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始業式も兼ねた入学式は滞り無く終わり、各人教室に向かう。
ツヅラは二年三組。もちろんゲームの仕様で顕景と同じクラス。教室に入り席につく。すると……。
ガラッ。
入ってきたのは、茶色の髪に黄色い瞳、柔らい印象の目元を持つ優しげな雰囲気を持つ男だった。
「こんにちは。このクラスの担任の『志摩延 維玖桜』です。一年間よろしく」
ニコリと笑って挨拶をするとクラスの女子生徒が沸き立った。よくあるイケメン担任登場イベントの流れで、質問攻めだ。
(あぁ……女子達の歓声……良き……)
葛が可愛い黄色い声にうっとりしていると、ふと、困り顔の維玖桜がこちらをみた。
(あっ……目が……)
目があった瞬間、少し驚いた表情を見せたあと維玖桜は意味ありげに微笑むと、パッとウィンドウが表示された。
『志摩延 維玖桜』二十六歳。ツヅラのクラスの担任。過去にツヅラと何か……。
(あっ……そうですか……はい。予想はしてました)
明らかにモブではない見た目は、やはり攻略対象であった。
(うーん。イケメンではあるけど男っぽさが出てきちゃうとなぁ……とりあえずこれで三人かぁ……)
美少女好きの葛には何となく刺さらなかったようだ。
キーンコーンカーンコーン。
場面は変わり、帰宅時間になった。
「帰りましょう。ツヅラ」
当たり前のように顕景が声を掛けてくる。相変わらず目はほんのりと濁っている。正直ちょっと怖い。
「うん」
昇降口に向かっているとセシルも合流した。そのまま三人で帰るのだろうと思っていたら。
「斐川ツヅラさん」
「あっはい」
維玖桜が声をかけてきた。目は濁ってはいない。
「ちょっといいかな?」
「「ダメです」」
ツヅラが答える前にセシルと顕景が声を上げた。
「ははっ仲良しだね。でもごめんね。ちょっと彼女をお借りするよ」
そう言ってツヅラの手を取った瞬間。
『ついていきますか?』
ウィンドウが現れた。どうやら最初の分岐のようだ。
(えーと……正直先生はあんまり好みじゃないしなぁ……)
葛は、維玖桜の手を払う。瞬間、維玖桜目のハイライトが陰りうっすらと濁る。怖いではないか。
「あっ……どっどういったご用事ですか?」
「いや……急いでいるなら……またにするよ」
ニコリとしたものの目が笑っていない。目が笑っていない!!
「じゃあ……その……さようなら」
「…………さようなら。また明日ね」
「あ……はい……ま」
返事が終わる前にぐいっと腕が引かれた。セシルと顕景だ。
「センセーさよなら!」
「さようなら。失礼します」
「えっ…」
「帰ろう姉さん」
「行きますよ。ツヅラ」
二人にグイグイ引かれながら学校を後にした。校門を出る前に後ろをチラリと見れば、維玖桜はまだこちらを見ていた。なんとも怖い。
(なんなのこのゲーム!最初から主人公やば過ぎない?あーもうやめようかなぁ……はぁ……ダウンロードしてる美少女ゲームで遊ぼう!そうしよう!)
一応きりの良いところまでと、その日の夜までゲームを進めるとオートセーブの日記のウィンドウが現れた。セーブが終わるとベットに入る前にホーム画面のウィンドウを出す。
「えっと……ホームへ戻る……と…………ん?」
何故か画面がフリーズ。一度ホーム画面を消し、もう一度ホームへ戻るを選択。
しかし、またフリーズ。
「え……ヤバ……これってバグ?えぇーじゃあ五時間頑張らないといけないのかなぁ……えー……えぇー……」
はぁ……とため息を吐き出すと、葛は諦めてベットに入った。
(まぁ残りは四時間半位だし……もう少し進めてみよっと……)
そして画面は暗転し、また次の日が始まった。
今朝も相変わらず三人で通学し学校に到着。朝の挨拶では、維玖桜が先生なのにも関わらず、こちらを見つめて来たりした。イケメンではあるが流石にちょっと怖い。乙女ゲー厶なのかこれは?
