崩壊
銀色の光が、子供に擬態した浸食者を貫く。セレスの得意技で、侵食者は完全に消滅し、その姿を消した。
「やったか……?」
「今度こそ、やったな。わしらの、勝利じゃ」
テレスの勝利宣言に、オレはその場に突っ伏した。
「お兄ちゃん!?」
すぐにティアが駆け寄って、顔を上に向かせて膝枕をしてくれる。せっかくの膝枕だというのに、それを堪能するような余裕は全くない。全身がバラバラになりそうなくらいの痛みが襲い掛かり、身動きがまったくできない。
「レイス」
そこへ、セレスも寄ってくるが、オレはニヤっと笑うだけで、精一杯。話す余裕はない。
「ごふっ」
だというのに、セレスはオレに突然、抱きついてきた。すげぇ痛い。でも、ちょと幸せ。痛みが上回ってる。必死に目でティアに助けを求めるが、目を逸らされてしまった。オマケに、わざとらしく口笛まで吹いていやがる。
「私は、ようやく……達成したんだなっ……!」
「……」
涙で顔を歪めるセレスに、オレはなけなしの体力を使い、その頭を撫でた。
今まで、散々苦労したよな。あんな、ちょっと背伸びして剣を扱っていた風な女の子が、騎士様となって、兵士を率いるまでに至るには、たぶんオレには想像でもできないような出来事があったはずだ。それをやってのけたお前は、本当に凄いし、今は更に、過去まで変えちまった。
今は、泣け。泣いていい。ちょっと痛いけど、それくらい我慢してやる。
「おい」
それに水を差すような顔が、にょきっと視界に入った。黙って見ていると、オレの鞘に、オレが貸した刀を納めてくれる。
「寝ている場合じゃないぞ」
鞘に刀を納めながら、ウェルスが指差した方向。広場の壁のほうに、一同が目を向ける。ぱらぱらと、細かな石が落ちてきて、そこに小石の山を作っている。
思えば少し、派手に暴れすぎた。床は穴だらけだし、壁も穴だらけ。崩れる条件は、揃ってると思う。
その瞬間、決壊した。壁が崩れ、それが天井にまで伝わり、頭上から土砂と岩が降ってくる。
「あまり、ボケっとしている場合ではないと思うのだが」
そういうウェルスが、一番ボケっとしていると思うのは、オレだけか。
だけど、ボケっとしている場合ではないというのは、正解。迫り来る土砂に飲まれたら、せっかく侵食者に勝利したというのに、オレ達は死ぬだろう。
「逃げろー!」
テレスが叫んだ。それとほぼ同時に、テレスを巨大な手が掴み上げる。入り口付近で待機していたトンキ族のオスが、駆けつけてくれたのだ。そいつはテレスを肩に乗せて、駆け出した。
更に別のトンキ族が、オレに抱きついたままのセレス毎掴み、胸の前で肉球と毛皮のベッドを作り、そこに寝かせてくれる。ティアは動けるのだが、別のトンキ族に掴まれてオレ達と一緒に連れられていく。
迫り来る土砂に、トンキ族のオスは、全速力で、広場からの出口を目指す。しかし、土砂よりも先に落ちてくる岩が、オレ達を捉えた。巨大な岩が、次々とオレ達の周囲に落下してきて、行く手を阻む。
「上は見るな!わしの魔法で、岩を防ぐ!」
「真っ直ぐ進め。邪魔な岩は、私がどかす」
立ち上がったのは、キスフレア姉妹。実を言うとテレスは、岩が崩落しそうになっている直後から、魔法の詠唱を開始していて、今詠唱が終わった所。セレスは、オレから離れると、オレ達の先頭に立ち、その剣先にシルフを込めて、先ほどと同じレーヴァテインの構えを見せる。
「レーヴァテイン!」
広場の出入り口までの岩を、銀色の光が一閃。セレスが全てを吹き飛ばし、道を作った。
「ラングール!」
続いて、トンキ族のオスの肩に乗るテレスが唱えたのは、ラングール。ラングールエンドゲージの下位魔法だが、それがセレスが作った出口までの道を光の壁で覆い、岩の落下を防ぐ。
オレ達は、その道を走った。しかし、次々と降ってくる岩に耐えられなくなり、ラングールが崩れて行く。背後に迫る岩に、トンキ族も必死だ。
オレはただ、それを見守るだけ。肉球がやわらけぇ。
「突き抜けろ!」
「オオオオオオォォォォ!」
トンキ族の咆哮が、響く。そして、オレ達はゴールに辿り着いた。間一髪だった。岩がオレ達がたった今通った場所を塞ぎ、直後に土砂がふってきて、廊下にまであふれ出してくる。
「はああぁぁ……」
オレを運んでくれたトンキ族のオスが、大きな大きなため息を吐いた。それに呼応して、周りのトンキ族も息を吐く。ともあれ、オレ達は生き延びた。
それを見届け、オレは意識を手放した。




