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1.終わりのはじまり

 私は今、とても眠たかった。でもまだ眠るわけにはいかない。今の気持ちを例えるなら深遠のきわの手すりも無い狭い道を、眩暈と闘いながら歩いているような感じだった。いつ足元を踏み外すのだろう? もう次の瞬間かもしれない。大きく口を開けている暗い闇の中に私が吸い込まれていく準備は既にできている。ただ私はその誘いに必死に抵抗して落ちないように耐えているだけであった。

 どうしてだろうか? なぜそんなに眠るのを拒む必要があるのだろうか?

 ほんの少し足をずらせば、痛みも無く苦しみも無く永遠の安らぎにめぐり逢えるのである。受け入れさえすればいいのだ。でもそのあと一歩が踏み出せないのである。

 怖いのか? いや違う・・・。どうして?

 彼女のことが気にかかっているのである。

 手のひらを胸にあて、彼女のことを思い出す。もしかしたらあのときあの一言が言えれば、私の人生は別の方向に向かっていったはずだった。でもそれは今となってはもはや叶わぬ「夢」。時間を戻すことは神様でもなければできるはずの無いことだった。今の私にできることといえば・・・、ただこの現実を静かに受けとめること。そして・・・。

 喉が少し渇いてきた。もう一杯だけ水を飲もう。

 水差しからコップに注がれた水は、私の喉に瞬く間に流れ込んでいった。

 「あぁ、気持ちが良い。」

 普段あまり吸わない煙草が無性に吸いたくなった。セカンドバックから取り出し火をつける。いつもは吹かすだけで何も感じないのだが、今日のほろ苦さは何か特別なもののような気がする。

 どうして? これが最後の一本だから?

 しばらくして、朦朧とした意識の中で書き綴っていた手紙の筆を置くことができた。

 眠たくなってきた。もういいだろう。

 私は灰皿に煙草を置くと、疲れた体をベットに横たえた。心臓が静かに鼓動を響かせている。天井を見上げるとふとあまたの星が流れていくような気がした。

 私は「夢」への扉を静かに押し開けていった。


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