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最高の英雄と最低の弟  作者: 楢弓
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2−1:魔王と悪魔

まぶたを透過して、真っ白い光が僕の網膜へと飛び込んでくる。僕は手で光を遮ろうとしたのだけれど、どういうわけなのか手を動かしている感覚がなかった。

手だけではない。まぶたを閉じているはずの頭部も、車に轢かれたはずの胴体も、どこからも反応を感じることが出来ない。まるで僕という人間を構成しているはずの身体が霧散し、実体がなくなってしまったかのようだった。

信じてはいなかったけれど、きっとここが死後の世界なのだと思った。

『別世界の英雄よ。この世界をどうか救ってください』

突然声が聞こえてきた。耳や聴覚がないのにどういうわけかその声だけはハッキリと聞き取ることが出来た。僕に対して話しかけてきているとみて間違いないだろう。

世界を救ってほしいとたのんでくるということは、ここは天国でも地獄でもなくて、僕はまだ死んでいないということだろうか。いや、輪廻転生という可能性も捨てきれない。

『既に限界を迎えていた貴方の身体の代わりに、この世界で最も強い肉体を授けましょう。事情は悪魔が説明してくれます。貴方を助けてくれるはずです』

質問をしていないのに声の主は疑問に答えてくれた。限界を迎えた身体。それは僕の病気のせいなのだろうか。それとも、交通事故に巻き込まれたせいなのだろうか。もし後者なら、一緒にいた兄さんはどうなっているのだろう。

疑問が次々に湧いてくる。だけど、その答えを聞く前に世界がどんどん暗くなっていくのが分かった。声も徐々に聞こえなくなってくる。

『……れでは、別世界の英雄、いえ、別世界の……よ。貴方の……に期待し……すよ』

まるで昔のテレビみたいに声が途切れ途切れで、僕のことを何と言ったのか聞き逃してしまった。尋ねる暇もなく周囲が沈黙に包まれると、意識がドンドン薄れていく。意識と共に僕という存在自体が希薄になっていく。そんな感覚だった。

完全に無くなる前、最後に残った一握の砂ほどしかない僕が考えていたのは兄さんのことだった。


体が動かせない。まるで全身が石になったように、体が硬直している。

『ようにではない。お前は今、石そのものだ』

また声だけが聞こえる。口調や声色から先程とは別人のようだけれど、さっきの声の主といい、なぜ姿を見せないのだろう。

『俺の姿が見えないのは、お前が目をつぶっているからだ。つまり、お前が原因だ。お前が悪い。謝罪しろ。この俺に対して、悪者扱いしてすみませんでしたと、心を込めて、額に頭を擦り付ける勢いで謝れ』

いきなり土下座を要求するなんて、クレーマーみたいなヤツだ。僕は姿が見えないことを疑問に思っただけで、別に相手を悪者扱いした覚えはない。

それに、どうやら僕の体は石になってしまっているようだけれど、それでは土下座も出来ないのではないだろうか。

『それくらいの気持ちを込めろと言っているだけだ。その姿で謝るところを見るのは確かに楽しそうではあるが……。嫌なら別に良いんだぞ? どうやったら体を動かすことが出来るか教えてやろうと思ったが、お前がそういう態度なら俺もそれ相応の対応をさせてもらう。一生石像のまま、転生ライフを過ごすが良い』

この度は僕の勘違いで貴方様を不快な気持ちにさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。

『凄まじい早さで手のひらを返したな……。プライドはないのか? まぁいい。とりあえず、今のお前の状況を説明してやる。お前は今、王国の地下にある封印の間で石化魔法にかかっている。体にかけられた石化も扉を固く閉ざしている封印魔法も、お前なら簡単に破れるはずだ。まずは石化魔法をどうにかしろ』

どうにかしろと言われても、どうすれば良いのか教えてくれなければどうしようもない。

『指に付けているリングにはクリスタルがはめ込まれている。それを使って状態異常除去の魔法を使えばいいだけだが、今のお前にはそんなことを言っても伝わらないだろう。とりあえず堅い殻を内側から破って出てくる自分をイメージしろ。そして、そのイメージをリングへと送れ。どのリングが回復系かは知らんが、テキトウに反応してくれるはずだ。きっと』

最後に付け足された言葉が気になったけれど、僕はそれを聞かなかったことにして声の指示に従った。

堅い殻を内側から破る。サナギから蝶が出てくる図が頭の中に一瞬浮かんだが、さっき声が石像と言っていたことを思い出す。孵化や羽化では駄目な気がする。脱皮はどうだろう。教育番組で見たカニの脱皮するシーンを思い出すが、自分の抜け殻がその場に残るのは少し気味が悪い。殻を弾け飛ばすのが良いのではないだろうか。ロボットアニメとかでよく見る、ボロボロのアーマーをパージして、中からカッコいい本体が出てくる場面。そうだ。アレが良い。

僕はイメージを固めると、今度は指先へと集中した。イメージを指輪に送るなんて、どうやれば良いのか分からないけれど、とにかく念じた。頭から肩を通って指先へ。親指、人差指、中指、薬指、小指。小指の隣にもう一本指の感覚がある。気の所為だと思ったけれど、念の為その指にも頭に浮かんでいる映像を送る。すると、指の付け根に収まっている輝きを失った指輪の宝石が反応し、光を放っているのが見えていないはずなのに分かった。

体の中、奥のところからなにか熱いものが生まれ、体全体へと広がっていくのを感じる。僕はそれに気を取られないよう、イメージを指輪に送り続けた。そして、薄皮が剥がれるようなチクッとした痛みと爽快感が全身を駆け巡ると、拘束が解かれたかのように体が自由になった。


急に体に力が入ったせいもあって、僕はバランスを崩して前へとつんのめってしまった。徐々に開いているまぶたの隙間から石畳が接近してくるのが見えた。僕は頭から地面に倒れるのを防ぐため、両手を前へと出した。受け身を取ったその腕は左右両方とも指が六本あり、肌の色は青ざめていて、獣のような鋭い爪がついていた。

僕はヨロヨロと立ち上がりながら、指輪をした化け物のような手を動かしてみる。信じがたかったけれど、どうやら視界に映ってクネクネと動いているこの腕は僕の物で間違いないようだ。

目線を胴体へと移す。僕は漆黒のローブを身にまとっていた。牧師や司祭が身につけているような法衣ではなく、フィクションで魔法使いが着ているマントのようなゆったりとしたローブだ。装飾はほとんど施されていないけれど、肌触りは良いので高価なものだと簡単に想像がつく。

顔はどうなっているのかと手で触って確認しようとしたが、目の前に奇妙な生き物が現れて体の動きが止まった。一言で言えば、小悪魔だ。男性を振り回す女性の比喩表現ではなく、文字通りの小さな悪魔。背中にコウモリのような翼を持ち、美男子にも美少女にも見える造り物のように綺麗な顔をしたその生き物は、黒い髪や黒いキャミソールのワンピースを小さく左右に揺らしながら、空中に浮いてこちらを見ている。いいアイディアが浮かぶ。捕まえてここがどこか吐かせよう。

『バカ。やめろ。なんだお前? 俺の姿を見て、ビビるどころかノータイムで捕まえようとするなんて、意外と脳筋なのか?』

小悪魔が無表情のまま僕に話しかけてきた。予想はしていたけれど、先程の声はこの小悪魔の物だったようだ。僕は口を開いて声を発した。部屋中を震わすような低い声が響いた。

「脳筋とは失礼だなぁ。見知らぬ場所で自分がどうなっているかもわからないんだから、話しかける前に第一村人に逃げられたら困るでしょ? どうせ、ようこそ何々の世界へ〜、とか決められたセリフしか言わないだろうけど」

『人を勝手にNPC呼ばわりするな。俺には神から与えられた悪魔という立派な名前と役割がある』

小悪魔に『悪魔』と名付けるなんて、赤ちゃんに『赤』と名付ける位いい加減ではないだろうか。それに、神に役割を与えられただなんて、よっぽどRPGのキャラクターっぽい。

『うるさいな。あんまり俺をバカにするようだと、何も説明せずにこのままどっかに消えるぞ? 捕まえようとしても無駄だ。俺たちは異世界人やこの世界の住人に触れることは出来ないからな』

「それじゃあ、どうしてさっきは僕が捕まえようとしたのを止めたの?」

そう言いながら僕は悪魔を掴もうと腕を伸ばしたが、悪魔は後ろに下がって僕から距離を取った。まるで僕の動きが読めているようだ。いや、石化された状態でも意思の疎通が出来たり、僕が喋る前に返事をしていたのだから、悪魔は僕の考えを知ることが出来るのだろう。なんてことだ。プライバシーが侵害されている。

『プライバシーどころか、今のお前はこの世界中から命を狙われる存在だぞ? お前の精神が入ったその体は、はるか昔にこの世界を滅亡の一歩手前まで追いやった、魔王の物なんだからな』

「どうりで指が六本あったり、成金みたいにでっかい宝石の指輪や高そうな服を着ていた訳だ。嫌だなぁ。めっちゃ悪者じゃん。王様とか勇者とかに変えることは出来ないの?」

『わがまま言うな。と言うか、なんだその軽いノリは? クラスの席替えじゃないんだぞ? しかも、変えてもらおうとする先も図々しいし。お前、今の状況を本当に理解しているのか?』

ようやく悪魔の真顔が変わった。笑顔でも思案顔でもなく、呆れ顔だった。


僕は悪魔の指示に従って扉に手を触れると何もせずとも封印の間にかけられていた封印魔法が無効化された。悪魔が言うには、ここはこの世界で一番大きな王国の城の地下牢らしい。城の真下に魔王を封印しておくなんて、いつの日か復活してくださいと言っているような物だけれど、王様からすれば非常に真面目に封印を施していたようだ。僕が扉を開いて封印の間から出ると、サイレンのような耳をつんざく音が、地下牢、そして城中に鳴り響いた。悪魔からは魔法もロクに使えないのだから衛兵が来る前にさっさと逃げろとアドバイスを受けたのだけれど、僕としてはこんな体になったのは不本意だし、世界を滅ぼすなどという虚しい行為をするつもりもないので、人間と話をして誤解を解こうと階段を昇った。

結果としては、誤解は解けた。ただし、悪い方にだ。復活した魔王はこの世界を滅亡させるのではなく、自分を封印していた人間たちを囚えて奴隷にしようとしているという、新たな誤解を生んでしまった。衛兵や魔法使い、騎士といった中世RPGによく出てくる役職の人物が大量に現れたが、その誰もが僕の話を聞こうとせず、問答無用で攻撃を仕掛けてきた。

冷静な話し合いは難しいと悟った僕は、遅ればせながら悪魔のアドバイスに従って逃げることにした。

兵士たちからの攻撃を躱しながら城の入口を探して走り回ったが、場内は迷路のようでいつの間にか城の最上階まで来てしまった。最上階は一部屋しかなく、やけに広い部屋の奥には恐らくこの王国の紋章だと思われる盾のマークが施された垂れ幕と座り心地の良さそうな一脚の椅子がポツンと置かれていた。扉から椅子まで赤い絨毯が敷かれている。きっとアレは玉座なのだろう。試しにちょっと腰を掛けてみたいな、なんて思ったが、後ろから兵士が追いかけてくる足音が聞こえたので諦めた。

ここまで来たは良いけれど、この後はどうやって逃げようか。武器を構えた鎧姿の人間たちが玉座の間に雪崩込んでくるのを眺めながらボンヤリと考える。全員を倒して一階まで降りる。剣や魔法を躱したりかすった感じでは、恐らくほとんどダメージを負うことはないだろうから倒すことは出来るだろうけれど、一階まで降りるのも、迷路のような城の中を再びさまようのも面倒だ。相談しようとそばにいる悪魔に話しかけようとしたが、宙に浮いている悪魔の姿を見てある方法を思いついた。

僕は悪魔が静止するのも聞かずに、広間の窓から身を乗り出すと、そのまま飛び降りた。石化魔法を解いた時のように、頭の中に空を飛ぶイメージを浮かべて指先の石へと意識を集中する。これで空中浮遊の魔法が唱えられたはずだと思ったのだが、十二個のリングはどれも反応しない。

あっ、まずい。そう思ってギャグアニメみたいに必死に上空に向けて体をバタつかせる。勿論、そんなことで空中を泳ぐことなど出来ないし、落下スピードを遅くすることも出来ない。景色がすごい速さで変わっていく。吸い寄せられるみたいに体が地面へと向かっていく。流石にコレは無傷とはいきそうにない。僕はなんとかダメージを最小限にしたくて、迫りくる地面と僕との間に空気のクッションを作るイメージを浮かべた。その瞬間、左腕の四番目のリングが緑色の光を放った。

『自分で落ちた癖に落下死したくないから風の層を作るだなんて、そんなバカみたいな魔法の覚え方、普通ある? マッチポンプも良いとこだろ』

静止している僕の周りを優雅に回りながら、悪魔が呆れた様子で話しかけてきた。僕は地面から数メートル上で横になっていた。重力に引っ張られる感覚はあるのだけれど、まるで僕の体の下に羽毛布団が敷かれているかのようにフカフカした感触が僕の体を支えている。死の危険に触れたことで、どうやら本能的に魔法を唱えることが出来たらしい。なるほど、空は大気の影響が大きい。空中浮遊するためには大気、つまり風の力を利用しなければならなかったのか。

『俺たちはこの世界の法則から外れているだけなんだけど……。ただ、間違ってはいないんだよなぁ。バカなのか頭が良いのかわかんねぇ。まぁ良いか。とりあえず、ついてこい。人間たちに魔王が復活したとバレてしまった以上、何処かに身を潜めるよりはあそこに行った方が安全だろう』

「何処? うまいご飯とかある?」

『ねぇよ。お前のその体の持ち主が倒されてからはずっと放置されたままだ。というか、今のお前には食事は必要ないはずだ』

衝撃的な事実を突きつけられて、僕は驚愕する。食事が出来ないだなんてあんまりだ。元の世界で味気ない病院食を食べることすら、僕にとっては楽しみだったのに。不満を述べる僕を悪魔は無視して、何処かへと向かい始めた。仕方がないので僕は大人しくついて行く。南の孤島の更にその向こうにある、絶海に浮かぶ城。魔王城へと。

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