序章 はじまり
瞬く星が綺麗だった。
何もないこの場所は、一層輝きを放つこの銀河から
独り取り残されているようだった。
■■◇■■
爆ぜた火の粉が闇を舞う。吹きすさぶ風が焚き火を揺らす。生まれ育った教会から別れを告げて半月が過ぎた。孤児の多い郊外の教会では、町で働くための教育を最低限受けさせられる。生きていく上で必要な知識は得られたが、一人で旅をする方法は教えてくれなかった。上達した野営の準備に我ながら感心するも、旅の目的とほど遠い現状に焦燥感を煽られていた。
「復活する魔王を討つよ」
育ての親であるジジ牧師にそう告げた時、彼の深い皺は少し強ばった。町の人間からは徳の高い人物だと評されていた。こんな辺鄙な場所に孤児院を開くほどだからだろうか。齢六十を迎え、段々と老いが目立ち始めてきている。
皺だらけのあの手に撫でられるのが好きだった。
「……本当に、行くのかね」
古びた魔導書を丁寧に書棚に納めた彼は、僕に向き直って尋ねる。
「うん、そのための力だから」
僕の右の手のひらにぽっと明かりが灯った。眩しくはないが、確かな光。ここで学んだ魔法。
静かな瞳。その中に否応なく引き寄せられる感情が宿った。
ジジ牧師は大きく息を吸い込み、
「そうか。それが、使命か」
そう呟くと、僕に頭を下げた。
「………本当は誰かを付けるべきだが、そなたの実力では誰も足並みを揃えられぬだろうな」
ほの暗く照らし出された牧師の顔が、僕を憂慮の瞳の中に映す。
初めて魔法を操ったのはいつだっただろうか。物心つく前から僕は文字を読むことができた。教会にある古い魔導書から学んだのだろう。高度な専門的知識から、生活の知恵まで、あらゆる本を読み耽った。町に訪れたある冒険者は、そんな幼児の魔法を一目見て驚きのあまり腰を抜かしてしまう。
『ば、化け物がいる!』
この僕を捕まえて化け物呼ばわりなんて、酷い言い草だ。あの叫びと表情を、今でも記憶している。
『とんでもないものをジジ牧師は拾ってきた……』
『早くあの恐ろしい力を追い出してしまえ!』
幼児の僕にはまだ理解できなかった非難の声。放った魔法は目標を貫き粉々にしてしまう。恐ろしい形相をした町の人たちに囲まれてしまい、僕はどうすることもできず隣を見た。
老いた牧師は僕が半壊させた小屋に目もくれず、優しく諭す。
『その力は自分のすべき使命のために与えられたものだ。嫌ってはいけない、だが、驕ってもいけない……』
言い終えると、杖を振るい瓦礫を撤去していく。
罵声をものともしない彼の後ろ姿を僕は見つめた。その姿が、今でも眩しい。
数刻後、直ぐに旅の支度は整えられた。ジジ牧師はこの日が来ることを予期していたのだろう。簡単な食事を済ませて、夜のうちに出立する。みんなの寝息を妨げないよう、ひっそりと戸を閉めた。小さな燭台を掴んだジジ牧師と裏の出口から外へ。
夜が更け、あたりには静寂があった。
見た目よりも重い鞄を背負いなおす。魔導書は抜いたはずだが、後ろに強く引っ張られる。両手で肩にかかった背負い紐を掴むと、後ろで軽く息を吐かれた。
「気負うな、若人よ」
「気負うよ、世界の平和だよ」
どこかで、遠吠えが聞こえた気がする。風が強く吹き、牧師の持つ蝋燭がかき消された。
一瞬の暗闇。
だけど、すぐに淡い光に包まれていく。
幾度となく夜を照らした僕の魔法。眩しくはない、安らぎや心地良さを与える神秘的な光。風は止んだ。
「儂はそなたを拾ったこと、後悔しておらんよ」
ジジの言葉に僕は答える。
「分かってるよ、そんなこと」
凪いだ空気に干し草の匂いが香る。辺境にある小さな町の小さな教会。そこで僕は、異端だった。
「不遇な扱いを受けさせてしまった。申し訳なかった」
「その代わり最高の師と出会わせてくれた。ありがとう」
深い皺は微笑み、軽い調子で僕に告げる。
「いつでも戻ってきなさい。最高の師が最高の歓迎をしよう」
別れを告げて僕は歩き出した。恐れとか、不安とか、高揚はない。教わった力で世界を救い、恩返しをしよう。この力はそのためにあるんだ。
光はより、強くなる。風が柔らかにそよいだ。
僕は振り返ることもせず地面を踏み出した。
……いってきます。
ジジ牧師は遠のく光を見つめながら、
「神よ、あの子をどうかお導き下さい」
輝かしい空に、そう祈った。