9.ヤマアラシを狩ってみよう
天気に恵まれたのか、快晴も快晴。
見上げる先には雲一つない晴れ渡った青空。
その中を円を描くように旋回する鳥の影。……いや、羽毛と牙を持つ飛竜の影。
ギュアアアアアァァ
と濁声のカナリアみたいな雄叫びをあげて滑空してくる。
「このっ、あったれえ!!!」
目一杯引き寄せて放った矢は、翼をはためかせた風によって失速した。
くっそー!やっぱり力が足りない。
「下手くそ」
「うっさいっ!」
ぼそりと呟いたナタクに反論してもう一度弓をつがえようとする手を止められた。
「お前の力じゃ無理」
そういうと、長弓をキリキリと引き絞ると狙いを定めて、飛竜の翼膜をぶち抜いた。
ふふんと鼻を鳴らすドヤ顔がムカつく。
私だってナタクみたいなガタイがあればあれくらいできるもん。
クソムカつく。
よたよたと降下してくる飛竜を追いかけながら、片手剣に手をかける。
落下音と共に落ちてきた飛竜に、いち早く斬りかかる。喉元を斬ったが、少し浅い。
痛みに暴れる飛竜の攻撃を避けつつ、反撃の機会を待っていると遅れてきたイジャクが大剣で片翼を叩き折る。
雄叫びを上げて体を起こした時を狙い、見えた心臓の位置に剣を突き立てた。
手応えと共に噴き出した血が全身を濡らしていく。
素早く飛び退けば、最後の悪あがきとばかりに振り上げた右手が重力と共に落ちた。
「やったな」
「くそっ。取られたか」
ナタクがニヤリと笑い、追撃しようとしていたイジャクが苦笑いを浮かべる。
その後、スミナと合流して解体と剥ぎ取りを行った。
あー、生臭い。
おまけに、簡単に拭いたけど残った血が乾いてパリパリする。早くお風呂に入って洗い流したい。
「ユーリーは銀鱗と尾羽だったな」
ナタクから手渡された部位を見て顔がにやける。
飛竜は翼膜で飛ぶくせに体には羽毛があり鳥みたいな尾羽がある。でも首は鱗で覆われている。トカゲと鳥を掛け合わせたような生き物なのだ。
体の腹の部分は白い羽で覆われていて、首の下は銀鱗が生えている。この首の部分の鱗は固くて丈夫なので、銀鱗で作ったお守りは健康と安全を願うものとなる。
もちろん、リロイにあげるのだ。これからも各地に行くならお守りは必要だもんね。
尾羽は弓の矢にも使うけど、花嫁衣装の飾りにもなる。………一応、ね。
「臭うわよ」
「言わないでよ。気になってんのに」
あからさまに鼻を摘んで渋面を作るスミナの言葉に頬を膨らませる。
リロイに会う前にお風呂に行って落としたい。
汚れた姿で会うなんて冗談じゃない。
そんな時に限って、会っちゃうんだよね…。
獣の咆哮と木々が揺れる音が微かに聞こえた。
獲物の横取りは御法度だが、ピンチなら助けないわけにはいかない。
近くの木に登って周囲を見渡せば、東側の木が不自然に揺れていた。
「東。100ぐらい」
方向と距離を伝えて、みんなで慎重に移動する。できるだけ風を読んで風下を取る。
近づけば、何かと戦っている音や声が耳に届いてきた。
木々が開けた先にある山間の沢で、大人の倍もある巨躯に襲われている人達がいる。
「ヤマアラシだ」
イジャクの呟きに緊張が走った。
前世にいたあんな可愛い動物では無い。こちらのヤマアラシは凶暴なモンスターだ。
縦も横も大人の倍はあるし、ゴツゴツした背中は固く、腕と足に生えている棘は鋭い。
怒らせるとどこまでも執拗に追いかけてくる。
「あいつら、子どもを殺したのか」
よく見れば、沢の水辺に茶色い塊がある。子どものヤマアラシを殺したから、母親が怒り狂ってるのか。
怒った動物ほど危険なものはない。
「バカな真似しやがって。どこのど阿呆だ」
イジャクは舌打ちをしてそう吐き捨てる。
戦っている人達から少し離れた場所に二人いた。どちらもフードを被ってる。あのシルエットは…。
「リロイっ」
「は?リロイ?じゃあ、ゲルトたちか」
ナタクが驚いた顔で一行を見つめる。
道案内のゲルトが中心となっているが、塔の護衛たちとの連携はあまり上手くなさそうだ。
