1.地竜を狩ってみよう
グギャアアア!!!
大気をつんざく咆哮に堪らず耳を押さえる。
ああ、やっぱ面倒がらずに耳栓しとけば良かった。
耳の奥がツキンと痛む。
「ユーリー!右に罠を仕掛けた誘導しろっ」
レイガの声に舌打ちする。
簡単に言ってくれる。
手負いの竜を相手に死ぬ気で走れってか。
右手に握った小剣をデカイ的に向けて投げつける。注意をこちらに向ける事が目的なので、体のどこかに刺さればいい。だが、投げた小剣はヤツの尻尾に弾き飛ばされた。
くそったれ。反応が早すぎる。
でも、目的は果たせたらしい。金色の怒りに燃えた目がギョロリと私に向けられた。
完全にロックオンされたっぽい。
「さぁ、来い。デカブツ」
唇を一舐めしてジリっと後ろに一歩下がる。
あとはタイミングだけ。
ヤツの首がグッと低くなる。突撃の前動作の確認と同時に走り出す。
元陸上部、舐めんなよ。
しかも、ここ最近山の中を走り回されて更に磨きが掛かったこの足に追いつけるもんなら追いついてみなっ!
って、啖呵切ったけど、さすが野生動物。
速い、速い、はやいーーー!!!
死ぬ!マジで死ぬ。転けたら、一歩でも走る所を間違えたら死ぬ!
ガチで死ぬ気で走り抜ける。
背後から木を薙ぎ倒す恐ろしい音が聞こえる。
必死で走る先に赤い布を付けた枝が突き刺さっているのが見えた。罠の目印だ。
必死に足を動かし、ギアを上げる。
あそこに誘い込むだけでいい。罠の右側を通り抜け、ヤツがその上を通るように直線の位置に戻るが勢い余って転けた。
ごろごろと転がって木の幹にぶつかった。
痛い。
打った背中も痛いけど、肺が痛い。てか苦しい。
目を開けば落とし罠にかかったヤツが下半身を地面に埋めて暴れていた。
そこを仲間たちが攻撃している。
息を整えてからふらりと立ち上がる。
あー、キツイ。痛い。
痛いけど、そんな事言ってらんない。
腰に差した片手剣を抜いて、参戦する為に再び走り出した。
倒した地竜の体に剣をぶっ刺して解体していく。
まだ生温かい体に触れる事も、剣から伝わる骨と肉を断つ感触も、むわっとする血の匂いも慣れたもの。小さい頃から小動物の解体は手伝ってたからね。身に染みついてるのよ。
全部は持てないので、優先順位が高いものから順に荷物に入れていく。
残りは放っておけば他の動物や自然が屠ってくれる。
戦利品は帰ってから各自の貢献度や希望を聞いた上でリーダーが分配する。
目的の地竜は狩ったが、帰り道で見つけた薬草や食用キノコなんかは自分の物になるので、はぐれない程度に採取して行く。
「よぉ。今日もいい走りっぷりだったな」
レイガから手渡された黄色い果実を軽くぬぐってかぶりつく。
チェナの実は果汁が多いが、赤いと酸っぱくて黄色いと甘い。
走り疲れた体に甘い果実が染み渡る。
「また頼むぜ」
「やだよ。山道キツイのに」
レイガは声を上げて笑うと追い越して先を歩いて行く。
背負った荷物からはみ出している地竜の爪がエグい。隣を歩くナタクはぶっとい腕に抱えた尻尾を引きずっている。
地竜の尻尾は先端付近が貴重なので、根元付近は多少痛んでも大丈夫。
そういう私は、食用になる肉の塊と被膜の付いた翼を背負っている。退化したのか飛ぶことができない翼は小さくて私でも持てる。
私たちが帰るのは、山間にあるコランド村というところ。
連山の中にある集落の一つで、段々畑と温泉が特徴の長閑な村だ。山には竜種や肉食の大型鳥など様々な動物がいるが、村の周囲に獣避けの道具を置いている。
コランド村の他にも大きな洞窟や山の山頂にある村などがある。行商の人の話では、この村よりも大きな岩の上にある村もあるそうだ。想像がつかない。
私はコランド村のハンター夫婦の娘として生まれた。名前をユーリーという。
父親は巨体の古竜討伐での傷が悪化して、三年前に亡くなった。父が怪我をしてから母はハンターを辞めて、畑を耕し手仕事をして生計を立てている。
二年前の十五才で成人した私は、父と母に憧れてハンターになった。と言うのは建前で、それ以外に選べなかったというか、なんというか。
手仕事をするには不器用で売り物にならず、畑を手伝えばなぜか苗が枯れる。他の職も考えたけど、ハンターは実入が違うし性に合っていた。
