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10.前日

 翌日私が仕事を終えたのは午後三時過ぎであった。昨日の続きとなった提携先候補との交渉は、苦労して信頼関係を築いたこともあり想像以上に順調に進んだ。予定では週末の土日をはさんで月曜日に先方は社内会議で了承をとり、早ければ火曜日の段階で正式契約という段取りとなった。要は事実上の内定を得たのである。私は無事任務を終了し、あとは契約書にサインをすれば良いだけとなった。

 最近いやなことばかりでストレスが溜まりがちであった私にとっては、久々に心が晴れるひと時であった。

 「夕飯を一緒にしよう。」という先方の提案もあって、それまでの間、時間をつぶすことにした。

 ずいぶんひさしぶりに五番街を歩いてみると、以前に来たときとは違い本当に治安がよくなったと感じた。昨日も友人と話をしたときに話題になったのだが、現市長が治安面をここ二―三年の間に積極的に改善したからだという。昔だったら日中歩く時でさえ何か変なに巻き込まれないかとびくびくしていたものであったが、今は東京と同じように安心して歩ける。本当に良い街になったと感じた。

 ふとティファニーの側を通ると、何の気なしに私は店の中へ入った。ショーウィンドーを覗くうちに「ティアーズ(涙の形)」の形をしたゴールドのネックレスを見つけた。写真の中の「彼女」がつけたらさぞ可愛いだろうなと思って、私は即座に買うことに決めた。妻以外の女性に何かを買うなんてことは、結婚してから今までなかった。やはり自分の中で何かが変わってきているのだ。これも彼女と出会ったからかもしれない。

 明日になれば、彼女に逢えるのだ。仕事も無事に終わり、いよいよバカンスを満喫できるのだ。その嬉しさを私は街を歩きながら少しずつ噛みしめていた。

 提携先に内定した先方との会食は実に和やかなものであった。「将来をかけてのパートナーシップを築きましょう!」と握手されて、自分のした仕事の大きさに誇りを持つことができた。今が一番輝いているとき、それをしっかり感じることができた。うれしくてしょうがなかった。

 その晩は夜遅くまで宴席が続いた。ホテルに戻ったころには既に翌日になってしまっていた。

 少々ほろ酔い加減であったが日本に電話をかけ、報告をした。受話器の向こう側では、明らかにうれしそうだとわかる上司の顔が想像できた。私は報告を終えると週末はニューヨークを離れて月曜日の晩に再びここに戻ると話した。上司は「了解、了解! ゆっくり休んでくるといい!」とねぎらいの言葉もいっしょにかけてくれた。

 それからメッセージセンターにコールした。彼女からの伝言が入っていた。空港での待ち合わせ場所と時間、着ている服装などの説明と、「明日お会いするのを楽しみにしています。」というやさしい言葉が添えられていた。

 私は翌朝の準備をすませると、シャワーを浴びてからベットに入った。気持ちがすっきりしてきたので、今日は睡眠薬の必要はなさそうだ。鞄から彼女の写真を取り出す。それをじっくり見ながら明日の出逢いを創造する。思わず顔がほころんでくる。

 「いよいよ明日だなぁ・・、いや、もう今日なんだなぁ・・・。」

 私は彼女とともに眠りについた。


 夜が遅かったにも関わらず翌朝は早い時間に目が醒めた。私は簡単にホテルのラウンジで朝食を済ませると空港に向かった。まだフライトまでは二時間近くあったので、空港内のあちこちの店に寄って時間をつぶした。

 ニューヨーク−オタワ間は国と国との重要都市を結ぶという割には、飛行機は三−四十人乗りのプロペラ機であった。私はプロペラ機に乗るのははじめてだったので、かなり戸惑ったが、「これも彼女に逢うための試練の一つかぁ・・・。」と考えることにした。出国審査を終え定刻十分前には機内に乗り込むと、あとは未知なる国への思い、遥かなる「彼女」との出逢いに自分の意識は集中していた。

 やがて飛行機は左のプロペラが、次に右が回りだした。徐々にエンジン音が高まると少しずつ前に進み始める。滑走路に向かう間、大きなジャンボ旅客機の間に挟まれた小さな機体は、今にもつぶされそうになりながらも自分の順番を待っていた。

 十二時十分。定刻通り私を乗せたプロペラ機は一路オタワへと向かった。


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