14.モントリオール
翌日は彼女の提案でモントリオールに出かけることにした。モントリオールはオタワから東に百五十マイル。大よそ三時間弱の行程であった。天気は穏やかで、車の窓から入ってくる風がとても気持ちよかった。
二人とも昨日は夜遅くまで飲んでいたはずだったが、不思議とその疲れは残っていなかった。たった半日足らずで既にお互いは恋人気分になっていた。
どこまでも続くのどかな田園地帯を抜けると、やがてケベック州に入った。話を弾ませているうちにいつしか目的の街に着いていた。そこはニューヨークともオタワとも違う街並みで、フランス情緒を深く醸し出していた。私自身はヨーロッパに行ったことがなかったので、はっきりどういう風とはいえなかったが、至る所にフランス語の文字があふれていたり、街行く人々の言葉もちょっと巻き舌の甘い発音が、何となくそういう気分に私をさせていたのである。
私達はケベック大学の近くのサンドニ通りに車を止め、まずは近くのバーガーショップで腹ごしらえをし、その後市内観光へと繰り出した。セント・ローレンス川に向かって坂道を下り、市庁舎・裁判所等を通り旧市街を歩いた。彼女はいつしか私と腕を組んで歩いていた。
所々でお互いの写真を撮ったり、近くのドリンクショップでレモンたっぷりのレモネードを買ってふたつのストローで飲んだりしている光景を傍からみれば、きっと本当のカップルだと誰もが思ったことだろう。
私は見知らぬ街を楽しむというよりは、彼女の笑顔を見ているのが好きだった。彼女とつないだ手を離したくなかった。彼女のぬくもりをかんじていたかった。
「このままずっと・・・。」 私の脳裏にふとそんな思いがよぎった。
食事を終え、坂道を上っていくと、右手にノートルダム・モンレアル教会が見えた。
「ちょっと寄っていきませんか?」 彼女の提案に私はうなづいた。
噴水のある広場から正面玄関を見ると、北米最大といわれるほどの大きさは感じられなかった。しかし、一旦中に入ってみると驚くほど広く、遥か前方のほうまでずっと青い天井が続いており、その奥にはキャンドルに浮かぶ祭壇が本当に小さく見えた。私達はゆっくりと進みながら近くの席に腰を下ろした。
パイプオルガンの調べがスタンドガラスに跳ね返り、私達を緩やかに包んでいた。しばらくの間、二人はその音楽と時間の流れに身を委ねるだけであった。
どのくらいたったのだろうか・・・?いつしか彼女はつないでいた小指を次第に私の指の中にずらし、左手を私の右手に絡ませてきた。同時に私の腕の中にその身をもたれかけてきた。
「わ・・・、私、あなたの事・・・。」 彼女はうつろな表情で私に言いかけた。
その瞬間私は彼女を抱きしめていた。そのやわらかな薄紅の唇に自分の思いを伝えながら・・・。
しばらくして、重ねていた彼女の唇と体を静かに離した。
彼女の目から一縷の涙が流れると、また彼女は私に抱きついてきた。
パイプオルガンはその調べを止めることはなかった。
どれだけたっただろうか? 私達はやがて席を立った。そして出口のところでタクシーを拾うと、車の止めてあるところまで戻った。もう陽は暮れかけていた。
「遅くなっちゃったね? とりあえず帰ろうか?」と私は言った。彼女は何も言わず、ただうなづいた。
帰路、彼女はうつむいたまま黙ったままでいた。やがて疲れたのだろうか? いつの間にか寝てしまっていた。
日本と違い明かりのないハイウェイはとてもさびしいものだった。でも彼女が側にいるだけで、私は満足だった。
オタワの町が見えるころには、時間はもう夜の十一時を回っていた。彼女はしばらく前から目を覚ましていた。彼女の案内で郊外の自宅まで送っていくことにした。
彼女の住んでいるところは、街の中心部から西の方に車で三十分くらいの静かな住宅街にあった。
車を家の間に止めた。しかし彼女は何も言わず黙ったままだった。
「どうかしたの?」 私は尋ねた。
「ううん、何でもないわ・・・。今日はありがとうございました。また明日会いましょう。」 彼女はやっと少し微笑みながら答えてくれた。しかし、その後また考え込んでしまった。
別れの言葉も言えず、しばらく沈黙が続いた。
「もう少し・・・、あなたと一緒にいたい・・・。」 彼女は聞こえるか聞こえないかわからないくらいの小さな声でつぶやいた。
その晩、私は彼女を抱いた。