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2 匿名希望ヒーロー

 続けざまに拳が二発、顔と腹を狙ってくる。喧嘩をしたこともない広弥がそれを防げたのは、おそらく悪魔の力とやらのおかげなのだろう。更に顎を狙われ、広弥は慌てて仰け反った。


「ま、待って! なんで攻撃してくるんだッ?」

「今、向こうの店で罪のない一般人に襲いかかっていただろう。どういう仕掛けで空を飛ぶのかは分からないが……。しかもその格好――暴力趣味の変質者か」

 文字通り機械的な調子の発言に、むっと引っかかる。

「他人にどうこう言う前に、全身赤タイツなんてそっちこそ変質者じゃんかっ」

「な――ッ」

 相手の声に雑音が混じる。途端、蹴りが横から頭を狙ってきて、広弥は慌てて手の枷についた鎖でそれを受けた。ぎしっと鎖の軋む音が、耳のすぐそばでする。


「……この格好を侮辱したな?」

「そっちが先に言ったんだろ! そんな身体のもっこりラインが丸わかりな服――」

 とまで言って、ハッとする。改めて見れば、今自分で言った通り、相手の身体のラインがよく分かる。そして――胸から尻にかけてまでの線は、どう見ても。

「お……女ッ?」

「――ッ」

 今度は腹を、横蹴りが襲ってきた。これまでの攻撃以上に早く、重い――かわし損ね、みぞおちにくらい転倒しかけるが、バランスを崩しきる前になんとか空へと浮かんだ。


「うぉげ……お腹ぎもぢわるい……」

「降りてこいバケモノ……わたしが正義を施してやる」

「う……うるさい! ボクは……ボクもヒーローだッ」

「ヒーロー? そんな格好――悪魔かなにかか? どう見ても悪役じゃないか」

 鼻で笑われ、ぎりっと歯がみする。自分が憧れている「デビアン」まで一緒にバカにされたような気がして、広弥は思い切り叫んだ。


「悪魔でなにが悪いッ! ボクにはボクの正義があるっ。それをバカにする資格なんて、誰にだってあるもんかッ」

「――なら勝負だ」

 スッと。冷たい風が、喉元を撫でたような気がした。地面からこちらを見つめながら、彼女は静かにそう言った。

「おまえの正義とわたしの正義――どちらが多くの人を救えるか。どちらが本当のヒーローか。結果で勝負だ」

「……受けて立ってやる」

 頭蓋骨の仮面越しに、精一杯睨みつけながら広弥は頷いた。


「ボクはジャッコランだ! ボクは――オマエなんかに負けないっ」

 大声でそう宣言したものの。相手はすでに背を向け、歩き出していた。

「ま――待てって! オマエはなんだよっ、なんなんだよ!」

「――匿名希望アノニマス

 呟くなり。赤い姿は、サッとその場を飛び退き、くるりと宙で回ると向きを変え、走り去って行ってしまった。かなり速い――あの身体能力で、空を飛んで逃げた広弥にも追いついたのだろう。


 拳を握り歯がみする広弥に、ひょっこりと姿を現したジャックが『ふむ』と頷いた。

「人間界にもいろいろおるのう。まぁ、おヌシの能力で、普通の人間に負けるワケがなかろう。ガシガシ思う存分に能力をふるってだな」

「……負けない」

 ジャックの言葉を受けたわけではなかったが。広弥は力強く呟いた。

「あんなカッコいい名前つけてずるい……ボクだってどうせならドイツ語とか使いたかったんだからなッ。この紋章に賭けて、もうぜぇぇぇったいに負けないッ!」

 左手を掲げ誓う広弥の声は、夜の公園に虚しく響くばかりだった。



***

「萬狩くん! 昨日ね、ぼく、すごいことがあって……!」

 翌朝。席で顔を合わせるなり、豪太は興奮した調子で――しかし相変わらず小声で――話しかけてきた。それをどんな表情で聞けば良いのか、広弥には判断しかねたが。


「……なにかあったのか?」

 無難にそう訊ねると、豪太はこくこくと何度も頷き、顔を近づけてくる。

「ぼっ、ぼく。例のコスプレ衣装を準備するために……夜、ボンキに行ったんだけど」

「なんでわざわざ夜に」

「え? ほら。昼間に行って、知り合いに会ったらなんか……ちょっと恥ずかしいし」

 顔を赤くし、頭を掻く友人に、「あっそ」と気の抜けた返事しかできない。もう少し、夜にパトロールする身のことも考えて欲しいものだ。もちろんそんな広弥の胸の内など知るよしもなく、豪太はだんだん早口になってきた。


「とにかく、ぼくが大人に取り囲まれてたら、空から急にヒーローが現れて……コウモリのお化けみたいな格好だったんだけどね! 萬狩くんも好きな感じだと思うんだよなあ」

「へぇ……」

 果たして褒められているのだろうか。微妙な心地で話を聞くものの、なんだか妙にむず痒い。

 ただ、豪太が「ヒーロー」として認識してくれていたことは、純粋に嬉しかった。

 おほん、と咳払いし。「ヒーローねぇ……」とわざとらしく繰り返す。


「それでその、ヒーローってのは……名前、とか」

「え? 名前は、えーっと……確か、ジャッコマンだったかな」

「へ、へぇ……」

(違ぁぁうッ!)

