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「さて、そろそろ時間だな」

「えっ!時間?」

「ずっとここに留まらせるのは不可能なんだよ。ある程度時間が経てば、強制的にストーリーに戻される」

「そうなんだね」

「じゃあ、また今夜呼び出させてもらおう。俺に連絡を取るのは……梨穂子が言っていたが、操作パネルみたいなもんがあるのだろう?」


 仙汰に言われてウィンドウを開けば確かに仙汰の名前のついたボタンがある。ここから連絡を取るのだろう。


「うん、あったよ。じゃあ、また今夜ね。はぁ……梨穂子も来れたらいいのに……」

「……そうだな……俺のテリトリー内ならもしかしたら連れて来れるかもな……」

「えっ!本当に!?」

「いけると思うが、試してみるか」

「うん!梨穂子に話してみ」


 プツンと世界が暗転した。


『問題が起きました。ストーリーを修復します』


(そっか……仙汰のところに居たのは問題バク扱いなんだ……)


 世界が暗転し一瞬意識が飛んだかと思えば、目を明けると朝だった。

 きちんと制服を着た葛は、自宅前に立っていた。今から登校なのだろう。


「行こうか姉さん」

「おはよう御座います。ツヅラ」


 聞き慣れた声。


 十四日目が始まった。


 いつもの登校。両サイドにはセシルと顕景あきかげという見慣れた光景。


(三人を封印するって……どうやるんだろう……)


 だが今日の葛は、心ここにあらずだ。


「ねぇ姉さん。今日の放課後勉強を教えてほしいんだけど……」

「なら私もご一緒しましょうね」

「顕景さんは忙しいでしょ!来なくていいよ」

「私はツヅラの勉強を見てるんですよ。言わば専用の家庭教師の様なものなのです」


 二人がいつもの様にキャンキャンと言い合いをしている。


(うるさいな。私を間に挟んで話さないでほしい。今はゆっくり考え事がしたいのに……)


「どうしたの姉さん?」

「え?」

「そういえば今朝のツヅラは静かですね」

「えっ、そうかな……ちょっとボーッとしてた。まだ眠いのかな?ははっ」


 相手をしなさ過ぎたようだ。まさか封印する方法を考えているなんて思わないだろうが、誤魔化すように笑う。すると、ハイライトがほぼほぼ消えた目でセシルがこちらを覗き込んできた。


「……昨日……何かあったの?……例えば……夜……とか」


(えっ?!)


「おや、そうなのですか?夜中まで起きていたんですか?……どうしてです?」


 顕景も同じ様にねっとりとした視線を送ってきた。

 ドクンドクンと葛の心臓が早鐘を打つ。明らかに先程までと空気が違う。両サイドから息苦しくなるような重い視線を感じる。


(これって……ゼータに接触した事を絶対に知ってるじゃん!!何でぇ怖いよぉ)


「……え……えー?普通だけどなぁ?なにか違う?」

「……」

「……」

「ん?ん?」


 自分史上最大の媚びっぷりでキュルンという効果音が出せそうな顔を必死に作る。可愛く!そうコケティッシュにっ!!


「……まっいっか……じゃあ姉さん。今日の放課後は約束だよ。また昼休みに」

「全く……これだからツヅラから目を離せないんですよ。さっ教室に行きますよ」


 気がつけば学校についていたようだ。これは助かったのだろうか?二人の含みのある切り返し方が怖かった。嫌な汗が背中を伝うような感覚だ。


(やっぱり……他の攻略対象キャラもゼータと同じように記憶があるんだろうな。本当はゼータみたいな意思もあって……だとすれば、最初からずっと知ってて……わかっててこんなシナリオを辿ってるの?何周も何周も……そんなの茶番じゃん)


 顕景と一緒に行った公園。セシルとの血縁問題。気持ち悪かった維玖桜。全て何度も繰り返してきたシナリオなんだろう。結末まで分かっていて、そこに彼らの気持ちはちゃんとあるのだろうか。


『ここに閉じ込めて永遠に共にありたいんだろう……シナリオの中でな……』


 そう言った仙汰のセリフを思い出す。


(シナリオの中で永遠の時をヒロインと過ごす……ヤンデレの極みここにありだね……だけど、そんなのダメに決まってる……絶対にここから脱出しなきゃ!)


