#027 鬼
「シュリーーーーッ!」
ソーアのの眼前を横切りシュリが力なく吹っ飛んでいく。
ミロワールとミュールは勝ちを確信したようで、悠然とシュリに歩みを進める。
弱っている獲物を徹底的に叩くつもりなのだろう。
倒れ伏しているシュリが左手を伸ばし、必死に訴えてくる。
やめてくれ……その要求だけは……
俯き足元にある物に目を落とす。
やるしかないのか?
震える脚でゆっくりと、だがしっかりと掴み取る。
何かで聞いたことがある。迷っている時に既に自分の心の結論は決まっているのだと。
なら、自分は何に迷っているのだ?
自分自身に問うてみる。
僕はあいつらを殺すか殺さないかで迷っているのか?
『いや違う』
誰だお前は?
『俺はもう一人のお前だよ』
「ウッ……ウワワワワワワワッ!」
突然、空気を引き裂かんとばかりの叫び声が会場中を震わせる。
会場にいる全員がソーアに目が釘付けになる。驚きの声がいたるところで聞こえる。
頭を抱え、膝から崩れ落ちる。
無機質な顔になったかと思えば、刹那。
額に左側に一本。反りたち、威圧感のあるツノが生えた。
黒褐色。左手に生えそろった鋭い鉤爪。
鋭くとがった歯。
「バッ……バカなっ⁉︎ 鬼の一族は俺たちがこの手で……」
観客席から仏頂面で見ていたシエルも例外ではなかった。
驚きの色を隠せず、自らの震える手に目をやる。
「ああ、滅ぼしたね〜」
「おい。なんでお前はうっすら笑ってやがるんだ? この状況が理解できないのか⁉︎」
勢い良く立ち上がり、イグニスを睨み付ける。
「えっ?」
片目だけがシエルを捉える。
全身を突き刺すような鋭い眼光がシエルの身体を貫く。
「んっ⁉︎……」
シエルは見たこともない眼光に戦慄を覚える。
イグニスは続ける。
「もはやその逆だよ。まず過ぎる状況だからこそ困ったときは笑うようにしているんだ」
ニカッと笑い再び試合に見入る。
人は時たま、恐怖の否定として笑いがこみ上げてくることがあるのだという。
しかしその。イグニスの右頬の口角が上がった横顔は。
純粋に楽しんでいるようにしか、見えなかった。




