#48 下唇からは血が滲んでいた
「ソーア! 起きろ!」
窓から差し込んでくる朝日と共に、シュリの足がソーアの身体を直撃した。
スイキと軽口を叩いていたら、いつのまにか寝てしまっていたようだ。
サッカーボールのように蹴り起こすのは毎回だが流石にきつい。
「ちょっとやめ……」
「アマ〜」
階段を朝の軽快なステップで降りていった。いそうろうであることは変わりないのに。蹴り起こすのをやめてくれるのはまだ先になりそうだ。
ふと昨晩のことが脳裏によぎる。あれが夢だったのか、現実だっだったのかはっきりしない。ぼんやりと左手、黒い鬼の手に目を落としていると、考えていることを察したのか、
「昨日のことは現実だよ」
ソーアの身体からニュルリと上半身だけを出すと、頬をほっそりと長い指でツンツンした。朝の冷え切った空気のせいか、鬼という生物のせいか、指は氷のように冷たかった。
すぐにソーアの身体に潜り込んだ。一体なにがしたかったのかわからない。ただのちょっかいだろうが。
普通は気持ちのいい朝のはずが、姉に蹴り起こされ、鬼にほっぺたツンツンは気が滅入る。
スイキのことは無視して、下に向かう。
ボリボリ頭をかきながら一階に到着すると、男の話し声が聞こえる。想像は付いているが、
「おっ! おはよ〜。ソーア」
「おい、遅いぞ。ソーア」
「ソーア。お邪魔してるぞ」
「あ、皆さん。おはようございます」
イグニス、シエル、ライ、と昨日の面々が集まっている。ということは話し合いだろう。
「じゃあ役者が揃ったし会議をはじめんで」
どこかで聞いたようなセリフが父を思い起こす。優しい印象が強かった父が実は敵だったのかもしれないと思うと複雑な感情に駆られる。
「どうしたん? さっきから変におもってたんやんけど、仏頂面やし、疲れてるんやないの?」
思い起こすと、この九日間。常に忙しかった。台風の時のワイパーのレベルだ。この比喩をこっちの人に言ったところで頭の上に疑問符が沸きまくるだけだろう。
父は死に、母はゴーストに連れ去られ、地下世界に裸足のまま放り投げられ、アマランスとシエルと一悶着あり、大会で優勝したとおもったら、誘拐される。
南極で滝行をするレベルで過酷な毎日だった。もちろん疲れているだろう。
だがここで止まるわけにはいかない。母を助け、父を殺したゴースト。アルブムも潰す。それまでは……
「いやいやなんでもないですよ」
「そう? ごっつ怖そうな顔しとったから。しんどかったらいつでも言ってや」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
心配そうな顔をしながらもそれ以上は何も言わなかった。
下唇からは血が滲んでいた。




