援軍
「もし……もし、騙されているとして……だとしたら私は、どうすればいいのですか……!それだけを信じて生きて、従ってきたのに……ご主人様まで裏切ったのに!セレス様までも裏切って……!あまりにも、みじめではないですか!」
オレは、突きつけたティアの短刀を、捨てた。代わりに、その目を真っ直ぐ見据える。
「みじめでも、なんでもねぇよ……!お前は、リリードが、何をしようとしているのか、知っていたのか……?」
「……何も、知りませんでした。この場所の存在も……今日始めて知らされ、何を行っていたのかも……ただ、可愛いあの子を助ける事ができれば、きっと母を蘇らせてくれる、とだけ……」
ティアが、この施設で行われている惨状を知っていたら、絶対に、彼らを助けようとしたはずだ。知らせなかったのは、正解と言えるだろう。
「そんな言葉を信じてしまう程に、お前は傷ついていたんだよ。リリードは、そんなお前を、ただ利用しただけに過ぎないし、仲間とも思われていない。あの子を、お前に見せなかったのが、何よりの証拠だ」
オレは、そう言って、ティアの上から退いた。ティアのダメージは、大したことはないし、もしかしたら、もう動けるかもしれない。
だが、ティアは、涙が止まらなくなり、両手でその顔を覆い、泣く。戦意はもう、感じられない。オレの邪魔をする事は、もうなさそうだ。
そして、オレが見据えるのは、祭壇上にいるリリード。こちらを見ていないようだが、奴がいるそこを目指し、オレは駆け出した。
「よう、リリード」
「……」
祭壇上で、リリードは、白いトンキ族の死体に、手をかざしていた。リリードがかざしている部分の紋章は光り輝き、少しずつ、元の形へと修復されていく。
集中しているようで、階段を上りきったオレに、目も向けてくれない。寂しいじゃないか。
オレは、そんなリリードに、オレの存在をアピールするように、刀で斬りかかった。
その攻撃は、透明な壁により、弾かれる事になる。また、あの指輪の仕業だ。リリードがつけている、乳白色の宝石の指輪が、輝いている。
「ティアは負けたか。使えないな。いや……それよりも何故君は、あの子とこれほどにまで深く繋がっているのに、抗えるのだ」
「あの子は、助けたい……だけど、オレには、やる事がある。可愛い、あの子も助けたいけど……ああ、可愛い、あの子は……あああぁぁぁあぁぁ!」
あの子の事を思うと、頭が痛くなる。あの子が、愛おしい。それなのに、オレは何故、リリードの邪魔をする?リリードの邪魔をしたら、あの子を助けられないじゃないか。
いや、違う。オレが助けるべきは、あの子じゃない。じゃあ、何だ?何を、助けようとしている?
「完全ではないようだが、時間の問題か。少し、待っていろ。君が壊した紋章を直したら、相手をしてやる」
リリードはそう言うと、作業に集中して黙り込んでしまう。オレは、その間も、何度も何度も、透明な壁を刀で斬りつけるが、魔法を使おうと刀で斬ろうと、びくともしない。
「ああああぁぁあぁあぁあぁ!」
叫び、半ばヤケになり、叩き斬るが、それでも崩れる気配が全くない。
壁は、壊せない。悔しいが、リリード自身を倒す事は、できなそうだ。だが、リリードが嫌がる事が、ある。
「ルーンシングルアロー」
オレは、祭壇下に整列する魔術師の一人に向けて、魔法の矢を放った。その矢は、魔術師の男の頭部に突き刺さり、彼は死ぬ。そんな状況だというのに、誰も、一歩もその場から動こうとしない。
「ルーンシングルアロー」
再び、矢を放ち、殺す。また、殺す。殺す。殺す殺す殺す。
グリムの、燃料になり得る者を減らし、召喚魔法を発動させない作戦だ。
そんなオレの行動に業を煮やし、リリードが黒い手をオレに向かって放ってきた。しかし、オレはそれを待っていた。その手の間を上手く潜り抜け、一気にリリードとの間合いを詰める。慌てたリリードが乳白色の宝石をかざすが、遅い。その指を、オレは切り落とした。
「……」
指輪のついた指が、宙を舞う。指が切り落とされたというのに、リリードに大きな反応はない。
「どうやら、同時には使えないみたいだな?」
「ご明察だ。ただのバカだと思っていたが、そうでもないらしい。考えを、改めるとしよう」
これで、残るは黒いほうの指輪だけだ。
「終わりだ、リリード。降伏しろ」
「……少し、遊びすぎたか」
そう言いながら、黒い指輪をかざしてくるので、オレはその指も切り落としてやった。やはり、リリードは何のリアクションも見せず、自分のなくなった指を見て、目を伏せるだけ。
「いいのかい?こんな事をして。セレスが、死ぬよ?」
「……セレスは、どこにいる」
