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楠珊瑚とカプチーノ

いつも優しくしていたい。誰かに嫌われるのも怖いし、嫌われるのは悲しい。

自分が我慢することでみんなが平和でいられるなら…それは仕方のないことだと思うの。


「誰か立候補はいませんか?」

先ほどまでざわついていた教室が静まり返る。皆俯いたり上の空で他人事のように時間が過ぎるのをただ待っている。学級委員になりたい人なんてそうそういない。面倒ごとを避けるようただ黙り続ける時間が続き、見かねて先生がもう一つの提案をする。

「えー、では推薦にしましょう。学級委員になってくれそうな人はいませんか」

そう言うとだるそうに一人二人と手が上がる。

「楠さんがいいと思いまーす」

もう一人も同意する。

「俺もそうおもいます」

その発言に対し先生はなぜとも本人にやりたいかどうかも聞かず賛成の人は拍手をと進めた。案の定誰でも決まればどうでもいいクラスメイト達は拍手をし、拒否権もなく決まってしまった。他に誰がいいなんて私がもし口にしてしまったとすればそれは私と同じ強制的なものになってしまうだろうし、指名されてしまった後で言うのはなすりつけっぽくて気も引けた。もしもあれこれ拒否する言葉をつづられたら言葉で自分が勝つ自信もなかった。

桃色の髪の少女は嫌な顔を見せないよう平静を装い、決まってしまったものはしょうがないと自分に言い聞かせることにした。

「では次に男子で……」


 授業が終わると先ほどまでの静けさが嘘のようにワッとうるさいいつもの昼休みになった。何食わぬ顔で配られたプリントをファイルにはさみ鞄に入れ、代わりにお弁当箱を出し席を離れた。

「ほんと長かったわぁ~立候補なんかいないんだからすぐ推薦でいーよね」

「わかるー。あーいうのは真面目な子がやればいいよねー」

「あれってなんで楠さんになったの?」

「知らなーい。でもなんかやりそうだよね委員長とか」

「笑顔だったしほんとはやりたかったんじゃない?」

「え~、それなら立候補すればいーのにねぇ。十分も長引いて昼休み全然時間ないじゃん」

後ろの方の席の三人組が好き勝手に喋っているのを聞こえてないフリをして友達の元へ向かう。こんなことはいつものことだから気にしちゃいけない。気にしたら負けなのだ。

「あーいちゃん!お昼食べよ~」

にっこり笑って窓側の席に座っている表情がとぼしく物静かな藍色の髪の子の前に座った。

「うん…」

「見て見て、じゃーん!今日は自分で作ってきたんだよ」

そういってピンクの小さな弁当箱を開け見せると、小さくおぉと声がもれた。

「珊瑚は器用だね」

「ありがとう~料理は家でもやらされるから」

のりを専用のパンチであけて乗せたぱんだおにぎりやだし巻き卵、ハート型のウインナーが愛らしく詰まっている。

「やっと授業終わったなー。寝てたわ」

よだれをぬぐいながらコンビニの袋をもってきた緑髪の少女がだるそうに藍の隣の席にドカッと座った。その席の持ち主がこっそり鞄から弁当をとって教室から出ていくのを全く気にせずサンドイッチの袋をむいてほおばる。

「柚葉ちゃん寝てたんだ…」

後ろの席から確かにかすかな寝息を聞いた気もする。

「ん、珊瑚の弁当すげーじゃん。なにそれ」

「ぱんだのおにぎりだよ、可愛いでしょ」

「ふーん。これなに??」

「ウインナーをハート型にしたの」

「へー!あ、そーいやさぁ昨日のみた?犬がすんげー不細工な寝顔してるやつ!」

「えっと…テレビ?」

「動物わんにゃんジャンピングに決まってんじゃん」

「私テレビあんまり見ないから…」

「なんでみてないんだよ~。藍は見たっしょ?」

今までずっと2人の会話を聞いているだけだった藍がワンテンポ置いて頷く。ゴールデンタイムで有名なものらしい。

「ソファで…変なポーズになってたやつ…」

「それそれ!愛犬が迷子になって再会したやつも泣けたよな~!」

「…戻ってきたのすごかった…よね」

「へえ……」

同じテレビの話をしている二人に相槌を打ちながらも疎外感を感じていると、藍が珊瑚に詳しく説明してくれた。

「…えっと…。ソファの背もたれによりかかったまま…こう、逆立ちしたような格好で寝てた犬が半目で…。いびきもすごかったよ」

「そうなんだぁ、すごいね」

「大型犬が散歩中地震で驚いて逃げようとして…飼い主さんがうっかり手を放しちゃったのもあっていなくなっちゃった話で…。三日後昔住んでた家の近くで保護してくれてたおじさんのおかげで再会できたんだって」

