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3.ニューヨーク

 知り合ってから二ヶ月がたった。もうその頃にはお互いに無くてはならない存在になってしまっていた。

 ある日彼女は友達とニューヨークに行くと言い出した。

 今まで世界各地を旅したことがあるとは言っていたが、彼女にとってニューヨークはおろかアメリカ自体に行くことは初めてであった。

 私は何度か仕事で行ったことがあったし、数人の友人が現地の駐在員として勤務していた。メトロポリタン美術館、ティファニー、ブロードウェイをはじめとしていろいろなことを知識として教えてあげた。話をしていると彼女のうれしそうな子が見えてくるようであった。会ったことも無いのだが、自然と彼女の顔が目に浮かぶ。それは不思議な感じであった。

 ふと思った。

 「彼女に何かをしてあげたい・・・、しかしいったい何ができるのであろうか?」

 そんな思いが彼女の旅行の日程が近づくにつれて次第に強くなっていった。

 私が悩んでいたちょうどその時、ニューヨークの友人が二年ぶりに仕事で電話をかけてきた。用件自体は簡単なものだったので、ほんの数分で片がついた。その後はお互いの近況報告に花が咲き、会社の電話であるにも関わらず話し込んでしまった。彼が赴任する際、ニューヨークでの再開を約束していたのだが、ずっと果たせずじまいであった。それもあって本当に懐かしい友人の声であった。

 長電話をしてしまった最後の話のついでに、「今度友人が行くので何とかしてもらえないか?」と頼んだところ、彼は二つ返事で引き受けてくれた。

 このことは彼女には内緒だった。そしてニューヨークに行く当日になった。

 彼女はホテルに到着すると。ブロードウェイのミュージカルのチケットと小さな花束が届いていてびっくりしたと、メールが贈られてきた。メッセージプレートには、私の名前と「ささやかなプレゼントをあなたに・・・。」というのが添えられていたそうである。

 「彼もなかなか心憎い演出をするものだ。」と思う反面、私自身も少し恥ずかしくなった。

 その後彼女はニューヨークでのバカンスを友達と一緒に楽しんだようであった。

 数日後、彼女は短い休暇を終えてまた自分の街に戻ると、ニューヨークでの出来事やチケットの御礼を長々と綴ったメールを送ってきた。「何もそこまでしていただかなくても・・・。」といたく恐縮している風でもあったが、その文章から本当に喜んでいる様子がにじみでていた。特に小さな花束が気に入ったようで、「奥様にもそんなことをされるんですか?」などとやんわりとした質問もあった。

 この一件で彼女と私の距離はぐっと縮まったのである。私はそれがうれしかった。

 翌日私はニューヨークの友人に御礼のメールを送った。その返事には、

 「今度は本人が来てくださいね! お待ちしています。」という内容が書かれていた。今回のやりとりがきっかけで、彼ともまた忘れかけていた友情を呼び起こすきっかけにもなったのである。

 一方そのころ、私は重大な岐路に立たされていた。はからずも難しい仕事のプロジェクトを昨年後半から任されていたのだが、それが遅々として進んでいなかったのである。来る日も来る日も胃の痛くなるような仕事に忙殺されていた。

 おまけに妻が病気で一週間ほど入院することになったのだが、その間小さな子供の面倒も含め一気に私の負担は重くなった。元々子供との付き合いはうまくなかったので、こういう緊急事態に対応する術を知らないのも事実であった。昼間は仕事で、夜は子供の面倒で一日中気を休める暇がなく、夜ようやく子供が寝付く頃には見も心もぼろぼろになっていった。

 唯一の支えは彼女とのメールのやりとりだけであった。

 家族には打ち明けられない悩み、やり場のないストレス。そんな辛さも彼女のメールを読むと、氷が溶けるように消えていくのである。彼女に話をすることで気持ちがすっきりしてくる。そんなやり取りを繰り返す日々が続いた。

 やがて私は彼女に対するものが、「愛情」になっていくのを自覚するようになっていった。

 しばらくして妻が退院し、仕事も少しずつではあるが軌道に乗り始めると、私も少しは落ち着きを取り戻すようになった。

 私は一時的に心の平安をとりもどした。


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