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4 ハロウィンパーティーのはじまり

『――で。もう変身せぬと?』

「そうだよ! できるわけないだろっ」

 先程まで一本槍が座っていたベッドに腰かける気になれず、イスに座りながら広弥はわめいた。


「よりによってあの一本槍がアノニマスだったなんて……信じらんないけどさぁ」

 教室の中心で常にバカ騒ぎしているクラスメイトと、驚異的な身体能力でもって人助けをするクールなヒーロー――どうしたって、イコールで結びつきなどしないのだが。


「問題はそれだけじゃなくて、ジャッコランの正体がボクだって何故かバレてることだよッ! バレてるよねっアレ? でなきゃ、あんなことワザワザ言ってこないよねッ?」

『そうだとして、なにがそんなに問題なのだ。正体を周囲にばらされることか?』

「そ、それは……向こうも秘密でヒーローやってて、なのにこっちに正体教えてくるくらいだから……ないだろうけど」

『なら、問題ないではないか。元々、勝負するとまで言っていた相手なのだ』

 気軽な調子で言うジャックに、「それだよッ!」と広弥はうめいた。


「昨日の夜、なんだかんだで喧嘩になっちゃったし、もう敵視されてるし! 勝負なんて無理無理無理ッ」

『なんだ。昨日はあんなにやる気ではなかったか』

「相手が一本槍じゃ話が違うよッ! スクールカースト上位だぞッ! 女王みたいなもんだよっ? ボクなんか勝てるわけ――」

『正体不明のスーパーヒーローより、同年代の女子の方が怖いのかおヌシは』

「だって――」

 言いかけ、ぐっと胸の前で拳を握る。


「……だって。一本槍みたいな連中は……特別ってゆーか……」

『特別と言うのなら、おヌシだって特別であろう』

「え?」

『なにせ、ワレがついておるのだ。昨日も言ったが、ワレらが、そこらの小娘に負けるはずがなかろう』

「……う、うん……」

 目の前の仮面を、じっと見る。そうだ――自分は、一人じゃない。ジャックがいるのだ。

『行くぞ――ジャッコラン』

「――あぁ!」

 仮面を手に取る。やることは一つ――人を救う。それだけだ。


「……で、この仮面が変身したときの頭蓋骨なんだけど……」

『そこは、企業秘密と言うものだ』


***


「きゃああああああッ!」

 女性のつんざくような悲鳴に、暗い空から駆けつける。どうやら、夜道を歩いていた女性が大きな車に連れ込まれそうになっているところだったらしい。男らは慌てて女の口をふさごうとするが――遅い。


「っだぁ!」

 空から降りざまに、車の屋根を蹴り破る。穴が空いた車の中から、共犯者らしい男たちの慌てる声が聞こえた。

「なんだなんだッ⁉」

「い、いきなり車に穴が……」

 ワケが分からない、といった様子の犯人らは一旦放っておくことにし、女性を拉致しようとしている男に向き直る。


「――おい、オマエ」

「ッ、な、なんだおまえ……そんなイカれた格好して」

「うるさいなぁ。確かに頭蓋骨はアレだけど、カッコいいものはやっぱりカッコいいだろ!」

 そのまま、「ていっ!」と男の頭を蹴り上げる。思い切り蹴ると「もぎれるかも」とジャックに言われていたので、セーブをしてだ。それでも、男は自分の車に勢いよくぶち当たり、気絶してしまった。


「こいつ……やべぇ!」

 運転席の男はそう叫ぶなり、思い切りアクセルを踏んだ。急発進する車に――「おいおい」と広弥が唸る。

「逃げ切れると思うな――よッ!」

 そう、手から出たのは小さな火球だった。それを、思い切りぶん投げる。普段、体育の授業でハンドボールは十メートル程度しか飛ばない広弥だが、ジャッコランに変身した姿では数十メートル先を走る車のタイヤに、勢いよく命中させることができる。

 穴が開いてくるくる回りながら、車は近くの電柱にぶつかってようやく止まった。


「……ふう。おねえさん、安心してください。これで悪人は、このヒーロー・ジャッコランが――」

 言いながら振り返ると、被害者はすでにずっと遠くへと走り去っていた。「お化けぇぇっ!」と悲鳴まで聞こえてくる。

「……助けたのに」

『まぁその見た目だからな。不気味がられるのも仕方あるまい』

「オマ言う」

 だがそれよりも――先からピクりとも動かない車を見つめながら、広弥は深々とため息をついた。


「この街……めちゃくちゃ治安悪くない?」

『そうか?』

「そうだよっ! 最初に変身した日こそ、結局なにもなかったけど……なんか次の日から事故やら犯罪やら出てくる出てくる! 今日で四日目だけど、女の人が襲われてるの助けるの、今晩だけでもう三件目だよ?」

『ふむ……まぁワレが人間として生きていた頃は、悪魔が出るのも、食い物欲しさに殺人なんぞも日常茶飯であったわけであるし。それに比べれば』

「人権のじの字もなかった、昔話の時代と一緒にするなよ」

 げんなりしながら、スマホをごそごそと取り出す。


 あれから、アノニマスとは出会っていない。正確には、一本槍とは学校の教室で顔は会わせているが、それだけだ。漫画もあの次の日、机の上にポンと置いてあった。会話は、一切していない。まぁそれは、つまりいつも通りというだけのことだが。