「そうなんだ…、見つかってよかったね」

想像するだけで確かに感動する話だ。珊瑚もしんみりとなる。

藍の説明を聞いて柚葉がシーンを思い出し人差し指を勢いよく振って興奮していた。

「そうそう!そうなんだよなぁ~~!飼い主のおばさんがもう会えないと思ってたーって泣いちゃってさぁ。うちもボロボロ泣いちゃったわ!」


弁当を食べ終えてからも三人はチャイムが鳴るまでずっと話し続けた。どうでもいい話をしながら過ごす時間に安定を求めて。


放課後、部活へ急ぐ柚葉に手を振り珊瑚と藍が靴を履き替え外へ出る。言いにくそうに藍が周りを見回してからそっと話しかける。

「その……。大丈夫?」

「んー?なにが?」

「勝手に…推薦で決まっちゃったから…」

時々目をそらしながら藍がそう聞くも珊瑚は元気そうな声色を変えずに返す。

「しょうがないよ、誰かはやらなきゃいけないんだもん」

「うん…」

「それだけ。」

ほんの少し強い口調で、なんでもない風に珊瑚は言葉を切った。

「うん……」

それ以上お互いなにも言わなかった。言えばどちらからともなく、良くない雰囲気になってしまうのを知っていたから。


スクール便の後ろの席に乗り込んで、大したことのない話をして先に降りる藍を笑顔で手を振って見送る。最後尾の窓の外を眺めながら聞こえないくらいの小さなため息をもらす。誰にも顔を見られることのないこの席が好きだ。終点まで乗る人はそんなに多くない。


駅につくまでの間、いつもの悪い癖で今日あったことをぐるぐると思い出してしまっていた。しょうがないことだと割り切ったはずなのに。やりたくてやってるわけじゃないのは推薦だってことでわかるはずなのに変な陰口を言われるし。推薦した人だってなんで私を指名するのか。大して仲良くもないのに。藍だって気遣ってくれるなら立候補してくれれば良いのに。柚葉はなんであんなに自分のことばかりなんだろう。そんなことの全てをどうでもいいと思いたいし、しょうがないことだと片づけたいのに。笑顔でいた方がみんなに嫌われないし面倒なことを引き寄せない。今はいじめも減ったのだから高望みなんてしちゃいけないのに。別のことを考えようとすれば別のモヤモヤに巻き込まれてなんだか落ち着かない。


電車に乗って、また別の電車へ乗り換えをする前に。いつも行く喫茶店へ立ち寄る。高校と地元の中間であるこの八野木駅は珊瑚にとってどちらの人間とも出くわす確率が低い安全区域。裏通りにひっそり佇むカフェに行くのが珊瑚の楽しみだ。

ギイッと木製のドアを開くと、コーヒーの香りがふわりと漂いぬるい風からほんのり涼しい快適な風に切り替わる。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは」

「お好きな席どうぞ」

紅の髪をみつあみで一つのおだんごにしたお姉さんが珊瑚と目が合いウインクをして案内してくれた。

メニュー表ではなく期間限定のおすすめ商品だけ窓際の角の席に置いた。

「今日からミニパフェ二種類期間限定で始めたけどどうする?」

席についておすすめされた二つの写真を眺めうーんと唸る。そんなものが始まったなんて…。

「濃厚チョコレートムースと白玉抹茶なんて選べないよぉ…。晴蘭さんはどっちがいいと思いますか?」

「どちらもおいしいわよ~?とろけるチョコレートももちもち白玉も最高だもの」

決められず迷う珊瑚を楽しそうにニヤニヤと笑いながら店員は答えた。こうやっておいしそうだからと悩んでもらえることは嬉しいことだからなのはもちろん、珊瑚が自分に意見を求めてくれたことも嬉しかったようだ。

「うう…」

「…ふふっ、今日もカプチーノでいいんでしょ?」

「あ、はい。お願いします」

「了解。持ってくるまでに考えておいてくださいね、お客様」

楽しそうにそう言ってカウンターの方へ消えていく。いつまでも待たせるわけにいかないのを思うとありがたい気遣いだ。


「おまちどうさま」

可愛い猫がふうせんを持っている絵が描かれたカプチーノがテーブルに置かれた。

「わぁ、今日も可愛いですね!ありがとうございます」

「店長は今日猫ちゃん気分みたいなの。…さて、どっちにしたのかしら?」

「今日はチョコにします。次回抹茶にしようかなって」

「了解。」

カシャリとスマホで写真をとって、形をあまり崩さないようそっとカップに口をつける。店内にかかるゆったりとしたBGMと遠くにぽつぽつ座ってるお客さんや店員さんの食器の音や足音が心地いい。オレンジ色の太陽が夜に染まりかける空と街並みが額縁のような窓の中でゆっくりゆっくり変化していく。この席でカプチーノを飲みながらみるこの風景がなんだか自分だけの特別な時間に思えて好きだ。

「濃厚チョコムースパフェでございまーす」

ひんやりとつめたいチョコアイスも乗って贅沢なスイーツがテーブルにおかれた。

「よっこいしょ」

向かいの席に店員さんが座って一息つく。

「お客さんいるのに大丈夫ですか?」

「常連客しかもう残ってないし大丈夫よ」

一応エプロンだけ脱いで一緒に持ってきていた自分のマグカップでコーヒーを飲む。少し隠れ家のような場所と見かけなこの喫茶店は夕飯時になると人がほとんどいなくなる。ディナー用のメニューもなく軽食やスイーツしかないのも理由かもしれない。

「晴蘭さんもパフェ食べます?」

自分のパフェをスプーンですくい向けると、ちょっと困った顔で首を振られた

「試作でたくさん食べちゃってるからアタシはいいわ」

「あ、そっか…」

「大事なおこづかいで買ってるんだから存分に食べなさい」

「はい!」

できるだけ長い時間ここに居られるように。けれど遅くなりすぎないように。

熱が冷めてしまっても鳩が6回鳴くまでの間今日もカプチーノを飲んで暮れてしまう空を静かに見守るのだった。


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