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『イチャラブ美少女ゲームかと思っていたら、病んでいる男達に追われるある意味ホラーな乙女ゲーだった件について』
「しかもバグってログアウトできません。ヘルプミー……っとよしっ!」
ログアウト出来ず、少しの間呆けていた葛はメール機能について思い出した。
最初はゲーム会社へとメールを送ってみたのだがまだ返事はない。確かに今日は土曜日だがお客様相談室のトラブルルームは24時間対応のはずだ、そのうち連絡が来るだろう。ツイてないなと悪態をつきながらも、仕方がないので次はフレンドメール機能を使うことにした。
しかしながら葛のフレンドは全ただ一人。
頼れるのは奴だけかと思いつつもとりあえず今打ったメールを送っておく。
「仕事中かもなぁ……昨日も忙しそうだったし」
はぁとため息を吐きながらも上を見上げればゲームタイトル画面が広がっている。
『New game start』の文字が点滅する様を見ていると空腹状態の目の前に珍しい食べ物を置かれた気分になる。
ゴクリと葛はツバを飲み込んだ。
ピコン!ピコン!
「はっ!……危ない……えっとメール来た……SuNYからかな?何だタモッツ主任かぁ……何々?」
『茅ノ珠嚶や∵∃わ嶬ラ墓ギ名霤☆輪真∞儺魚家は‰サナ⊗ア』
「え?何よこれ……バグ?」
心臓が嫌な音を鳴らす。もしかして、こちらから送ったメールもバクっている可能性もある。だからゲーム会社から返信がないのかもしれない。
「あ……そうだ……あん……安全機能!」
安全機能とは五時間以上ゲームにログイン状態が続くと強制的にログアウトさせられるシステムだ。自動的にセーブもされるためデータが消える心配もない。葛もゲーム没頭して時間を忘れてしまっていた際に何度かお世話になった機能だ。
「忘れてた……なら、大丈夫かな?……ふぅ焦ったぁ…………じゃあ……」
葛は、『New game start』の文字を一瞥するとコクリとツバを飲み込んだ。
「据え膳食わぬは……ってね」
乙女ゲー厶はあまりした事はないが、時間つぶしには良いかもしれない。バクが多いとは聞くが、逆にそれがゲーマー心をくすぐる。
どうせ五時間経てば出られるんだからと、好奇心に負けた葛は『New game start』を選んだ。
パァーとタイトル画面の世界が眩く光ると次の瞬間には場面が変わり、葛は乙女チックな部屋に立っていた。
「ここがスタート画面?主人公の部屋かな?」
ふっと勝手に目の前にウィンドウが開く。
『貴方の名前を教えて下さい』
『斐川 ???』
「……名字は決まってるパターンか……じゃあツヅラでいいや」
『斐川 ツヅラ でお間違えありませんか?』
『YES』
『ではヤンデレ達との戦慄の日々をお楽しみください』
(嫌な始まり方しやがって……くそぅワクワクする!)
トントントン。
ノック音が響く。
「姉さん……入ってもいい?」
ガチャ。
(わぁ……さすがヤンデレ!部屋の主の返事もないのに入ってきた……ってこれは可愛い系のイケメン君……可愛いなちょっと好み)
目の前に立つのは水色の髪に緑の瞳の可愛らしい顔立ちの男。見方を変えると美少女に見えなくもない。すると彼の横に説明のウィンドウが現れた。
『斐川 セシル』十六歳。ツヅラの弟。明日は高校の入学式。ツヅラと同じ高校に通えることを喜んでいる。
(斐川セシル……いかにも攻略対象ですって名前ね……多分血が繋がってないとかじゃないかな〜)
「明日からやっと姉さんと同じ高校に行ける……これからはずっと一緒に登校できるね」
「えっ……あっそうだね」
「姉さんは嬉しくないの?」
「え?」
セシルの目のハイライトがうっすらと濁る。
(初っ端から?!初っ端から病んでるの?!)
「ウレシクナイノ?」
可愛らしく顔を傾げているが、目がやばい。こちらを見ている目が!