狩った肉は優先的にもらえるし、素材は売っても良いし、武器や防具に加工もできる。
ただ、怪我は絶えないし、女性のハンターは息が短い。体の作りが男性と違うのだから仕方ない。私は持ち前の瞬発力で回避しているので、今のところ大きな怪我はした事がない。大型の狩りに参加していないおかげもある。
大型の狩りは実入もいいし、素材も貴重だけど、個体が強いからどうしても死傷者が出る。それに村からは離れたところに生息しているから、狩りに日数が掛かる。
泊まりがけの狩りが嫌いなので、できるだけ日帰りできるやつにしか参加しない。
今日の地竜討伐は参加できる条件で最大で最良なやつ。
今日の報酬は、地竜の肉と爪三本と翼一対。
爪と翼は防具の素材分を取って後は売却。
肉は持ち帰る。臭みは少ないし、塩だけで十分美味しいの。今日はご馳走様だわ。
ほくほく気分で家へ帰ろうとしたら、背後から肩を抱かれた。
「ユーリー、今日こそ付き合えよ」
レイガがニヤリと笑いながら引き寄せようとする腕からするりと抜け出す。
「タイプじゃないからごめんよ。相手には事欠かないでしょ」
泊まりが嫌な理由の一つがこれ。
狩りが終わると、色んなものが昂ぶるらしくてそういう相手として誘われるの。
女なら誰でもいい。みたいな感じで誘われても嬉しくないし、衝動的なのって嫌なんだよね。やっぱり好きな人としたいじゃん?
私みたいな考え方は少なくて、みんなは奔放な感じなんだよね。いつ死ぬか分からなかったら、そうなるんだろうけど。
私、前世の記憶があるせいか、そういうのダメなんだよね。
そう、私ね、日本人だった記憶があるの。
まだ父親が生きてた頃だから十才になるぐらいだったかな。暴走した牛みたいな動物にはねられて生死を彷徨った事があるのよ。その時にうなされながら色々と思い出しちゃったんだよね。
前の自分がどうだったか詳しくは思い出せないんだけど、倫理観とか道徳観とか思い出しちゃってさ。そこから色々と擦り合わせて、なんとか落ち着いた。
前世はなんとなく大人だった気がする。
だからか、成人して最初にえっちの相手に誘われた時に「エンコーダメ!」って思っちゃったんだよね。エンコーってなんだろ。炎虎?塩湖?分からん。
相手が十以上年上で好みじゃなかったせいかもしれない。
なんとなく、そういうのは好きな人とするって感じがするんだよね。
前世の記憶を思い出して最初に思ったのが「なんで乙女ゲームじゃなくて狩猟ゲームなのっ!」だったわ。ゲームってのもなんとなくしか思い出せないんだけど、なんでこの世界なの!?ってのは強く思ったなぁ。
転生の定番は乙女ゲームで、悪役令嬢とかモブとかでしょ!?なんで狩猟ゲームなの!?王子様いないじゃん!って絶望した。一日ぐらい。
悪役令嬢やモブってのも良く分からないが、多分人だと思う。
前世の記憶がぼやぼやしてて偏りが酷い。分からない言葉は気にしないようにしている。
そもそも国があるのかも分からない。活動範囲が自分の村と近隣の村ぐらいだし。村を渡り歩く商人も山裾にある町の話は聞くけど、国ってのは聞かない。だから王様も皇帝も大公も知らない。役人もいないしね。たぶん。
記憶だと、こういう転生って飯テロとか内政チートとか教育改革とかしてるイメージあるんだけど、無理だわ。
飯テロのテロってなんだかよく分かんないけど、ご飯の事よね?岩塩と少しの香草しか無い村で何をしろと?卵だって貴重だし。そもそも生卵なんて食べないからね。
山間の村で教育も内政もあんまり意味なく無い?数を数えたり計算する恩恵はある気がするけど、人に教えるほどでもないし。
転生特典てなんだろうね。
前世陸上部だったから走り方とかトレーニングの仕方を覚えてるぐらい。
まさか、それ?うそぉ。しょぼすぎる。
でも転生で良かったよ。転移とかだったらその日に死んでたね。前の体じゃ絶対に生きていける自信がないもん。
前世と違うところはたくさんあるけど、一番は価値観というか、理想の恋人像っていうの?そういうのが全然違う。
ここって、顔とかよりも狩りが上手いとか、養える力がある男がモテるの。だって生活かかってるから。生き死にの前に顔なんて二の次じゃない?
