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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第31節 引き寄せられる因果

 

 魔物の腕が弾け飛んで、水飛沫が散った。手のひらを向けると、螺旋状に水が連なる。

 片膝をついた魔物が、露わになった筋繊維を片腕で抱えた。赤黒い血が流れ、傷口から勢いよく飛び出る。

汽水刃(ヴェイパー)……!」

 魔力の波形は水の粒を勢いよく弾く。三日月の形を描く細かな刃が魔物に向かった。

 水とは思えない、打撃のような音が鳴り響き、どさどさっと崩れ落ちる肉片が見えた。

 筋肉質な体で大きな岩を持ち上げた剛力の魔物。それが今や見るも無惨な姿になっている。

「二人とも、無事?!」

 シュエは背中の水の輪を保ったまま、目線を合わせず声をかけた。

 岩場の影に隠れていたカイとメイユイは、持っていた木の棒や石の礫を投げ出す。

「し、信じらんねぇ……」

「シュエ……あんた……」

 二人が出来損ないのうわ言を上げている間に、魔法の輪を解除してシュエは近寄った。

 口を開けたままの二人を見つけて、いつもの調子を取り戻してはにかんだ。

「えへへ……びっくりさせちゃったね」

 拍子抜けしたシュエの言葉にカイはずっこける。

 乾いた笑いもでない引き攣った顔のまま、カイは言う。

「びっくりってか、今のどうやったんだよ……」

 腕を広げて眉間に皺を寄せるカイ。彼はシュエを真似て手探りに魔力を感じようと息巻く。

 しかしどこか滑稽に映った彼の背中を、メイユイが軽く小突いて背筋を伸ばして告げる。

「シュエ、一朝一夕で使える魔法じゃないわよコレ」

 彼女はシュエの両手をとってまじまじと見つめる。

 畑仕事に慣れたその手は、硬く黒ずんでいた。

「んー……必死だったから、よくわかんないや」

「分かんないって……ソレそんな簡単に出せんのか?」

 カイの最もらしい問いかけに、シュエは曖昧に笑うだけだった。

 笑顔の彼女に、これ以上の追求は意味を成さない。そもそもシュエが問に対する答えをもっているかも不明だ。

 あの魔法は魔神が使っていたものに似ている。どうしてシュエが扱えるのか、その理由も分からない。しかしそんなことを理解したところで、自分たちの何かが変わるわけでもない。

