羽賀藍と停止線
頭ではこうした方がいいんだろうなとか沢山浮かんでいる。良いことも悪いことも。だけどまぁ…行動に移せる人はそれだけで才能なんじゃないかなと思えてしまう。自分とは違う人間だからできるのだろう。私とは違うのだ、凄い人は。
「…ごめんね」
笑顔で見送ってくれた友達が見えなくなるまで手を振って、1人になる。誰に言うわけでもなくそう謝罪した。バスの中で何度かどう励ませばいいのか、どう謝ればいいのかとあれこれ悩んで着いてしまった。私はあの時拍手しなかったよ、なんて言っても仕方ないし。推薦なんて困るよね、と言われても立候補がいなかったのだからそうするしかない。何かあったら協力するよ、というには自分ができることはきっとない。あの時助け船を出せるとするなら他に対等な力をもちそうな人を推薦するか自分がやると手を挙げるくらいだろう。
どちらも私にとっては困難だ。時間をかけて考えをまとめてもいつも自信がもてなくてできるだけ避けようとしてしまう無責任な人間に務まることではない。
正直な話、珊瑚が学級委員に決まった時ほっとしてしまった。万が一にも自分がやることになってしまったらどうしようと心の中で不安だったのだ。私がやるくらいなら珊瑚の方が立派にこなせるだろう。あの子はクラスの誰とも話せるし笑顔が可愛くて嫌な顔を見せないでいられる。クラスの中心人物とまではいかないけれど何でもできて男子に好かれている印象がある。そんな所まで考えているとなんだか根拠は何もないけれど本当にすぐ割り切って受け入れているのかもしれないと思えてくる。
珊瑚は強い子だ。クラスの子たちが陰口を言っても変な絡み方をされても動じず対処したりスルーできる。そういう所を私は尊敬しているしこうやって一人反省会ばかりしてしまう自分がとっても小さく感じてならない。明日にはきっと何事もなかったように笑って過ごすんだろうなぁと。私も見習った方が生きやすいのだ、きっと。
翌日、案の定珊瑚は学級委員としての仕事をこなしていた。渡されたプリントを人前でスムーズに読んで説明したり、誰が何の係をするかを黒板に書いてまとめていく。心配する必要もなかったのだろう。そして、やっぱり自分がやらなくてよかった。あんな上手く自分にはできないのだから。
「楠さん、ノートに板書しといてくれる?俺みんなのプリント集めとくから」
「うん、ありがとう」
学級委員はあれから沖田陽介くんに決まった。まだ長く沈黙が続くとみなが覚悟していたがあっさりと挙手し「俺がやります」と立候補したのだ。彼はクラスでも人気があり…いや、1年の頃違うクラスだったが女子からよく噂で聞く名前であった。一言でいえばイケメンでモテる人気者だろう。そんな彼が立候補してからまたヒソヒソと変な声も小さく聞こえている。
「沖田くんと話せるならやればよかったかも~」
「なんで立候補するなら最初からしなかったのかな。まさか楠さんのこと好きとか…?」
「え、それ最悪なんだけど。」
「そういえば沖田くんに告った子4組にいたんでしょ?どうなったのあれ!」
後ろの方で噂好きな女子グループがまた好き勝手話している。こういう風に自分は話されたくないな…と余計影をひそめる。私にはそんな噂されるほどのネタはないけれど、こうあることないこと話している人たちを間近で見てしまうと変な疑心暗鬼になってしまう。珊瑚の方を見ると聞こえてないのか沖田くんと話しながらノートをまとめている。なんていうか、珊瑚は本当に堂々としていて凄いなと思う。同性ともうまく話せないのに異性と普通に会話ができるなんて。…私の方が異例なのかもしれないけれど。
「お疲れ様…」
どう労えばいいのかひねり出した結果、それくらいしか浮かばなかった。帰りのホームルームが終わり椅子を上げ机を後ろから順に動かす音がガタガタギイギイしてる中 珊瑚に声をかけた。
「藍ちゃんもお疲れさま~!」
「うん…」
笑顔で返してくれる珊瑚に気の利いた言葉もかけられない。不必要な言葉をかけて嫌な思いもさせたくないと考えすぎてしまうのも口数を減らしてしまう要因なのはわかっているけれど。
「今日私掃除当番だから先に帰ってていいよ」
「そっか…、わかった」
「うん、じゃあまた明日!」
「……うん」
あっさりそう言われては待ってるとも言えなくて。待っててもまぁ…特に何を話すわけでも珊瑚を楽しませたり穏やかな気持ちにさせれるわけでもないのだけれど。何となく言われるがまま廊下を出てそのまま玄関で靴を履き替えていつも通りスクール便を待つ。
こうやって日々何かしようと思いながらも何もしてない自分は本当にダメ人間に思える。何でもいいから踏み出してみたいような、取り返しのつかないことをして喧嘩してしまったり離れてしまうなら何もしない方が楽で安全なような。
進みもしないけれど時間だけはゆっくり過ぎていく。そしてまた今日が終わっていった。