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黒姫晴蘭とファッションショー

「だーれだ!」

細くやや小さい冷たい手が眼鏡の向こうから視界を塞いだ。こんなことをする知り合いは一人しかいない。

「雪美しかいないでしょうが」

「えへへ~!バレちゃった」

「まったく」

視界が開けて無邪気な雪美の笑顔がのぞき込んでくる。いつもなんだか楽しそうでつられて表情が和らぐ。


「今度はもっと声のトーンとか言い方変えてみよっかなー」

「そんなことしても雪美しかやらないからすぐ分かるってば」

「ぶーぶー」

「口をとんがらせてもダメ」


「それにしても手、冷たいわねぇ…もう暖かくなってきたのに」

「平熱低いんだもん~。しょうがないよぉ」

そう言いながら雪美が晴蘭の手を握り暖をとる。冬の間は時々こうやって熱を奪っていくことがあった

「はぁ~セイラちゃんの手はほかほかだねぇ」

「夏になったらアタシのことちゃんと冷やしなさいよね」

「はーい」

寒い時期に温めてあげる代わりに、夏は冷やしてもらう。こんなへんてこな約束をし合ってるのは私たちくらいかもしれない。


「あ、そうそう!セイラちゃん来週ひま?」

「来週?まあ空けれるけど」

「ファッション専門学校の生徒さんたちがファッションショーするんだって!招待券もらったから行かない?」

「ファッションショー?…アタシそういうの全然よくわかんないわよ」

洋服なんてほとんど自分で選んだこともないし、センスも好みもわからない自分になぜそんな誘いをするのか。もちろん自分で作ったこともない。明らかに場違いになりそうで困惑していると、にっこりアッサリ雪美は

「わたしもわかーんない!」

とか言い出す。


「でもでも、面白そうじゃない?これからプロを目指す人たちが自分で作ったお洋服を着て人前に見せるんだよ!一般の人が入って見れるのって貴重な体験だと思うの!行こうよ、ねぇねぇ!」

食い入るような熱い声と勢いに押される。そういわれるとなんだかとっても貴重で楽しそうな場所に思えてくるから雪美はすごい。絶対自分だけならスルーしてしまうであろうイベントなのに。


「行ってもいいけど…、そういう場所じゃしっかりした服じゃないといけないんじゃない?アタシ…Tシャツと上着とジーパンとかになっちゃう」

「そーなの?」

「雪美はどんな服でいくつもり?」

「普通にスカートとかワンピかな」

「ほら!もう場違いじゃないアタシ!」

「大丈夫だと思うよ、わたしたちの服装を審査する場所じゃないもん」

「た、確かにそう…だけど」


自分で選んでいないけれど、親が買ってきてくれている服装が一般的にダサい部類というのはなんとなく察している。というか自分がボサボサみつあみと可愛くないフレームの眼鏡をしているのもおしゃれと真逆なのも知っている。そんな自分がきらびやかに着飾る場所へ行くのはみすぼらしい気がしてならない。