 魔物に遭遇した自分たちはあまりにも無力で、この地域がこれほどまでに魔物で溢れているとは思わなかった。

 目前に聳える巨大な嶺を持つ山々。そこから連なる山脈からおおよその位置を割り出す。立ち寄った村で見た周辺の地図を脳内で重ね合わせ、星を頼りに方角を定めた。

 向かう先は教王国の谷底にあると言われる、流罪地区と呼ばれた禁域の不浄なる土地。あらゆる悪意が棄てられ忘れ去られた場所。

 そこに住む、祀られた忌むべき聖女。

 シュエたちの脳裏には魔神の姿が浮かんでいた。先祖代々に呪いをかけた恐るべき力。

 信仰とは神との契約なのだと、救いを求めると同時に、業を背負う行為でもある。

 踏みしめる大地の深さを、鳥の声が届かないほどの大空の広さを、あの村の中では知ることができなかった。

 ある意味で、信仰はそれらを奪っていたのだ。

 険しい崖が多くなってきた足場に注意を払いつつ、一歩また一歩と下っていく。

「気をつけろ。道がないってことはだな、人が通れる確証はないってことだ」

 カイが先頭に立ち、後ろを振り返りながら告げる。

 次に続くメイユイがそれに応える。

「なに当たり前のこといってんのよ。前だけ見て警戒してなさい」

 森だった時の木々は姿を変え、枯れ枝が目立つ細い樹木が増えてきた。

 枝葉からはくすんだ色の葉っぱが完全に散っていた。

 閑散とした景色の奥に、立ち塞がる絶壁が見える。

 当初の目的であるジョルム地方とは方角を違えたが、大国の祖龍教国であれば冒険家業も泊がつくはずだ。

「なに、あの草……」

 メイユイの嫌そうな言葉尻に目を向けると、そこには派手な色の植物が根差していた。

 ふわふわと胞子を漂わせた怪しい花弁。触れると危険だと言わんばかりの風体をしている。

 よく見るとそこかしこにそれらは自生しており、木枯らしに吹かれ頭を大げさに揺らしていた。

 緊張した面持ちのカイはメイユイの手を握り、彼女は何も言わずその手を握り返す。

 不穏な獣の鳴き声が木霊し、夜でもないのに暗がりが辺りに満ち始める。

 日の光が崖と重なり、一帯が日陰になった。

 足元は湿り気を帯び柔らかい土が感触を返す。

 この先の場所に本当に人なんて住んでいるのだろうか。住んでいるとして、どうやって生活しているのか。

 広がる汚臭の沼地に顔をしかめた三人は、歩みを遅らせつつもその奥へと進んでいった。




 ■■◇■■




 教王国のギルド内でため息を吐く。僕らはようやく腰を落ち着かせることができた。

「外は御言葉を探す人々で溢れかえっているな。顔を隠しながら歩くのは逆に目立つだろう」

 ルリが長い睫毛を伏せながら告げる。彼女の髪色は水色から黒に変化していた。

「情報を集めるのにも苦労しそうね。……やっぱり権力者に直接会った方が早いんじゃない?」

 漆黒の髪色に染まったカグヤも、目の前に盛られた食事にありつきながら言う。

 香辛料が強めのその料理は、匂いからしてとても辛そうに思う。

「お姉ちゃん、この国の政治腐敗は知ってるでしょう? だから今までギルドの依頼以外は断ってきたんじゃない」

 木製のコップに口をつけた後、カノンは姉に告げる。

 彼女たちの長い耳は頭を覆う布で隠されていた。

 特徴は恐らくエルフが二人と青目の少女、白髪の小さな子どもの四人組、そんなところだろう。

 酒場が中に入ったギルドの支部は珍しくない。教王国内の大きな支店でもそれは同じだった。

 ルールエよりも建物は広く、依頼の多さも凄まじい。訪れる冒険者の数だって比較できないほどだ。

 賑わう人々の間で静かにテーブルにつき、僕らは今後の方針を固めることにした。

 しかし御言葉だと分かればそれどころではなくなるため、魔法による変装を施しなんとかここまでたどり着いた。

「それにしても、便利な魔法もあるのねぇ……」

 出された料理とかけられた魔法に舌鼓をうつカグヤ。長い黒髪をまじまじと見つめる。

 ルリが指先を立てくるくると回すと、自身の瞳の色が七色に変化していく。

 色を変える魔法はルリの苦労の証とも言える。彼女は長い間、隠れながら生活を続けてきていたのだ。

 思えばルリとの旅も逃げることから始まった。隠れてやり過ごすのは、僕らの宿命なのだろうか。

 大手を振って御言葉を公言できる時があるとすれば、それはいつになるのか、僕には想像できなかった。