「う…れ…しいわ。もちろんセシルと同じ高校に行けてめっちゃハッピー!!」
ヤンデレの恐怖にいつもならしないようなテンションでダブルピースまでしてしまった。恥ずかしい。
すると目のハイライトは元に戻りセシルは破顔した。
「だよね!!僕もだよ!じゃあさ一回シュミレーションしてみよう!ねっねっ」
(おぉぅ……中々可愛いではないか……)
「良いよ。じゃあ制服も来てみようか!セシル!」
「本当?!嬉しい!じゃあ着替えてくるね」
(すごく可愛いじゃない。ふふふ。やっぱりAIキャラは良い)
AIキャラとは、人工知能が搭載されたゲームキャラクターである。それによりこちらは選択肢ではなく普通の会話でキャラクターと接することが可能になった。ルート確定の道のりも複雑化し、シュミレーションゲームがより現実味を帯び楽しめるのだ。
『Dive』が発売された当初はゲームの容量のせいでそこまで多くのAIキャラが出せなかったが『Dive-Ⅲ』が発売された今では殆どの登場キャラに搭載できるほど技術は進化している。
(この時代のAIキャラは攻略対象のみのはず……モブは選択制の会話か定型文だけだと思うから、対象キャラがわかりやすくて良いね)
「姉さんおまたせ!あれ?まだ着替えてないの?」
「あっ」
(忘れてた……えっとウィンドウから……クローゼットかな?あった……制服を選んで……)
「うわぁぁ!ちょっと待って姉さん!ここで着替える?!えっ?えっ?」
どうやら同室で着替えると、ちょっとしたイベントになるようだ。
「いいじゃない姉弟なんだし。ふふっセシル可愛い」
「や……だって……僕も男なのに……ちょっとは意識してよ!」
「はいはい。でも顔を手で覆いながらもちゃっかりこっちをチラチラ見てたでしょ?」
「……そっ……れは…………姉さんの意地悪……」
モジモジしてバツが悪そうに照れている美少年。なかなか目の保養になるではないか。
(久しぶりの乙女ゲー厶だけど……このセシル君……悪く無いわ!見た目が美少女に近いのもグッド!)
その後は、普通にセシルとのイベントを楽しんだ。特にバグもなく快適で、今のところは普通の乙女ゲー厶であった。
夜。
『日記の時間になりました。今日の日記をつけます。』
(あぁ一日の終わりでセーブか……選択肢もないしオートセーブ機能っぽいな。明日からは本格的なシナリオが始まるんだろうな……)
『ベットに入ると一日が終わります』
(了解。えっとゲーム開始から……まだ十五分か……結構セシルと遊んだのにな……先は長いなぁ)
そして葛はベットに入った。ゲーム内の一日目が終了だ。
暗転後はさくさくと次の日に変わる。
(おっ、ここは家の前かな?)
「姉さん早く!遅刻しちゃうよ!」
(あぁ……私は寝坊した設定なのか……)
「ごめんごめん。ほらっ走ろう」
そう言ってセシルの手を取る。
「えっ……うっうん!」
手を握られ顔を赤らめながら明らかに嬉しそうな弟セシル。可愛い。美少年……新たな扉の可能性を感じる。
すると……。
パシッ。
「えっ?」
手を叩かれた。ゲームなので痛みは無いが、驚きはする。
「いい年齢の男女が姉弟とはいえ手を握り合うなんて……感心しませんよ?」
声のした方を向けば、黒髪に紫色の瞳。眼鏡で敬語の涼し気な眼差しの男がこちらを見据えている。
(……これは……)
するとすぐさまウィンドウが現れた。
『正代 顕景』十七歳。ツヅラの同級生。小学三年生の時に斐川家の隣に引っ越してきた。それ以来の幼馴染。
(おおぅ……ここで二人目か……というか既に目のハイライトが濁ってる?!)
「ツヅラ……今日は弟の入学式というのに寝坊ですか……うちの高校は、入学式も卒業式も生徒全員参加というのに……情けないですね」
「えっと……」
「まぁ今から急げば間に合います。ほら行きますよ」
そう言うや否やツヅラの手を掴み走り出す顕景。
(さっき自分で手を握る事を否定したよね?!)
ギュッと握られた感触はリアルで何とも言えない感覚だ。痛みは感じないが、触れられた感覚や熱は少し伝わる。
「ちょっと!姉さんは僕と行くんだから!」
そう叫んだセシルは負けじとツヅラの反対の手を取る。
(うっわ!これは恥ずかしい!きゃー!)
三人はそうして学校へと向かって行った。
ゲームは始まったばかりだ。
拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございました。