1−2:魔王
南の孤島で鋼鉄の鎧を入手した俺たちはオリビアの転移魔法で一旦王国へと戻った。鎧を手に入れ、オリビアも連れ戻した俺たちを見て、王様はとても喜んでいた。王国の手厚い看護とヨーレの治癒魔法の甲斐もあって、シュヴァルツの怪我はすぐに治った。体調や道具などを整えると俺たちは次の旅へと出発したのだが、王国から少し離れた道の途中で見た覚えのある三角帽子を被った少女が俺たち三人を待っていた。連れ戻したばかりなのにまたオリビアは王国から抜け出してきて、しかも今回は俺たちに同行すると言い出してきた。南の孤島で一人では何も出来なかったことにショックを受け、旅の途中で自分だけの仲間を見つけるまでの仮の仲間として俺たちを選んだらしい。魔王討伐の旅に同行してくれる仲間なんてそうそう見つかるだろうかと俺は疑問を抱いたが、彼女の魔法の腕が確かなのはゴーレムとの戦闘で理解していたし、駄目だと言ってもこちらの言うことを聞くつもりがないのは言動や態度で分かった。勝手についてきた挙げ句一人で危険な目に遭われても困るので、一時的に彼女を仲間にすることで三人の意見はまとまった。こうして四人パーティとなって向かった先は西の洞窟だ。森の中にあるひっそりとあるその洞窟はクリスタルの採掘場として知られており、住み着いている魔物も数が多いだけでそこまで強くはない。厄介なのはその洞窟の広さだ。この世界の魔法はマナの力を使って発動している。マナは魔法だけでなく、電気やガス、水道といった現実世界でのインフラにあたる物にも利用されており、日常生活から戦いにおけるまで、この世界の人間にはマナの力がなくてはならないモノとなっている。大気中から魔法に変換出来るほどのマナを効率よく吸収するのは難しく、実際に魔法を発動する際はマナが濃縮された結晶であるクリスタルを用いる。巨大なクリスタルを見つければそれだけで一生遊んで暮らせる大金が手に入ると言われており、小石程度のサイズでもしばらくは豊かな生活を過ごすことが出来る。そのため、この洞窟には一攫千金を夢見てクリスタルを探しに来る人間が後をたたないが、洞窟の内部はまるで迷路のように入り組んでおり、似たような景色が延々と続くため時間と方向の感覚がいつの間にかおかしくなる。欲をかいて奥に進みすぎて洞窟から出られなくなる人間が多いことから、人々はそこを欲の洞窟と呼んでいるそうだ。欲の洞窟の最奥部に俺たちが探している盾があると言われているため向かったのだが、ヨーレの光魔法がなければ最奥部へつながる隠し通路を発見することはおろか生きて洞窟から戻ることも出来なかっただろう。それに天使の助言で最短ルートを選択することが出来た。ヨーレと天使のおかげでそこまで苦労することなく最奥部にたどり着いた俺たちはその場にいた緑の自爆する魔物を倒すと、地底湖の底に沈んでいた五〇センチくらいの丸い盾が爆発の影響で目の前に転がってきた。この盾が不壊の盾だと手にして直感的に分かった。無事に目的の装備品を手に入れた俺たちは目印を頼りに洞窟から脱出すると、再び王国へと戻った。
「お前ばっかりずるいよな。その盾があるから骸骨弓兵たちの矢も簡単に防いで、一人だけ楽に戦闘が出来て」
「それならシュヴァルツだって盾を持てば良いだろ。不壊の盾ほど軽くて頑丈な盾じゃないにしろ、王国で買える盾だってこの矢を防ぐには充分だったはずだ」
「そうそう。それなのに荷物が増えるのは嫌だ、とか言っちゃって盾を準備しなかったのはどこの誰だっけ?」
「こんなに矢が雨のように降り注いでくるって知ってたら最初から準備してたよ! それに俺の荷物の中には食料とか野宿の道具もあるんだぜ? こんな旅でも美味しい食事にありつけて、心地よく寝ることが出来るのは誰のおかげだ?」
「「ヨーレ」」
「このクソガキどもっ……‼」
軽口を言い合っていると、防壁魔法で矢を防いでいるヨーレが注意をしてきた。
「三人ともふざけていないで戦闘に集中してください。まだ敵は残っていますよ」
『多分あの馬に乗っているヤツがボスだと思う。なんとかとどめを刺して』