 なんとしても僕らを引き入れたいと教会連中は思ったのだろう、僧兵が僕らを探し出そうとする動きが活発になっている。

 彼らは御言葉を立身出世の道具としてしかみていない、見つけ出しもてなせばいいと思っているのだ。

 がめつい強欲さを隠そうともしない彼らは、普段からそれがまかり通っていることの表れだった。

 酒場の給仕係が大きな皿を空いた机の上に置く。香ばしく焼き色のついた鳥の肉と蒸し焼きの野菜。さらに積み上がっていく料理の数々。

 僕は目を丸くしてその食いっぷりに釘付けになる。

 カグヤはその体格に見合わず大食らいだった。つくづくエルフというイメージにそぐわない人だ。

 カノンだってもう満足、というふうにお腹を撫でている。

 その目前には空の大皿が二つ。……あれ、こっちもなのか。

 咀嚼していた口の中を空にし、カグヤは僕らに告げる。

「驚いた? 私たちってヒト族よりも沢山食べるのよ。二人も食べ盛りなんだから、もっと頼みなさい!」

 指についたソースを舐めとり、言い終わるや否や、カグヤは次の皿に手を伸ばした。

 ルリは刻んだサラダをフォークで刺したまま、表情も変えずに告げる。

「……見てるだけでお腹が一杯になりそうだ」

 僕は同意を示すように頷く。

 カグヤはそんな僕らの様子に肩を落とした。

「そんなんじゃ大きくなれないわよ、って私が言うのもなんだけどさ。………それよりも」

 僕と視線を合わせたまま声のトーンを下げる。

 隣のカノンが笑顔を崩さず告げた。

「私たちを監視している者がいますね。このまま気付かないふりをしましょう」

 僕はこの賑やかな酒場の中から、視線を感じとった二人に驚きつつ、再び頷く。

 目ざとい、司教たちだろうか。冒険者たちに紛れて後をつけてきたのか。

 しかし、変装がばれてしまったとは思えなかった。この衆人環視の中、誰にも疑われてさえいないはずなのに。

 行き交う人々の中から、エルフ二人を見つけ出すのだって困難な状況なのだ。

 魔法使い溢れるこの場所で、魔法を使った人探しにも限界があるだろう。

「……ふむ、不思議ですな。その小さき体の、どこに食べ物が入っているのですかな」

 僕はギョッとして右を向く。

 いつの間にか隣には司教の服を着た老人が座っていた。

 これだけ接近されて、気付かなかったのは初めてのことだった。

 身動きしようとしたところで、もう既にこの老人の間合いだ。

 僕は緊張で固くなった体のまま尋ねた。

「お、お爺さん、何か用ですか……?」

 僕の言葉を食い気味に、直後にカグヤが告げる。

「あなた、何者?」

 気取られなかった気配は他の三人も同じようだった。

 ただただ口髭を蓄えたこの男を全員で見つめる。

「視線に注意をとられ過ぎましたな。せっかくの良き瞳が台無しでございます」

 大層いい身分なのか、上等な服装をした老人は、見た目に似合わずハキハキと物を言う。

 聖職者であることは一目で分かったが、その分厚いレンズからは恐ろしい眼光が放たれていた。

「申し遅れました。私は大司教ズールィと申します。どうですかな、教王国の名産品の品々は……」

 教王国流の挨拶をゆったりと行うズールィに、カグヤは声を上げた。

「前置きはいいから、要件は何なのかしら」

 手厳しいな、自分から何者かと聞いたくせに。

 ズールィは臆することなくレンズの位置を整えた。

「御言葉様に取り入ろうとしているわけではありません。大方、それが面倒で変装なさっているのでしょう?」

 小さな声で彼は言うと、ふぉふぉふぉと笑った。

 頬杖をついたカグヤが続きを急かすように睨む。

 大量の酒樽を運ぶ酒場の従業員、料理を注文する冒険者。なみなみと注がれたジョッキを掲げる姿、大きな笑い声。

 冒険者とはかくあるべきと思われるような景色。旅路の休息と祝いが、そこかしこに溢れかえる。

 ルリや僕にはそれが非日常であり、未だ慣れない冒険の末端でしかなかった。かつてクィーラと肩を並べたあの旅は、単なる序章だったのだ。

 ここではたとえ大司教であってもその権威は霞んでしまう。ズールィは前屈みになると声を潜ませこう告げた。

「私から直接依頼したいのです。……流罪地区に住む、人ならざる者たちの処刑を」

 酒場の喧騒が、僕の耳から遠ざかっていった。


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