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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第37節 黄金の騎士

 

 踏み出した足、跳躍するため足場を蹴る。

 体の筋肉を無駄なく使い、最適な角度から肘を曲げる。

 両腕に繋がる腱を伸び縮みさせ、柄から先端までの刃を相手の胴体に叩きつけようとした。

 斧槍の柄が横から差し込まれ、刃の横部分を弾く。

 逸らされた衝撃で剣が空を無駄に切る。

 黄金が吹き荒れ顔面の横に今度はフリートの刃が風を切った。カグヤの首を切断するために力強く振り下ろされた。

 まばゆい光。火花が散る。

 金属が空気を震わせ振動を広範囲に伝えた。

 地面に着地した瞬間すぐに横に飛び、フリートの追撃を躱す。

 しかしその動きを先読みした次の攻撃が、カグヤに重く打ち込まれた。

 斧の先端についた鋭い槍。

 細く尖った部分は見えづらいが立派な凶器だ。

 カグヤの首をわずかに掠る。

 薄く引かれた首筋の線から血の玉が零れ落ちた。

「不思議な力ね……その光……」

 息を上げながらカグヤは告げる。

 無理な姿勢を正したフリートはそれを無視し問いかけた。

「警告はした。何故我らを追い立てる。アトレア様はただ、ここで祈りを捧げているだけだ」

 息を整えるカグヤは額の汗を拭う。

 ここまで人に追い詰められたのは、いつぶりだろうか。

「別にあなたたちを責めにきたわけじゃないわ。アトレアに会いに来た、ただのそれだけよ」

 フリートは彼女から目を逸らさない。

 動きを止めたまま彼女の一手を待つ。

「もう放っておけばよかろう。この地震がどれほど危険か、貴公なら分かるはずだ」

 金色に光る祝福はフリートの力を底上げする。

 単純だが、無駄のない合理的な強化。

 それは光魔法の探求を愛してやまなかった、かつての大司教が編み出したとされる。

 フリートは目の前のエルフを見下ろしながら思案した。

 上から来たのは彼女たちだけではないのだろう。他の聖騎士たちの力の断片が垣間見えた。

 ……ついに終わらせに来たのだ。彼らが先に我らを見捨てたというのに。

「その原因がアトレアにあるのかそうじゃないのか、直接確かめに来たの……。そこをどいてくれないかしら」

 カグヤはじっとフリートを見つめる。

 鉄兜の隙間から声がした。

「……それを確かめたところで何になる」

 カグヤは逡巡する。

 もう一度、フリートは斧槍の柄を両手で強く握り直した。

「アトレア様の責であったならば、貴公はどうする? 叱責し罵倒でもするのか? それとも殺めてでも止めるか?」

「っ!?」

 黙ったカグヤをフリートは見つめ返す。

 もう遅いのだ。戦い失くして、勝利は掴めない。

 この少女がアトレア様に向けてかけた言葉は真摯であった。たとえそれが偽りであったとしても彼らには何の益もない。

 フリートはカグヤから目を逸らさずに告げる。

「何故ここへ戻ってきた。アトレア様を止める術など、ありはしないだろうに」

「……っ!」

 言葉の出ないカグヤに対して、フリートは続ける。

「貴公は、アトレア様を害せないのだろう……?」

 三日月を模した兜が光を反射し、薄紫色の陰影を作り出す。

 カグヤは呟く。

「やっぱり、アトレアなのね……魔力災害を引き起こして大規模な震災を企てているのは」

 彼女がどうしてそこまでするのか。私には到底、分かるはずもなかった。

 だけど分かる必要はないと思った。カグヤはルリの放った言葉を思い返す。

『零れ落ちるかもしれない命を理由に歩みを止めるな! 君たちには、それを成すだけの力があるだろう!』

 じんじんと痛む手のひらの力を弛緩させる。

 カグヤはフリートの後方、神殿を見つめた。

 もし私が普通のエルフとして生を全うしていたならば、こんなところまで自分の足で来ていただろうか。

 魔族の少数種族としてエルフィンの中で暮らしていたら、こんな大それたことをやろうなどと思っただろうか。

 私には生まれながらに、役目というものが決まっていたのかもしれない。私が魔力を失い剣を振るうことは、生まれる前から決まっていたことなんだ。私が私である以上、死ぬまで役割を貫き通し、世界という舞台の上に立っていなければならない。

 そうしなければ、世界は成り立たないのだから。

 ……アトレア、あなたはどう?