天使の助言に従い俺は飛んでくる矢を盾で防ぎながら、骸骨弓兵たちの後ろにいる骨馬に乗った骸骨へと駆けていく。ボスへ近づいてとどめを刺そうと思ったが、矢の嵐と骸骨弓兵の肉壁が俺の進路を妨害してくる。それならばと、剣の柄に埋め込まれているクリスタルに指で触れた。クリスタルが緑色に輝く。魔法を発動させると刀身が深緑色へと変化した。風魔法が付与された剣を力を込めて振り抜くと、風の斬撃が骸骨弓兵を吹き飛ばしながらボスにめがけて飛んでいく。飛んでくる斬撃を躱そうと骸骨は骨馬に指示を出していたが既に遅く、風の斬撃が直撃した骸骨騎兵は体の骨がバラバラに弾け飛んだ。ボスである骸骨騎兵が倒されたことにより、矢を放っていた骸骨弓兵たちは我先にと廃墟から逃げ出していく。廃墟には俺たちとバラバラになった骨の山、そして奥の祭壇に飾られるように置かれている封魔の兜だけが残った。
「今回も美味しいところをユウイチに持っていかれたな。全くスゴイ英雄様だよ。たった十数日で俺たち四人の誰よりも強くなるんだからな」
「魔王を倒すって言うんだから、それくらいは簡単にやってもらわないとね。むしろ、私たち三人がもっともっと強くならなくちゃ」
「おいおい、聞いたかよ? あの勝ち気で自信過剰な王女様がそんなことを言うなんて信じられるか? 明日はきっと雨だな」
「ヨォレェェ! またあのオジサンが私のことをいじめてくるぅぅ! なんとか言ってよぉ‼」
「はいはい。オリーはいつも素直で優しい子ですよ。貴方も十歳近く年の離れた子供をからかって楽しいですか? 大人としてもう少しユウイチ殿やオリーを導くような行動を心がけてください」
「そういうのは最年長のお前に任せるよ。なんたって、その見た目で俺の……」
シュヴァルツが言い終わる前にヨーレの周りに散乱していた骨が破裂音と共に粉砕し始めた。笑顔のヨーレが手にした杖のクリスタルが黒い瘴気を纏っている。軽口を言っていたシュヴァルツは喋るのをやめ、泣きついていたオリビアは身の危険を察知してそそくさと離れた。
「何か?」
「いえ、何でもありません‼ おいユウイチ‼ さっさと兜を取って、こんな薄気味悪い廃墟からは立ち去ろうぜ‼ オリーもそう思うよな⁉ な⁉」
「そ、そうだね。もしかしたら別の何かに攻撃されるかもしれないし、出来るだけ早くここから離れた方がいいかも……。うん。そうすべきよ! 何ぼさっとしてるのユウイチ⁉ 早くその兜を被っちゃいなさい! ヨーレ……じゃなくて何かが地面の骨を粉砕し終えて、私たちをターゲットにする前にここから脱出するわよ‼」
『あの三人はいつも愉快だね。僕としてはこの後どうなるのか非常に興味があるけど、大量の骸骨たちとの戦闘で疲れているだろうし、兜を入手して早く王国へと戻ろうよ』
皆に急かされて俺は祭壇へと近づくと封魔の兜を手に取った。これで魔王を倒す為に必要な英雄の装備は四つ目だ。こんな短期間であと一つまで来るとは運が良い。いや、運だけじゃない。英雄としての素質が開花している俺、騎士として敵の攻撃を引き付けチャンスを作り出すシュヴァルツ、様々の補助魔法と治癒でサポートしてくれるヨーレ、そして強力な魔法で敵を蹴散らすオリビア。この四人の力があったからこそ、ここまで順調に旅を続けてこられたのだ。後は北の雪原で最後の装備さえ手に入れてしまえば魔王の城に行き、魔王を倒すだけだ。俺が助けに来ると信じて待っているはずの勇二のためにも最速で魔王を倒してやる。そう決意を新たにして俺は兜を身につけた。
『そんな……。なんでこんな所に? まさか彼が英雄だと知らない?』
兜を入手して三人のいる方へと向かっていると天使がいきなりそんなことを言い出した。振り返って天使を見ると、いつもの楽しげな表情が消え失せ、驚いたように目を大きく見開いている。
「どうした? 何かあったのか?」
俺がそう尋ねると、天使はハッとした表情になり急いで逃げるように言ってきた。
『ここにいたらまずい! あの三人と一緒に早くこの場から逃げて!』
「逃げるって、一体何から?」
『いいから早く‼ いや、もう駄目だ……。間に合わない……』
