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万能薬のせいで聖女の私は不要になりました。……ごめんなさい、その万能薬を作ったのも私です。

作者: CK

「君との婚約破棄する!」


侯爵様からの言葉を受けて、私の目の前が真っ白になった。

私は今、なんて言われた?


今日は侯爵様と私の結婚式だ。

なぜこんな晴れ舞台で、急に地の底に叩きつけられているのか。


固まって動けず、反論も出来ない私の横を、1人の美しい女性が通った。


私よりもひときわ美しいドレスを身に纏い、一瞬で会場の視線を奪っていった。

彼女は私の知っている人物だった。


「ご来場の皆さま、紹介いたします。彼女はハルウェスト子爵家の一人娘、エレイン。私たち二人は真実の愛で結ばれた間柄。もう誰にも我々の邪魔はできません。メルア殿、あなたにもね」


侯爵様からの冷たい言葉。

私たちは昨日まで愛を誓いあっていた仲ではなかったのですか?


なぜ他人行儀になり、なぜ私を悪者にしようとしたがるのですか?

どうしてあなたの隣に立っているのが、私の恋を応援してくれていたエレインなのですか……。


私はこの結婚を何より楽しみにしていた。

父と母も、この縁談を心より祝ってくれた。


この縁談は我が男爵家に必要なものなのだ。

今さらだが、恋に浮かれていた自分が愚かに思えてきた。


自分には背負うものがあるというのに。

だから、私はしがみつくしかなったか。たとえ、惨めでも。


「で、でも!あなたには……侯爵家には、聖女の私が必要なはずです!だから、男爵家という不釣り合いな身分にも関わらず、私と結婚なさってくれたはずです」


回復魔法を高レベルで扱える者は、宮廷魔術師による認定を得て、稀に『聖女』の称号を得ることがある。

およそ20年ぶりに、この国で聖女が誕生した。それが私だ。


20年前の聖女は、現在の皇后様だ。

私はそれだけ名誉なものを頂いたのだった。


天に感謝し、両親に感謝し、全てが輝いて見えたあの日々はどこへ。

私の輝かしい未来は、彼のたった一言で全て無に帰してしまった。


「聖女の力を望んだのは父上だ。私も侯爵家の長男として生まれた責務で、君との結婚を仕方なく同意したが、やはり真実の愛には勝てなかった。私が愛しているのはエレインなのだ!」

「ごめんなさいね、メルアさん。そういうことなの。あなたの聖女の力は偉大だけれど、愛の力には勝てなかったみたい」


あんなに寄り添ってくれていたエレインが、今じゃ冷たい目で私を見つめ、嘲笑している。

婚約者だけでなく、友人だと思っていた人まで同時に失ってしまった。


人生最高の日が、一転して全てを失った日に。


涙は堪えきれないが、今この場を去るわけにはいかなかった。

男爵家のためにも、簡単にあきらめるわけにはいかない。


「答えになっておりません!聖女の力がなければ、侯爵家も困るはずです!」

そう、私にはこれがある。


情けなく、惨めでも私には絶対の武器がある。

貧乏男爵家の私が両親へ恩返しするためには、なんとしても侯爵様と一緒にならなくては。


この際、愛なんてなくてもいい。


侯爵家には聖女が必要だ。

貴族魔法学園があり、多くの傭兵を輩出する侯爵領では、実益も兼ねて聖女の力が必要なはず。


「それも解決したんだ。エレインが届けてくれた『万能薬』によってね。魔法による傷も、剣による傷もたちまち治る。今までのポーションとはもはや別物。その効力は聖女の回復魔法にも劣らないと、私自らの目で確認済みだ!」


会場が湧きたつ。

多くの貴族が集まる場で、侯爵様が嘘をつくはずもない。


そんなすごいものがあっただなんて知らなかった。

なぜ、こんなタイミングで。


あと数年万能薬の誕生が遅れていれば……なんてことを考えてしまう。

自分の不運に涙が止まらない。


「万能薬は、ポーションの上位版と認識して貰って構わない。つまり、ポーション同様量産可能なのだ。これからはどこでも聖女並みの治癒を受けられるのだ。こんな素晴らしいものを齎してくれのが、私の隣に立つエレインなのです」


