目が覚めたら
身体の窮屈さと痛み、飢えや、喉の渇きの中で、目が覚めた。まず目に入ったのは、白い天井だ。しばらく、ボケっと天井を眺める事になる。
「お目覚めですか」
「……」
視線を少しだけ右へずらすと、枕元に女が立っていて、オレを見下ろしていた。その格好は、どこからどう見ても、メイド。黒地のロングスカートワンピースの上から、白いエプロンドレスを装着した、オーソドックスなタイプのメイド服だ。
皆さんは、メイドと言えば、柔らかな笑みを浮かべた、可愛らしい女性を想像するだろう。しかしながら、彼女はそんなメイド像とはかけ離れている。というのも、その目つきが、まるでゴミを見るかのような、冷たい物なのだ。まつげは長いし、胸もデカイし美人なのだが、そのあまりにも冷たい目つきに、恐怖心が勝る。
「何か、してほしい事があれば、なんなりとお申し付けください」
口には出さないが、目がちょっと怖いから、離れてほしい。それが、パッと浮かんだ、してほしい事。
「水が、飲みたいんだけど……」
冷静に考えて、まずはそれだ。もう、喉からっからで死にそう。
「はぁ……少々お待ちを」
今、ため息つかなかった?気のせいじゃないよな?ごめんね、面倒な事を頼んで。
メイドさんは、すぐに戻ってきた。おぼんの上にポットとコップがのせられていて、コップに水を注いでくれる。その行動を観察していると、睨まれてしまった。
「上体だけでも、起こせますか?」
「いてぇ……けど、大丈夫」
トンキ族の少女から受けた傷は、全身いたるところにある。が、傷がある所には、包帯が巻かれていて、治療が施されていた。
どうにか上体を起こすと、メイドさんが水の入ったコップを差し出してくれた。
一気飲みしたね。それくらい、喉からっからだった。
「ぷはっ。うんめぇ」
「……」
メイドさんが、黙って二杯目を注いでくれる。
「ありがとう」
礼をいってから、二杯目を一気飲み。生き返る。
「それで、どこだ、ここ?」
オレが眠っていたのは、広々した部屋だった。どれくらい広いかと言うと、具体的に言えば、今オレが寝ていたベッドから、部屋を出て行く扉までの距離が、およそ20メートルはある。ベッドは窓際に置かれていて、反対側の壁までも、同じような距離がある。部屋の隅っこにはソファや机に、クローゼット等が置かれているが、小さく見えてしまうほど。余りのスペースが多すぎて、無駄に感じてしまうのは、オレが貧乏性だからだろうか。
「ここは、ランデクリフト。キスフレア領は頭首、リリード・ヴァン・キスフレア様のお屋敷の一室です」
キスフレアってことは、銀色の少女の家か……?いや、それにしたって、どうして急にそんな所に。そもそもランデクリフトとは、獣人に攻め滅ぼされた国だ。
──思い出した。
オレは確か、過去の世界へと飛ぶ魔法である、リバイズドアレータを、意識を失う前に発動させた。オレが使えるはずのない魔法ではあるが、発動したのは確かである。そして、幼くなった銀色の少女も目撃している。
これらをまとめると、つまりは、そういう事だ。
「失礼する!」
突然、扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは、銀髪のロングヘアーをなびかせた少女。造形物と見まがうような顔立ちに、抜群のスタイル。美少女というに、相応しい人物である。
ふりふりのついた、可愛らしいデザインのドレスの上から、不相応の金属の胸当てに、篭手と膝当てを装備している。名づけるなら、戦闘ドレス。腰には、剣も下げている。
どっからどうみても、銀色の少女。ただ、全体的に幼い。顔立ちも、背も、胸……は前から変わらない。一方で、髪の毛はデカイ頃と比べて長い。恐らく、成長過程で切ったのだろう。
「ぶははははははは!!」
その姿を見て、オレは笑いが爆発した。
あの、凛とした、近寄りがたい雰囲気をまとっていた銀色の少女が、幼くなって、可愛らしくなっている。なんか、ツボった。
「人の顔を見て、いきなり笑うな!」
「いや、だって、あははははは!小さくなってらぁ!あははははははは!ちょ、ちょっとたんま。あのセレス様が、こんな可愛らしく、あははははは!」
「ご命令くだされば、この者の首をはねますが?」
「よし、はねろ」
「了解しました」
メイドさんが、オレの傍に置かれていた、オレの刀を手に取ると、なんの躊躇もなく鞘から抜いた。その動きは、メイドさんがしていいものではない。まるで、一流の居合い術使いのような、キレイな動きだった。
「っ……!」
首を、ちょんぎられる直前だった。刀は、時が止まったかのように、オレの喉元で寸止めされていた。もう、笑いは出てこない。かわりに出るのは、冷や汗。今、ちょっとでも刺激しようものなら、本当にオレの首は宙を舞うことになるんじゃないか。
「どうしました?そんな、ひきつったお顔をして。どうぞ、お笑いくださいな」
「……」
ゴミを見るような目で、そう促されても、こんな状況で笑えるヤツがいるはずもない。