 あなたは生まれながらに人を破滅させる役割なのかしら。

 神の代行者として選ばれ、人を導き、そして教え、ここへ堕ちた後も身を削りながら信者を迎え入れた。

 どんな状況でも信仰心を失わないあなただからこそ、たくさんの人があなたについていったんじゃないかしら。

 この深く誰も近寄らない谷の奥底で、あなたという希望に助けられた人たちは大勢いたはず。

 だから私は、私だけは、見捨てたりなんてしない。神が許さなくても、彼女を救い出してみせる。

 強く握った剣で黄金の騎士に切っ先を差し向け、カグヤは澄み切った表情で告げた。

「汚名を着せられたまま死ぬような人じゃない。それは一番、あなたが分かっていることでしょ」

 フリートは短く返す。

「……そうか、退かぬか」

 大振りにハルバートを持ち上げたフリートが、力強く空を振り抜く。

 透明な太刀筋が正面に飛ばされ、押し出された空気が大きな音を鳴らす。

 カグヤに向かって烈風の刃が迫った。

 風ごと断つ斬撃はその鋭さを増していき、二人の間に小さな渦巻を作り出していく。

 吹き飛ばされただけの空気が重い一撃を繰り出す。

 カグヤは飛んでくる刃を一閃の剣で弾き返した。

 だがフリートも攻勢を緩めない。重たい風の斬撃を絶えず繰り出す。

 直線上に放たれるものもあれば、弧を描いて斜めや横からも打ち込まれる。

 風がうねり空気が震えて軌道が読みづらくなった。

 カグヤは素早く切り返してフリートの姿を追う。

 距離を取った戦い方を押し付けてくるが、その間合いはゆっくりと近付いてきている。

 風撃と自身の斧槍のタイミングをずらしてこちらに切りかかってくる算段だろう。

 フリートの持つ長い得物は、それだけでカグヤよりも断然有利に戦うことができる。

 カグヤは一瞬の予備動作も見逃さないよう、フリートの斧槍を目で追った。

 その瞬間、風の刃によって目前の足場が破壊された。

 風に乗ってくる木片と、時間差で迫るフリートの攻撃。

 ―――ッ!!

 木っ端微塵になった木の屑で視界が塞がれ、カグヤの優先順位が一瞬だけ遅れる。

 両手に握られた斧槍の先端を完全に見失った。

 ―――まずい!!

 木片の間から覗く巨大な甲冑と兜。光る鱗粉はぼんやりとその輪郭を消し去った。

 長年の経験と今までの戦闘を振り返り、瞬時に次の攻撃の位置を予備動作から割り出す。

 フリートが狙っているのは常に急所だ。

 少ないチャンスで一撃にすべてを込めるなら、そこしかない。

 だがそれすらも凌駕する智謀を私は知っている。彼との戦闘はそれだけ単純ではない。カグヤはフリートの繰り出す次の一撃を、手元の見えない中、勘で断定する。

 狙いは脚だ。素早い私を確実に沈めるなら小さな首や臓器ではなく、かすり傷だけでも動きを止められる部分のはず。

 剣を構え、受け流す準備を整える。

 攻撃の来る場所さえ分かれば、剣先を逸らすだけでいい。

 肘関節の延長線上、視界の端で捉えきれなかった斧刃。吹き荒れる風で足場の木くずが散っていく。

 姿を現した刃は、私の予想通り足元に向かっている。このまま武器を叩き落し、鎧の隙間に剣を差し込む。

 ゆっくりとした時間の中で、カグヤが攻め手について考えていた時だった。

 彼女の下にあった足場が、破砕した。

 砕いたのは時間差で下を這っていたもう一つの風の斬撃。

 予想を超えたフリートの戦術。すべてを計算に入れて私を凌駕する。

 今までの戦闘、自身の動作、私の目線、戦う場所や利用できるものを全部考慮して。

 それも私と戦いながら、思考していたというのか。

 バランスを崩すカグヤの体。

 足元だと思われたフリートの閃撃は、落ちゆく私の胴体を真っ二つにするためのものだった。

 この体勢からでは彼の攻撃は防げない。

 重たい一撃が私に歯向かう。

 ……良くて片腕で済むだろうか。

 カグヤの瞳が小さく薄紫の色を帯び始める。

 ―――しかし、フリートは斧槍の動きを止めた。

 崩れ行く足場から一歩下がると、背中の盾を前面に構える。

 浄化された沼地に落下しながらカグヤは見た。

 水の魔法によってフリートが吹き飛ばされていく様を。


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