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六畳一間のアパートの一室。
時間は午前八時。
その部屋はカーテンがすべて閉じられ、電気も付けていないのために薄暗い。
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ。
部屋に響き渡る音は、マウスのクリック音と……。
「はぁっ……はぁ……あぁ可愛い……美少女最高……」
荒い息遣い。
「はぁっ……えっ?新着商品?どれどれ……ふぁっ?!何……本物?……これは……即買いよっ!とりゃっ」
カチリ。
『商品を購入しました。代金の振り込みを確認後発送致します。』
「やぁっったぁ!やっと見つけた!あぁぁ待ち遠しい〜」
喜びのあまり小躍りしている彼女は『本瀬川 葛』二十ニ歳、大学二年生。独身。
薄暗い部屋で先程からハァハァと言っていた人物である。
大学受験に失敗し、一浪の末に入った大学では何となく馴染めず、どうにか二年生まで進んだものの次の年には単位が足りず留年してしまった残念な女子大生。
大学に行く気になれないが辞める勇気もなく、ただ毎日バイトに明け暮れて過ごす。
楽しみは『ゲーム』。
しかも女子であるにも関わらず、ちょっとエッチな美少女ゲームが大好きであった。
大学にうまく馴染めなかったのも、この趣味のせいと言っても過言ではない。ちなみに先程から見ていたのは大好きなゲームの絵師のサイトであった。そこからゲームの販売サイトを巡っていた所、運命の出会いがあった様だ。
この残念女子はスエットにスリッパという格好も気にせず、ダッシュでコンビニに向かうと先程の商品代金を振り込んだ。
「あっ!メール来た。何々〜?到着は明日の昼頃?オッケーオッケー!何年も探し続けてたんだから一日や二日なんて余裕余裕!さっバイト行こー…………あぁ……稼がないと生活が死ぬわ……すっからかんとはこの事……」
彼女が探し続けていたゲームは『ドキラブ♡南の島でかくれんぼ』と言うタイトルのゲーム。
『Dive』発売後の初期に出た発禁になったソフトである。
『Dive』とはゲーム会社『SuNY』が十年前に打ち出した『精神潜水型ゲーム』のハード機種だ。
何年も前から人々に浸透してきていたVRゲームはどんどん進化し、今や夢の世界へ落ちるように完全にゲームの世界へと潜れる様になった。
『Dive』はヘルメット型ハード。ソフトはダウンロードが基本だが、発売後数年の間は少しだけディスクタイプのソフトも発売された。そのうちの一つが先程のゲーム。あまりに破廉恥な描写が多く発売後二週間も経たずダウンロード版は販売を停止。ディスクも回収となり現在では超プレミアソフト。しかも正規のルートでは手に入れるのは不可能といわれている代物だ。
その後そのゲームは大修正を行ったあと、ダウンロード版のみ発売したのだが、売上はお察しであった。
それを見つけたのだから葛の喜びようも仕方のないものだろう。
ただそのソフトに一体いくら払ったかは神のみぞ知る。
余談だが今は『Dive-Ⅱ』に続き『Dive-Ⅲ』も発売され、初期の『Dive』はすっかりレトロゲーム扱いだ。葛もすべてのハードを所有している。彼女いわく、どの時代の美少女ゲームもそれぞの良さがあるのだから、古い新しいなど関係ない。すべて尊い。との事だ。
「おはようございます」
「おはよう葛ちゃん」
「おはよー」
目の下にクマを作ったゾンビの様な社員が挨拶を返す。
葛のバイトはゲームの下請け会社の雑用。時給は安いが、長時間労働も多いため手取りはそこそこ。何より大好きな『美少女ゲーム』が作られていく最前線での仕事は幸せでいっぱいだった。
「聞いてくださいよタモッツ主任!あ、はいコーヒーどーぞ」
「おっサンキュー。で、どうした?つづっち」
彼は『磯山 全』二十九歳。この会社の主任で美少女ゲームが大好きないわゆるオタク。見た目は普通だが、ほっそりとした体型に黒縁メガネという基本スタイルが葛は嫌いではなかった。
「なんと!ドキかくのエロ版ディスクを買ったんですよ!」
「はっ?!まじで?!本物?」
「え?……本物ですよ!本物!」
「本当か〜?騙されてないか?もう諦めてエロ修正版ダウンロードした方が良いと思うけどな」