「んーーー。じゃあさ、雪美がコーディネートしてもいい?」

「え?」

「前からセイラちゃんを変身させてみたいなぁ~って思ってたんだよぉ。絶対化粧とかも似合うよ~!」

「変身って…。あと化粧なんて高校生でしちゃダメじゃない?」

「そんなことないよ。この学校ではダメって言ってるけど、別に高校生で化粧してるのなんて普通だもん。わたし、休みの日は化粧してるよ」


そういうものなのか…。確かにそう言われてみれば雪美と出かけるときはちょっと雰囲気が違う。中学の同級生を街で見かけた時も化粧をしてた。


…とはいえ。


『あんな格好して…はしたないわね本当に。貴女もあんな真似はしちゃいけませんよ。女は清楚に目立たなく、そっと影で支えるものなんだから』


母の言葉を思い出す。いつも清楚に、地味に影で支えるように生きると教えられてきた。

そんな自分が街でみかけた同級生がしていた派手な化粧なんかしたら泡を吹いて倒れでもするんじゃないだろうか。


「化粧はちょっと…さすがに。」

「そっかぁ~~。洋服だけでも大丈夫!セイラちゃん可愛いからすっごく変わると思う」

雪美の誉め言葉はいつも照れてしまうくらい真っすぐだ。よく可愛いと言ってくれる。そんな風に言ってくれるのは雪美くらいだ。



そんなこんなで招待状に書かれた日の当日。

雪美のマンションへついて、部屋番号のボタンを押すとインターホンから声が聞こえて自動的にドアが開く。それだけでSFのようで感動してしまう。

ドキドキしながら途中で買ったケーキをもってエレベーターに乗り込むと何度か乗っているのに毎回そわそわしてしまう。飲食店と実家が繋がった一軒家に住む晴蘭にはマンションは別世界だ。


「いらっしゃーい!」

エレベーターが止まると見慣れた顔が出迎えてくれてほっとする。

ほんのり化粧をして何となく質のよさそうな服とスカートをまとった彼女は学校で会ってる時より少し大人びて可愛かった。


雪美の家はいつもきれいで良いにおいがする。白を基調とした家具も上品で部屋がなんとなく広く見える。

ケーキを渡すと嬉しそうに紅茶を用意してくれて二人で食べる。我が家だと日本茶かコーヒーなのでそういう違いも楽しい。

毎日喋っているのに今日も他愛のない話で盛り上がる。といっても雪美の話を聞く方が多い。新しい趣味や前回始めたものがどうなったかの進捗、新しくできたお店の話、両親から聞いたニュースなどなど。


「って!いっけない。セイラちゃんの洋服選びだった!」

「アタシはもうこのまま喋って今日が終わってもいいけど」

「何言ってんの~!ファッションショー見るのぉ!」

「ハイハイ」


備え付けのクローゼットを開けるとズラリと色んな色や柄の洋服が並んでいて、まるでお店みたいだ。

「えへへ!楽しみ~!どうしちゃおっかな、セイラちゃん大人系とか和服とかなんでも似合っちゃいそう~!」

「そうなの?」

「うんうん!じゃあまずこれ着てみて!」

「…こ、ここで着替えるの?」

「恥ずかしいならわたしお部屋出るから、終わったら教えて」

「うん…」


渡されたのはホワイトパンツと落ち着いたトーンのVネック。触っただけでなんかもう自分がよく着る素材と違う…。


「着れたよ」

「どれどれ~。あっ!服はインしなきゃ!」

「イン?」

「パンツにこうやって…ほら!」

「ぱんつ……」


部屋に入って姿を見るなりダメ出しされてしまった。着方ってもんがあるのか。…あとパンツって下着のことじゃないのね。


「うんうん、大人っぽい綺麗目なセイラちゃんに似合ってる。じゃあ次こっちね!」

「まだ着替えるの?」

「色んなジャンルを試した方がいいかなって!はい、着替えて着替えて~!」


勢いにのまれ言われるがままに着替える。今度はタイトスカートとパーカーとニット帽とサングラス。


「おおー!これはこれでいいね!サングラスはかけても、こうやって胸元にかけてもおしゃれだよ~」

「こんな所にかけてたら意味ないんじゃない?」

「ふふ~、おしゃれって無駄が多いの。でもそこがおしゃれなんだなぁ~」

「よくわかんない」

「あたしもわかんなーい!」


雪美は楽しそうに笑う。いつも明るい声と笑顔で、偉そうでもなく色んなことを教えてくれる。その後もメンズっぽいもの、ふわふわひらひらの服、ゴスロリ、ロリータ、パンクなど着せてくれた。


