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メイドと妹

 家に帰るとはいったものの、現実問題、それはすぐにできる事ではなかった。理由は、怪我にある。治るまでは、家にいなさいと、言われてしまった。銀色の少女の父親である、リリード氏に。

 彼は、金髪に白髪交じりの髪の毛をオールバックにした、とても威厳のある男だ。きりっとした目つきに、瑞々しくシワも少ない肌は、とてもじゃないが50代には見えない。貴族の男らしく、その所作も言動も、男のオレから見てもカッコイイ。だが、娘の事になった途端に、バカになる。


「本当にありがとう!娘を助けてくれて、本当にありがとう!お礼に、私の地位も名声も、全てあげよう!なぁに、問題ない。全て、円滑に済むように、こちらで手配する。君は、どっしりと構えてればいい。雑務は私や部下が支えるから、心配するな。君が、このキスフレア領の、頭首になるんだ!金も、名誉も心配ないぞ。がはははは」

「バカな事は、言わないでください。ゴミ頭首」


 オレはその時、50過ぎの貴族のおっさんが、メイドさんにしかれるという光景を目にして、少し悲しくなった。 

 オレはどうやら、野盗に襲われた銀色の少女を、身を挺して庇ったという事になっているらしい。銀色の少女が、そう言ってオレを助けてくれたのだろう。実際、嘘でもないので、それは甘んじておく。

 そして、先ほどの頭首がどうののお礼の代わりに、怪我が治るまで、手厚く介抱される事になった。身よりも金もないオレにとっては、とてもありがたい話である。ただ、リリード氏の強い推しで、絶対に完治するまでは面倒をみさせて欲しいと言われた。とにかく、お礼がしたいんだと。それほどまでに、娘が大切な存在なんだろう。

 そして、それを助けたオレは、英雄のような存在だと、彼は言った。オレは、この国を見捨てるつもりなのに、英雄なんて悪い冗談でしかない。


 目が覚めてから、1日も経てば、歩けるようになった。足に刺さった短剣が一番の重症で、足は引きずりながらも、日常的な自分の事は、もうこなせる。


「ご主人様。いくら歩けるようになったからと言って、一人で出歩かないでください。倒れて怪我でもされたら、お世話係りの私が面倒なんですから」


 うん。今、面倒って言ったね。

 廊下を歩いていたら、後ろから追いかけてきたのは、目つきが悪くて、やる気のなさそうなメイドさん。目が覚めたときに、傍にいたメイドさんだ。金髪の髪の毛は編みこんで、上品さを演出している。その身なりや、身のこなしは、文句がない。ただし、言動は面倒だとか、休みたいだとかとしょっちゅう言っていて、オレや、リリード氏にすら向けられる、ゴミを見るような目は、正直怖い。

 彼女の名前は、エレティア・オーフェン。この屋敷に仕える、メイドの一人だ。

 怪我が治るまではオレ専属のメイドとなり、オレの事をご主人様と呼んで世話してくれている。彼女のような美人にそう呼ばれる事は、男として悪くはない気分のはずなのだが、複雑な気分に苛まれている最中だ。


