修学旅行9 みんな笑顔で
「お、おはよう野川」
「ん、ああ」
班で集まってすぐ、柚葉は野川に声をかけた。野川はまだなんか文句でもあるのかと警戒しながら返事をしたがすぐに珊瑚が頭を下げた。
「ごめん野川!!」
「へ…?」
「神井もごめん!!」
突然の謝罪に目を丸くする男子二人に柚葉は少し恥ずかしそうに、でもしっかりと二人に向き合った。
「反省した、から。野川に殴ったのも、神井が怒ったのも…、うちが悪かったって思ってる。だから、…ごめん!!神社、いく!」
珊瑚と藍も二人を見つめ軽く頷きあう。野川がバツの悪そうに「俺も言い過ぎた…ごめん」と口をとがらせながら言うと柚葉も安堵した。
「よし、じゃあ自由行動すっぞ!みんな仲良く、な!」
ニッと笑う神井が野川と柚葉の頭をわしゃわしゃと撫で、旅館を出た。晴天の空と心地いい風が気持ちのいい朝だった。
それからの時間はあっという間で、ランドタワーで高いねと驚いたり、色んなお土産や雑貨屋さんをちょっとずつ巡ったり、初めて見る景色を写真に収めたり。神井と野川がおどけると三人が笑って、珊瑚達が楽しそうにしていると男子二人も嬉しそうに見守っていた。今までとは違う、自然と笑顔でみんなと接していられるこの感覚は修学旅行という特別な空間だからなのかもしれない。けれど初めて五人が本気で楽しんで笑って話せていた。
「やっぱ本物とはそう簡単に出会えなかったか~~残念!」
「残念だったね」
「もーちょっとネバるか?」
「いや、もう神社向かっておかなきゃ時間までに帰ってこれねえだろ?いいよ」
「……ごめんなさい」
「もう謝るなよ羽賀さん。俺ら『全員で』行くって決めたんじゃん?良いんだってば」
「……うん、ありがとう…」
「そうだよ藍ちゃん。私もお守り買いたいもん!」
「…ん」
柔らかく嬉しそうに笑う藍に珊瑚もにっこり笑う。柚葉も嫌そうにせず早くいこーぜと急かす。神井もスマホで電車の乗り換えを調べてくれていた。安穏神社でお参りを終え、お守りを買うと藍がほっと嬉しそうに小さくため息をついた。
「藍ちゃんのおじいちゃん…きっと元気になるよ」
「うん……」
「おみくじ引こう!一回百円だってさ!」
「願い事をしながら…引くと良い、らしいよ」
「そうなんだ、羽賀さん詳しいね」
「き、聞いたことあるだけ…」
「じゃあ俺ひきまーす。」
男子も呼んで全員で順番に引いていく。大吉を望んでえいと中を見開いてみると、ここの神社のおみくじはそういう書き方ではなくどのくらいの運勢なのかはハッキリわからなかった。
恋愛運がいまいちだったのか柚葉と神井は不満そうにええ~と声を漏らし、藍は少し嬉しそうに口元が緩み、野川はやったー!と喜んでいた。
珊瑚はというと、なんだか面白味のない結果になってしまってこんなもんだよねと元通りに紙を折りたたむ。木にくくりつけるものだとか持って帰っていいはずだとかそんなことで情報が錯綜しつつ結局は先人にならってくくりつけられている専用の場所に全員で結んで帰ることにした。
「そろそろ戻らないとマズイな」
「あ、そうだね」
「遠いと移動だけで時間食うもんなぁ」
旅館へ戻ろうとするみんなに、藍がスカートをぎゅっと握り勇気を出して声をかけた
「あ、あっ…あの」
藍の方へ視線が集まり、緊張気味に話を続けた。
「ここに…一緒にきてくれて……、ありがとう」
その言葉にみんなは笑ってくれた。どういたしまして、と珊瑚が代表して応えて。
その日の夜、お風呂とご飯が終わってから柚葉が部屋で質問大会を開催し、お互いのことをまた知ることになった。誰が見ても明白だったが柚葉は隠していたつもりらしく、本人が真っ赤になりながら神井のことが好きだと二人に言い、それにつられて過去に好きだった先輩がいた藍の話になり、珊瑚も小学生低学年の頃仲が良かった男の子が引越しをしてしまった話をしてくれた。
途中、こっそり神井と野川が遊びに来てほんの十分ほどトランプをしたけれど見回りの先生の声がして速攻出ていったり。
あっという間に帰りの新幹線の中。遊び疲れた柚葉が寝て、珊瑚も背もたれに寄りかかり目をつむっていた。行きとは真逆でどの席も静かになっていた。藍がトイレに向かうと噂好きな根津さんたちとバッタリ会った。
