8.旅立ち
今年の梅雨入りは例年に無く早かった。六月の初旬から毎日しとしとと雨が降り続いていた。おまけに温暖化現象の影響か気温が高く、蒸し暑さがひどかった。少し歩いただけで衣服が汗のせいでまとわりついて、気持ち悪かった。この時期は一年の中で私が一番嫌いな季節だった。
私は海外出張の前にやらなければならない仕事が多く、日本全国を飛び回っていた。その方が妻や子供と顔をあわせることもないので、幾分気分的には楽だった。ただ出張の間は彼女とのメールをやりとりすることができず、それがとてもさびしかった。でももう少しすれば実際に逢えると思うと多少のことは我慢できるような気がした。
ところで最近彼女にはボーイフレンドができたようであった。年下の彼氏はフランス人だそうで、週に一、二回はデートをしているようであった。妻子もちの私には文句を言えた義理ではなかった。彼女が少しでもハッピーで過ごせるのならしょうがないかとあきらめていた。でもメールの回数が以前は毎日だったのに、最近は二日に一度のペースになってしまっていたことが、私の嫉妬心をかき立てている現実もあった。
ただ彼女が言うには、その彼氏は私と入れ違いにフランスに戻ってしまうということで、それまでの間仲良くしていたいということであった。それを聞いて不安ながらも私は少しほっとしていたのである。彼女を信じていたかったのである。
渡航する二週間前から私の仕事はまさに激務となった。国内の出張とそのレポート。夜のおつきあいで自宅に帰るのは毎日午前一時頃。それから風呂に入って、彼女にメールを書いて、といった感じでいつもベットに入るのは午前二時を回っていた。日々の睡眠時間は四時間程度で、我ながらよく体がもつものだと感心してしまった。
妻には海外出張の詳しい内容については言っていなかった。ただ昔からの友人の誘いで仕事が終わった後何日間かプライベートで米国に滞在するとだけ伝えておいた。妻の方も先月の口論に懲りたせいか、特に何一つ文句を言うわけでもなかった。
一週間前になり、久々に彼女に電話を入れた。受話器の向こう側の声は、体調がよくなさそうであった。
「風邪をひいたみたいなんです・・・。でも来週までには必ず直しておくので心配しないでください。」と言っていた。でもその言葉に心なしか悩み事があるような気がした。もしかしたらもうすぐ分かれることになる彼氏のことで少しナーバスになっていたのかもしれない。しかし、今の自分ではどうすることもできないのであった。ただ渡航の日を待つしかなかったのである。
そして出発の当日。その日もしとしとと雨の降る日だった。
私は午前中に最後の仕事を終えると、その足で空港に向かった。海外に出かけるのはちょうど一年ぶり。まして太平洋を越えるのはもう七年ぶりくらいかもしれない。ひとつ心配だったのは、最近英語を使う機会がなかったので、果たして私の語学力が向こうで通じるかどうかだった。昨年もシンガポールのほうに家族で旅行したとき、最初しゃべりることも聞くことも全くできなくて慌てたことがあった。時間が経つにつれ、元のカンが戻ってきてほっとしたが、今回もまた同じようなことにならないかと危惧していたのである。
途中電車の接続に手間取り、空港に着いたのは出発一時間前だった。急いでチェックインし、彼女やニューヨークの友人に頼まれたお土産を買い込んだ。銀行のカウンターで米ドルに両替すると、もうフライトまで間もなかった。
急ぎ足で出発ゲートから機内に乗り込む。自分の席を確認し、荷物を上のボックスに放り込むと、ようやく落ち着いた気分になれた。考えてみればこの一ヶ月間、せわしない日々が続いた。飛行機の座席に座ってようやく安堵感を覚えたのである。そう考えてみれば、本当に最近自分を振り返るということができなかった。そう思うと、今このひとときの安らぎが妙に懐かしいものに感じるのであった。
乗客全員が機内に乗り込み、出発の準備は完了した。
飛行機はゆっくりと滑走路を移動し始める。
離陸にはしばらく時間がかかった。私には永久の時にも感じた。
・・・・・・。
「アテンション・・・。」のメッセージを合図に飛行機はゆっくりと大きな音を立てて走り始める。
数秒後、ふわりとその重い体は宙へと浮きあがっていく。上昇角が次第に増す。滑走路が、ビルが、そして街が、だんだん小さくなっていく。
そして雲の中へ・・・。
しばらくの間、揺れが続いている。
やがて雲を突き抜けるとまぶしいばかりの赤い夕陽が機体を照らす。
「美しいなぁ、日本は・・・。」と思うと同時に、「でも、もしかしたらもう二度とここには戻って来れないかもしれない・・・。」という気がした。
なんとなく・・・。
私は今、彼女のところへと旅立ったのである。