「なぁ、エレティアさん」

「何度も言っていますが、私の事は、ティアとお呼びください。一応ですが、貴方は私の主なのですから、遠慮をする事はありません。何度も言わせるな……」


 最後の言葉は、ボソっと呟いて、聞き取り辛かったが、聞き取れた。しかし、ここは大人の対応で、スルーしておく。


「じゃあ、ティア。せっかくだから、屋敷を案内してくれないか」

「いいですよ。ではまず、こちらへ」


 思いのほか、ティアは素直にそう言ってくれた。

 ティアに先導されて、しばらく廊下を歩く。それにしても、本当に広い屋敷だ。歩いても歩いても、全容が見えてこない。


「つきました」

「ついた?」

「はい。ここは、私がオススメする、屋敷のナンバーワンスポットです」

「……部屋の中?」

「いえ、ここです」


 そこは、廊下の突き当たりで、部屋の中でもなんでもない。あるのは、大きめの窓だけ。

 一体、ここがなんだというのか。


「土足で立ち入るなぁ!!」

「ひぃ!」


 窓に近づこうとしたら、ティアに思い切り怒鳴られてしまった。腹の底から出るような、恐ろしい怒鳴り声でした。


「こほん。失礼。ここは、この時期、日差しが暖かくて気持ちいいんです。私はよく、ここでサボ……休憩をしています。こうやって」


 おもむろに、ティアは靴を脱ぎ捨てると、窓際に寝そべって、腹の上で手を組んで目を閉じた。

 確かに、窓から入る日の光は気持ちよさそうだ。しかし、ここは廊下の真ん中である。本当に大丈夫か、このメイド。


「あー!ティアがまたサボってる!」


 廊下に、声が響いた。声の方に振り返ると、そこにいたのは幼女だった。

 銀髪をツインテールにした、白いドレス姿の幼女である。どこか、銀色の少女に似ている。

 幼女はオレの方へと駆け寄ってくると、直前で2回転して、ドレスを風になびかせながら、少しだけジャンプ。両手で口元にピースサインを作ってから、ニコリと笑って胸の前で拳を作った。


「きらーん、きゃぴっ」


 うん。可愛い。だけど、何故かイラっときた。めざとすぎるからだろうけど、可愛いから許せる。


「テレス様。学校は、どうしたのですか?」


 床にねそべったまま、片手で頭を支えた状態から、ティアが尋ねた。

 ここまで来ると、このメイドには感心せざるをえない。


「今日は半日授業よ。それより、こちらの殿方は、どちらのお方?」

「先日お話しをした、セレス様を助けていただいた、恩人の方です」

「まぁ!貴方が姉上を助けてくださった、救世主様でしたのね!姉上の妹として、お礼を申し上げます」


 幼女は、ドレスの片方をちょこんとつまみ、頭をオレに向かって下げてきた。

 銀色の少女に、妹がいたのか。そう言われれば、納得ではある。容姿こそ、幼くなった銀色の少女より更に幼いものの、面影がある。くりくりとした瞳に、小さく整った顔は、将来絶対に美人になる事間違いなしだ。


