13.幸せになってみよう
キギャアアア!
翼を撃ち抜かれ、墜落した飛竜の首をすかさず切り落としたレイガは、刀身に付着した血を払うと鞘に収めた。
「流石。綺麗な切り口ね」
長弓を手にしたユーリーが斜面を滑り降りてくる。
傍からナタクも同じように滑り降りてきた。
首の落ちた飛竜の側へ来るとレイガがニヤリと笑う。
「腕を上げたな」
「師匠がいいからだろ」
ユーリーの代わりに師匠となったナタクが答える。
弓がもっと上手くなりたいとナタクに弟子入りしてもうすぐ一年になる。苦手だった長弓も引けるようになり、小さい飛竜なら高確率で撃ち落とせるようになった。
「本当に、師匠のおかげよ」
「明日は雪かな」
憎まれ口で返す師匠の脛を軽く蹴って解体作業へ移る。
今日はナタクによるユーリーの卒業試験で、事前に決めていた。
ユーリーは飛んでいるものを撃ち落としたかったし、手伝いを頼んだレイガを含め三人で狩れそうなものを選定した結果が小型の飛竜だった。
飛竜の首を一振りで切断する力技はレイガを含めて二、三人にしか出来ない。
「本当はさ、飛んでる飛竜の心臓を打ち抜けたら一番いいんだけどね」
「レイガより筋肉をつけて、俺よりも精度をあげないと無理だ」
「そんな弓と射手がいたら、俺らの出番が無くなるだろ」
軽口を叩きながらも、解体を進めていく。
人数が少ないと持ち帰る部位が少なくなるのが難点だ。貴重な部位と必要な部位だけを取り後は置いて行く。
勿体なく見えるが、山に棲む生き物たちの食糧になり、食糧不足で村へと降りてくる危険も少なくなる。
「そういや、明日だろ」
「そう!そうなの。もう十日前から楽しみで楽しみで」
レイガに話を振られてユーリーはぱぁと表情を明るくした。持っている飛竜の前脚に頬擦りしそうな勢いだ。
「衣装は出来てんのか?ピナも気にしてたぞ」
「もちろんよ。私には心強いお母さんが二人もいるからね」
「お前、針仕事下手くそだもんな」
「うっさいわ。料理は上達したもん」
豪快に笑うレイガを睨みつける。両手が塞がっているので蹴り上げようとしたが難なく躱された。
その様を見てナタクも笑った。
「ユーリーがこんなに献身的になるなんて意外だったな」
「リロイにだけよ。当たり前じゃない」
明日、リロイが一年ぶりに村に帰ってくる。
その知らせを受けてからのユーリーは輝くような笑顔が増え活き活きとしている。彼女に想いを寄せていた者たちは、落ち込んだり再度告白したりと様々だったが、彼女は帰ってくるリロイの事しか考えてなかった。
三日後に秋の祭りが開催される。
祭りのメインイベントとも言える合同結婚式に出席する為に、リロイは帰ってくる。そして、ユーリーは彼と共に村を出る事になっていた。
一年前、ユーリーに告白したリロイは一年後に結婚しようと約束をしてくれた。本当は直ぐにでも付いて行きたかったが、そんな簡単にはいかない。
リロイが去ってからユーリーは忙しくなった。
簡単な針仕事や料理を覚え、狩りの腕を磨き、一年後に着る花嫁と花婿の衣装も作った。
花嫁衣装といっても、前世のウエディングドレスとは違い、民族衣装に近い。
スヴェンという、シンプルな上衣とスカートの上から伝統的な模様が入った織物を巻きつけ、同じ織物で頭髪を覆う衣装になる。男性は同じようにシンプルな服に織物を肩にかけて飾り紐で留める衣装になる。
そして、極彩鳥の羽や花などで飾り付けをするのだ。
ユーリーも材料は揃えて、母達の協力の元に衣装は完成している。リロイの衣装にも同じ飾りを付けて、お揃いにしている。
「おめでたいけど、ユーリーがいなくなるのは寂しいわ」
この一年で前よりも親しくなったピナはそう言って大きなお腹を撫でた。
レイガと結婚した事で余計な嫉妬をしなくなったピナは意外と付き合いやすく、当時を笑い話にしてからかう程には仲良くなっていた。
「でも、子どもができたら戻ってくるよ。その時はよろしくね、先輩」
それもリロイと話をして決めた事だった。
初めての妊娠、出産となればリロイだけでは十分なことはできないから母親達や友人のいるこの村で産み育てて欲しいと。
それまでは二人暮らしなので、ユーリーは本当の新婚生活。たっぷり楽しむつもりでいる。
ピナと別れて、リロイの家へと向かう。
明日は母も招いて家族四人で食事する予定なので、今から義母と下準備をするつもりだ。
足取りも軽く家へと向かうと、家の前に人がいた。旅人が着る長いローブを着て、フードを被っている。
ローブを着ていても分かる。
あの細身だがしっかりした体幹。目視した限りそんなに変わっていない身長。
「リロイーーー!!!」
足に力を込めて猛ダッシュしたユーリーはその勢いのまま飛びついた。
気がついたリロイが身構えたが衝撃は消えず、そのまま二人して倒れてしまう。
「ユーリー」
怒りを含んだ声に、しまったと慌てたが離れる選択肢などもっていないユーリーはそのままギュッと抱きついて「おかえりなさい」とできるだけ可愛く話しかけた。
ぐっと文句を飲み込んだリロイは苦虫を噛み潰した表情で息を吐く。久しぶりの再会にリロイも嬉しさが優っていた。
苦笑したリロイは、誤魔化すように愛想笑いを浮かべるユーリーの唇に触れるだけのキスをする。
瞬時に真っ赤に染まったユーリーにニヤッと笑いかけると、さっさっと立ち上がりその手を取って立ち上がらせる。
乱れた髪の毛を手櫛で整えてやると、柔らかな頬をむにっと摘む。
「にゃに?」
ふっと優しい笑顔になったリロイに見惚れているユーリーは、徐々に近くなるのを感じながら目を閉じた。
「ただいま。ユーリー」
囁きと共に触れた唇に幸せを噛み締め、両腕を彼の首に回して「おかえり」の気持ちを込めてギュッと抱きしめた。
後に、彼らの子どもが最強の賢者と呼ばれ各地を巡る旅をする。………かもしれない。
全ては、まだ見ぬ未来のお話である。
※終わり※
これにて完結となります。
お読みくださりありがとうございました。