会場が更に沸き立つ。

既に私に注目している人などいない。


人々の視線は侯爵様とエレインに注がれている。

ヒロインは完全に取って代わられた。


万能薬の凄さの前に、侯爵様の前代未聞の婚約破棄の衝撃は拭い去られたのだ。


既にこの場に私は不要。

侯爵さんはエレインがどれほど優れた女性か演説し続ける。

聞くに堪えない。


私はこれ以上ここにいても仕方ないと悟り、会場を出て行った。


トボトボと歩いたが、どこを目指したのかはわからない。

しかし、案外しっかりしたもので、気づけば侯爵様宅に用意された自室へとたどり着いていた。


室内には、実家から伴ってきた専属侍女のマリーがいた。

彼女も先ほどの惨劇を見たはずだ。


しかし、穏やかな顔をしており、いつも通り私の帰りを待っていてくれた。

駆け寄り、マリーの胸に飛び込んだ。


ギュッと私を抱きしめてくれる。


「うわあああああん。……私、不要になっちゃった。なんでかな。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

マリーに抱きしめられると、堪えていた言葉や涙が滝のように溢れ出した。

嗚咽を漏らしながら、泣きじゃくる。


「よし、よし。今はたくさん泣いていいのですよ」

「ぐすん。ごめんね。ごめんね。侯爵様と結婚出来れば、マリーにもいい生活させることが出来たのに。お父さんとお母さんにも、領民のみんなだって、今よりいい生活ができるはずだったのに」

「いいの、いいの。そんなこと誰も気にしてませんよ」


マリーはずっと優しく頭を撫でてくれる。

ボロボロの心が一撫でごとに癒される思いだ。


貧乏男爵家の私たちには、侯爵家の援助が頼りだった。

マリーは優しいから残ってくれているが、彼女ほど優秀なら他の領地で働けばいくらでも高待遇を受けられる。それなのになぜかずっと私のそばにいてくる。


やっと。やっと、みんなに恩返しできるはずだったのに。


みんな優しかった。両親も、領民にも愛されて育ってきた。

マリーはずっとそばで支えてくれた。

だからこそ、恩を返したかった。


私は馬鹿だ。無能だ。愚か者だ。

聖女になれたことで慢心して、恋を楽しんでしまっていた。

侯爵様との幸せな未来を思い描いてしまった。


そんな甘い思考で、どうしてエレインのような賢い人に勝てるだろうか。


彼女は聡明だ。悩み相談をしたときも、いつだって的確な回答をくれた。

虎視眈々と私の座を狙っていた彼女の方が、上手だったというだけだ。


「愚か者のわだじを、すんっ、どうか、すんっ、罰を与えて欲しい」

「あなたは愚か者なんかじゃありません。帰る場所もありますし、私もずっとそばにいます。何一つ失ってはいませんよ」

「うわあああああん。マリー、マリー、マリー――」


どんな顔して帰ればいいのよ。

みんなに何もお返しできないままで。

一体、この先どうしたらいいの?マリー、私どうしたら……。


◇◇


暗い中、目を開けると私はベッドの上にいた。

服は着替えられ、化粧も落ちている。

髪も綺麗に整えられていた。


「マリー……」

泣きつかれて眠ってしまったようだ。

マリーの姿はない。


私の身支度をしてくれて、今もいろいろあいさつして回ってくれているのだろう。

何から何まで申し訳ない。

私にはなにも返せるものがないというのに。


侯爵家に嫁ぐことができれば、マリーに破格の待遇を用意する予定だった。

そんなことを毎日のように夢想していた。


私の頭の中は正真正銘お花畑だったのだ。


窓から外を眺める。まだ日が昇らない早朝だ。

空気が冷たい。


帰る場所はあると、マリー言ってくれた……。

実際、侯爵様に捨てられた私を、両親も、領民も暖かく受け入れてくれることだろう。


けれど、今男爵領に帰ったところで、皆に恩返しできない。

私はせっかく聖女になったのだ。


もっと皆に大きなものを返せるはず。

まずは甘えた心を捨てねば。


「やるぞ。やれる!」


……貴族の世界は最低だ。この世界は最低だ。何度も自分い言い聞かせる。


侯爵様はも利益になりそうな人が見つかった途端、そちらに鞍替えした。

友人だと思っていたエレインは虎視眈々と私を出し抜くスキを伺っていた。


きっと私が気づかなかっただけで、これまでも多くの貴族が私を見下し、嘲笑い、騙してきたことだろう。


そう考えると辛いけれど、なんだか強くなれた気もする。

まだ傷は癒えない。


だけど、私はまだ前に進めるだけの気力はある。

このまま故郷になんて帰れない。今度は私が最低な貴族になって、欲しいものを手に入れてやるんだから!