 午前が終わり、昼休みも特に何事もなく過ごす。放課後はセシルと図書館で勉強イベントだったが、顕景が着いてきて三人で勉強をしていたら、途中から何故か維玖桜いくさが乱入してきて、勉強どころじゃなくなってしまった。

 四人でわちゃわちゃするのは賑やかで楽しげだ。なんたって三人のイケメンは全てヒロインに夢中で取り合ってくれるのだから、普通にゲームをするプレーヤーにとったらご褒美イベントだろう。


 ただ葛はもう楽しめる気持ちになれなかった。確かに見目麗しいキャラクター達は目の保養になるが、このイベントも全て理解していて演じているのだと思うと…………萎えた。そう、萎えたのだ。


(もうダメ!裏の顔があるとか、自分の人生をシナリオだと分かって演技してるとか……萎えた。早く脱出してギャルゲーで現実逃避したい……)


 その夜。主人公の部屋の中。


「ゼータはイケメンでっしょ〜」

「第一声がそれ?!」


 朝は梨穂子りほこと会えないので(気がつけば玄関にいる為)一応仙汰に会ったという旨だけチャットに書き込んでおいた。


「だって!私の推しオブ推し!!……で、どうだった?」

「助けてくれるってよ〜」

「やっぱりね!良かった!ここがゲームの世界だって事、忘れてなかったんだね」

「梨穂子の事も覚えていたよ」

「えっ」


 梨穂子の顔が一瞬で乙女に変わる。可愛い。これは永久保存版だ。


「やだもう梨穂子〜。顔に出てるよ。嬉しいって!」

「えっ……あっ……ははっやだぁ」


 しかし、瞬時に表情が曇る。


「…………ゼータは梨穂子に会いたいって言ってたよ」

「……でも……今の主人公は……」


(だから、そんな顔したんだ……今は現主人公(ツヅラ)を好きになってると思って……)


「ゼータは、今でも梨穂子が好きだって言ってた。彼は他のキャラクターとは違うんだね。本当に血の通っている人みたいだった」

「……ほんと……に?私を?」

「うん。本当だよ。だからさ今からゼータに会いに行かない?」

「えっ?!でも……私……ここでしか」


 そう、今まで梨穂子はこの主人公の部屋の中でしか存在できなかった。元々あの三人に気づかれない為に部屋に引きこもっていたのだが、三人が葛に構っている時、試しに部屋の外へ出ようとしたが、出ることすら出来なかった。


「何かね、ゼータが自分のテリトリー内ならどうにか連れて来れるかもって」

「そうなの?」

「うん。だから……梨穂子がいいなら。ね、いいでしょ?今からゼータに連絡をするけど……いい?」


 梨穂子は少しだけ迷った素振りを見せたが、会いたいという気持ちが固まったのか、顔を上げて小さく頷いた。


「じゃあ、連絡するね」


 仙汰ボタンから専用チャットで連絡をするとすぐさま部屋の中で異変が起こった。部屋の中の景色が歪み、一瞬意識が飛ぶような感覚。そして気がつけば、昨晩と同じ花畑にいた。


「……あ……昨日と同じ…………はっ!梨穂子!?」


 周りを見渡せば、座り込む梨穂子の側に仙汰が立っている。視線は真っ直ぐに梨穂子に向かい。表情は切なさと喜びと驚きとが合わさった複雑極まりない状態。


「……驚いた……本当に……梨穂子だ」

「…………ゼータ…………」


 ガバッと仙汰が梨穂子に抱きつく。梨穂子もそれを嬉しそうに受け入れた。


「会いたかった!梨穂子、会いたかった!」

「ゼータ……本当に私の事も覚えてくれてたのね……嬉しい」


(おぉぅ麗しい……まるでイベントCG!咲き乱れる花の絨毯。金髪のイケメンと黒髪の美少女の再会シーンなんてっ!!尊い……尊すぎて……辛い)


 一方、二人とは違う温度で大興奮の葛。出もしない鼻血を抑えるように震えながら口元を押さえている。が、興奮はなるべく抑え込み、すうっと気配を消し、標準装備の葛ファインダーを無音で鳴らす。ちなみに被写体が目の前にいるという時の彼女が気配を消すレベルはトラ並だ。


 そして、しばらく抱き合っていた二人は、ようやく葛の存在に気づくと気まずそうにそっと体を離した。


「あっ……ごめん。葛。その……私……」

「あっ謝らないで下さいませ!むしろもうちょっとそのままで!!私の心のCGコレクションに完全に収めたいので!出来ればもう一度ハグをっ!!」

「…………うわぁ……引くわぁ……」

「あぁっ!また梨穂子様の好感度がっ!」

「えっと……梨穂子……ツヅラって……こんな?」

「しっ!ゼータ!見ちゃだめ!!今の葛は目に毒だから!」

「そんな卑猥なもののような扱いっ?!」

「何か卑猥だからよ!」

「えぇー」


 まぁまぁと間に入った仙汰が、とりあえずは梨穂子もここに連れてこれて良かったと言い、一先ずは落ち着いた。


 さて、作戦会議の始まりだ。

拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございました。

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