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修学旅行8 珊瑚と向き合う心

「明日…本当に行かなくていいの?」

「うん……、別に…ほかでも買えるし」

「………。」

「もう誰とも…揉めてほしくないから…」


「……そっか」


二人きりになって会話が途切れたので明日のスケジュールの再確認も兼ねて藍に聞いてみたが、やっぱり藍の気持ちはそういうかんじだった。班長会議が終わった後神井くんから「明日はスケジュール変更したやつのまま行くから」と念を押されてしまっていた。藍が行きたがらないであろうことも話したが、神井くんは断固として柚葉の行きたい場所を我慢させる方針でいた。私はあの流れのまま話がストップしていたのだから、神社は諦めて穏便に元のスケジュールでいくものだと思っていたのに…と困惑していた。



『駒井には我慢を覚えさせなきゃダメだ。アイツこのままじゃどんどん付け上がってくじゃん。班行動なんだから協調性はもたせないと。アイツ班長じゃないんだから俺に権利がある。もちろん楠さんにもね。』


そんなことを言うものだから、誰にどう説得すればいいのかずっと頭の整理がつかないままだった。せめて藍がどうしても行きたいと言ってくれれば話はもう少しスムーズなのに…。それかもう神井くんと野川くんが今回ばかりは妥協してくれればなんとかなるというのにどちらにも行き切らず、珊瑚には重い責任だった。正直、神井くんたちは班行動の時しか一緒にいないし男子だから別行動な時間も多いけれど私たちはこの二泊三日の中ほとんどずっと一緒に行動し続けなければならない。それなら関係が悪いまま長く時間を共にしなければいけない精神的苦痛を緩和する方が珊瑚達にとっては重要な部分だった。さすがに珊瑚や藍に殴ってくることはないだろうけれど、自分の意見が通らなければずっと拗ねたりずっと文句を言ったり怒っているであろう柚葉の姿は想像するに難くない。


ここで自分までため息をついて疲れを見せると今度は藍との関係も怪しくなってきそうで、ひとまず違う話をしつつも寝て疲れを取りたかった。が、部屋の鍵を持たない柚葉の帰りを起きて待っていなければいけなくて時間だけが過ぎていく。

どうしたものかと煮詰まっていると、トントンとドアが叩かれすぐに開けにいく。


「おかえ……り?」

笑顔で迎えようとドアを開くと、目を赤くし温泉浴衣のそでが濡れた柚葉の姿があった。先ほどまで神井達と楽しそうにしたいた姿とは打って変わって見たことのない落ち込みを見せていた。


「ど、どうしたの…!?ほら…、入って」

「…ん…。」


ぐすっと鼻をすすって普段よりずっと遅い足取りで部屋に入り布団に座り込む。

心配をして藍と珊瑚が囲むように布団に座る。一体なにがあったのだろう……。


「なにがあったの…?誰かにいじめられたの?」

フルフルと横に首を振られる。

「…どこか……ケガした…?」

藍の質問にも黙って首を横に振る。


なかなか自分から言い出さない柚葉に暖かいお茶を注いで渡すと、ゆっくり飲んでようやく口を開いてくれた。



「……藍、さ」

「…うん……?」


「家族のためにお守り買いたいのか……?」

「え…」


柚葉にはその話はしていなかった為、藍は目を見開く。誰から聞いたのだろう…女子グループからなら何となく誇張されて話されていそうで怖い。どんな話を聞いてきたのだろうとドキドキしながら藍が頷く。


「うん………。祖父が重い病気で…入院してる…。手術が…成功する確率が低い…から。それと…妹が……勉強頑張ってる…から…。安穏神社は…その、色んなご利益がある所で有名だから…買えれば、って」