翌朝、マリーと私はこれ以上侯爵様の屋敷にいられず、出ていくこととなった。

二人でバッグ二つ分の荷物だ。


見送りには侯爵家の使用人が一人いるだけだった。

「慰謝料とのことです。お納めください」


手切れ金ってわけね。

悔しいけど、お金は受け取った。


こちとら貧乏男爵家で育った雑草娘だ。

プライドなんかより、現実的なお金が大事だと知っている。


「侯爵様よりお言葉を預かっております」

「え……」

「君がいつも土いじりしているのが嫌いだった。薬草の匂いが染みついた手は紅茶がまずくなる。もう二度と目の前に現れないでくれ」


私は馬鹿だ。

最後の最後まで、優しい言葉を期待してしまった。

もしや……なんてことも考えた。


侯爵様には感謝しよう。

汚く生きると決めた私の兜の緒を締めてくれたのだから。


「お世話になりました。侯爵家のご多幸をお祈り申し上げます」

私は深々と一礼し、踵を返した。


馬車に乗り込むと、侯爵邸を一瞥することもなく発車させた。


「最後のお姿、かっこよかったですよ。凛々しいお父様のようでした」

馬車に揺られる中で、マリーが褒めてくれた。

何か汚い言葉を吐いてやれば気も晴れただろうが、きっと侯爵様とあの女は私のそんな姿を見たいのだろう。


清々しく気にしていない体で去るのが、なんだかカッコイイ女な気がして、ああいう態度をとった。

マリーが褒めてくれたのなら、きっと正解だったのだろう。


「マリー、実家には帰らないわ」

「どこへ行くのですか?」

「臨時のお金も入ったことだし、王都に行くわ。私、転んでもただじゃ起きるつもりないから。王都で金持ち貴族を捕まえて、男爵家に捧げるわ!」

「あらあら……」


進路は決まった。

さあ、行くのよ。

待っていなさい、王都の金持ち。お前たちは私の餌食になるのよ。



◇◇


王都に来て一週間が経った。

貴族魔法学園時代の学友宅で、お世話になっている。


学園でいじめられていた読書少年を、貧乏貴族の私のガッツでいじめっ子を蹴飛ばして以来の縁だ。

彼は貴族家の三男で領地を引き継ぐことはなかった。今は王宮で働く司書官だ。


昔の夢が叶って、立派に働いている。

学生の頃は肩を並べていたのに、彼は夢をかなえ、私は落ちぶれた。

なんだか差がついてしまったようで、ちょっと寂しい。


彼には好きなだけ居ていいと言われたが、マリーと二人してずっとお世話になるわけにもいかない。

リミットは一か月と決めている。


侯爵様から頂いたお金で、手土産を買っておいた。

これから夜会に出るため、ドレスやアクセサリーにもお金をかけなければならない。


悩みは多いが、やらなければ。頑張れ、私!