「修正版は負けなんですよ!」
「……で……いくらだった?」
「えっ……えっと……ちょっとお耳を」
ゴニョゴニョ
「はぁっ?!バカか?!あっもしかしてあの裏サイトか?馬鹿だろ!」
「あそこは信用できますって!」
「いやいやいや……」
「まぁ明日物が来ればわかりますよ!明日は休みですしふふふふふ」
「はぁ……まぁそうだな……明日は飲みに連れてってやるよ」
「なんで騙されたって決定するんですか!飲みになんて行けませんよ!明日は美少女達と南の島でかくれんぼしてエチチチチですから!」
「はいはい。じゃあ仕事しておいで」
「はーい」
全と葛は若干年は離れているものの、ゲームの趣味が驚くほど合っている。
葛は約二年前にバイトとして入ってきた。ある日、たまたま全が仕事をしているパソコンが目に入ると、そこには大好きなメーカーの新作ギャルゲーの画面。彼女は、雑用の仕事中にも関わらず興奮で全に話かけてしまった。それがきっかけとなり、今では二人は親友のような間柄だ。
「それでは失礼します!」
「おー。お疲れつづっち。明日の報告待ってるからな」
「ふふふっどうでしょう?楽しすぎて連絡できないかもしれませんよ?」
「はいはい」
「じゃあお疲れ様でしたー」
ぺこりと礼をして。葛はウキウキとアパートへと帰っていった。
次の日の昼過ぎ。
「来た……ついに……ついに……エロ版!!」
真っ黒な小さなダンボール箱に入ってきたそれは、間違いのないあのパッケージ。美しい何処かわからない南の島を背景に水着姿の美少女達がこちらを見て微笑んでいる。
「やっぱり本物!はぁぁもってるわ〜私もってるわ〜」
おかしなテンションでパッケージを高い高いをした葛は、Diveをセッテングし始めた。
「それでは……宜しくお願いします」
何故かソフトとハードに三指を立てて礼をした後ニヤニヤしながらゆっくりとDiveをかぶった。
準備完了だ。
ベットに横になりスイッチを入ると、自動的にレム睡眠の状態に落ちていく。
ふっと意識がとんだ感覚のあと、目を開けるとそこはゲーム画面が広がっていた。
『WELCOME Dive』
『Load……Load……』
『Are you ready?』
「YES」
『Let's start!』
「ふふっ楽しすぎて吐きそうふふっ」
ダダーン……ダダーン……。
「ん?南の島での美少女ゲームなのに、こんな重い音楽なんて……珍しい……斬新!」
『HIDE AND SEEK 〜何処へ行っても君を見つける〜』
「………………え?」
ゴシゴシと目をこする。おかしい。思っていたタイトルと違う。目をパチパチと瞬いてもう一度ゲームのタイトルを確認する。
『HIDE AND SEEK 〜何処へ行っても君を見つける〜』
「………………え?これ…………いわくゲーの?」
『HIDE AND SEEK 〜何処へ行っても君を見つける〜』とは、八年前に発売された今は出回っていないソフトである。
主人公は病んでいる男達にストーカーされつつ殺されないように攻略していくという前提が狂っている上に、現実でユーザーがゲーム中に亡くなってしまったといういわくつきのゲームである。
検察の調べではハードは何の問題もなかった。そして、ソフトの方はバクで起動しなかったそうだ。実際ゲーム自体のバグが多く、結局発売から二か月で自主回収。ダウンロード版も姿を消した。リメイクで出すという噂もあったが、計画は頓挫した。
「っはぁぁぁ!騙されたぁ!!悔しい!!」
自主回収は今も続いていたはずだから、ゲーム会社に送ればソフト分のお金は返ってくるだろうが、そんなものは購入代金のほんの一部だ。
「はぁ……仕方ない……タモッツ主任に飲みに連れて行ってもらおう……はぁ……」
しょぼんと落ち込みながらホーム画面を出し、慣れた手付きでログアウトボタンを選択。そうすれば一瞬意識が消えていく感じがしたあと現実に戻る。
ハズだった。
「あれ?戻らないな……このゲームバグが多かったもんな……もう一回…………もう一回…………もう一回…………え?」
葛の顔が青ざめる。
「ログアウト……出来ない……?」
顔を上げれば『HIDE AND SEEK』のタイトル画面と『Newgame start』の文字が光っていた。
拙い文章を読んで頂きまして、ありがとうございました。