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楠珊瑚と愛想笑い

「おはよー楠さん!」

「おはよう」

教室に入ってきてすぐ、珊瑚に神井は挨拶をする。ここ最近よく挨拶をしてくるようになった。席も近いしクラスメイトなのだからそれを拒む理由はなく珊瑚も少し微笑んで返すと、神井は嬉しそうに話をつづけた。

「いやー今日さぁ、チャリ途中で壊れちゃったさ~」

「えっ、自転車…大丈夫?」

「ブレーキ利かなくなって坂道とまんねーの!ヤバかったわ~焦った焦った」

全然困った風でもなく神井が笑って勢いよく喋る。そんな危険なことがあったのにどうしてこの人はこんなに笑っているのか珊瑚には理解不能でどうリアクションすればいいのかわからずとりあえず心配の意を見せた。

「ケガとか…しなかった?」

不安そうに聞く珊瑚に神井はデレデレと口元を緩ませながら身振り手振りを激しくした

「足でガッと踏ん張ったからダイジョーブ!!楠さん優しいね~~」

何がどう大丈夫なのか分からないがケガをしなかったならよかった。実際は珊瑚が想像した坂道より緩やかなものだったのかもしれない。

「楠さんって何通だっけ?チャリ乗ってるの見たことない気がすんだけど」

「うん。私はバスと電車なの」

「バスと電車ぁ!?じゃあめっちゃ遠いんじゃね?」

「うん、そうだね。1時間半くらいかな」

「まじかよ~~!すっげー遠いじゃん。楠さんが家出た時間まだ俺寝てるわ~!」

「神井くん家近いんだね」

「チャリだしね~。今度俺の後ろ乗せよっか?飛ばすと駅まで15分くらい!」


自転車で二人乗りしちゃダメだし、そんな飛ばされたら危なくて乗れないし……というかなんで神井の自転車の後ろに乗らなきゃならないんだろうなんて色々ちょっと考えてしまう。返答に困って苦笑いを含んだ愛想笑いをすると、神井が笑って変なポーズをした。

「ジョーダンジョーダン!20分くらいだわ!」

冗談なのは時間の方なんだ……。どこまでが本気でどこまでが冗談なのか全体的によくわからない。こういうタイプの人は中学生の頃もいたけれど会話を自分からしたこともないからどういう対応をすればいいのか困る。


「でも危ないからゆっくり走った方がいいよ、事故とかなっちゃったら大変だもん」

「俺テクニックすごいからダイジョーブ!やっぱ楠さん優しいわぁ~」

「あはは…」

「楠さんってすんげー真面目だよね~」


真面目。


屈託ない笑顔で言われたそれは悪い意味で言ったつもりはないのだろう。

けれど今そう言われるとなんだかバカにされたような気がしてしまう。

冗談を上手く返したり求められてる反応は分からない。期待と違った堅い答えだと否定されたような気分。

……そんなことまで考えていないんだろうし、こんなことでいちいち引っかかってしまう自分も嫌だ。



「神井!なんで昨日既読スルーしたのさ!」

教室に入って会話をしている二人を見るなり柚葉がムッと怒りながら席に近づいて神井をにらんだ。

「あれぇ?そーだっけ。気づかなかったわ~ごめんごめん」

「ちゃんと返してよね!」

「はいはい~」

柚葉を適当にあしらうように神井はそのまま他の友達の方へ行ってしまった。後ろの席でブツブツ文句を言いながら柚葉は納得してなさそうに座る。神井と柚葉はいつの間にかスマホで連絡を取る仲になってたようだ。


柚葉が少し置いてから直球に質問をしてきた。

「神井と何話してたの?」

「え?うーんと…、自転車のブレーキ壊れちゃって来るとき大変だったんだって」

「やっぱ壊れたのかよアレ。だから言ったのに」

「知ってたんだ」

「まあな!よく喋るし。仲良いからうちら。」


誇らしげに、自慢げに柚葉がそう答える。


「柚葉ちゃん、神井くんと仲いいもんね」

「話しやすいしな!ゲームも一緒にやってるし途中まで家の方同じだし」

「そっか~」

そんなことを話しているうちに予鈴が鳴って朝のホームルームが始まった。授業が始まってしまえばあとはもう誰とも話す必要はない。交流をしなければいけない授業もあるけれど、たいていの座学は板書するだけで良いので気が楽だ。



人は自分の鏡。自分が笑顔でいれば周りもそう返してくれる。

人に優しくすれば優しくしてもらえる

誰かに陰口を言えば、誰かに陰口を言われる。

そうやって自分がしたことは巡り巡って自分に返ってくると、本に書いてあった。



だから私は人に優しく、大切にしていきたいと思ってる。

あの頃とは違う。

私は人を嫌いになったり暗い性格でいないように生きる。

私は、みんなと仲良くなりたいしみんなのことを好きになりたい。

嫌いな人なんていない。誰とでも仲良くなれる私に生まれ変わったの。



昼休み。

廊下に落ちていたハンカチを届けに職員室に立ち寄ると、担任の先生から呼び止められた。

「楠、ちょうどよかった。進路希望のプリント、まだ提出してない奴がいるから集めてきてくれるか?」

そう言うと名前の書かれたメモを渡された。嫌だと断ることもできず、わかりましたと教室へ向かう。たまたまなのか学級委員だからなのかわからないけれどタイミングが悪かった。頼まれてしまったものはしょうがない…。


「ふあぁ……。進路希望の紙?あーまだ書いてないわ」

「提出昨日までだから…今書いてもらえないかな?先生から集めてきてって言われてるの」

「そう言われても何も浮かばないし…」

「……。」

「まだって言っておいてくれない?」

「う、うん…」

いつも寝てばかりいる田中くんから回収はできなかった。


「そんなんあったっけ」

「先週配られたこういうプリントなんだけど…」

「見た覚えないわぁ~」

休んでいないのだからもらっていない訳ないのだけれど…。

「分かんない、なくしたかも」

お調子者の小谷内くんはなくしていた。


「ん。」

「ありがとう」

弟子屈さんはスッと差し出してくれた。でも珊瑚の方は目も合わせず適当な渡し方をしてきて受け取りにくかった。

すぐに出せるなら自分で先生に出してくれてたらよかったのに…とか思ってしまう。

三人のうち回収できる人がいてよかったけど。


職員室に戻ると先生の姿はなく、机の上に置き去りにしようか迷ったが進路希望はプライバシーとか紛失してはいけないものかもしれないと仕方なくもう一度教室へ戻った。帰りのホームルーム前にでも渡そうと決めた。

階段を行ったり来たりして自分の席へやっと戻ってきた頃には、もう昼休みが五分くらいしか残っていなくて悪い感情が沸いてきてしまいそうだった。


ぐっと我慢して左手首につけているシュシュをぎゅっと握る。

「大丈夫」


騒がしい教室の中、誰にも聞こえない声で唱える。

生まれ変わったのだからもう何も心配なんかない。

苦しい顔なんて見せちゃいけない。だからまたいつものように余裕そうに振舞う。自分をごまかす為、誰にも気づかれない為に。

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