天使がそうつぶやくのと同時に辺りが薄暗くなった。それまで廃墟の中を明るく照らしていた月が雲に隠れたのだろうかと崩れた天井から夜空を見上げた。さっきまで見えていた月が無くなっていた。月だけではない。空を彩っていた星たちも全て消え、そこには果てのない漆黒だけが残っていた。何かがおかしい。天使の様子と合わせて異常事態を察知した俺は、数メートル先にいる三人へ警戒態勢を取るよう指示しようとした。
「三人共、周りに注意し……」
三人はこちらを見ていなかった。いや、見ることが出来なかった。三人の目の前には異質な黒い空間が存在しており、その空間の奥から赤い二つの眼が三人を見つめていたからだ。全身の毛が逆立ち、汗が吹き出る。すぐ近くにいる三人と違い、俺は離れて視線も向いていないというのに、空間の中にいる存在がとてつもなく危険な相手だと肌で感じとった。赤い瞳が瞬きを一度すると、黒い空間から手が伸びてきた。青白いその手は人間の頭など簡単に掴めるほど大きく、肉ごと骨を簡単に引き裂けそうな爪が生えており、六本の指にはそれぞれ異なった宝石や装飾が施された指輪が付けられている。金縛りにあったかのように硬直していた三人だったが、途方も無いナニカが闇の空間から出てこようとしていることに気づき、剣や杖を構えようとした。その瞬間、指輪の一つが怪しげな光を放った。三人が糸の切れた人形のように地面へと倒れる。俺は声を上げようとしたが、闇の中の瞳がこちらを向いたせいなのか、見えない手で首を絞められているかのように声が出せなくなった。まるで蛇ににらまれた蛙だ。闇の中から音が聞こえた。ナニカの声だと気づくのに時間がかかってしまった。
「意識を保っているのか……。封魔の兜の効果か? それとも、あの人間が特別なのか……」
疑問を口にしながら、空間の中から徐々にナニカが姿を表す。病的なほど青白い肌に赤い眼、肩まで伸びた白髪、そして牛のように太く黒い二本の角。全てが王国で聞かされた特徴と一致している。ソレは黒い空間から出てくるとゆっくりとこちらへ近づいてきた。黒いローブを身にまとったソレはシュヴァルツより少し背が高いくらいだが、全身から放たれる威圧感により目の前のソレが数メートルの化け物であるかのような錯覚に陥った。俺は早まる鼓動を抑えるように胸に手を当て、覚悟を決めて剣を構えた。臨戦態勢を取っているというのに、ソレは気にせず俺に近寄ってくる。気圧されては駄目だ。そう自分に言い聞かせる。相手は自分の方が強いと確信し油断している。逆にチャンスだ。五つの装備のうち、既に四つは俺が身につけている。たった一つ足りないだけで、倒せない道理はないはずだ。射程圏内に入った瞬間、今使える最強の剣技で一撃で倒す。コイツさえ倒せば後は城まで弟を助けに行くだけだ。弟の顔が脳裏に浮かぶ。途端に恐怖がどこかへ消え去った。一挙手一投足を見逃さないよう相手をじっと睨みつける。あと三歩。相手はこちらの覚悟に気がついていない。あと二歩。剣を握る手に力がこもる。あと一歩。極限の集中により相手の動きがスローモーションに見える。そこだ。俺は十三連斬りを繰り出した。はずだった。
気がつくと俺は床に倒れていた。剣や兜が遠くへと落ちている。一体何が起きたのか頭が理解を拒んでいると、足音がこちらに近づいてくる。俺は落ちている剣を拾おうと体をよじろうとしたが、何も触れていないのに突然体が上から押しつぶされた。身動きどころか指一本動かくことが出来ない。近づいてくるソレを見ると、指輪の一つが輝いていた。鋼鉄の鎧によって攻撃魔法は軽減しているはずだ。それなのに体を少しも動かせないということは、それだけ力の差があるということになる。そんな簡単に勝てるとは思っていなかった。だが、強くなった実感はあったので、油断している相手なら腕や足の一本は切り落とせると踏んでいた。それなのに傷一つ負わせることが出来ないなんて。戦闘というのもおこがましい、先程のやり取りを思い返す。俺の高速の十三連斬りは初撃を指先一つで弾かれるともう一方の腕から放たれた掌底によって廃墟の壁に叩きつけられた。近くを飛ぶ虫を払うかのような軽やかな動き。その動作だけで俺は戦闘不能にさせられてしまった。これがこの世界を支配しようとしている存在。魔王の力か。
「死んでは……いないな……。良かった。別に殺す気はなかったからな……」
