表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

15.鏡

 彼女は鏡の前にたたずんでいた。昨日のことを考えていた。

 あれからホテルに行って・・・、彼に抱かれた。

 それは自分が求めたことであった。

 どうしてそうなったのだろうか? 自分ではよくわからない。

 でも・・・、終わったあと何かが違った。 彼の腕から離れた時、それがわかった。

 「別れたあの人を愛していたから?」 

 そうじゃない。あの人とはそうなることが運命だった。それはそれだけのこと。自分でも納得していたじゃない?

 「それじゃ、どうしてそう思ったの?」 鏡の中の「彼女」は問いかける。

 彼は確かに優しい。奥さんや子供がいて、年齢も私よりずっと上だけど、そんなことは問題じゃないの・・・。それを差し引いたって余りある魅力が彼にはある。

 そう、確かに素敵な人・・・。でも何かが違う。私が好きな「彼」は、その彼ではない。

 「じゃあ、誰なの?」

 そう、あの人はパソコンの中にいた。優しい言葉で私を包んでくれた。その「彼」と昨日の彼は同じ人。それは事実のはず。

 「はず・・・? どういうこと?」

 やっぱり違う。言葉では表現できない。ただ、私の好きな「彼」は彼と違う人なの。

 「彼」はいつも私の傍にいてくれた。いつも優しい言葉をかけてくれた。でも昨日の彼はその優しい「彼」とは違う。

 そう、「彼」は私の心の中にいた・・・。

 「心の中にいた?」 不思議そうにもう一人の「彼女」は問いかける。

 私の好きな人はパソコンの中の「彼」。現実の彼ではない。それが今わかった。

 「彼」とは現実の世界であってはいけなかったのかもしれない・・・。現実の恋と幻想の恋は違うのだ。

 「現実の恋と幻想の恋って?」

 別れたあの人とは、目で見て、声を聞き、肌で感じながら恋をした。あの人の考えること、感じたことを確かめながら次第に魅かれ、恋をし、そして終わった。それはそれで自分で納得できたことだった。

 でも「彼」は違う。

 「彼」との恋は常に文字を介してのものだった。彼の言葉を見て自分が想像した「彼」に恋をしていたのである。「彼」をイメージし、自らそれに溺れることを望んだのだ。ただ現実の彼が自分の考えていた「彼」とは違っていたのだ。

 「どうして、溺れたの?」 悲しげな瞳をした「彼女」は問いかける。

 わからない、どうしてもわからない・・・。

 いや本当は、自分でも良くわかっているのだ。

 それはきっと・・・、さびしかったから・・・。

 遠い異国の地でひとり生活している自分。しばらく暮らすうちにどこかにこころの拠り所が欲しかったのだ。それは別に「彼」でなくてもよかったのだ。

 ただ結果的に、恋愛と言う対象の方が溺れやすかったのが事実である。

 彼との出逢いはすべきではなかった。彼は「彼」のままでいるべきだった。

 「どうするの? これから?」 最後の質問を「彼女」は冷たくなげかけた。

 どうしたらいいの?

 どうしよう?

 わからない・・・。

 彼女は泣いていた。

 柔らかな朝日が窓の隙間から差し込んでいた。その光が彼女の涙を輝かせている。一粒、そして一粒と次第に大きくなって頬を濡らしていく。やがてあふれる涙と感情を抑えきれることができなくなり、彼女は顔を覆って鏡の前に崩れ落ちた。

 鏡のなかの「彼女」はそんな彼女をやさしく見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