「セイラちゃんは革ジャン似合うんだねぇ」

「なんかカッコイイね、これ」

「うん。脚が綺麗だからタイトスカートも似合うし。ガーリーよりフェミニンの方が向いてそう」

「専門用語で言われてもよくわかんないけど…、アタシもロリータ?とかはちょっと違うなって。雪美は似合いそうよね」

「ありがとう~!たまーに自分を変えたいときに着るんだぁ」

「変えたいとき?」

「うん。いつも選んで着るものと違うジャンルで出かけると別人になったみたいで楽しいの」

「ふーん。」

「服装に合わせて化粧も変えるんだ。『今日は一日お姫様』とか『今日は大人セクシー』とか『今日は小学生風!』とか」

「小学生風ってアンタ…」

「たまに間違われるから、いっそ極めようって思って。子供料金でいいよって言われるときあるし」

「ちゃんと払いなさい」

「お子様ランチ食べたいときとか」

「……それは正直ちょっと良いなとか思うわ。アタシ小学生の頃から年上にみられてたし」

「セイラちゃん大人っぽいもんね~」


そんな話をしながら、どの服装で出かけるか決める。おすすめしてくれたタイトスカートは普段ズボンが多く制服でもロングのまま履いてる自分には恥ずかしすぎるので最初に着せてもらったものにすることになった。


街まで電車に揺られる。ようやく少し薄着で歩けるようになったとはいえまだ外は冷たい風が吹く。寒いよぉと密着してくる雪美に「だったらもっと暖かそうなの着て着なさいよ」と言うと「だって今日はこの服の気分だったんだもん~」とか言う。まったく困った子だ。少し呆れながら冷たい手を温めてあげる。



何駅か過ぎて目的地へ。雪美の後へ続いて歩いていくと、意外とこじんまりとしたように見える名前も知らない会場についた。受け付けに招待券を手渡すとどうぞと案内され人の流れに身をゆだねる。暗い会場の中、前列から順に座っているであろうパイプ椅子に腰をかけ、もらったパンフレットに目を通す。今更ながらこのショーは新入生歓迎会も含まれているそうだ。


開演時間になるとBGMが流れステージにライトが照らされ、よくテレビでみるようなモデル歩きで色々な服を着飾った人が次々現れる。曲が変わると次は同じような花と白のドレスをまとった人たちがダンスをするように舞う。激しい音楽が流れれば奇抜なファッションの人たちが入れ替わり立ち替わりステージに現れたり。



そんな中、赤のライトが点滅して出てきた女性たちが光沢のある黒いセクシーな服装で現れ、体をくねらせた。

それは人によってはとてもエロく、けれど気品があり美しい動きで。六人でフォーメーションを変えながら作っているダンスも鮮やかで晴蘭は目を奪われた。ただセクシーなだけじゃない。男を誘惑するだけじゃないその気高さのある表情やキレのある動き。ライトの色が切り替わる度印象が変わるような。今、ここだけ世界が違うような。



思わず、息をのんだ。

曲と服装と動きでこんなに表現があるなんて。



全ての演目が終わり、生徒全員がずらりとステージに並び最後の挨拶をすると拍手喝采で。二人も熱のこもった拍手を送った。


「すごかったね!すっごかったねセイラちゃん!!」

「うん…!カッコよかった!」

眩しい外に出てからも二人は高揚していた。自分よりいくつか年上の人たちがあれほど熱をもたせるようなことをしているなんて。知らなかった世界を知ったような気持ちで興奮していた。それはカフェに行って席についてもまだ冷め切らずその日はファッションショー関連の話題で二人は持ちきりだった。



「雪美」

「なーに?」

「アタシに似合う化粧とか…髪型って、あるのかな。こういう服装をもし着るなら…さ」

ウインドウショッピングをして目に留まった服装を恥ずかしそうに指さしながら晴蘭が言うと、雪美は嬉しそうに笑った。

「もちろん!!」


この日を境に晴蘭の洋服の好みが変わり 運命が少しずつ変わっていった。

新しい暖かい風が春を告げる。

晴蘭の心にも。

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