「銀色に、妹がいたのか」

「はい。申し遅れましたが、名前を、テレス・レヴィ・キスフレアと申します」

「レイスだ。よろしくな」

「よろしくお願いします。ところで、銀色とは、姉上の事でしょうか?」

「まぁ……そうだな」


 一度呼び始めたら、癖になってしまっていた。未だに名前では呼ばず、銀色の少女は銀色のままだ。

 怒鳴って部屋を出て行った後で、銀色の少女とは出会っていない。喧嘩別れのようになったあとで呼び名を名前に変えるのも、おかしな話だろう。


「私も、銀色よ?ほら」


 ツインテールをつかみ、ぴょこぴょこと揺らしてアピールをしてくる、妹。仕草がいちいち可愛らしい。姉妹で性格がかなり違うようだ。

 姉は、武人肌。妹は、アイドル肌と言ったところか。


「レイス。私、この後は習い事もお休みで、暇なの。よかったら、一緒に遊んでくれないかしら」

「あー……激しい遊びじゃなければ、遊べるけど」

「やた!じゃあ、私のお部屋にいきましょう!」


 グイグイと手を引っ張られると、怪我に響いて痛い。しかし、こんな可愛い子に引っ張られるのは、悪い気分じゃないので抵抗はしない。


「テレス様。ご主人様はお怪我をしております故、あまり無理はさせないように」

「あ、ごめんなさい!痛かったわよね?」


 テレスが、ティアの忠告に素直に従い、手を離してくれた。


「大丈夫、大丈夫。でも、ゆっくり歩かせてもらえると、助かるかな」

「勿論よ。私が支えるから、ゆっくり行きましょう。いち、に。いち、に」


 オレの身体に寄り添い、一歩一歩丁寧に歩き出してくれるテレス。優しく健気な幼女に、目つきの悪いメイドに四六時中張り付かれているオレの心は、癒されていく。


「私は、少しここで休んでいますので、テレス様にご主人様はお任せします。そういう訳で、おやすみなさい」


 雇い主の娘に、仕事を丸投げかよ。それはさすがに……。


「任せて!」


 しかし、テレスは胸を張って、嬉しそうである。

 ……まぁ、いいのか。テレスの笑顔を見て、そう思った。


 テレスに連れられて、訪れたのは屋敷の一室。オレに宛がわれている部屋と、同じくらいの広さの部屋に、物が溢れている。溢れているのは、ぬいぐるみ。ところ狭しと、大小様々な種類のぬいぐるみが、部屋中に置かれている。どこを見ても、ぬいぐるみだ。ぬいぐるみの海だ。そして、中央に置かれたベッドの上に、ちょこんと座るテレス。それに対面するように、オレも座っている。


「テレスは何して遊びたい?」

「あのね。私、最近占いを覚えたの。レイスを占ってあげるわね」


 そういうと、テレスはぬいぐるみの間から、束ねられたカードを取り出した。鼻歌を歌いながら、手際よくそれをきると、オレの前に、裏側に5枚のカードを並べる。

 オレはそれを見て、すぐに気がついた。これは、魔法だ。鼻歌にまぎれて、口を動かしていたのは、魔法の詠唱である。魔法の詠唱は、耳にする事はできない。しかし、魔法の詠唱をしているということは、グリムが溢れて光りだすので、魔術師でなくともすぐに分かるはずだ。それがなかった。ということは、詠唱隠蔽のスキルが発動していたと考えられる。

 そして、使用された魔法についてだが、かなり高位の魔法に、カードを利用した占い魔法の、ルトメトという魔法がある。主な用途は、敵の弱点探索や、天気の予想に、目的地に続く正しい道を示したりと、様々である。高位の魔法なので、当然オレは使えない。しかし、目の前のテレスがそれを使っているとすると、どういう事なのだろうか。


「どれか一枚を選んで、表にしてね」

「……」


 笑顔のテレスに、そう迫られる。

 これを選んで、オレがどうなるという魔法でもない。オレは、一番右のカードを表向きにした。

 その絵柄は、赤い剣。

 

「赤い剣は、貴方の選択次第で、多くの血が流れる事を意味するわ。貴方は、英雄?それとも、悪魔?」


 テレスの顔からは、笑みが消えていた。その大きな瞳で、じっと見据えられて、そう聞かれる。

 ルトメトの占い結果は、獣人の襲撃を意味していると考えられる。しかし、オレの選択肢でどうこうなる事ではない。オレに、そんな力はないからだ。所詮は、ルトメトも占いである。的を射ているようで、射ていない。


「英雄っていうのも悪くはないが、オレにはそんな大層な器はない。悪魔ってのも、そんなのになる度胸もない。だから、ただの一般人が正解、だな。ルトメトまで使って、そんな事を聞きたかったのか?」

「!!」


 ルトメトという単語を出した途端に、テレスが目を見開いて、分かりやすく驚いた。


「どうして、ルトメトだと分かったの?」

「オレはこう見えて、魔術師の端くれだからな」

「……そう。さすが、姉上を助けた救世主様ね。いくら魔術師でも、詠唱隠蔽を見破る人なんて、初めてだわ。魔法感知のスキルでも使えるのかしら」


 ゲームの時代から、魔法感知は覚えていない。ゲームの中でなら、ボーっと突っ立っている魔術師がいたら、それは詠唱中を意味するので、スキルがなくともわかる。だから、必要性を感じなかった。

 じゃあなんで魔法に気づいたかと聞かれると、それは分からない。グリムの流れを感じて、それがルトメトだったから、としか言いようがない。


「救世主っていうのも、大げさだ。成り行きでただ助けることができただけで、オレにそんな力はない」

「貴方が自分を卑下するのはいいけれど、私の魔法がバレた以上は──」


「──どうなるか、分かるわね?」


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