3 二人乗り、二人きり。そして告白
駐輪場で待ち伏せていたらしい一本槍が、「よいしょ」と広弥の自転車荷台に座る。
「さっさと、アンタの家に行こうよ」
「な――んで」
「なんでって」
そう、首を傾げる一本槍は心底不思議そうな顔をしてみせた。
「本借りるって、約束したでしょ」
「……」
本を借りると、家に来るは果たしてイコールなのだろうか。
自分より少し身体の大きい一本槍を荷台に乗せながら、ひいひい自転車を漕ぎつつ――広弥は「誰にも見られていないか」が気になって仕方がなかった。だがそれ以上に気になっていたのは、背中越しの体温や柔らかな感触で。少しでも距離を取ろうとすると、それ以上にひっつかれるのが堪らなく辛く、ペダルを踏む足に一層力を込めた。
「お邪魔しまーす」
そして当然のように部屋へ上がってくる彼女を、もう抑える気力も残っていなかった。
「親は? 留守なんだ」
「ま、まぁ……父親が旅行好きで、母親も一緒に……今回は、えぇっと二日前から」
「へぇ」
ふと、二人きりであることに気がつき。「変な気を起こすな」などと言いがかりをつけられるかと固まりかけたが。一本槍は、「お父さんとお母さん、仲良いんだね」と少し笑っただけだった。
部屋に上がりこんだ一本槍は、自然とベッドに腰かけた。思わずドキリとしてしまい、慌てて顔を本棚へと向ける。
「こっ、これ……なんだけど」
「うわ。絵が暗ぁい」
「あ、明るい話じゃないから……」
イラッとしそうになる自分を、無理矢理笑顔を作ってごまかす。とにかく、さっさと貸してさっさと帰ってもらわねば。そう思っているのに、何故か彼女はそのまま漫画のページを開き始めた。
「あ、本当に悪魔が主人公なんだ。変な感じー」
「そ、そこがこの漫画の良いとこなんだよ! 魔界でハミ出し者だった主人公が、人間界に来たことで居場所と大切な存在を見つけて、故郷を裏切りヒーローとして――」
「『オレにはオレの正義がある。それをバカにする資格など、キサマにあるものか』」
台詞を朗読され、思わずぴくりと反応してしまう。昼間、自分が一本槍に言った言葉だ。
「そ、そんなにソレ気になる……?」
「んー。まぁね」
パタンと本を閉じると、一本槍の視線がちらっと別の方へと走った。
「ねぇ。あの仮面、なに?」
「えっ」
一本槍が言っているのは、当然、例のカブの仮面だ。本棚の上に、飾り物のように置きっぱなしにしていた。
「これっ、今度のハロウィンにつけようかな……って。その、父親の道楽の一つで」
「マジで。ウケるんだけど」
けらけらと、一本槍が笑う。
「超似合うじゃん。ソレってアレでしょ? ジャック・オ・ランタンのやつ」
「よ、よく分かるな。ふつう、カボチャだろ」
かなり意外な感じがして、思わず目をしばたかせる。もしかして、ハロウィンがかなり好きなのだろうか。だから、クラスでパーティーをやるなんて言い出したのか。
「知ってるよぉ。アメリカに文化が伝わったときに、カボチャに変わっただけでぇ、今でもアイルランドやスコットランドでは、カブでランタン作りするんだよん」
「へぇ……」
「そもそも、なんでカブでランタン作るか、知ってる?」
「い、いや……」
まさか、上級貴族とは言えギャルに知識で負けるとは思っておらず、なんだか少し恥ずかしい。――そして、そんなひねくれた見下し方を一本槍に対して抱いていた自分に今更気がつき、広弥は余計に俯きたい気分になった。
「し、知らない。なんで? スコットランドでは、カブが名産とか」
「かぶはね、人間の頭蓋骨に似てるんだよ」
「え……」
一本槍は笑顔のまま、大きな目を広弥にじっと向けていた。
「かぶを使うようになる前は、頭蓋骨をランタンにしていたのが本来の形だったんじゃないかって説もあるくらい。まぁなんて言うか――悪趣味満点って感じだよねぇ?」
「……っ」
思わず、仮面を見つめる。
(そう言えば……変身したとき、アレ頭蓋骨に変わってたよな……)
そう考えるとなんだか気持ちが悪い。「カッコいい」と浮かれていたけれど――自分が被っていた骨は一体なんなのか。思わず、腕をさする。
「うち、帰るね」
急にスッとベッドから立ち上がり、一本槍が出口へ向かう。
「これ、借りてく。明日学校で返すわ」
「あ……うん」
「デビアン」の一巻を手に持ちながら言う一本槍に、広弥は「あの」と続けた。
「まだ、続きの巻もあるけど」
「あー。良いよ、取り敢えず敵情視察的なヤツで、読んでみたかっただけだしー」
そう告げる笑顔は、あまりに普通で。あやうく、話の内容を流してしまうところだった。
「あ……え? 敵情……?」
「うち、アノニマスだから」
けらりと笑う一本槍を。広弥は、ぽかんと見つめる。
問い返す間なんて待ってもくれず、一本槍はそのまま、部屋を出ていった。
たんたんたんと遠ざかっていく足音を聴きながら、ゆっくりと頭が回転し始める。
「……え?」
ようやく出た声は、相手に届くこともなく宙に溶けて消えた。