「学友さんが言っていた通り、あまり気負わないで。メルアお嬢様は、飾らない姿が一番なのですから」

そうは言われてもなー。


友達やマリーは私のことを肯定してくれるけど、世間の貴族様はこれじゃダメなのよ。きっと。

本当の私を殺して、偽りの私を築き上げる。

それで金持ち領主を落とせるなら、私はなんにだってなってやる。


「そういえば、回復薬の製作は?メルアお嬢様が一週間も薬草をいじらないのなんて」

学友にもそれは言われた。

マリーにも同じこと言われちゃったか。


本当は回復薬を作りたい。

でも今は時間がないの。

私の趣味に時間を割いている暇なんてない。


前に作ったものははした金で売れたけど、あんなお金で領地をどうやって豊かにするの。

やはり私がやることは、聖女のブランドを利用して金持ち領主を捕まえること。

これに尽きる。


「……あきちゃった。もうやらない」

土いじりや、薬草の匂いは嫌われるそうです。

あれは侯爵様だけの意見ではない気がする。世間一般的に、令嬢がそんなのではいけないのです。


お花の香りが漂い、紅茶やダンスを嗜む令嬢が皆好きなのですから。



◇◇


「しょぼーん」

部屋でうなだれる私。


学友のレンとマリーが私の背中をさすってくれた。


「ほっ、ほら。今回は縁がなかっただけだから!」

「そうですわ、お嬢様。みんな見る目がありませんね」


眼鏡男子のレンが私を励ますために、腕によりをかけて料理をしてくれた。

マリーは刺繡をしてくれて、私のドレスに華やかさを追加してくれている。


なんて良い仲間を持ったのかしら。

それなのに、私はなんて無能なのかしら。


「私、明日こそ結果を残して見せます!……マリー、胸元をもっと露出してちょうだい!」

「お嬢様……」

「メルア、そんなことまでしなくても」

やって!

私の無言の圧に負けてマリーは泣く泣く施してくれた。


「マリーにもレンにも、絶対に抱えきれない程の恩を返すから。返すんだから!」

「気長に待っているから、メルアも力を抜いて。ほら、ごはんもできたよ」


……とりあえず、食べます。

めちゃくちゃ美味しかった。


レンは料理男子だったか。レンがお金持ちだったら、私ここに嫁いでも良かった。なんてありもしない未来を一瞬考えてしまった。


やめ、やめ。

早めに寝よう。明日こそ決めて見せる!


次の日、夜会の会場となっている王都一の演芸場で馬車から降りた。

一度気合を入れなおして、会場に入ろうとしたところで突如腕を掴まれた。


「きゃっ」

甲高い声が出る。


「ようやく見つけた!あんたをずっと探してたんだ。目撃情報があって、今日はここに来るだろうと思っていた」

はて、どなたでしょう?

