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最高の英雄と最低の弟  作者: 楢弓
3/6

1−3:最高の英雄

弟の勇二は生まれた時から体が弱かった。お兄ちゃんなんだから弟のことを守ってあげてねと生前の母にはよく言われ、俺自身も弟を守るのは兄である俺の義務で何があっても弟だけは守ると心に誓っていた。その日は久しぶりに病院から帰ってきた勇二を連れて、俺は公園に遊びに来ていた。何をするでもなくただのんびりと話をしていると、サッカーボールがこちらに転がってきた。小学生が走って向かってくるのを見て、俺は優しく蹴り返してあげた。お礼を言う小学生に手を振って、勇二の元に戻ると羨ましそうな顔をしていた。

「どうした?」

「いや、いいなぁって思って。僕もあの子どもたちみたいに走ったり蹴ったりして、自由に体を動かしてみたいなぁ」

僕にはそんなこと無理だけどねと寂しそうに笑う弟の腕や足はとても細く、倒れただけで折れてしまいそうだった。

「そのためにはまず体を鍛えなきゃな」

「そうだね。でも兄さんみたいな体になるのはちょっと無理かな?」

弟を危険から守るためにはそれを行えるだけの肉体が必要だと考えた俺は中学生の頃から筋トレに励んでおり、高校から始めたアメフトのスポーツ推薦で大学に入学出来るほどガッチリとした肉体を手に入れた。俺と勇二はお互いの体を見て笑った。ひとしきり笑った後、勇二は何かを考えるかのように黙った。ベッドの上での生活が長い勇二はこうしてよく物思いにふけっている。弟が話し始めるのをのんびり待っていると、しばらくして勇二が口を開いた。

「実は僕、小さい頃から夢があるんだ」

「夢かぁ。前に学者とか研究者になりたいって言っていたよな? そのことか?」

「将来なりたい職業のことじゃなくて、本当に他愛もない目標みたいなものだよ。

笑わずに聞いてくれる?」

笑ってしまうようなことなのだろうか? 俺は何も言わずに黙って頷く。勇二は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「僕はね、いつか兄さんと喧嘩をしてみたいんだ」

「なんだそれ? 喧嘩ならたまにするだろ?」

「それは口喧嘩でしょ? そうじゃなくて、自分の体を使って兄さんにパンチをしてみたい」

もしかして俺は弟に嫌われているのだろうか? そんな不安が顔に出ていたのだろう。勇二はすぐに自分の発言を訂正した。

「別に兄さんや人を傷つけたいわけじゃないんだ。漫画とかでよくあるじゃない? 河原で喧嘩をして、その後に固い友情が芽生えるってやつ。アレを見る度、いいなぁっておもってるんだよね」

「そんなことしなくても、俺と勇二には絆があると思ってたんだが?」

「それはそうだけど、兄さんは僕に気を使って色々我慢しているでしょう? 知ってるよ? 大学の後輩に告白されたのに一緒にいる時間がないからって言って断ったの。毎日、僕のお見舞いに来るくらいだった自分の為に時間を使えばいいのに」

「良いんだよ。俺は好きで勇二に会いに来ているんだ。気を使ったり、義務感で来てるわけじゃない」

本当かなぁ、と勇二が疑いの眼差しを向ける。正直な所、そこまで深く考えたことがなかった。母の遺言というのもあるが、弟の為に兄が世話をすることは自分の中では憲法や法律と同じように当たり前のことだったのだ。

「心配だよ。兄さんって人の言葉を素直に信じすぎるから、いつか悪い誰かに騙されるんじゃないかって」

「その時は頭のいいお前が助けてくれる。そうだろ?」

俺が何の疑いもなくそう言うと、勇二は困ったような表情で笑っていた。公園からの帰り道、俺と勇二は交通事故に遭い、異世界に飛ばされる羽目になった。


『ついにここまでやって来たね。準備は良い? 覚悟は出来てる?』

「あぁ、俺を魔王のもとへ向かわせるために、三人が下に残って戦ってくれているんだ。俺がここでビビる訳にはいかないだろ?」

『そうは言っても少し前に全く歯が立たなかったじゃない? 少しは怯えてもしょうがないとは思うよ。でも大丈夫! 君は前よりも格段に強くなったから! 装備も魔王に奪われた剣以外は全て集めているし、英雄の剣もこの扉の向こうにある魔王の間にあるはず。スキを突いて奪い返せば、魔王討伐のチャンスは全然あるよ!』

