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校長室。
気を失っているセシルの事はとりあえず放っておき、葛は全から梨穂子についてすべてを聞いた。
「……うっ……嫌だ……梨穂子と……もう会えなくなるなんて……嫌……うっううっ」
「そうだなつづっち……せっかく出来た友達だもんな……」
「うんっ……嫌だよぉ……」
全が葛を優しく抱きしめた。見た目は保健室の先生の姿なので、先生が生徒を慰めている様な図式だ。
「でも、現実世界に帰りたいっていうのが梨穂子さんの望みなんだよ……しかも、つづっちと帰る事が」
「……うっグスッ……」
しかしながら、時間は刻々と迫り、残り時間もあと二分を切ろうとしていた。
「おまたせっ!」
ここでようやく梨穂子と仙汰が校長室に到着した。
「葛っ!……え?泣いてるの?!」
「ふぁっ……梨穂子……梨穂子ぉ」
バッと梨穂子に抱きつく葛、いつもなら避ける梨穂子も今回は受け止める。
「全さんから聞いたんだね」
「うん……梨穂子ぉ……」
「大丈夫。想定していた事だから……ね?泣かないで……私、葛と出会えて良かった……」
「私だって!私だって、梨穂子が居なかったら……」
「うん……うん……グスッ……楽しかったよ……私、友達とゲームしたの初めてだったから……楽しかった」
「わっ、私もだよぅ……」
「……ほら、もう時間がないの……セシルの封印するよ」
「……ふぁい……ぐすぐす」
二人は倒れているセシルに向き合う。
梨穂子がクローゼットから『幸せの記憶〜セシル〜』を取り出す。
「これでお終い……」
まさにアイテムを使おうとした瞬間。ガバッとセシルが起き上がった。
とっくにダウンの時間は終わっており、チャンスを伺っていたセシル。
「……死ねぇ!姉さん達!!」
「?!」
「?!」
斧を振り下ろすセシルにいち早く反応したのは仙汰だった。
「梨穂子!!」
ザッ!!
「っ!ゼータ!!」
飛び散る真っ赤な血は、傷の深さを物語る。
仙汰が飛び込んできたことに驚いたセシルを、一歩出遅れた全が金属バットで殴りつけ再び昏倒させた。
「ゼッ、ゼータ、ゼータ……」
「……がふっ……早く……セシルを……」
「ダメだよ……このままじゃゼータが先に……こんな終わり方……嫌だよぉ」
泣き縋る梨穂子の目の前でどんどんと仙汰の血が流れる。このままではセシルの封印より先に仙汰が死んでしまうかもしれない。そうなればゲームオーバーだ。
「アイテム『棺』!!」
「っ?!葛?」
「最後に手に入れたアイテムがこれだったの。これで私がセシルを封印するよ……『幸せの記憶』貸して……梨穂子は、残りの『棺』をゼータに……それで……最後のお別れして……それなら間に合うよね?」
『棺』に入れば体の時が止まる。仙汰も死ぬことはなく、セシルの封印も出来るだろう。
「…………分かった」
大粒の涙を流しながら梨穂子が頷く。これで本当のお別れになるのだ。梨穂子も『棺』を取り出した。
「……ゼータ……この中に入って……これで……本当にお別れ……」
梨穂子に支えられながらゆっくりと棺に入ると仙汰。今にも死にそうだ。
それを見守ると、今度は葛が気絶しているセシルに向き合う。
『幸せの記憶』を向けるとそれは光りだした。
「ぐっ……うっ……」
光が増すにつれ苦しみだすセシル。
「ガハッ……」
「ごめっごめんねセシル」
「つづっち……セシルを『棺』へ」
「……はい」
二人でセシルを『棺』へ押し込む。
「ぐっ……姉……さん……姉……」
見ていられなくて視線をそらしながら、葛は棺の蓋を閉めた。
パタン……。
「……つづっち、時間がない。ログアウトするぞ」
残り時間はもう三十秒を切っていた。かくれんぼの時間が終わればあの三人もまた動けるようになるだろう。そうなると元の木阿弥だ。
「……あっ……ホームボタンが光ってる……梨穂子……帰れるよ……」
「うん……行こう」
梨穂子は仙汰との最後のお別れを済ませたようだ。仙汰の棺の蓋が閉まっている。
「梨穂子、本当にありがとう……本当に大好き」