不躾な人ですが……ああ、顔をよく見ると思い出しました。


以前、私が制作した回復薬を大量に買ってくれた人でした。

確か貴族界隈で商売をしている人でしたね。


「あんたの回復薬をまた売ってくれ!あればあるだけいい!」

そうは言われましても、もう作っていない。


2週間は薬草いじりをしていなかった。


「ごめんなさい。もう作らないことにしたんです。では、ごきげんよう」

ぺこりと一礼し、去ろうとする私の腕がもう一度捕まれた。


「そう言いなさんな。前回は1本銀貨1枚だったろう?今回は1本銀貨3枚……いや、5枚でいい」

貧乏男爵家に生まれた私は無事守銭奴になってしまったが、今は回復薬よりもっと大きな魚を釣りたいと思っている。金持ち領主を。


だから私の返事は変わらない。


「ごめんなさい。銀貨が増えようとも、私が回復薬を作ることはもうないのです」


背中を向けて今度こそ歩き出す。


「ああっ!こちらが下手に出ていれば調子に乗りやがって。ただの落ちこぼれ底辺貴族めが」

それはそうなのですが、急に態度を変えられて恐怖を感じてしまった。

体が強張る。


「このままじゃ侯爵様に殺されちまう。せっかく利用価値があるってんだから、黙って言う通りにしろ!」

腕と強引に引っ張られて連れていかれる。

相手は大柄の男性。

私も体力に自信はあるけれど、抗えない。


振りほどこうにも、痛みすら感じる彼の握力の前になすすべがなかった。


「ちょっといいか?」

私たちの後ろから声が聞こえた。


声の下後方を二人で振り返った瞬間、銀仮面を被った男が商人を殴り飛ばした。

「わっ」

驚きの声が漏れた。


「こっちの客だ。手を出されては困る」

「てめぇ……まさか!?」

抵抗しようとしたらしいが、銀仮面の人人を見て顔色変えた。

商人は悔しそうにしながらも、急ぎ足で逃げ去った。


ちらりと横を見る。

口元の開いた銀仮面を被った金髪の男性。

ちょっと怖い雰囲気があるが、私を助けてくれたのは確かだ。


「あ、あの。ありがとうございます」

「毎度は助けてやれんぞ。貴族なら護衛はつけておけ」

「あっ、はい」

「夜会が始まる。入るぞ」

彼もどうやら夜会に来た貴族みたいです。


さっき商人を殴り倒して、私を守ってくれた時、不覚にもキュンとしてしまった。

頬が赤くなり、鼓動が少し早くなる。


……彼、お金持ちの領主だったらいいな。

うむ、いいぞ。段々と現金な女になっている。


銀仮面の男性に続いて、私も夜会の会場に入っていくのだった。


会場は楽器を演奏する人たちが幻想的な空間を作り上げ、演芸場はイスが取り払われて代わりにテーブルが設置されていた。


ここを貸し切り、音楽を聴きながらの立食パーティーだ。

この場には地方領主が多く集まる。


実家ではなかなか出会いのない者同士が、こうして王都の夜会に集い、各々に相応しい相手を物色しているわけだ。


本気の愛を探す者、より条件のいい相手を見つける者、その心のうちは誰にも分らない。


当の私はというと、入り口ではぐれた銀仮面の人を探していた。

あれほど金持ち領主を選ぶと決めていたのに、なんてことだ。

でもあの人がお金持ちの可能性だってあるから!


私のサーチは功を奏した。

すぐに銀仮面の人を見つけた。


ひときわ輝く黄金の髪が、会場でもひときわ美しく見えた。

勇気を出して駆け寄ろうとしたとき、私より早く別の女性が彼に近づいた。


そして、銀仮面の人はこれまでにない笑顔を見せた。

「あ……」

既に待ち人がいたのか。


何を浮かれてたんだろ、私。

一気に現実に引き戻された気分だ。あれほど非情になると決めたのに。


彼から離れて切り替えようとしたところ、目を離せない事態が急に訪れた。


銀仮面の人と話していた女性が、バッグから回復薬を取り出したのだ。


「げっ」

まさかあれをこんなところで見ることになろうとは。


あれは私が作った回復薬で、先ほど襲われた商人に売ったやつではないか。

なんでこんなとこに!?


「ほう、これが今噂の万能薬か……」

ば、ばっ万能薬!?


違います。それは私が趣味で回復ポーションをアレンジして作った、ただの回復薬です。

まずい。まずすぎる。


流石に見て見ぬふりはできない。

自分のつくったものが、万能薬のまがい物として売られているなんて。


「あっあのー」

「なんだ?」

鋭い視線で銀仮面の人に睨まれた。

貴重な時間を邪魔したようだ。最悪だ、私の印象が悪くなっていく。


「その薬、私に銀貨……」

いくらだ?銀貨1枚で売ったからな。少し勿体ないが、ここは羽振りよくいこう!


「銀貨10枚で売っていただけませんか?」

「ほう。これを俺が金貨10枚支払って手に入れたと知ってなお、同じことを言えるか?」

「うっ」

言えません。


私のまがい物がとんでもない金額で取引されていた。

ごめんなさい、世間様。私の回復薬がまがい物として売られるなんて思いもしなくて。


「それ偽物だったりしませんか?私にはそう見えなくもないかも……」

「偽物だとして、お前が買い取る道理は?」


たしかに!

思わず頷いてしまった。私が作ったなんて言えないし。


「これ以上邪魔をしてくれるな。一刻も早く苦しみから解放されたいのだ」

彼はそう言って、まがい物の万能薬を口にした。一気に飲み干す。


薬瓶をテーブルに置くと、彼は銀仮面をとった。


会場に響く悲鳴。

彼の顔には、黒く太い線がうねり、痣となって彼の顔に張り付いていた。


「女、怖くないのか?」

私だけ、まじまじと観察してしまった。


「ええ、別に」

……なに?ここは驚くところなの?

ああ、さっき悲鳴が起きたのは、彼の顔の痣を見たからか。


私は綺麗な顔してるなー、と“あれ”があるな、くらいにしか思わなかった。


「俺を恐れないついでに聞きたい。痣は消えたか?」

「いいえ、全く。だからまがい物の可能性がですね……」

「いいや、これは間違いなく本物だ。信用できる筋から手に入れたものだ」

信用できる筋を、信用できないこんな世の中じゃ。


「これも効果がなかったか……」

彼の悲しむ顔は、なんだか胸を締め付けられる思いがした。


「もしや、その痣のことでお悩みですか?」

「お前に関係のないことだ」

そうでもないのです。


金貨10枚をぽんと払えるお方を、簡単にリリースする手はありません。


「私はブリーゼ男爵家のメルア。先日聖女の称号を頂いた者です。もしかしたらあなたのお力になれるかもしれません」

会場から少しばかりの歓声が上がった。


聖女と知られると皆少し驚く。しかし、すぐに貧乏男爵家とバレて縁談はうまくいかないのだが。

聖女を抱えるのも、半端な家柄じゃ難しいのだ。


「聖女のわりに苦労してそうだな」

いきなり見破られてしまいました。


流行りのドレスも着れない。高価な宝石の一つも付けていないのであれば、簡単に見破られても仕方ありませんね。

とほほ。


「聖女の力は既に頼った。……無駄だったが」

この人は既に聖女と接触していたらしい。


この国には私を含めて、聖女は5人いる。

私を除く4人は、どの方も会うことが難しい方ばかり。

ううっ、なんで私だけこんな安い聖女なのだろう。


「聖女の力はそれぞれ得意不得意があります。そして、あなたの顔のモノは私が得意とするものです」

「この国最高の聖女、そして万能薬にも無理なことを、お前なら出来るというのか?」

「できます」

けれど、リスクはある。

あれをやると……まあいいか。助けられる人を見捨てる程、私はまだ堕ちてはいない。


「その顔のモノは、回復薬や回復魔法の類では治りません。それは呪いなのです。呪いとは人の思い。それをゆっくり解き、解除してやるのが正しいやり方です」

「呪い……」


私は恐る恐る彼の痣に手をかざした。

恐れているのは呪いではない。そのきれいな顔に緊張しているのだ。


こうして近くで接するとやはり呪いだと確信が持てた。

周りから視線が集まるのがわかった。


『呪詛解除』


私が最初に覚えた魔法。まさかこんなところで役に立つなんて。


まぶしい光が彼の顔を包む。

光が消えると、顔の痣が少しだけ薄くなっていた。


「……どう?痛みは、少し楽になったでしょ」

私は努めて笑顔を作った。治療してあげた人には笑顔でニコリとしてやることで、今まで苦しんでいた心まで癒してあげることが出来ると思っているからだ。


「……これは。驚いた」

「完全には治っていませんが、これが治療の第一歩です。呪いを解除する道は長いですから」


大事なことは言い切った。

よし、もう大丈夫かな。


「汗が凄いようだが――!?」

私は意識が薄れ行き、足元がおぼつかない。

フラフラっと倒れるところで、誰かに抱きしめられた。


呪いを解くのって毎回疲れるのよね。

聖女として私があんまり活躍できていないのは、この体力のなさだ。


大きな回復魔法を使った後も、毎回倒れていた。

私より万能薬を優先した侯爵様の判断は正しい。



◇◇


目を開けると、知っている天井だった。

ここは学友のレンの家のベッドである。


私は確か……。そう、夜会の会場で意識を失ったのだった。


「あちゃー」

またやってしまった。

余計なことに首を突っ込み、良い縁談をまたしても逃してしまった。


ああっ、昨日の会場にはお金持ち領主いそうだったのに!

くやちぃ。


そういえば、家がやけに静かだ。


レンは休みなはず。

三人で一緒に休日を過ごす約束をしていたのに、いないは不思議だ。


なにより、マリーまでいない。

どうして私は一人なのだろう?

マリーがいないとわかると、急に不安になってきた。


その時、家の扉がノックされた。

ドキッとする。


いつもはマリーが出てくれる。レンがいるときは当然レンが。

今は私一人だし、出ないとまずいよね。


シーツにくるまり、ドキドキしながら来客の対応にあたった。


「あっ」

そこにいたのは、銀仮面の人だった。


「あっ、とはなんだ。邪魔をするぞ」

許可した覚えはないのに、ずかずかと入ってくる。

ちょっと!女子一人の部屋になんて厚かましいの!


「あのぉ、何用ですか?」

言いたいことを言わない、小市民な私。


「昨日の礼と、確認したいことがあって」

「あっ、そうですか」


勝手に席に着くと、銀仮面をはずし、凄い鋭い目つきで私を睨む。

いや、睨んでいるんじゃない。多分素で目つきが悪いだけ。


「呪いを解くのは、普通の聖女にはできないのか?」

「不得意な人もいるとは聞いています」

「全て解くのにはどのくらい時間がかかる?」

「呪いによりますけど、その人を知らないとなんとも……」

「感謝する。それだけ知れれば十分だ」


怖い顔で感謝すると言われても、なんだか感謝された気になれない。


「今日の本題は別にある。回復薬を作ってくれないか?昨日襲って来た商人に売ったものと同じものを」

「げっ。昨日も言いましたけど、あれはまがい物でして……」

「それでいいから頼む。君が商人に伝えた材料は全て持ってきている。それに、対価に金貨10枚を支払うと言ったら?」


薬作りはもうしないと決めていた。

私に必要なのはお金持ち領主様だから。


だが、しかし!金貨10枚は話が違う。流石にやる!