死んだ父親もムキムキのゴリゴリだった。かっこよかったけど。バタ臭い顔だったけど、生き様もカッコよくて正に漢だった。ゴリムキでもあれは惚れる。
まぁ、ハンターになった私ももれなくムキムキガールだけどね。ボディビルレディよりはアスリートに近いかな。必要な筋肉が程よく付いてる。ちなみに腹筋は四つに割れてる。すごいっしょ。甘味なんて果物ぐらいだし、タンパク質生活だからか、贅肉も少ない。健康美〜。披露する場所なんて無いけど。
まぁ、それは置いといて。
この辺じゃ、うちの父親とかレイガみたいにゴリゴリのマッチョがモテるのよ。狩り上手いしね。
でも、私の好みは前世の記憶が反映されてるのか、線の細い知的な人なのよね。できたら美少年か美青年がいい。
だがしかし!狩猟生活をしているこの村にそんな人いないんだよね。
正確にはいなくなったんだけどね。
幼馴染でリロイって男の子が、私の好みドンピシャだったんだよ。顔は美少年というより、可愛い系なワンコタイプで目がクリッとしてて、もう本当に可愛かった。
性格は控えめで全体的におとなしい子だった。争い事が嫌いで、狩りに行くよりも植物採取を好み、植物や動物の観察に興味を持っていた。
だから、村の子たちから「弱い」「腰抜け」なんて呼ばれてて、その度にリロイを庇っていたのが私だった。
前世の記憶が蘇る前から気にはなっていたんだけど、記憶が事蘇った後は、事あるごとに「好き」だの「将来結婚しよう」って迫ってたなぁ。
リロイが狩りをしなくても、私がすればいいじゃんって思ったし。
「僕なんて…」とか言うたびに、リロイのどこが好きか熱心に語ったものだ。
その熱量がいけなかったのか、成人の前にリロイは村を出て行った。親以外、誰にも言わずに。私が十一才でリロイが十二才だった。
もうすっごいショック。失恋したんだって三日ぐらい泣いたね。一ヶ月ぐらい引きずって凹んでた。
そしたら、リロイのお母さんがこっそり教えてくれたの。リロイは学者になりに行ったんだって。
各地を渡り歩いて、植物や動物の生態を研究する学者たちがいるの。うちの村にも何人か来たことがある。植物や動物の分布図とか、危険な動物の活動範囲とかを調べるんだって。
そんな学者たちが集まる『知識の塔』が遠い場所にあって、リロイは村に来ていた学者について行ったんだって。
ちょっとホッとした。
やりたい事があったから村を出て行ったんだ。私が嫌いだからじゃないんだって思おうとした。
いつか、リロイが学者になってこの村に来たら本当の事を聞いてみたい。
その時に私もリロイも誰かと結婚してるかもしれない。それでも、いつかまた会いたいな。
でも、リロイが誰かと結婚してるとか、やっぱり嫌っ!!三十才になっててもいいから独身でいて!!
思い出したらちょっと凹んできた。
気分転換に温泉に入りに行ってこよう。
お読みくださりありがとうございます。