仲直り
オレは、ティアに、未来から来た事を話した。初めは半信半疑だったが、セレスも一緒に説明してくれて、表向きには信じてくれたようだ。
「それにしても、セレス様が王国の騎士ですか。へー。あの、セレス様が」
「私の事は、どうでもいい」
ティアにいじられて、たまらずにセレスが話題を変える。
「この国は、獣人に蹂躙され、滅びる。そうならないため、すぐに行動を起こしたかったのだが、この男がこの国などどうでもいいと言い出して、あろうことか家に帰ると言い出したのだ」
変えられた話題は、オレに対する矛だった。ティアに、へーと言いながら睨まれて、セレスからも非難の目を向けられている。
「最初は、知り合いもいないし、オレの知った事じゃないと思ったのは、事実だ。謝る」
「……私も、悪かった。あんな光景を見た後なら、生きた家族に会いたくなるのも、無理はない。私はその気持ちを、誰よりも理解しているはずなのに、我侭を言った」
「……」
「……」
互いに過ちを認めたところで、沈黙。微妙な雰囲気が流れて、次の話題を振りにくくなってしまった。
「はいはい。仲直りはもういいので、本題に戻りましょう」
話を戻してくれたのは、ティアだった。やはり、引き入れてよかった。
「そ、そうだな。まず、何から話した物か……今日の、兄上の訪問の件なのだが」
「あの、クソ兄か……」
あの顔を思い出すだけで、虫唾が走る。オレの頭の中では、あの顔面にペンで思い切り落書きを施して、見るも無残な姿を晒している。もう、原型が分からないくらいだ。
「私の記憶によると、兄が私を迎えに来るのは、もっと先のはずだ。何故、早まったのかと言うと、私が盗賊に襲われたと嘘をついたからだと考えられる。コレは、過去にはなかった出来事なので、それによって未来が変わり、兄上の訪問が早まったのだ。今日来ると分かっていれば、最初から私が対応したのだが……」
「昔の私なら、ついていったと言っていたな」
「そうだ。昔の私は兄の押しに耐えられず、ついていってしまった。テレスも一緒にな。そして、手薄になったこの地から始まり、父は殺され、首都に移った私達も戦火に巻き込まれ、その中で皆死んでしまった」
「……ともあれ、未来は変わった」
変化はわずかだが、未来は変えられる。それが証明できたことは、いい知らせだ。
「ところで、実際にこの地で何が起こったのかは、セレス様はご存知で?」
「獣人が突然、攻めてきたとだけ、聞いている」
「それが、少しおかしな話かと。この地は、獣人の土地とは国を挟んで離れております。獣人は、どこから出てきたのでしょうか」
「ヤツらの能力くらいなら、奇襲など容易い事だ。恐らく、ここが一番攻めやすそうに見えたから、攻めたのではないか」
「他に、攻めやすそうな場所など、いくらでもあります。わざわざこの地を奇襲するのは、何か違和感を感じせざるをえません。そもそも、獣人とは領地を完全に隔てていて、争いもなく数百年の時が過ぎています。わざわざ攻めて来るというのも、不思議です」
「しかし、ここで起こる事は、確かなのだ。私も、最初は信じられなかったが、実際に、ヤツらは来る。理由は抜きにして、それは事実だ」
だが、何が起こるのか分からないのであれば、対応が難しい。攻めてくるのなら、守ればいいだけの話だが、それがどこから来るのか分からない。それに対応する軍も必要だが、オレ達のいう事を聞いてくれる兵士もいない。
「では、それは一旦置いておきましょう。獣人達が攻めてくるのは、いつですか?」
「正確な日時は分からないが。3ヶ月後だ。それまでに、この国は滅びる」
「……やはり、にわかには信じがたい事ではありますが。少し、情報を集めてみるとしましょう」
「情報?」
「ティアは、父上直属の、ランデクリフトの諜報員だ。情報を集めるのが生業なので、心強い。……知っていて、仲間に引き入れたのではなかったのか?」
えっへんと、胸を張るティア。確かに、戦闘慣れした動きには違和感を感じていたが、そんな事、微塵も考えていなかった。オレが思っていたのは、ただちょっと強いメイドさんっていうくらい。