「着替えてきます。結構時間がかかりますが、予定は空いてますか?」

「心配無用だ」


わかりました。交渉成立。

私は袖をまくって、久々に薬作りに精を出すことにした。



「えーと、まずは乾燥させた薬草をすり鉢で粉々にしていきます。用意して貰ったものは……大変立派ですね。どこでこんなにいいものを」

私は全部自分で育てていたものを使っていた。

こんなに立派な薬草は初めて見るかもしれない。


「いい伝手があって」

「さいですか」

ありがたや、ありがたや。


薬草を粉々にしたところで、調合用の器に移す。


「次は氷カエルの乾燥させた肝をすり鉢に……」

これも上等なものね。一目でわかっちゃう。


肝が終わって、次は教会から頂いた聖水を一滴一滴入れていく。

丁寧に入れる工程が大事である。


聖水を入れ終わった後は、最後に私オリジナルのハーブエキスを入れる。

これに回復薬の効果はない。

飲みづらい回復薬に、フレーバーを足して飲みやすくするだけのもの。隠し味ってやつだ。


これらをしっかり混ぜて、一度沸かし、後は冷ますだけである。


回復薬の制作は意外と簡単。これが万能薬な訳がないのだ。


「間違いない。これは万能薬だ。やはり君が作っていたのか」

「ええっ!?だから、まがい物なんです、昨日のは」


銀仮面の人は首を左右に振る。


「いいや、世間で出回っている噂の万能薬は間違いなくこれだ。まさか製作者が聖女様だったとは」

……え、本気?


目を合わせると、コクリと頷かれた。

本気の本気らしい。


本当に、これが万能薬なの?

丁寧に作っただけの回復薬なんですけど!?


「もしかして、他にも変わった薬を作ったりしてないか?」

「げっ」

心当たりがありすぎる。


「人の心を操る薬……。若返り薬……。そんなつもりで作ったつもりでなくとも、心当たりはないか?」

「げげっ」

超心当たりがありすぎる。


「世間を騒がしてるって知ってるか?侯爵家は制作材料を知っていたから量産できるつもりだったらしい。最近やたらと態度が大きいから何事かと思えば、そういうことだったか」

「あっ」

今さらに気づいた。


もしや私の幸せな結婚をぶち壊したものって、私が作ったのか……。

万能薬を作った人間を許さないとか憎んでいたけど、あれって私自身だったの!?


ううっ、お馬鹿な展開すぎて思わず涙が流れてきた。


「何を泣く」

「あなたに私の気持ちなんてわからないわ!結婚破棄された貧乏貴族の気持ちなんて」

「そんなに落ち込むな」

「事情も知らないくせに」

私はふてくされて言う。


彼も呪いで大変かもしれないが、こっちにだって真剣な事情があるのだ。


「ふふっ、侯爵に婚約破棄されたことがそんなに悲しいか?メルア・ブリーゼ男爵令嬢」

「私のこと、どうして知っているの?」

「興味があったから」


二人で静かに見つめあった。

やはり昨日見た通り綺麗な顔をしている。


その顔にはまだ呪いが張り付いていた。

呪いなんて怖くもない。解くことができるものをなぜ恐れる必要があるのか。


「良かったら私と結婚してくれないか?」

「はい?」


はい?え?はい?

なんという唐突なプロポーズ。

私は呆気にとられた。


侯爵様からプロポーズされたときは、30人の演奏隊がいる前で、5人の子供に大きな花束を届けてもらう演出をして貰った。

あれは素敵だった。


なのに、これはなに……!

二人きりで、出会って二日目、なんの雰囲気もなしにプロポーズ!?

女をなめんじゃないわよ!