「あ、羽賀さーん。大変だったでしょ~」
「駒井さん、班でお出かけしてた間どーだったの~?また野川くんと喧嘩した?」
「嫌なコトとかなかった~?」
柚葉の悪口が聞けるだろうとわくわくした表情で藍をクスクスと笑いながら期待する三人に藍は流すようにきっぱりと否定した。
「何もないよ。…柚葉も、みんなも。とても…楽しかったから。」
それじゃ、と相手の反応もまたずに藍はその場を離れた。
なんだかつまらなさそうに、ちょっと悔しそうに「なにあれ」「そんなわけある?」「強がってるのかな~」と、あれから仲良くなったのを知らない三人は期待外れの反応にぶーぶー言っていた。
神井と野川はいつものメンバーで楽しそうに喋っていた。そんな様子を見ながら車両を進んでいると、トイレ帰りであろうクラスメイトから声をかけられた。時々柚葉が仲良くしているオタク系の人たちだ。
「羽賀さん、ゆずっちの様子どうですか?」
「ゆずっち……」
「あ、ごめんね。駒井さんのことゆずっちって呼んでるんだ私たち。」
「ああ…」
「男子と喧嘩したって聞いてたんだけど…今も怒ってるの?」
「ううん……、もう大丈夫。」
「そっか。じゃあそろそろ声掛けにいこうかな…」
「?」
「実はボクたち修学旅行前にちょっとこじれちゃって、距離を置いていたんです…。」
「でも私たち悪かったなーって思って。ゆずっちいないと静かすぎて寂しいし。…謝りたかったんだけどなかなか、ね」
「そう…。今は寝てると思うけど……、話しかけても大丈夫…だと思う」
「ありがとう羽賀さん!」
「ゆずっち機嫌直してくれますかねぇ…」
「このお土産渡したらコロっといくよ!…たぶん…」
そう言いながらバタバタと横を過ぎていった。
珊瑚が数人の足音が近づいてくるのを聞いて目を開けると、クラスの人が数名集まっていた。
「どうしたの?」
「あ、楠さん…。ゆずっちに用事があるんですけど、起こしていいですか?」
「うん」
席を譲ると柚葉をゆさぶって声をかけだす。相変わらずうーーんと唸ってすんなり起きてくれない。
「レインボーパンケーキあるよ!」
「な…なにーー!?」
がばっと体を起こして目を覚ます柚葉が声をかけてきたメンバーの顔を見てハッと、喧嘩していたことを思い出した
「……なんだよお前ら。絶交しただろ!」
「そうだけど、やっぱり仲直りしたくて」
「ゆずっちがいないとランキング戦やってても盛り上がらないんですよ…」
「アタイらも言い過ぎたから、ゴメン!!」
「……。」
「それでこれ、お土産に買えたから…あげる!」
「あ!」
ケーキボックスのデザインを見て目を見開く。行きたかったお店のパッケージだ。
「レインボーパンケーキじゃん!?」
慌てて中を開けると、七色のパンケーキが美味しそうな色と香りをしていた。ふわふわで厚みがあり念願の実物と初対面だ。
「さすがにアイスは持ち帰りできなかったけど、ゆずっち好きそうだねってみんなで話してさ~」
「もし行って食べてきてたら申し訳ないですが…」
「さんきゅうううううう!!!お前らほんっと良い奴らだよなぁ!!」
その日一番の笑顔で柚葉は喜んで、オタクグループのみんなもつられて嬉しそうだった。
「あ、そーだ!お前らも一緒にトランプやろう!」
「良いですけど、楠さんと羽賀さんはお邪魔していいんですか?」
「うん、もちろんだよ」
「みんなで…やろう」
「アタイ大富豪がやりたーい」
「いいね~」
「大富豪?」
「楠さん知らないんですね。じゃあ僕が教えるんでみんなでやりましょう」
「ありがとう」
「一位になった奴チョコ一個食べていいことにするぞ~!」
「ゆずっち太っ腹~!」
こうしてわいわいと遊んで喋ってお菓子を食べて写真を撮って。見慣れた街並みが近づくまでずっと笑いあって過ごすのだった。修学旅行だけでなく、この時を境にみんなの交友関係と深さは変わる。声をかけやすい仲になって輪が広がっていったのだった。
クラスの子と離れるのが寂しくて家に帰るのが惜しいと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
珊瑚はそう思ったのでした。