「しかしそれ、秘密ですよセレス様。諜報員は、正体バレると色々と危ういので、そんな簡単にバラされると、困ります」
「すまん、失言だった。しかし、レイスなら大丈夫だろう」
「し、知ってたさ!うん、やっぱり、そうだと思ったんだ」
「……」
「……」
両名に、冷めた目で睨まれた。嘘、ばれてらぁ。
「それじゃあ、そういう事で。遅いし、今日はもう寝よう!」
「……そうだな。お前のその、ボコボコの顔を見ていると、哀れになってくる」
オレの顔は、セレスの言うとおり、痣と擦り傷だらけで酷いもんだ。昼間にウェルスに手ひどくやられたものが、時間が経ち、目立っている。
「私も、今日は疲れた。少し早いが、部屋で休む。おやすみ」
「では、私も。おやすみなさい、ご主人様」
「ん」
二人を見送り、オレは部屋に一人になった。
疲れているのは、本当だった。実は言うと、ティアに未来から来た話をしている頃から、眠気マックス。更には、怪我がズキズキとして鬱陶しいので、寝て、忘れたい。
そんな、痛みの中で、オレは眠りについた。
次の日も、いつも通りテレスが起こしに来てくれた。だが、今日は既に起きていたので、ベッドから起き上がった所でテレスが部屋に入ってきて、ちょっと残念そうな顔をされて心が痛む。
「おはよう、テレス。いつもありがとうな」
「おはよう、お兄ちゃん。お顔が痛そう。兄上にやられたのね?」
そう言って、テレスがオレの顔に触れてくる。
本当に、テレスはいい娘だなぁ。あのバカ兄貴の妹とは、思えない。
どうやら、昨日の話は聞いているようだ。テレスは学校にいる間の出来事なので、騒ぎには巻き込まれずに済んでいる。
「私、兄上、嫌い」
「……」
情操教育によくないと思うので、一緒になってウェルスの悪口を言う事は避けた。内心じゃ、すげぇ笑ってるけどね。
ちなみに兄上とは、オレの事じゃない。テレスはオレの事を、おにーちゃんと呼ぶので、そこは勘違いしないように。
「あの、クソキザ野朗。いつか、金玉ぶっ潰して、皮剥いでやる」
おっと。心の声が漏れていたかな。ついつい、声に出してしまったようだ。
……いや、オレそんな下品な事思ってないけど。じゃあ、今の声は何だ?どこから聞こえた?辺りを見渡すが、何もない。
「お兄ちゃん!朝ごはん食べに行きましょ!」
「あ、ああ。そうだな。て、テレス、学校は?」
「今日は、お休みだよ。だから、一日中遊べるわ」
「はは、そうかそうか」
笑いながら、テレスの頭を撫でる。そっか、一日中か。体力もつかな……。
朝食をテレスと一緒に済ませると、テレスが庭で遊びたいというので、それに付き合って、オレも庭に出る。オレは怪我があるので、テレスの近くのベンチで座って、見守るだけだ。
「呑気だな」
道の向こうから走ってきたセレスが、そう声を掛けてきた。
その服装を見て、オレはすぐに目を逸らした。セレスは、動きやすそうなインナー姿だ。それが、凹凸の少ない身体のラインを強調し、曲線美をおしげもなく披露している。一言で言って、ちょっとエロい。
そんなセレスは息をわずかに乱し、汗をかいている。どうやら、ジョギングをしていたようだ。朝から姉妹揃って元気だなぁ。
「少し、疲れた。休ませてもらう」
セレスは、オレの隣に座り、息を整える。
「お前こそ、呑気にジョギングか?」
「毎日の鍛錬は、欠かせない。特に、この身体は体力が少ないからな」
「あー!お姉ちゃんだー!」
遊んでいたテレスが、セレスの姿を見ると、駆け寄ってきた。そして、セレスに抱きつくと、気持ちよさそうに頬ずりをする。それに応えるように、セレスもテレスの頭を撫でるという、姉妹睦ましい光景だ。
「あまり、くっつくな。汗がついてしまうぞ」
「んー。お姉ちゃんの汗なら、平気」
「まったく、しょうがないな」
もう、デレッデレ。目が垂れ下がり、鼻をのばした酷い顔である。あの凛々しいセレス様は、どこへ行ったのやらだ。
でも、気持ちは分かる。テレスは可愛いから。……それにしたって、酷い顔だ。
「今日は、何か起こる予定はあるのか?」
