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星の屑から  作者: えすてい
第3章 流れ星に祈りを

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第28節 奇跡の光

 

「みんな! 大変だ! 御言葉様がきたぞ!」

 扉を勢いよく開け放ち出ていった少年は、大きな叫び声を上げた。

「待ちな! イーファン!」

 教区長の声も聞かずに去った彼は、もうその姿が見えないところまで行ってしまった。

 肺いっぱいの溜め息を吐き出した彼女は、掠れるような声で告げる。

「すまないねぇ、わんぱく坊主で」

 僕はドンユに自身が御言葉であることを告げた。そして少年はそれを鵜呑みにしてしまったのだ。

 今までそのことをひた隠しにしてきたのは、目立つことが嫌いなのもそうだったが、本当は違う。

 ドンユは頬杖を突きながら訪ねてくる。

「……それで、その話は本当なのかい?」

 年を取った人間の瞳というのは、どうしてこんなにも生気を感じさせないのだろうか。まるで自分じゃない何かを見ているような。無自覚な恐ろしさが漂う。

 僕は咳ばらいをしつつ返事をする。

「本当です。そうじゃなければこんなところまで、僕のような年の子どもが来たりするはずありません」

 しかし、信じられるはずもないだろう。御言葉が存在したのはもう何十年も前のことだ。魔王復活の兆しありと言われていても、どこか日常に逃げたがるのが世の常である。

 しかも年端のいかない子どもと魔族の二人組。誰がそんな話に信頼を寄せるものか。

「確認のしようがないわよね。私たちだって、実力が分からなければ信用できなかった」

 カグヤも同調するかのように言う。

 尖った耳に今更ながらドンユが気付いた。

「あんたら、"エルフの耳"かえ?」

 驚きつつも表情を崩さない彼女は、平然とカグヤたちの素性を納得してしまった。

「この子らが御言葉だって、あんたらはどうしてそう思ったんだい」

 アルディア地方ではあまり活動していないと言っていたが、なるほどこちらではある程度名は通っているらしい。

 小さな背筋をうんと伸ばし、胸を張ったカグヤは堂々と告げた。

「そんなの決まってるじゃない、私の勘よ!」

 再び心配そうな顔になるカノン。姉だけでも大変なのに、ルリも増えるとなると気の毒だ。

 カグヤは説得力を持つ鋭い感性を持っているが、それを他人と共有しようとする気はないらしい。

 単に説明が面倒だと思っているのかもしれないが、そこを省かれるとただの酩酊の戯言と一緒だ。

 だがそんな言葉にもドンユは笑って返してしまう。

「エルフの勘かね! そりゃあまた大見栄を切ったねぇ! アトレアとフリートがここに通すわけさね」

 どうやら彼女が信頼を置いているのは谷の底の二人らしい。聖騎士章はアトレアなりの計らいだったのかもしれない。

 僕はふと窓からの視線を感じた。

 イーファンの呼び声に誘われたのだろう。教会周辺にいくつもの息遣いが聞こえてくる。貧窟教区に住まう民が、物見遊山に群がってきていた。

 噂の真偽を確かめるために、己の眼を大きく広げる。彼らは希求しているのだろうか、御言葉の再来を。

 ドンユは舌なめずりするように息を吸うと、先ほどの剣幕を取り戻しながら言い放った。

「ここを出て魔王領に進むなら御言葉を示しな! じゃないとすぐに不法入国者の烙印を押し付けちまうよ!」

 暗く、濁った瞳の奥で僕の姿がぼんやりと映し出される。老齢の気迫が全身を包み込んで締め上げられてるみたいだ。

 どうせ、ドンユを力づくで押さえ付けたところで、この国にはいられなくなるのだろう。他のみんなだって、それを望んでいるはずがなかった。

 ローブの下の拳に力を込める。

 選択肢は二つに一つしかないのだ。横暴を振りかざさなかっただけでもマシだと思おう。

 黙ったまま僕が教会の外に出るのを、他の三人は見守る。御言葉だという証明が難しいと言ったのは本心だ。

 だけどどうしても示さなければいけない時には、僕はこの()()()な魔法を見せびらかさなければならない。

 呪文を唱えると、身体中の魔力が寄せ集まった。一粒一粒が色を変え眩く浮かぶ。光り輝く魔法の残滓が散りばめられ、宝石箱の中みたいに無数の煌めきが教区を飲み込んだ。

 サンクチュールと違ってここには救いがない。だったら、僕が代わりにそれになるしかないじゃないか。