「とりあえず、加勢しよう。俺は弓でサポートする。スミナは罠を、折を見てユーリーが誘導。イジャクはゲルトたちと合流」
ナタクの指示で皆が散って行く。
早る気持ちを抑えて移動する。焦りは禁物だ。助けられる者も助けられなくなる。
ナタクが放った矢がヤマアラシの背中に刺さる。分厚い皮膚に刺さっただけで致命傷にはならない。それでも注意は引けた。
振り向いたヤマアラシへ駆け寄って初撃を食らわし、背後へと回る。こちらを向いたヤマアラシの背後からイジャクが斬りかかる。
ゲルトが「助かるっ」と叫び、攻撃に加わった。
その合間にガイズに近づいた。あちこち傷だらけだが、重傷ではなさそう。
「リロイたちを連れて村へ。そして応援を呼んできて」
「いや、私もここで」
「邪魔よっ」
言いかけたガイズの言葉を遮ってヤマアラシに向き直る。
狩りに慣れてない、しかも怪我人なんて邪魔なだけだ。それよりも護衛なんだからリロイたちを安全な場所へ逃してよね。んで、応援呼んでこい。
「ユーリーっ!」
リロイの声に振り向いて笑う。
大丈夫。リロイを守れるなら、私いつも以上に頑張れるから。
軽く手を上げてから、ヤマアラシに向かって走る。
力では劣る私は敏捷性では負けない。致命傷にはなり得ないが撹乱しながら攻撃していく。その合間にイジャクやゲルトが攻撃を加えていく。
ナタクがサポートしてくれるとはいえ、無傷というわけにはいかなくて、鋭い爪がかすった腕や足に傷が増えていく。
「準備できたわっ!」
スミナの声にイジャクたちがジリッと後退する。距離を取った私は背負っていた弓をつがえて、ヤマアラシにむけて放つ。
肩に命中した矢には少量の毒が塗ってある。ヤマアラシみたいな大物には効かづらいがこちらに意識を向けるには十分だ。
さぁ、追ってこい。
ヤマアラシが立ち上がっていた姿勢から前脚を下ろした。
同時に駆け出すと、咆哮を上げながら追ってきた。目が怒り狂っているのが半端なく怖いっ。
視線の先にスミナがいる。その前に目印の黄色い小さな旗があった。
砂利で走りづらいけど、命とリロイの安全がかかってんのよっ!負けるもんか!
旗の手前でぐっと足に力を込めて蹴ると、宙を蹴るように跳んだ。
スミナの横を越えて着地する。
手をついて一回転して起き上がれば、ヤマアラシは左の前足が罠に嵌り、痛みに咆哮をあげてあばれていた。
前世ではトラバサミと言われる半月の形をした罠で、ギザギザの歯が肉に食い込み小型の動物なら足が千切れてしまう事もある。
スミナが狙いを定めて矢を放つ。
違う方向からも矢が飛んできたので、ナタクだろう。追ってきたイジャクとゲルトがヤマアラシの足を切り付ける。
息を整えた私も片手剣を抜いて走る。
「イジャク、肩貸して」
「おう!来なっ」
何をするか分かったのだろう、ぐっと腰を落としてくれる。
どっしりとしたその背中に駆け寄り、筋肉で盛り上がった肩を踏みつけると高く跳んだ。
目指すはヤマアラシの頭。
落下に合わせて剣を振り下ろせば、体の割に小さい頭に剣を柄までねじ込んだ。
やった。
気が緩んだせいかもしれない。
飛び降りる途中で、ヤマアラシの最期の抵抗として振り回した爪が私の肩にかけた弓に引っかかり、振った勢いのまま飛ばされた。
幸いにも吹っ飛ばされた先は、水が溜まった深い場所だった。
水でも叩きつけられる衝撃は酷く、肺の空気が全部出てしまった。
ごぼりと大きな泡が水面へと上がって行く。それを見送りながら、沈んでるんだなぁ、なんてのんきに考えてた。
リロイは無事に帰れたかな。
やっぱり、初日だけで諦めずに夜這いしとけば良かった。
もう会えないの、やだなぁ。
こぽっと小さな泡が口から出て、あぁ、まだ残ってた、なんてぼぅっと見送った。
死にたくないなぁ。
まだ、リロイから好きだって聞いてないのに。
遠のく意識の中で、リロイが助けてくれる妄想を見た気がした。
へへ。うれし…………
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次話は本日15時です。