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「どうしたのそんな所で?ほら学校に行こう」


 セシルだ。今朝は玄関スタートの様だ。何気に手を繋ごうとしてくるが、今日の葛はヤミメーター上げの鬼である。


 パンッ!


 当然のようにセシルの手をはたき落とす。


「触んな!」

「えっ……姉さん?」

「もう私に関わんないで……」

「どうしたの?何で、何でそんな事言うの?僕が何かした?」


(かくれんぼで殺そうとしただろ!)


「ごめんね。ごめんなさい。僕……僕……姉さん……許して……姉さんが居ないと僕、僕……ううっ」


 ポロポロと涙を流しながら、上目遣いにこちらを見てくるセシル。これもきっと計算されていることに違いないのだろう。こんな事に惑わされてはいけない。


(ぐはぁ……可愛いぃ可愛すぎるセシルきゅん!!加護欲っ!加護欲の暴力だよ……あぁ……ダメ……流されちゃダメよ葛)


 いけないとわかっていても、顔はどストライク。頭では理解していて、気持ちが揺らいで仕方がない。

 ついつい抱きしめてしまいそうになる気持ちを振り切り、玄関から飛び出した。


(あれは演技、演技と分かってても美少年の涙は胸に突き刺さるぅ)


「おや、ツヅラ?おはようごふぅっ」


 家の前に居た顕景あきかげに肘鉄を食らわし、そのまま学校へ急ぐ。

 これぐらいすればあの二人のヤミメーターはマックスに行くんじゃないだろうか?


 気がつけば学校だ。二人を振り切ったからか、いつもなら朝は教室で出会うことが多い維玖桜いくさが昇降口の前で挨拶運動的な事をしている。これは維玖桜のヤミメーター上げのチャンスだ。


「あっ、ツヅラちゃん、おはよう。どうしたの?そんなに急いで」

「話しかけんなぁ!このロリコン!!」

「?!ツッ……ツヅラちゃん?」

「こっち見るなよぉぉ!!」

「ツヅラちゃん?!」


 やけくそに近いテンションで爆進する葛。


「あっ!居た姉さん!!」

「ツヅラ!どうしたのですか?!」

「ぐぅ……やっ、やって来たなこのっ三畜生!」

「落ち着いてツヅラちゃん」


 パンッパンッパンッ!!


 変なスイッチが入ってしまっている葛は、落ち着かせようと手を伸ばしてきた三人の手をはたき落とす。


「わっ、私は三人の誰ともエンディングを迎える気はないよ!」

「えっ……姉さん、今なんて」

「私はっ!私はギャルゲーが好きなんだよー!!だから早くこのゲームから出るの!!出て、美少女達とイチャコラするんだぁぁぁ!」

「……」

「……」

「……」


 三人の目つきが変わる。


「何言ってるの姉さん?僕たちはずっと一緒だよ?」

「そうですよ……。私達は永遠に貴方の側にいます」

「どうしてそんなに混乱しているかわからないけど、ちょっと落ち着こう?ね?時間はたっぷりあるんだから」


 三人共薄ら笑いを浮かべ、こちらから目を離さない。黒いオーラを背負うとはこういう事なのだろうか。


(……ちょっとやり過ぎた?変なテンションになってたからなぁ……うぅっヤンデレ怖いよぉ)


 そう、言い方は違うが三人の言っていることは同じで『ここから逃さない』と言う事だ。


「さっ、三人の思い通り何てさせない!私はここから出てやる!」

「そんな事不可能だよ姉さん。……どんなに逃げても捕まえるから」

「今度は失敗しません……ツヅラ……私達は離れることはありません」

「……今度?今度って……何……?誰のことを言っているの?」

「……チッ」


 顕景が失言をしたのだろうセシルが舌打ちをした。

 失敗とはなんの事か?考えなくても分かる。梨穂子の事だ。棺の中で眠っていた彼女には何人も気付くことが出来なかったのだろう。

 三人はきっと彼女を逃したと思っているのだ。それを失敗だと言っているのだ。何と腹立たしい事だろう。


「……ツヅラちゃんには関係の無いことだよ?気にしないで……ほら、教室に行こう」

「……嫌。……あんた達の言うことなんて聞かない!今日はもう帰る!」

「姉さん?ダメだよ元気なのに学校をサボっちゃ」

「きちんと授業を受けましょう。……それが日常なんですよ?」

「こんなの私の日常じゃない!帰りたいの……。現実に戻りたいの!ここから出してよ」

「……無理だね」


 維玖桜が歪んだ顔でこちらを見てくる。


「君は俺達のヒロインとして永遠にここに居るんだ……。逃さない……、絶対に……」

「……リセットしようよ」

「え?」


 セシルが愛らしい笑顔を向けてくるが、濁りきった目はそのままで、それは邪悪な物に見える。

 

「最初からやり直そう?ね?」


 ズズズ……と空間が歪んでいくのがわかる。


(え……これって……ヤバい?)


「かくれんぼしよう?」

「ヒッ……」


 周りの風景が歪む。どうやらかくれんぼの空間を形成しようとしているらしい。


(ダメ!まだ準備が出来てない……どっどうしよう)


「ガッコウノソト二!!ガッコウノソトニ!!」


 すると校舎の方から誰かが叫びながら走って来た。


「保健室の……先生?」

「ガッコウノソトニニゲテ!!」


(学校の外に逃げて?!)


 意味に気づいた葛は踵を返し走り出した。空間はどんどん変わっていく。

 保健室の先生はいつもの流暢な喋りではなくロボットの様な辿々しい喋りだった。ただ、葛を助けようとしてくれる気持ちは伝わってきた。


「待てっ!」


 顕景が捕まえに葛の後を追う。


「いーやー!!」


 維玖桜もその後を追おうとするが、保健室の先生が縋り付いた。


「くっ、お前っ!なぜ邪魔をする!!」


 ガッ!


「グゥッ……」

「保健室の先生?!」


 維玖桜が蹴り飛ばし、保健室の先生は地面に叩きつけられてしまった。


「イソイデ!!ハヤク!!」


 後ろ髪をひかれるおもいをしながら、顕景の手がこちらを捉える前、空間が全てを包む直前に葛は校門から飛び出した。


「あっ……危なっ……」

「お前は何をしてるんだ!!」

「ぎゃあ!!」


 振り向くと仙汰ぜんたが立っていた。安心感で腰が抜ける。


「ゼータかぁ……怖かったよぉ」 

「何故あそこまで煽ったんだ!!あのまま、かくれんぼが始まってしまったら作戦は失敗したようなものだ!梨穂子もまだ棺に入ってなかったんだ!先にクローゼットに入れた物で無いとかくれんぼには持ち込めないんだぞ!」

「ごめんなさいぃ」


 仙汰にすごい剣幕で怒られてしまったが、自分の招いた種なので甘んじて受け入れるしかない。


「とりあえず今日はこのまま花畑へ行くぞ」

「はい……」


 ふと学校の方を向く。校門の中はいつもの空間に見えたが、あの三人と保健室の先生の姿は見えなかった。

 

「どうした?」

「保健室の先生が助けてくれたの……」

「保健室の?」

「うん。AIの搭載されていないモブのはずなのに……どうして……」

「理由はわからないが、助かったな…………行くぞ」

「うん」


 保健室の先生を心配しつつも、今から学校に入るという事は奴らのテリトリーに飛び込むと言う事なので、助けに行くのは死にに行くも同意。

 助けてもらったのに何も出来ない自分を情けなく思いながら、葛はその場から花畑へと逃げ出したのだった。

拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございました。

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