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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第38節 魔神再び


 受け止めた水圧の威力は凄まじく、魔法抗力のあった竜紋盾を粉々に打ち砕いた。

 壁に打ち付けられたフリートは、左腕が機能していないことに気付く。

 衝撃を防いだ際、骨がいかれたか。

 立ち上がり正面を見据える。

 そこには鬼気迫る顔をした少女。

 彼女は告げる。

「聖女には一人の黄金の騎士が付き従っている。それは本当だったんだね」

 邪悪な魔力を纏うシュエが右手を前にして立っていた。

 彼女は水の魔法を練りながら続ける。

「嘘と虚構で塗り固めた偽りの神を引っ提げて、人の心を、信じる気持ちを踏みにじるなんて……」

 怒り。彼女の矛先に込められた感情。こんな谷の底まで持ち込むほど、その根は深い。

 カグヤたちの増援ではないのかもしれない。彼女の方からは明確な殺意が伺い知れた。

 尤も、そちらの方が相手にとって不足はない。

 だらりと下げた左腕、欠けた小手から覗く傷口。右手で斧槍を持ち半身で構える。

 フリートは再び、黄金色に甲冑を彩っていく。

「あなたも騙されてるんだよね? あたしが、目を覚まさせてあげる」

 告げる彼女の傍ら、水で作られた円環が魔力を解き放つ。

 迫り来る水線に向かってフリートは走り出した。

 躱した魔法が背後で壁を砕く。

 地鳴りと相まって、足元の床が軋み音を鳴らす。

「神なんていないんだよ。あなたたちが縋っているのは、ただの妄想」

 魔法の一撃が頭を掠める。

 兜が砕け散るが、フリートは止まらない。

「その妄想で、どれだけの人が苦しむか……それを嘲笑う人間を、わたしは絶対に許さないッ!!」

 水の勢いが増して、足場が爆散し飛沫が弾ける。

 フリートに両断された魔法が、花火のように拡散した。

 割れた兜から覗くフリートの右目と、シュエのいたいけな瞳がぶつかり合う。

 慟哭するフリート。

「妄想でも信じ続ければ神にもなれる。俺は、アトレア様を護る……!」

 最後の攻撃を掻い潜り、黄金のハルバートが横凪にシュエを切り裂いた。

 真っ赤な鮮血が吹き上がる。

 それを想像していたフリートの瞳に、形を失う水の人形が映った。

 千切れた体の裂け目の奥に、もう一人のシュエが見えた。

 吹き上がったのは透明な水。体を包むように霧状に広がる。

「―――それが、偽の神を生み出す邪悪なんだよ! 掻き消えろ! 祇水嶷(ウンディーネ)……!!」

 怒声を上げるシュエが放つ魔法。

 背中に負った水の輪が、溜め込んだ魔力を吐き出す。

 霧散した水分を経由して高速で飛び回り、黄金の体を一本の線で刺し貫いた。

 折れ曲がった体から黄金の輝きが流れ出る。

 反動で足場や壁が吹き飛ばされ、天井から岩が落ちた。

 舞い散る光の中で、騎士は瞳を閉じる。

 果たせなかった想いが、身体中を巡った。


 


 ■■◇■■

 