 御言葉がこの国を明るく照らせるのなら証明してみせよう。

 僕は燦然と瞬く星空のように影を払い、飢えと病気に苦しむ彼らを照らし尽くした。

 光の奇跡は、それだけで人々の心を魅了する。




 ■■◇■■




 また一人、沈んでいく。もがく姿が見られなくなるだけいいのかもしれない。

 信者たちの皮膚は朱に染まり硬くひび割れる。病気の一つだと疑っていたのはもう随分昔のことだ。

 遺体の身体を清めると、体の一部が黒ずんでいた。最初は火傷の痕かと思って気にしていなかった。

 しかし似たような模様に私が既視感を覚えた時、それが一種の刻印なのだと気が付いた。

 一度視えてしまえば全ての線が繋がっていく。

 徹底的に私の心を追い込んでいくつもりなのだろう。

「こんな……ひどいことを……」

 アトレアの無機質な瞳が憂いを帯びる。

 これが祖龍教国の死罪よりも重い流刑なのだ。

 木材を運んでくれた、木組みを作り社を建ててくれた。深い谷底でも生きる術を教えてくれた神徒たち。

 罪を背負った私をそれでも信じ続け、最後の最後までこれは聖戦なのだと戦い続けてくれた。

 彼らが落ちぶれ、罪を被り、全てを失ったのは、あの日瞳と触れ合ってしまった私が原因だ。

 貴族の慰みものとして一生を終えていれば、彼らは一人も苦しみを享受する必要なんてなかった。

 そんな私が死にゆく者達の最期を看取らず何が聖女だ。自分勝手なみすぼらしい魂など、ここに埋めてしまえばいい。

 忌々しい刻印はここに落ちた者全員に与えられている。これは、罪人を殺すための烙印だろうか。

 私の身体にはこの刻印は見当たらなかった。恐らく、裁きの際に彼らは刻印されたのだろう。

 薄笑いする教皇の思惑が見え隠れしているようだった。あの男が欲しいものは、もうこの世にありはしないというのに。いつまでたってもそれを理解しないまま、愚かな王だ。

 人は所詮人でしかないというのに、その有り様は瞳に触れた私だからこそ理解できた。

 あの男はその理解を拒んだのだ。いや、不可能という前提さえ頭にはなかったのだろう。

 はっとアトレアは顔を上げた。

 そばに立つ大柄な騎士がその様子を見て尋ねる。

「どうかしたのか?」

「……いえ、そんなはずは、ありません……」

 狼狽したアトレアは自問自答を繰り返す。

 フリートの質問さえ聞こえていないようだった。

 呻き声がどこからか聞こえてくる。痛みに苦しむ咎人たちがそれに倣って声を出す。

 見かねたフリートはサンクチュールに住まう人々から目を逸らす。痛ましい赤黒い皮膚と身体に刻まれた烙印。

 魔法の力は万能だ。人を治すこともできれば、殺してしまうことだってできる。人の心に訴えかけることもできれば、残酷さで心を壊すこともできる。

 祖龍神は何故このような力をお与えになったのだろうか。血液と同じように流れる、目に見えない魔力の存在。

 魔法と同じ目に見えない信仰の形。信じることさえ、人の心を壊すとでもいうのか。

 アトレアの後ろで銀の三日月を模した兜が光った。

 フリートは物言わない彼女の背中を見つめる。

 純真な彼女がこれ以上弱っていく様を見ていられない。二の足を踏む起死回生の期限は、日毎に迫りつつあった。

 狂信に心を奪われた薄汚い者たちの栄華に、その足元に流れる清らかなる本流を蔑ろにした罪を。

 降る星の如く誕生を果たした彼女こそが、祖龍神の寵愛を受けし御神体なのだ。

 フリートは身長よりも長い斧槍を担ぎ上げると、神殿の中へと入っていく。

 太い柱が数本打ち立てられ殺風景な広間。

 ここから発せられる浄化の魔法は穢れを落とす。

 長い獲物と硬質の盾を床に置き膝をつく。兜を外し素顔を曝すと、瞼を閉じて祈りを捧げる。

 遥かな頂きに住まう竜の祖先に対してではなく、祖竜信仰を支える御旗なき救世の女神へ。

 ……待ち侘びている、古い竜の骸。

 それが目を覚ます時、恩寵なき亡者は死に絶える。

 祖龍の瞳を使えばいい。彼女はそれで罪を贖うことができるのだ。善良なる神の下僕たちが犠牲になることなど、彼女を足蹴にした報いでしかないのだから。

 結界の力が増し、沼地の底が鮮明になる。

 汚れたはずの水の底で、亡骸の山が積み重なった。

 烙印の紋様が濃く塗りつぶされ、より深く、より強く、体の一部に溶け込んでいく。


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