頑張って説明を、上手く伝えたいと藍が一所懸命してくれる。その言葉を真剣に目を見て柚葉聞いて静かにそっか、と納得した面持ちでつぶやいた。


「でも…、私は……。柚葉が決めた場所で良いって…思ってる。私の行きたい所のせいで他の人の……行きたい場所がつぶれるのは…嫌だから。柚葉の方が先…だったし。」

「………。」

誤解されたくない藍がそう付け加える。それも柚葉は無言で頷いた。


「珊瑚は。行きたい所ないのか?」

「私?」

今度は珊瑚の方を向いて柚葉が訪ねてくる。


「私は…特に…」


「本当にか?思ってることがあったら言ってくれ。聞く。」

そう真剣な顔で見てくる柚葉に驚きながら、そうだなぁと考える。


「私、本当にどこに行きたいっていうのが分からなくて…。色々調べたんだけどそんなにここっていうのはなかったかな。表通りでお土産屋さんがたくさんあるからそれは見たいなって思ってるけど。でも、時間が割けなかったらメインの場所を優先にしたいかな。野川くんも神井くんも行きたい場所あるし、みんな回ってあげたいし。あ、もちろん柚葉ちゃんの場所もね。」


「………ん。」

大きく一つ頷いて柚葉はまた黙る。いつもと違う柚葉の様子に圧倒されながら二人とも顔を見合わせた。


「…なにかあったの?柚葉ちゃん」

「神井に、怒られた」

「え?」


「我が儘だって。珊瑚と藍が本音で話してくれないのは、うちのせいだって。」

「……」

「……」

驚いていると、柚葉が一瞬ためらって頭を下げた。


「ごめん!!!嫌な思いさせてた、から。悪かった!!!!」


「柚葉ちゃん…」


謝って顔を上げると、すこしまた柚葉は涙ぐんでいた。藍がそっとティッシュを渡すと鼻をかんでぐっとこらえようとしながら話を続けた。

「うち、…自分だけ行きたい場所変えるって言われてすんごい嫌だった!なんでみんな行きたい場所入れてんのにうちだけなんだよって。確かに放課後サボって話し合いしない時もあったけど、それでも勝手に決めやがってって。でも……、さっき神井とか先生にいっぱい言われて…。二人の話…聞いて……。なんか……、我慢しなきゃって。我慢しなきゃいけないの、うちだけじゃなかったって…。だから…、ごめん」


「柚葉……」


「うちのせいで本音話してくれないなら、どうしたら話してくれるんだ?隠し事も嫌だし嘘も嫌だ。だから、藍と珊瑚ともそういうのナシで仲良くなりたい。腹の探り合いとか嫌いだから。うちのことどう思ってるか知りたい。」


「……」

「……」

あぐらをかいて柚葉が構える。いつでも来いと言わんばかりの表情で二人の言葉を待つ。そんなことを急に言われてもと二人が困っていると柚葉が先手を打ってきた。


「今だから暴露するけど、うち珊瑚の誰にでもヘラヘラしてる所嫌いだ。」

なんというズケズケと無神経なことを言ってくるんだろうと内心傷ついてイラっとくる。


「だって珊瑚、絶対神井のこと好きじゃないのにいつも話合わせて笑顔だし、クラスの噂ばっかしてくる奴らの声だって聞こえてるのになんもしらねーかおするもん。そういうの出せばいいのにって思ってる。」


そんなことを正面向かって言われると、さすがの珊瑚もこの際だからと口を割ることにした。


「そんなこといっても、あんなに話しかけられて無視する方がおかしいでしょ?席も近いんだもの。悪口言われたからって柚葉ちゃんみたいにつっかかってたら…喧嘩ばっかりになっちゃう」


「喧嘩すりゃいいじゃん!ナメられてるからいつまでも影であーだこーだ言われるんだから!」

「柚葉ちゃんみたいな人ばかりじゃないもの…!そんなこと、できない人もいるの…。喧嘩なんかしたく、ないし」

「……。んで、神井のことは?好きなのかよ」

「そ、そう言われても…」

「どーみたって神井は珊瑚のこと好きじゃん!珊瑚はどうなのさ」

「私は……今まで、その。話しかけられて困るな…って、思うこともあったけど。今回の修学旅行で頼りになるなって思ったよ…。でも私は……そういう意味の好きじゃない…かな」