天使が俺を励ましてくるが、今の発言からすると剣を奪い返すことができてようやく戦うことが出来るほど、魔王との力の差は未だにあるということだ。天使は嘘をつけない。この世界を作った神との契約で嘘やルールを破ったら消滅してしまうらしい。嘘をつけないからこそ天使は正直に魔王との力の差を話さざるを得なかったのだろう。だが、俺も立ち止まれない。弟を助けなければならないのだ。俺は物々しい雰囲気の扉に触れると、軽く押した。そんなに力が加わっていないはずだが、扉はゆっくりと開いていく。俺と天使は顔を見合わせると、一歩を踏み出した。魔王の間は想像したよりも殺風景だった。おどろおどろしい彫刻や拷問器具のような武器が飾られている、なんてことはない。王国の謁見の間の方が豪華に感じるほど、そこには何もなかった。魔王城と同じく石造りの部屋で、石の壁には火のついた松明が掛けられており、暖かな光が辺りを照らしている。その光の先には石造りの椅子が一つ置かれており、そこにはこの城の主である魔王が鎮座していた。そして、その俺と魔王の間には以前に魔王に持っていかれてしまった英雄の剣が床に刺さって置いてあった。俺は罠を警戒しながら慎重に近づくと、剣を手に取った。魔法が掛けられているような様子はない。なるほど。これくらいはハンデとしてくれてやるということか。俺は一人で納得すると剣を構えたまま魔王の座る玉座へと向かった。魔王は余裕の現れなのか目を瞑って眠っているようだ。すると、魔王の肩の辺りに小さな人が現れて、魔王を起こした。

『おい。来たぞ』

「……あぁ、すまない。ありがとう……」

『本当に良いんだな?』

「構わないさ。後のことは頼んだ……」

話が終わると、魔王と悪魔がこちらを見た。悪魔をしっかりと見たのは初めてだが、本当に髪や服の色、羽根以外は天使と瓜二つだ。意識を失う寸前に見かけて、天使と見間違えてしまったのも納得だ。英雄の味方をするのが天使の役割なら、魔王の味方をするために存在するのが悪魔。以前に天使はそう俺に教えてくれた。魔王と一緒に倒す必要があるのかと尋ねると、天使は首を横に振った。

『悪魔は僕と対になる存在。君たちから干渉することは出来ないよ。でも、僕たちもこの世界の生き物や敵対する存在に対して直接干渉してはいけないとルールで決められているんだ。もしこれを破れば消滅してしまう。だから君は悪魔は気にせず魔王を倒すことに集中して』

俺は魔王の隣りにいる悪魔に話しかけてみる。

「よぉ。お前が噂に聞く悪魔か? 天使と違って悪そうな羽根をしているな」

『見た目や思い込みで判断するのは関心しないな。お前が今から行おうとしていることが本当に正しい行いなのか考えたことはあるのか?』

「おい……」

『いや、言わせろ。ヤツにはそれを聞く義務があるはずだ。前に魔王が何をしようとしているか聞かなかったか?』

「マナのバランスの話か? 世界を憂う気持ちは立派だが、その結果が人を傷つける行為になるのであれば、俺はそれに賛同は出来ないね」

『人を傷つける、か……。お前は旅をしてきて何も見ていなかったんだな』

悪魔が呆れたような口調で吐き捨てた。怒りが湧いてくるが、それこそが悪魔の策略なのだろう。冷静になるよう自分に言い聞かせる。

『魔王がこの世界に現れてから、魔王が人間を傷つけたか? 魔王の命令で人間が攫われたり、魔物の餌になったりしたか? よく考えてみろ。危険だと言って、最初に剣を振るったのはいつだって人間だったはずだ』