「私の部下が、合図を待っている。この、ネックレスが分かるかい?これは魔術アイテムで、使用するともう一つの番となるネックスレが、光を帯びるという物だ。それが、合図になる。そうなったら、セレスも、ついでに屋敷のメイド達も、皆殺しだ」
「……」
オレは、構えた刀を下げ、鞘にしまう。セレスが人質となっている以上、手は出せない。
「まぁ、もう遅いんだけどね。全ては、もう、止まらない」
白いトンキ族の死体の紋章が、光を放った。魔法が、発動してしまった。
同時に、施設全体が揺れ動きだし、黒い光の渦を巻き始める。その渦に巻き込まれた、下にいる魔術師達が、次々に倒れていき、その度にこの祭壇へとグリムが集中していく。
オレが壊した紋章は、もう、修復が終わっていたようだ。
オレは、慌ててその、トンキ族の死体に斬りかかろうとしたが、刀も、身体ごと弾かれてしまい、攻撃を受け付けない。それは、高位のボスが持つ、詠唱中断に対するオート反撃モードといったところだ。
止めるのは、無理だ。となれば……。
オレは、下でまだ生きている、魔術師達に目を向ける。燃料を、もっと減らしてやろうという作戦だ。すると、リリードがネックレスをこちらに見せてきて、そのネックレスが光を帯び始めた。ニヤリと笑うリリードの顔が、その意味を示している。
オレは、リリードを力いっぱい、殴り飛ばしてやった。リリードは血を吹いて倒れ、気絶する。
「セレス……いや、ティア!」
一瞬、セレスに襲い掛かる、最悪の事態を想像してしまった。しかし、今はそんな、くだらない妄想をしている時ではない。
この施設内での安全圏は、確かこの祭壇上だけのはず。ここにいない連中は、全員命をグリムに代えられて、死んでしまう。オレは下にいティアが心配になり、慌てて祭壇の下を見る。
「お困りのようじゃのう、お兄ちゃん」
祭壇の下にいた人物に、オレは目を見張った。
「テレス!装置が発動している!そこは危ないぞ!」
銀髪の、ツインテールの幼女。テレスに向かって、祭壇の上から叫んだ。
「状況は、理解しておる。タニャから、話は聞いたからのう。しかし、ちと遅かったか」
テレスの隣には、タニャもいた。そして、その後ろにはウェルスが控えている。更には、トンキ族のオスが数匹姿を現し、獣の呻り声を上げている。
「殺せ!燃料となり得る者を、少しでも減らすのじゃ!」
『オオオオオオオォォォォォ!!』
トンキ族のオス達が、魔術師の群れに突撃をかけた。拳と爪で、次々と彼らを殺し、血しぶきをあげていく。その光景に、若干の狂気は覚えるものの、今は頼もしい味方である事に、間違いはない。
だが、勢いが良かったのも、最初だけだ。黒い渦が、段々と光りと規模を増していき、生き残ったほとんど全ての魔術師を、飲み込んでしまった。
「潮時じゃ、全員集まれ!兄上は、ティアをここに連れて来い!」
ティアは、彼らとは少しだけ離れた場所で、仰向けで顔を隠し、泣き崩れてままだった。ここまでは、運よく渦に巻き込まれずに、済んでいたようだが、このままでは危うい。
「私がか?何故、裏切り者の娘などを──」
「おい、そこの!あのメイドを連れて戻れ!」
テレスはすぐに、他のトンキ族のオスに命令をし直すと、そのトンキ族のオスはすぐに動いた。ティアを大事に抱え、戻ってくると、そっと床に寝かせてやる。
「お兄ちゃんは、そこにいろ!こちらの事は、心配するな!」
テレスはそう言って、詠唱していた魔法を、発動させた。
「ネモプリフィ」
テレスが発動させた魔法が、テレス達の周囲を包むように、光の粒子を発生させて、それが黒い渦から皆を守る。それは、浄化の魔法だ。弱体を通さず、それから守る魔法であり、上位魔法である。
しかし、巻き起こった渦の勢いは留まることを知らない。まるで、竜巻のように広がっていくそれは、やがて施設全体を巻き込む暴風となり、辺りを暗闇に包み込んでいく。
オレは、飛ばされないように祭壇の上に伏せ、しばらくして静かになったタイミングで、ゆっくりと顔を上げた。
そこにあるのは、白いトンキ族の死体と、倒れて未だに気絶している、リリード。魔法が発動する前と、なんら変わらない光景。そこに、あの子は見当たらない。失敗……したのか?オレ達が、燃料である魔術師達を、減らしてしまったから?
何故か、悲しくて涙が溢れしまう。オレのせいで、オレたちのせいで、あの子を呼んであげられなかった。可愛そうで、可愛そうで、仕方がない。後悔の念に押しつぶされそうなオレの目の前で、かすかに、白いトンキ族の死体が動いた。気のせいかとも思ったが、見ると、それは気のせいではない。それが突如、立ち上がり、そして、喋った。
『ギョ。ガ。グ。エ』