「特には、思い当たらない。細かいことはよく覚えていないから、何も起きない保障はないがな」
「セレス様」
突然、木の上からメイドが降ってきて、3人して驚き、飛びのいた。セレスはテレスを抱いて、剣に手をかけるという動きを見せて、オレは傷が痛んでベンチから転んだだけ。
「何をしているのですか、ご主人様」
「心臓に悪いから、やめてくれ……。余計な怪我が増えたら、どうしてくれるつもりなんだ?」
「どうした、ティア」
何で、文句の一つも言わないの、セレスさん。
「実は、少し気になる事がありまして。セレス様は、リリード様に進言を行っているようですね」
「ああ。している」
「内容は、獣人の領地に対する、進行で間違いありませんね」
「間違いない」
「ちょっと待て。お前、リリード氏に、獣人に戦争を吹っかけるように言ってんの?」
「そうだ。やられる前に、こちらから攻撃を仕掛ける。作戦も練り、父上に伝えてある」
愛する娘に、戦争の進言をされる父親ってどういう心境なのだろう。それはちょっと、やりすぎな気がして、不安になる。
「勇み足になりすぎです。セレス様も、リリード様が獣人との国交を目指してるのは、知っているはずでは?」
「そうなのか!?」
それにはオレも、驚いた。まさか、そんな事をしようとしていたとは。しかし、それでは尚更、セレスの進言は、リリード氏にとってショックだったはずだ。
「あのね。よく分からないけど、私は皆仲良くして欲しいと、思うの……」
「大丈夫。テレスが心配する事は、何もない」
そう言って、テレスの頭を撫でるセレスだが、その不安は払拭できない。
「大体、もしもこちらから獣人に戦争を吹っかけたら、逆に攻める口上を与えるだけじゃないのか」
「ご主人様の、言うとおりです。策としては、愚作です」
「これはあくまで、最終手段だ。こうやって私が父上に進言をしておけば、父上に獣人に対するわずかながらの警戒心を生ませられる。とはいえ、やはり少し、心が痛んだがな。父上は、獣人に知り合いが複数いるらしく、獣人領に定期的に訪問する程の仲だ。しかし、そうも言っていられない。ヤツらの本性は、私とレイスがよく知っている」
「それは、そうだが」
フラッシュバックするのは、獣人どもの、狂った戦いぶり。人間を食べるトンキ族に、隊長の首を抱くヤツら。
正直にいうなら、リリード氏にはあんなヤツらとつるむのはやめてもらいたい。
「獣人共はどちらにしろ、根絶やしにせねばならない存在だ。獣人は、全て殺す。そのためには、何振り構ってなどいられない」
「落ち着け」
オレは、セレスの頭を軽く叩いてやった。
「何をする」
「お前は、背負い込みすぎだ。気持ちは分かるが、それじゃあ獣人どもにされた事と、同じな」
「それでは、お前は獣人達を理解し、共生できるとでも言うのか」
「そうは、言ってない。オレだって、あんなヤツらと暮らすなんて、気が気じゃないから勘弁だ」
「お姉ちゃんは、獣人さんを、やっつけたいの?」
「……」
返事の変わりに、セレスはテレスを、抱きしめた。
「お姉ちゃん、苦しいわ」
「大丈夫。私が、守るから」
その願いの強さと、重みは、オレにも伝わっている。だがこの時に感じたのは、セレスの危うさだった。それを、仕方がないことと割り切るのは簡単だが、そんな危ういセレスが暴走したとき、止める存在が必要だ。
「お話中に、申し訳ありません」
道の向こうから歩いてくるという、非常にシンプルな登場の仕方をしたメイドさんが、申し訳なさそうに話しかけてきた。
「どうした」
応えたのは、セレス。ようやく、テレスを抱擁から開放し、何事もなかったかのように振舞う。
「リリード様が、お呼びです。一緒に来ていただけますか?」
「父上が?私をか?」
「いえ。レイス様もご一緒に」
「オレも?何の用?」
「私は分かりかねます」
セレスと目を合わせるが、こんな事初めてなので、何の用なのか検討もつかない。
どうでもいいけど、こうやって、ただ用事があるっていう呼び出しって、なんか怖いよな。なんとなーく、怒られる気がして行きたくない。しかし、リリード氏に呼ばれたとあれば、行かないわけにはいかないよなぁ。