「ふーん!」

今までと違って柚葉の反応は喧嘩腰ではなかった。そういうもんか、という表情をしていた。


「んで、藍!」

「う、うん…?」

「藍はなーんも喋んねえし、何考えてるか全くわからん!!楽しいのか楽しくないのか、嫌なのか好きなのかぜーんぜん分からん!!もっと自分の意見普段からバンバン出してくれないとつまんない」

「ご、ごめん…」

「ごめんじゃないんだよ!さっきおじーさんとか妹がどうとか、アンノウ神社のこととか言えたじゃん。もっとそういうの出せよ!」


勢いで押そうとする柚葉に珊瑚がそれじゃ藍ちゃんがどう答えていいか分からないんじゃないかなと口添えをすると、柚葉がなるほどとうなずいた。


「じゃあ質問するから答えてくれるか」

「うん…」

「兄弟は?」

「妹が二人……」

「二人もいんのか!」」

「弟…も一人。」

「多いな…。四人姉弟の…?一番上ってこと?」

「うん…」

「えーっと、じーちゃんがいるんだっけ」

「うん」


そんなこんなでずっと柚葉が藍に質問攻めをしていく。こうやって色々話し合って互いを知るのが隠し事をなくすのに大事なことだという。そういえば今まで学校で会話はするけれど、そういう踏み入ったプライベートを聞くことはお互いになかった。




「…じゃあ最後に、藍がうちに対して思ってること何でも言ってくれ!なんでもだぞ、遠慮するな!」


「………。」

今までで一番藍の声を聞いたんじゃないかと思うくらい会話をした後、最後に柚葉がそう聞くと藍が頷いた。


「柚葉は…、今までずっと自分のことしか考えてなかったとおもう」

「うっ…」

「すぐ人に物事を押し付けるし」

「ウッ」

「人のせいにするし」

「グッ…」

「周りの人がどうなっても……全然気にしなくて、疲れる子だなって思う時も…あった。」

「グハッ……!」


そんな直球で毒を吐くんだ…と珊瑚も初めてみせる藍の内面に驚きつつ、柚葉はザクザクと痛い所を突かれつつ自分から言い出した手前やめてくれと言えずもだえる。


「今回の修学旅行も…ずっと不安だった。どうなっちゃうんだろうって…。柚葉と野川くんが喧嘩して…班が崩壊しそうで、私……行くの辞めようかなって、思った」


それは、初めて聞く藍の本音だった。

表情が乏しい藍が責任を感じていたのは気づいていたけれど、修学旅行に行くのを辞めようとするほど思い詰めていたなんて。


「途中から…、行先がどこだろうとどうでも…良くなってた。神井くんが神社に行こうって推してくれるのも…途中から、迷惑だなって…思ってしまってた。柚葉が譲らないならもう、絶対またもめごとになるのは分かっていたから」

「………。」



部屋が静まり返り、柚葉が少し経ってから「…うん」とうなずいた。


「柚葉は、…明日、どうしたい?」

藍からの質問に柚葉はすぐに答えた。


「うちのはいいよ。藍の行きたい場所行く。喧嘩ももうしない、約束する。」



少し笑った柚葉の顔はすっきりとしていた。

あっさりと引き下がる柚葉に藍が良いの?と尋ねると「良い!」と真っすぐに答えた。


「その代わり…じゃないけどさ、これからはもっと藍も珊瑚も本音で接して欲しい。…言ってもらえるように…うちも努力するからさ」


その言葉にすんなりと頷くにはまだ二人が誰に対しても心を開ききれるだけの自信はなかったけれど、柚葉が今後そういう仲でありたいという想いはしっかりと受け取った。柚葉はこういうことで嘘をついたり裏をかくような人でないことは確かだったから。



「そろそろ寝よう、明日も早いし」

「そーだな!」

「ん…、そうだね」


「おやすみなさい」

「おやすみ!」

「…おやすみなさい」



これが、三人が親友になっていく、大きなきっかけの一夜だった。

この日のことは三人ともずっと大人になっても忘れない。ずっと。

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