悪魔の言葉に俺は今までの旅を思い返してみる。確かに、魔王が復活してから魔物の動きが活発になったと聞かされていたが、実際にこの目で見たことはない。それに魔王によって滅ぼされた町や村の名前も一度も報告を受けていない。そもそも、東の廃墟に魔王が現れるまで、魔王が何をしているのか俺たち四人はもちろん、王国も把握していなかった。昔のように人間や世界を滅ぼすつもりなら英雄である俺が力をつける前に行動すればよかったはずだ。それなのに表立っては何もせず急に俺たちの前に現れたかと思えば旅をやめろと言ってとどめを刺さずに立ち去っていった。どういうことだ?

『どうやら思い当たる節があるらしいな。そうだ。お前と魔王は戦う必要なんてこれっぽっちも……』

『駄目だよ』

悪魔の言葉を遮るかのように天使が俺の顔の前に現れると、笑顔で告げた。

『君の役割を思い出して。王様からなんて言われたの? それに、君は魔王を倒さなければならない理由があるんじゃなかった?』

天使の言葉で俺は我に返る。そうだ。英雄として魔王を倒す。それが王様から言われた俺の役割だったはずだ。そして、魔王を倒して勇二を救い、元の世界へと戻る。こんな大事なことをなぜ一瞬とは言え忘れてしまったのだろう。

「ありがとう。もう大丈夫だ」

『そう? それじゃあ、頑張ってね』

『駄目だったか……。すまない』

「いいさ……。どちらにしてももう……」

俺が剣を構えると同時に、魔王が立ち上がった。気のせいか、前よりも動きが緩慢になったように感じる。それだけ俺が強くなったということかもしれない。

「一撃で決める‼」

「そうか……。それじゃあ来なよ……」

魔王はそう言うと、両腕を左右に伸ばして手のひらをこちらに向けた。攻撃を誘っているようだ。良いだろう。乗ってやる。前回のように簡単に止められると思うなよ。俺は魔王を一刀で仕留める為に力を溜めると、身につけた中で最強の剣技を放った。


「どういうことだ……?」

剣を振り終えると俺は自然とその疑問が口から出てきた。目の前の光景が信じられなかったからだ。魔王が倒れている。右肩から左腰にかけて俺に切られて血を流している。血は人間のように赤かった。

『やったね‼ ついに魔王を倒したよ‼ 君は最高の英雄だよ‼』

天使が俺の後ろではしゃぐような声をあげている。あの傷と血の量はもう助からないだろう。魔王を倒したというのに、俺は釈然としなかった。なぜ、魔王は何も抵抗せず、俺に切られたのか。

『動けないうちに早くトドメを刺さないと! もしかしたらスゴイ治癒魔法で立ち上がってくるかもしれないよ‼』

「あ、あぁ……」

俺は違和感を抱えたまま、天使の言う通りに倒れている魔王のそばに行くと、剣先を心臓に向けた。魔王が口から血を吐きながら俺を見上げている。何故笑っているのだろう? トドメを刺される寸前だと言うのに。天使が俺を急かしてくる。

『何してるの? 早く早く‼』

「分かってい……」

「……さ…な……に……」

俺が天使に返事をしようとした時、魔王が虫の息で何かを呟いているのに気がついた。何を言っているのだろう?

『最期の言葉だ。お前がちゃんと聞いてやってくれないか?』

いつの間にか隣に来ていた悪魔が俺にそう告げた。敵の言葉だと言うのに、俺は無意識に頷くと、膝をついて魔王の口元まで耳を近づけた。俺が顔を近づけると、魔王は最期の力を振り絞って、もう一度同じ言葉を繰り返した。

「……さよ、なら……にいさん……」

魔王は満足したように笑うと、そのまま息を引き取った。その場には無念そうに悲しんでいる悪魔と今の言葉に衝撃を受けて座り込んでしまった俺、そして少し離れたところで笑っている天使だけが残った。