 スマホの画面には、アノニマスが人助けをしているニュースがいくつも流れている。強盗事件や、変質者、果ては俺俺詐欺グループまで捕まえ、解決し、すっかり「街のヒーロー」として周知されつつある。感謝や賞賛のコメントも集まっており、もはや「旬」の人気者だ。


 かたや――「ジャッコラン」に関するニュースは「街にバケモノ現る」だの「飛ぶ骸骨出現、悪人退治? 被害は甚大」だの、不人気極まりない。最初にけが人を出してしまったのも良くなかった。コメントでのこき下ろされ具合が酷い。読むとメンタルが削られるため、広弥も最近は敢えて見ないようにしていた。

 ニュースの評価は「勝負」には関係ないだろうが――それでも。


「ボクも、頑張ってるんだけどなぁ」

『うむ。今も、女を一人助けたではないか』

「……そう言ってくれるのは、ジャックだけだし」


(なんか、思ってたのと違うな)

 ヒーローになれば。もっとカッコ良く活躍して、人に尊敬されたり感謝されたり……とにかく、そういうものだと思っていた。広弥が憧れるのは「デビアン」のようなダークヒーローでこそあったが、その根本は変わらない。


 ちらっと、左手の包帯を見る。その下に描いた紋章も、今は色褪せてきている。

『おヌシはよくやっている。成果だって、おヌシが分かっていないだけで出ている。自分を信じることだ』

「悪魔を騙した悪人とは思えないセリフだなぁ」

『イメージとはそういうものだ。人の眼を曇らせる。おヌシが悪しざまに言われているのも、そのイメージのせいだな』

「……そうかな」


 パトカーの音が近づいてきた。もう、慣れたものだ。


「行こう、ジャック。もう眠いし」

 黒い翼を広げ、空に飛び上がる。大きな月が、妙に赤黒く曇って見えた。


***


「トリックオアトリート!」

 そんなはしゃいだ声が、クラス中から聞こえる。

 ハロウィン当日――放課後の教室は、兼ねてよりの(一部生徒の)話し合いの成果あって、クラス全員が仮装をし、あちこちがオレンジと黒と紫で彩られ、とにかくハロウィンムード一色だった。


「特別だからな。あんま言いふらすなよ」

 そう笑って、はしゃぐ生徒らにお菓子を配っているのは担任だ。百均で売っているような悪魔の角飾りをつけて、満更でもなさそうだ。


「なんだかんだ、楽しいね」

 そう言う豪太は、例のボンキで買ったらしいスーパーマンの衣装を着ていた。わりと似合っているのだが、教室の隅で猫背で小さくなっているため台無しだ。

「……そうみたいだな」

 答えながらも、あくびが出る。昨晩も、奇声を上げて刃物を道端で振り回していた男を退治したりと、大変だった。そんなのが、このところ珍しくない。


「ま、萬狩くんはそれ、百均の?」

「ん……まぁな」

 広弥が身に着けているのは、担任のものとそう変わらなかった。例の仮面は、被ると変身してしまうので使えない。もしかしたら「仮装」と言い張って変身しても良かったのかもしれないが――クラスメイトの反応を見るのが、なんだか嫌だった。


(一本槍も……別にアノニマスの格好ってワケじゃないんだな)

 先頭に立ってはしゃいでいる一本槍は、オレンジと紫を基調にしたハロウィンカラーの魔女の格好をしている。スカートが、いつもより更に短いのは、おそらく気のせいではないし、多分、広弥以外の男子たちも皆気にしている。

 その姿を見ていると――とてもではないが、あのアノニマスと同一人物だとは思えない。


(ただの人間で……女子で……なのに、凶悪な犯人に一人で立ち向かったりしてて……なんでだろ)

 ジャックの力を借りている広弥でさえ、疲れているのに。一本槍の顔には、そんな様子は少しも見られない。

(もしかして……一本槍があのアノニマスだって言うのは……なんか、勘違いなんかな)


 「アノニマス」という単語は、特別なものではない。もしかしたらあの日、一本槍は別の意味で言ったのかもしれないし、もしかしたらそもそも、一緒に帰ったのは一本槍に化けたアノニマスだったのかもしれない。考えれば考える程、頭がぐるぐるして――。


 異変が起きたのは、そのときだった。


 ドォンと、大きな音が聞こえた。季節外れの花火かと、そう思えるような。

 なんだなんだと、皆が窓際に集まり外を眺める。

「イベントか何か、やってるのかなぁ」

 豪太がそわそわしながら呟くのが聞こえた。正直どうでも良くて、ぼんやりとその様子を離れて眺めていたのだが。


「アレ……なんだ?」

 担任が、ぽつりと言った。みんながざわつき始める。


『――来たか』

 ジャックが、ぽつりと呟くのがすぐ横で聞こえた。

「『来た』……?」

 広弥も目を凝らす。見えるのは、オレンジ色の大きな夕陽。

 そう、思ったが――違う。

「あれ……月か?」

 深紅の大きな月が、夕暮れの空にぽかりと浮かんでいる。まるで、真っ赤な穴が、空に空いたかのように。

 そして――そこからわらわらと、黒い影がいくつもいくつも飛んでくる。


 広弥には、それが見慣れた姿のように見えた。白い髑髏に、黒い翼。その姿は――。

「ジャッコマン……?」

 豪太が、隣でぽかんとした顔で呟いた。

 ジャッコランによく似た、異形の大群。アレは。


「悪魔……?」

 呟き、隣を見る。カブ頭の顔は、いつも通り笑顔のままだった。

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