「フリート様、聖騎士たちにも影響が出ております」

 鐘の音が響き渡る教会の中で、フリートは直立したまま司教を見た。

 巨躯を持つ彼の傍ら、司教は急くように続ける。

「聖女派は陰険な手口を使って派閥を広げているようです。聖騎士二位のフリート様から声明を出されてはどうですか」

 教会内部は聖女の出現で揺れていた。

 神の瞳に選ばれたと噂される聖女アトレア。

 彼女の奇跡を見たものは数少なく、フリートはその内の一人だった。

 瞳の式典に教皇が参加することはなくなり、代わりに司教やその下位が列席する状態が続いていた。

 聖騎士として、いや祖龍信仰者として、開国の秘宝を祀る行事を無視することはできなかった。

 あの日あの場にいた者で、アトレアは神として顕現したのだ。

 それほどの神々しさと奇跡の演出が、彼女の存在を際立たせていた。

「必要ない。私は祖龍信仰を護る者。政治に関心はない」

 フリートは突き放すように言うと、司教を見下ろして睨みつけた。邪推かもしれないが、彼らの思惑が見透かせるようだった。

 即位してまもなかった教皇は、先代と同じく政治に無頓着だった。

 それ故、今の事態は教会側に不利であり、なんとかこじつけで教皇派を名乗っているに過ぎない。

 瞳の活性化それ自体に陛下はお喜びになられたとか、そんな噂話でさえ耳にする。

 聖騎士はどちらかというと教皇派が多かった。

 というのも、彼らは教会内での受け取る権益が大きい。

 元々貴族でも教会上位の役職ですらない下位層の人間。それが武芸によって秀でることで役職を持つ。

 今までの暮らしぶりとは似ても似つかない、華やかな生活の変化に人は狂うのだろう。

 それを手離したくない、あの頃に戻りたくない。そんな想いが反体制派を拒絶する理由となっていた。

 聖女派が掲げていることは単純だ。権力の分散と徴税の軽減で民衆の生活を楽にすることだ。

 司教や教区長たちの狼藉ぶりには、目に余ることも多いだろう。

 教王国では基本的に上位の階級には抗う術を持てないのが常識だった。

 富を持とうとすれば上の司祭からぶんどられ、更に上の司教へと集金されていく。

 それが祟って下位の信徒たちは貧する者が多く、教区によっては治安維持のために聖騎士が駆り出されることもある。

 一体何を護っているのか分からなくなるが、それがこの国の実態でありすべてなのだ。

 フリートは『祖龍は死んだ』という過去に発禁となった本の名前を思い出す。

 神を冒涜する由々しき書籍だとして、著者は国民の前で火刑になった。

 あの本は本当に祖龍神を冒涜したのだろうか。本当の冒涜は、神の名を騙る守銭奴ではないのか。

 私は聖女の到来以後、司教たちの渋面を見るたび、そんな思いが頭をちらつくようになった。

「フリート、ちょっとこちらに来い」

 そう呼ばれたのは教皇の護衛についていた時だ。

 酒を浴びるように飲む陛下は、グラスを傾ける。

 酒を禁ずる法はこの国にはない。幼子でもなければ子どもでも飲める。

 好き嫌いはあるだろうが、これほど息を吸うように酒を飲む人間も見たことがない。

「陛下、御用でしょうか」

 聖騎士二位の中で平民生まれは私だけだった。

 そして外国から来た者も私だけだった。

 そんな私だからだろうか、陛下はよく興味をお示しになる。

「ジョルムではどんな酒が飲める?」

 大陸の北側から渡ってきた私に、陛下はジョルムの話をよく聞いてきた。

 宗教国家という大きな違いを説明するのに、私の言葉では足らないことが多かった。

 国を渡る者が口達者だけではないということが、存分に陛下の耳へ伝わっただろう。

 しかしこの国の長はそんなことを気にしなかった。

 考え込む私の頭の中を覗くように観察していたのだ。

 後々考えると、陛下は奇特な性質を持っていたと思われる。

 私のような偏屈を面白がるような人間だ。見えている景色が違うといった方が良いか。つまりものの見方が誰とも合わなかった。

「フリート、朕はもうよい。それよりアトレアの護衛につけ」

 驚く私の方を見ず、興味なさげに陛下は告げる。

「祖龍の瞳が本物かどうか、代わりに確かめてほしい。そちが偽物だと思うのなら、帰ってくるがよい」

 居合わせた司教が口を挟む。

「陛下! 何を言い出されるのですか!!」

 手で合図した教皇は司教の言葉を止める。

 そして私にゆっくりと言って聞かせた。

「もし本物であるというのであればそのまま付き従え。なに、聖騎士の一人や二人、どうってことはない」

 口元だけの微笑みが教皇らしさを引き立てる。

 陛下は、いつもこんな風に笑っていた。

 有り余るほどの財貨と、誰かを見上げることもない地位。

 彼には、棄てるものの方が多いのだ。

 とやかく言っていた司教の前から私は姿を消し、アトレア一派が住まう教会に足を運んだ。

 内部まで根を張った彼女らが、果たして私を受け入れるかどうかは分からなかった。

 だがそこで私は魅入られることになる。

 祖龍神の瞳と、彼女に。


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