「冗談は、これくらいにしておこう。ティア」
「はい。セレス様」
メイドさんは、銀色の少女に返事をし、刀を鞘へと収めた。ようやく、喉元から刀が下げられて、安堵する。
「どうですか?面白かったでしょう?」
メイドさんに尋ねられるが、すっごいデジャヴだ。
そんな、ゴミを見るような目と、つまらなそうなトーンで尋ねられても、何がどう冗談だったのか、全くさっぱり理解できない。
「ティアと考えた、冗談だ。どうだった……?」
そんな、期待するような目でこちらを見ないでくれ。
そして、メイドさん。そんなに睨まないでくれ。
「すげぇ面白かった!」
「そ、そうか」
パッと明るくなる、銀色の少女の表情。
オレは、威圧に屈した。正直に言えば、何が面白かったのか全く分からん。でも、正直に答えたらオレはたぶん、殺されるでしょう。メイドさんに。だから、そう答えるしかなかった。
「ティア。少し、二人にさせてくれ」
「はい。お部屋には誰も入らないようにしておくので、どうぞ、ごゆっくりと。イチャつくなり、いくところまでいくなり」
え、いやん。オレは思わず、自分の身体を布団に隠して、身体を守るように身構える。
「……」
メイドさんに、ゴミを見る度の増した目で、睨まれてしまった。
コレが、冗談という物だと、見せてやりたかっただけなのに。
「余計な事を言わなくていい。話が終わるまで、外にいてくれ。すぐに終わるはずだ」
「はい。では、少々仮眠を」
最後にちょっときになる事を言い残して、メイドさんは部屋を出て行った。
「……今、私達が置かれている状況について、分かるか?」
二人きりになってから、銀色の少女が切り出す。
「分かってるつもりではいる。この世界は、過去の世界だろ?」
「そう。信じがたいが、ここは過去の世界。獣人たちが、蹂躙するまえのランデクリフトだ」
「どういう理由かはわからないが、リバイズドアレータが発動した。それの結果だ。で、なんで銀色だけ小さくなってんの」
「私が使った魔法ではないから、だと思う。あれは、お前の魔法だ。術者だけはそのままの形で過去に送られ、その他は飛んだ先の世界にあわせて退化する。私の毒がなくなって動けるようになったのも、過去に身体が置き換えられたからだろう。記憶が維持されてるのは、一緒に飛ばされたから、と自分なりに解析してみた。どう思う?」
どう思うと言われても。オレは魔法の専門家でも、なんでもない。しかし、矛盾点と疑問点は尽きない。
「オレ達が過去に送られてきて、最初の場所はどこだった?」
「この家の近くの、丘の上だ」
「どうして、都合よくお前の家の近くに現れたんだろうな。オレ達は、王国領にいたはずだ」
「細かい理由は分からない。しかし、私達は今、確かに過去の世界にいる。ここはまだ、事が起こる前の世界だ。と、いうことは、これから起きる悲劇を、変えられる。今動けば、私の家族を、国の人々を、救えるはずだ。未来は、変えられるんだ」
「……お前は、そのためにリバイズドアレータを探していたのか」
「そうだ!」
銀色の少女の顔は、希望に満ちている。夢が叶ったのだから、気持ちは分かる。
しかし、オレの気持ちはついていかない。突然過去へ飛ばされて、何かしたい事がある訳でもないし、ただただ数年分のオレの軌跡が、消えてしまっただけ。おまけにオレの身体は、デカイままだ。様子を見る限り、銀色の少女は過去の自分に成り代わっているようだが、オレの場合はどうなんだろう。この頃は確か、傭兵団に入りたてくらいだったな。確かめる必要が、ある。
「オレは、部隊に戻る」
「は……え、何を、言っている?」
「家に帰るだけだ。あと、過去のオレがいるのかどうか、確かめにいく」
「そんな事、どうだっていいだろう!私達は、過去にいる!これから起きる事を知っている!で、あるなら、悲劇を変えるために、動くべきだ!お前だって、仲間の首だけの姿を見たはずだ!今動かなければ、将来ああなるんだぞ!?」
「少なくとも、オレの仲間たちは今、王国にいる。今動かなければ死ぬのは、ランデクリフトだ。そして、ランデクリフトにオレの知り合いはいない」
「……見捨てるのかっ。ランデクリフトの、数万の命を!!」
「そうは、言ってない。ただ、そうなったらそうなったで、それが運命だってだけだ」
「もう、いい!」
銀色の少女は、オレに背を向けた。扉をわざとらしく、大きな音を立てて出て行く。
怒ったか。当然と言えば、当然だろうな。でも、オレには関係のない話だという事は、ハッキリとしておく必要がある。
それに、オレなどいなくとも、あの銀色の少女ならば、成し遂げられるだろう。オレはオレのほうで、適当にやらせてもらう。
……いや、言い訳か。オレは、一刻も早く、家族に会いたかった。殺された隊長や部隊の仲間の姿を、早く払拭したかったのだ。生きている、彼らに会いたい。そうしなければ、いつまでも、仲間の最期の姿が焼きついたまま、離れない気がしたから。