 思いきり怒鳴りたいが、できるわけもない。ただ、あの場で必死に捻り出した名前を覚えられていないというのは、ほんのり胸が痛かった。


「写真撮れたら良かったんだけどなぁジャッコマン。そしたら、萬狩くんにも見せてあげられたのに」

 ――こういうとき。ネットへのアップや、ネットニュースなどに売り込むよりも先に、友人である自分に見せたかったと言ってくれる。そこが豪太の憎めないところであり、また友人であって嬉しいところだ。


「……えっと。カッコ……良かったのか? その、ジャッコ……マンは」

「え? うーん。カッコいい……かは、アレだけど」

 カッコいいかは「アレ」なのか。

 悪意のない言葉にまた少しショックを受けるが、豪太は続けてにこりと笑った。


「でも、ぼくを助けに来てくれたって分かったときは――ヒーローってほんとにいるんだな、って感動したなぁ」

「……っ」

 完全に不意を突かれた心地で、広弥は思わず唇をぎゅっと噛み締めた。

「……そ――」


「ねぇねぇ、ヒーローってなぁに?」

 ぐいっと急に割り込んできたのは、甲高い軽薄な声だった。

「漫画とかの話?」

 一本槍ミオが、広弥の机の上に腰かけてきた。自分の目の前にどかりと下ろされた太ももに思わず目が行きそうになり、慌てて視線を逸らす。一本槍は豪太の方を向いており、見下ろされる形になった友人は真っ青になりながら、一本槍の尻越しに助けを求める視線を投げてくる。


「あ、いや……その」

「ぼ――ボクが好きな漫画の話!」

 体格に合わずか細い声を出す豪太の代わりに、広弥は声を張り上げた。途端、くるりと一本槍の顔がこちらを向く。大きな目がぎょろりと自分を見下ろすのに、広弥は思わず「ひっ」と悲鳴を上げそうになった。


「あんたが好きな漫画?」

「そ……そう。えぇっと、悪魔が主人公の……」

「ヒーロー関係ないじゃん」

 声に温度があるとしたら、今の一本槍の声は絶対零度というやつだった。

(こっ、怖すぎるッ)

「あああ悪魔が、ヒーローになるんだよっ」

「悪魔がヒーロー? 意味分かんなーい」

 これはもう完全にバカにした声だった。そうなると、怖いよりも段々と腹が立ってきた。

(意味分からないなら、話に入ってくんなよッ)

「主……主人公には主人公の正義があるんだよ! それをバカにする資格なんて――」


 ――と。


 一本槍の目が、ぐっと更に大きく見開かれた。今度こそ「ひっ」と情けない声を出してしまい、豪太が「萬狩くん!」と悲鳴を上げる。

 だが一本槍はそれらを気にしたふうも見せず、ぐいっと顔を近づけてきた。


「ねぇ」

「は、はひっ?」

「今の――なに?」

「い、今の……とは?」

 クラスメイトが口ごたえしただけで、そんな怒るものだろうか――怒るのだろう。上級貴族に下級市民が逆らったのだから、多分処刑だ。

 それでもできるだけ刑を先延ばそうしらばっくれようとしたが、ダメだった。「今、言ったのだよ」と追い打ちをかけられる。豪太は向かいで祈りを捧げるようなポーズを取っていた。友人の無事を祈るためか、それとも早々に死後の安寧を祈るためか、どちらかは分からない。


「さっきの、は……その。は、話してた漫画の台詞で……そぉんな深い意味は……」

「漫画の台詞……」

 呟き返しながら、すいっと遠ざかる一本槍の顔を、広弥は不思議な想いで見つめた。鼻の奥には、まだほんのり甘い香りが残っている。一本槍は長いまつ毛を伏せ、珍しく賢そうな表情で俯いていた。

「……それ、貸してよ」

「え?」

「その漫画、うちに貸して」

「は……はぁ?」

 思い切り疑問形のつもりだったが、貴族には下級市民が断るなんて頭にないのかもしれない。

「じゃー、よろしく」

 当然のようにそう言うと、ようやく机から降りて、さっさと自分のテリトリーへと戻って行った。


「ちょ、ちょっと」

「……なんだったんだろう」

 豪太が、祈りのポーズのまま呟くのが聞こえた。

「……さぁ」

 本当にワケが分からないと、こんな言葉しか出てこないのだなと、一本槍の後ろ姿を見つめながらぼんやり考えることしか、広弥にはできなかった。


 そして――放課後。

「んじゃ、行こっか」

 気軽な調子で言ってくる一本槍に、広弥は昼間の自分の考えを訂正した。本当にワケが分からないときは、声なんてそもそも出ないのだ。

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