と、言いたいところだけど、私は今それどころじゃない。


彼には一度キュンと来たし、顔も悪くない。

それに回復薬ごときにポンと金貨10枚払えるその財力。


私は心を決めた。


「あなた、資産はいかほど?」

「ふふっ、ブリーゼ男爵家の100倍はあるかな」

「あなたと結婚致します」

今さらロマンスなんて求めていない。必要なのはお金よ。


「くくっ、あーはははは!」

高笑いする銀仮面の人。

あっ、これは。


「もしかして、からかいましたか?」

ちょっとだけ辛い。でも一々傷ついていられない。

馬鹿を見ただけのことだ。


「すまない。そうじゃない。プロポーズは本気だ。笑ったのはあれだ。逞しすぎるから。だって、私の名前も知らないだろう?」

「あっ。そうでした。お名前は?」

「ちょっと待ってくれ。くくっ、あーおかしい。名前も知らない相手のプロポーズを受けてくれるだなんて想像していなかったから。断られたあとの段取りもいろいろあったんだが」


ひとしきり笑うと、彼が立ち上る。

私の目を見据えて、その場に片膝をついた。


「私の名前はスクナ・アーミラ。この国の第二王子だ。君を生涯の伴侶に迎えたく思い、今一度結婚を申し込む。呪いを解くには私を知る必要があるのだろう?どうか、一緒に時間を過ごさせて欲しい」

「私は……お金がある限りあなたについて行きます。呪いも解きます。でも、それだけです。愛なんて信じません」


スクナはまた笑った。

昨日の怖い印象もなくなり、可愛らしい笑顔で笑い続ける。

こちらまでつられて笑ってしまいそうだ。


「君の才能は聖女の力じゃない。真の才能は薬作りだ。僕に利を求めているようだが、この目には君こそ金のなる木に見えて仕方がないよ」

こんなに評価されたのなんて思えば初めてかもしれない。


聖女になったときも、褒めてくれたのは身内ばかりだった。

思えば、侯爵様にも褒められたことがないかもしれない。


「僕に言わせれば、君より万能薬を選んだ侯爵は馬鹿だ」

「あ」


昨日自分で考えていたことを、彼が全くの逆方向から否定してくれた。

なんだかいいかもしれない。

心が楽だ。


負い目もない。なんだろう、この人となら並んで歩んでいける気がした。


「儲けたものは折半でお願いします」

「くくっ、そうしよう。君は良いな。呪い以外も、楽しくなりそうだ」


彼は立ち上がり、私を抱き上げた。

急に抱き上げられたものだから、甲高い声が出た。


「どどど、どうしたんですか」

「君のことをもっと知りたい。市場に行こう。薬草を買って来て、君が作っている姿を見ていたい」

わわわ、お姫様だっこされたのなんて初めてだ。


「あれは良くないです。その……手が凄く臭くなるんです。ドレスも汚れるし、きつい匂いは二、三日じゃ取れなくて」

「その程度を私が気にすると思われているなんて心外だ。呪いを恐れなかった君同様、私も常に相手を尊重したいと思っている」

「で、でも……」


良いのかしら。

否定された私を、受け入れてくれる人がいる……。そんなことがあっていいのかしら。

なんか、私、幸せかもしれない。


「信じません!一度痛い目見てますから。信じられるのはお金だけです。今度婚約破棄されたら、あなたを訴えます。私だって今度こそ、出るとこ出ます!」

「いいね、いい!婚前契約を結ぼう。明日一緒に作ろう。共同作業は好きなんだ」

「ぷっ」

今度は私が笑ってしまった。

なんだろう。この人といると、気持ちが明るくなる。


こんなに目つきが怖いのに、こんなに位の高い方なのに。

この気持ちはなんなんだろう。


「もう一つ、君に元気を分けてやろう」

「なんですか?」

「侯爵邸は今大荒れらしいよ。頼りにしていた万能薬を量産できず、生産元の君も捕まらない。万能薬を齎した女神エレインは居所がなさそうだ」


ちょっとだけスッキリした。ほんのちょっとだけ。

侯爵様も、エレインも嫌いだが、今さらどうなろうが知ったこっちゃない。

私は今、ようやく前を向けそうだから。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 鉄仮面の人に対して「私はブリーゼ男爵家のメルア。先日聖女の称号を頂いた者です~」と、聖女認定されたのが先日と言ってますが、侯爵に婚約破棄された結婚式の時には、侯爵から「聖女の力を望んだ…
[一言] これ、きちんと描写がないならばざまぁではなく微ざまぁでは?
[一言] うわああああああ、続編見たいよおおお
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