「うん。私も……葛が……大好きだよ」
二人はボロボロと涙を流しながら、お互いの手を握り合い別れを惜しむ。
「……時間だ……」
全の声にコクリと頷くと、三人揃ってホームボタンからログアウトを選択。
そして、意識が遠のいた。
「…………」
目を開ければヘルメット型ゲーム機の隙間から見える見慣れた天井。
「……帰って……来た」
両手を動かし、ゲーム機を外す。ベットから起き上がって周りを見渡せば、いつもの自分のアパートだった。
違っているものといえば、パソコンを数台開いたテーブルの上でゲーム機を被り突っ伏して眠っている全が居る。
「……タモッツ主任……」
「……ん?……あ……つづっち……?」
ゲーム機を外しこちらを見るのは、間違いなく全であった。
「えっと……無事に……生還いたしました」
「はぁ〜……本当になんつー目に会わすんだ!」
「あっ、すみません……この度は多大なるご迷惑を……」
「全くだ!!今の時間わかるか?!時計を見てみろ五時だ明け方の五時っ!」
「……ゲームを始めたのが昼の二時位だから……十五時間……廃人じゃん」
「だな」
ウィーン。
葛が『Dive』からディスクを取り出した。黒いディスクには赤い字で間違いなく『HIDE AND SEEK』の文字が書いてある。
入れるときには全く気づかなかった。
「……梨穂子……成仏しちゃったかな……グスッ」
「つづっちの初めての同性の友達がユーレイとはなぁ……」
「そんな言い方やめてくださいよ!」
「……美少女だったな」
「はい……えげつないほどの美少女でしたよ梨穂子は」
黒髪のツンデレ美少女、更に可愛くて優しい。その彼女が友達とは最高である。もう会えないのだと思うと、葛は寂しさと悲しさで胸が痛んだ。
「そういえば……結局タモッツ主任はどうして助けに来てくれたんですか?」
「あぁ……つづっちから謎のメールが来たあと、しばらくして返信がないことに気付いて、つづっちのゲームのログイン状態を確認したんだ」
「あぁフレンド機能で!」
「そしたら、あのゲームじゃん?驚いたし、連続で七時間以上プレイしてるしで、ヤバいと思ったわけだ」
「あぁ気付いてもらえて嬉しい」
「それからゲームにアクセスして、つづっちのプレイを見ながら干渉しようと頑張ったんだ」
「なるほど。鑑賞しながら干渉しようと、ですね!」
ペシッ!
葛の額を全が軽く叩く。
「くだらん事を言うな!それで苦戦を強いられていたら、メールが来たんだよ。ゲームの保健室の先生から……つづっちを助けてほしいから、器を貸すって」
「ふぇぇ?!でも先生モブじゃ……」
「他のAIの影響かもな……先生はかくれんぼをずっと見てきたらしく、もうヒロインの苦しむ姿を見るのは嫌だって……たがら保健室の先生の器を借りてどうにかゲームに入れたんだ」
「はー。そうだったんですね……そっか…………」
葛は、しばらくディスクを見つめたあと箱に戻した。もちろん箱はあのギャルゲー仕様である。
「このディスクは梨穂子との思い出にとっておきます……まぁもうプレイはしませんが……」
「あ、ごめんつづっち。それ回収」
「は?!」
「それ盗品なんだわ。しかも警察からの」
「ええっ!!」
「何ヶ月か前に起こった事件覚えてない?警察の倉庫からいくつか物が無くなったって」
「んー?あった様な?」
「興味なしだろうからな、その一つがコレ。ゲーム関係の会社へ盗品を見つけたら連絡する様にお達しが来ててね……まぁ見事に合致した」
「……警察……それって梨穂子に関係があるんですか?」
「察しがいいね。梨穂子さんの死亡を調べるために警察が回収していたものを、誰かが盗んだんだろうね」
「えー、じゃあ私、盗品を買ったんですか?!」
「だからあのサイトはダメだって言ったでしょうが!」
「えーっ」
その後、葛は警察にどうしてこれを手に入れたか詳しく聞かれるという辱めに遭うのだが、それは別のお話。
拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございました。