『いやぁ、死んだ死んだ。これで僕の勝ちってことで良いよね? 悪魔?』

『……あぁ、ルールはルールだ。今後お前のやることに口出ししないと約束する』

『やったね! これでこの世界は僕のものになるわけだ! 嬉しくて歌いたい気分だよ‼』

「……弟はどこだ?」

『え? 何か言った?』

嬉しそうにグルグルと周っている天使に俺は質問をした。

「勇二はどこにいる? この城に囚われているんだろう?」

『あぁ、弟さん? 囚われているだなんて、僕は一言も言っていないはずだけど?』

「良いからどこにいるんだ! 今すぐ場所を教えろ‼」

俺が叫ぶと、天使は笑顔のまま指を指した。俺のそばで倒れている魔王の亡骸を。

「こっちは真剣に聞いているんだ。ふざけてないでちゃんと教えろ」

『いや、だからちゃんと教えているじゃない? 君が今殺した魔王こそが君が命をかけて守ろうとしていた弟本人だよ』

「……嘘をつくな……」

『僕たちは嘘はつかないよ。君たち人間と違ってね。疑うなら悪魔にも聞いてみたら?』

俺は天使から顔を逸して倒れている魔王のそばにいる悪魔へ視線を向けた。悪魔は何も言葉を発さない。だが、その表情を見れば、今の天使の話が本当のことだと理解することが出来た。視界が歪む。息が苦しくなる。俺は喘ぐように天使に質問を続ける。

「なんで教えてくれなかったんだ? 弟が魔王だって教えてくれたらこんなことには……」

『聞かれなかったから教えなかったっていうのもあるけど、一番の理由は教えちゃったら魔王を倒してくれなくなるでしょ? 困るんだよね。僕と悪魔の勝負を下らない兄弟愛なんかで邪魔されちゃあ』

「勝負?」

『そう! マナが枯渇してこの世界が崩壊に向かっているから神様からどうにかするように僕と悪魔は言われていたんだ。でも、僕と悪魔の意見が割れちゃってね。僕たちが実力行使で争うことは禁止されているし、かと言ってこの世界の人たちへの干渉も禁止されている。だから神様にお願いして勝負することになったんだ。異世界からそれぞれ一人ずつ人間を召喚して、その人間同士に代わりに戦って貰って、勝った方が相手の言うことを聞くってね。君のおかげで勝負に勝てて、本当に感謝しているよ』

代理戦争。そんなものの為に俺と勇二は利用され、お互いを殺し合うことになったのか?

『殺し合いとはちょっと違うかな? だって、弟さん。最初から戦う気がなかったじゃない? 東の廃墟で相手が自分の兄だと気づかなくても話し合いで解決しようとして、相手の正体に気がついていたさっきは無抵抗で殺された。何も知ろうとせずに、言われた役割に従って相手を殺そうとしたのは君だけだよ? 英雄くん?』

魔王とのやり取りを思い出してみる。三人に魔法を使った時も意識を奪うだけだった。俺の剣を止めて地面に拘束した時も殺す気は無いと言っていた。あの時、なぜ魔王が狼狽えたのかようやく分かった。兜が外れた俺の顔を正面から見て、英雄の正体が俺だと気がついたからだったのだ。先程の悪魔の話もそうだ。魔王が現れてからまだ人間に直接の被害は出ていないのは、そもそも人間を傷つけるつもりがなかったからだ。復活した魔王と聞いて、以前の魔王が蘇った物だとばかり思っていたが、魔王という名前を与えられただけの全くの別人だったのだ。

『安心して。勝負に勝った君は約束通り元の世界に戻れるから。弟さんの死体はこの世界に残って、見世物にされるか王国に処分されるだろうけどね。いやぁ、本当に君は僕にとって最高の英雄だったよ。ありがとう。これでこの世界は僕の自由になる』

魔王の間には天使の笑い声がこだました。まるで魔王のようなその笑顔に俺は絶望し、ただ夢であってくれと願うことしか出来なかった。

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