それから午前の授業はスキップされ昼休みの場面に。
ピンポンパンポン。
「二年三組斐川ツヅラさん。二年三組斐川ツヅラさん。職員室まで来てください」
(来た……維玖桜イベントだろうな)
「ツヅラ……呼び出しですか?一緒に行きましょう」
「顕景……うーん。そうしてもらおうかな」
「ええ。喜んで」
すると、顕景の目のハイライトが元に戻った。
(あれは何かのパラメーターなのかな?陰らせるのは正解?不正解?うーん)
「失礼しまーす」
「あぁこっちだよ。斐……川……?どうして一人で来なかったんだ?」
「え?……だっ駄目でした?」
「そりゃあ君に用事があったんだから、友達を連れてきてはだめだよ」
(友達の部分の強調スゴかったな……というか、先生の目のハイライトが更に陰ってない?)
「正代。君は職員室の外で待っていてくれ」
「嫌です。私は彼女の付添ですから、どうぞお気になさらず」
「…………はぁ……じゃあ二人で資料室についてきて欲しい。次の授業で使う物を運んでくれ」
「……何でわざわざツヅラに頼もうとしたのですか?」
「用事があったから、ついでだよ」
「用事ですか……?それは……」
「はいはい。とりあえず資料室に行くよ」
場面は変わり資料室に。
「えっとこれとこれを運んでほしい。折角男手があるんだから、ついでにちょっと重いけどこれもいいか?」
「はい。わかりました……おもっ!」
何だかんだいいつつも、資料運びは本当らしい。わざとなのか顕景がこき使われているが、生真面目な性格なのだろう真面目に働いている姿が可愛い。
「あとそれから……これもか……ちょっと手伝ってくれ」
「あっはい。私が行きます」
「あぁ頼む。上から下ろすから、下で受け取って欲しい」
「はい」
維玖桜が脚立に乗って取ったものを下で受け取り、作業台でキレイにまとめる。
「先生終わりま……っ?!」
資料をまとめ終わって振り向いた一瞬のすきをついて、手首を引かれ資料室内の奥の部屋へ連れ込まれてしまった。
カチリ。
(鍵かけたー!)
「先生?これはちょっと良くないんじゃ……」
「あれ?ツヅラ?!ツヅラ?!」
(うん!流石に気づくよね顕景ヘルプミー)
外では顕景が大騒ぎをしている何故すぐにここに気づかないのだ。隠れる部屋ここしかないよ!
「すぐだから……ごめんね」
言葉とは裏腹に悪びれる感じもなく維玖桜が言う。
「先生……ここから出して下さい。顕景が心配してます」
維玖桜の目がどろりと濁る。
「ツヅラ!ここですか!!」
ドンドンとやっと奥の部屋に気づいた顕景が扉を叩く。
「すぐだから……」
そう言って維玖桜はツヅラを抱きしめた。
「先生?」
「会いたかった……ツヅラちゃん」
「っ?!」
熱っぽい声で囁かれると、流石にドキドキする。
「俺のこと覚えてない?」
「……えーと。わかりません」
(事前知識なしで始めたんだもん!わからないよ)
「そっか……でもいいよ。これから……ね?」
ちゅっ。
ほっぺにキスをしたあとすっと葛を開放した維玖桜は、鍵を開け部屋の外へと出した。
「ツヅラ!先生!悪ふざけはやめていただけませんか!」
「……そうだね。ごめんね?これからは……悪ふざけはしないよ」
そう言った維玖桜は少しは気が晴れた雰囲気を出しつつも、目の陰りは取れない。
「じゃ、資料運びよろしくね」
「はい」
「……さっさと片付けましょうツヅラ。昼休みが終わってしまいます」
「そうだね」
資料を手に取り、資料室を後にした。
「何なんですか!あの教師は!……ツヅラの事を前から知っている様な感じ受けましたが……知り合いですか?」
「知らないよ。何か変な先生だね〜」
「そうですか。少なくとも私が引っ越してきてからツヅラに近寄った男の中にはいませんしね」
「……えっ?」
「安心してください。私がちゃんと周りを見ていますから」
「……えぇ……」
資料を置きに教室に戻ると案の定セシルが頬を膨らませて待っていた。あざといが愛らしい。
「姉さん!どこ行ってたの!僕待ってたんだから!」
「ちょっと先生のお手伝いだよ。ほらこれ見て」
「うー……連絡してくれてもいいと思う!もうっ……それ重そうだね。持つよ」
「あぁ頼む」
「姉さんのだけだよ!!」
「あははっ」
こうして普通に会話をしているとゲーム内だと忘れてしまう。まるで高校生に戻って、イケメンに囲まれた青春を送っているようだ。
拙い文書を読んで頂きまして、ありがとうございました。