沫は床や壁に飛んでいた。返り血を浴びた死体と下に続く足跡がその軌跡を結ぶ。

 血の跡はそれだけだった。

 市民の混乱に乗じて傭兵が略奪行為を行うなんて、とんだ火事場泥棒だ。

 ガノアは目を細めた。

 金品や金目の物を求めて、こんな路地裏まで侵入してくるだろうか。

 憶測で推し量れないと分かってはいつつも、足りない頭で彼は考えた。

 住宅地を一つ一つ襲って金銭を奪うにはルールエには家が多すぎる。

 この傭兵はどこに富裕層が住んでいるか元から知っていたのではないか。

 思いながらガノアは首を振った。

 ………いや違う。

 玄関以外から傭兵が侵入した痕跡は無い。殺された家主が直接、屋内に招いたのだ。商人が雇った傭兵団の中に火事場泥棒を働く輩がいないとは言いきれない。

 だが、約束された報酬を失うリスクを犯してまで、傭兵が家財を襲うメリットはあるだろうか。そんな傭兵を商人たちは果たして雇うだろうか。

 ガノアは感じ取った違和感の正体をはっきりさせるため、急ぐ足を止めて家に残った。

 聞こえた悲鳴、侵入経路は玄関。首を切られた商人と侵入していた不審な傭兵。

 ガノアは閉じた目を開けると居間に戻る。壁に押し付けられた男を睨んだ。床には装飾の施された高価なナイフが血で光っていた。

 どうやら凶器はこれで間違いないだろう。

 右手で平手打ちをし、傭兵の意識を覚醒させる。

「う……」

 まだ混濁としているが、ガノアは凄んで問う。

「貴様、自警団だな」

 傭兵は冒険者と違って対人戦闘のプロだ。少数で結成された彼らは機動力に富み、目標を達成するためにあらゆる手段を用いる。

 そして活躍を知らしめるためなのか同種の鎧や目印を付けることが多かった。今回の件でそれがよく理解出来た。

 ガノアは鎧に描かれた模様を睨む。

 どこのお雇いかは知らないが、こいつの装備には身に覚えがある。

 だが傭兵であればあるほどこの強盗行為はあべこべだ。自らの活躍を棒に振るような行為など、あってはならない。その矛盾を全て解決する答えが、これだった。

「……くそ………だったら………なんだよ……」

 傭兵を装った自警団の男は力なくうな垂れて呻く。

 彼は商人を殺すために傭兵に扮したのだ。

 ガノアは冷静に問う。

「自警団は市民を守るのが務めではなかったのか」

 男はそれでも顔を上げず答える。

「……うるせぇ……貴族に、何がわかる……」

 色の無かった声色に感情が宿っていく。

「領主どもは……何も守ってはくれねぇんだな……」

 感情の矛先は間違いなく、自分だ。

「傍観するだけで、責任は全て弱者が被る。お高く止まりやがって……いい身分だな……」

 ガノアは表情を変えない。

 口だけを動かして男に言い放つ。

「破滅を選ぶのは勝手だが、他人を巻き込むな」

 聞いているかどうかも分からない相手に、ガノアは正論を続ける。

「貴様は自分の不幸を他人に擦り付けて、幸せだと錯覚しているだけだ」

 割れた壁のヒビから、欠片が崩れ落ちた。

「人の命を天秤にかけられるほど、貴様の人生に価値はない」

 大の大人に説教など御免だ。後のことは憲兵に任せよう。

 立ち去ろうと振り返るガノアに呻きが聞こえた。

「……それは……お前らもだろ……領民を……俺たちを……守ることを諦めて……」

 ガラガラと壁面が砕け、男は壁から抜け出す。

 膝を付いて咳き込みながら続ける。

「……俺たちは……お前らの玩具じゃねぇ……。お前らの主義に……勝手に巻き込むな……」

 男と目が合った。

 本当は怖かったのかもしれない。こんな日が来ることが。

 男は今度こそはっきりとした声で話す。

「お前らにとって俺たちの命は、そんなにちっぽけなのかよ!!」

 助けられなかった者の悲鳴を、俺は怖がっていた。拾いきれない数多の悲鳴を。

 ……いや違う。本当に怖がっていたのは……。

「頼むよ……俺には、暴力でしか立ち向かえなかった……」

 男は倒れ込んだ。

 ガノアは確信に至る。妙な違和感の正体はこれだ。

 自警団の男は、傭兵の姿で商人の家までやってきたが逆に欺かれ刺されたのだ。

 返り血は、商人についていた。

 凶器は装飾されたナイフ。傭兵には相応しくない。初めからこの男は武器なんか持っていなかった。

 この男は、傭兵の姿で商人宅へ入り、単身で交渉しようとしたのだ。

 暴力なんかではなく、言葉の力で。

 ……だがそれは達成されなかった。

 商人から攻撃を受けた後、身を守るために反撃した。

 血を流した彼は倒れたまま告げる。

「あんたなら……まだ違う方法で……、沢山救えるだろ……頼むよ……」

 自警団員は意識を失ってしまう。

 傷は致命傷ではない。手当できるものを探す。辺りを見回した時、ガノアは気が付いた。

 荒らされた家財、傷の手当、探し物。

 やるせない自分の行いに反吐が出る。止血をして、商人のベッドに男を寝かせた。

 ………俺は何をしているんだ。

 避難民を探して外に出たはずが、住民同士の諍いに巻き込まれてしまった。

 挙句の果てには誤謬から市民を殺すところだったのだ。

 今まで静かだった表の喧騒が嘘のように大きくなってきた。灰の匂いも濃く感じられる。いよいよ火災が広がりその勢いを増す。

 もうこれでギルドであっても対処は不可能だ。

 止められるのは、ただ一人。不幸の種を撒いた、この俺だ。

 ガノアは疾く、北へ向かう。

 恐れていたものは覚悟を持つことだった。失うことも恐れずただひたすらに救う。守るものがある限り、どこまでも人々を守る覚悟。

 俺は神じゃない、全ては救えない。だが、手の届く限りは救ってみせる。それが、俺がこの街を救った意味になる。

 父上とは違う、俺の生き方。

 この悲惨から、ルールエを護ってみせる。

 建物の合間から、北にそびえる大きな時計塔が見えた。


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