魔王はそう言って俺にかけていた魔法を解いた。押しつぶされるような感覚はなくなったが、体はまだ動かせそうにない。魔王はうつ伏せになって倒れている俺のそばまで来ると、再び口を開いた。
「異世界から来た英雄よ……。今日、俺が来たのは戦いのためではない……。話し合いに来たのだ……」
「話し合いだと……? 悪の首領と一体何を話せって言うんだ? しかも、戦うつもりはない? 俺の仲間を問答無用で倒した癖にか?」
「先に攻撃を仕掛けようとしたのは彼らの方だ……。さっきのお前のようにな……。安心しろ。ただ意識を失っているだけだ……。しばらくすれば目覚める……」
魔王の言葉に一安心するが、俺を騙している可能性も充分にある。それに俺も含めて四人とも抵抗ができない以上、俺たちの命運は魔王が握っていることに変わりはない。俺は少しでも回復する時間を稼ぐため、魔王の話を聞くことにする。
「落ち着いたか? ならば良い……。俺が話したいことはマナに関してだ……。お前はこの世界の人間たちの生活を見て、何も感じないか?」
「……さぁ、何を言っているか分からないな」
「知らないフリはよせ……。お前も薄々感じているだろう……? マナを……、クリスタルを無駄に浪費していると……。人間はあらゆることにマナを使いすぎた……。マナとは生命エネルギー……。使いすぎれば枯渇し、この世界そのものが崩壊してしまう……」
「だから人間を滅ぼそうって言うのか? 発想が極端だな。このエコテロリストが!」
「人間を滅ぼす……? 馬鹿なことを……。俺はただ、この世界にバランスをもたらそうとしているだけだ……」
魔王の癖に救世主にでもなったつもりらしい。世界の為だと、自分の行動を正当化してくる悪役とはたちが悪い。
「俺にはまだやらなければならないことが沢山ある……。だから異世界の英雄よ……。俺を倒そうなどという馬鹿な考えは捨てて、どこかで静かに暮らすが良い……。王国から後を追われても見つからない辺境の地へ案内してやろう……。お前たち四人ともな……。悪い話では無いと思うが……?」
「お優しいねぇ。感激のあまり涙が溢れ出しそうだよ。だが、答えはノーだ。お前は、今、ここで倒す!」
『駄目だ! 今はまだ勝ち目がない‼』
俺がなんとか立ち上がろうとすると、姿を隠していた天使が俺のそばに急いでやって来た。すると、魔王の指輪の一つが光り輝いた。俺は体を硬直させて身構えたが何も起きない。天使は魔王を睨みつけるように見上げている。
「やはりこちらからの干渉は不可能か……。姿はアイツにそっくりだな……」
『魔法が効かなくて残念だったね。安心しなよ。僕も君には干渉出来ない。ルールで禁止されているからね』
天使と魔王が話をしている。どうやら魔王には天使が視えているらしい。流石は魔王と言ったところか。俺は近くの椅子などを支えにしてなんとか立ち上がると魔王の正面に立って宣言した。
「お前は俺が倒す。俺のことを待っている勇二の為にも必ずな‼」
交渉は決裂した。啖呵を切ったは良いがここで殺されることも覚悟する。だが、魔王は急に狼狽え始めた。
「どういうことだ⁉ 何が起こっている⁉ 俺は何も……」
「どうした? とどめを刺さないのか? それとも俺に拒否されたのがそんなにショックだったか?」
「違うっ‼ なんで……」
俺は動揺している魔王のスキを逃さず落ちていた剣を拾うと、残った力を振り絞り剣で魔王を突いた。剣技でもなんでもないただの突きだが、ガードが間に合わなかった魔王の脇腹に剣が刺さる。
「ぐっぅううっ……!」
魔王の苦痛に歪んだ顔を見て俺はニヤリと笑うとその場に倒れ込んだ。今のでもう体は限界だ。これで魔王が撤退してくれればいいのだが……。視界が霞む。幻覚でも見ているのだろうか? 俺の顔の前で必死になって俺の名前を叫んでいる天使の他に、魔王に話しかけているもう一人の天使が見えた。いや、アレは天使なのか? 見た目は似ているが服は黒く、羽根もコウモリのような形をしている。魔王はソレと何やら言い争っているように見えたが、脇腹に剣が刺さったまま、来た時と同じ黒い空間を召喚しその中へと消えていった。ひとまず危機は脱したようだ。だが、魔王との力の差を思い知らされ、俺は絶望しながら意識を失った。