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穴の向こうのあの子


 ナーヤに、短刀を突きつけているのは、ティアだ。オレが、見間違うはずもない。しかし、分からない。何故、ティアがナーヤの命を脅かすような事をして、オレ達に武器を収めるように迫っているのだ。


「……」


 ウェルスは、忌々しげにティアを睨みつけ、その剣を鞘に収めた。


「ティア……」

「ご主人様も、武器を収めてください。さもなければ、この方は死にます。それと、セレス様も」

「っ……!」


 セレスは、ティアに任せてある。とあれば、ティアの脅迫には、現実味が帯びている。

 オレは、おとなしく刀を鞘に納め、ティアに歩み寄った。


「ティア。何のつもりだ……」

「止まってください。殺しますよ」


 短刀をちらつかされ、オレはすぐに足を止める。ティアは、本気だ。下手に命令に背けば、ナーヤの命もが危ない。


「残念だったね、レイス君。実を言うと、君達の行動は逐一、ティアから聞いていて、おかげで何かくだらん企みをしている事は、知っていたんだ」

「本当か、ティア……」

「はい」


 さも当たり前のように頷いて答えられ、オレは、ショックで頭のネジが、数本吹っ飛んでしまったような感覚に陥る。

 あの、ティアが、オレを裏切った?考えれば、考えるほど、信じられない。信じたくない。


「いつから、だ。いつから、お前はリリードに情報を流していた」

「最初からです。私は、リリード様の忠実なメイドですから」


 では、リバイズドアレータで来る前の世界のティアも、そうだと言うのか。ティアは、リリードの忠実な部下なのに、命を張って、オレ達を助けてくれたんだぞ。そんな事があるのか?ない。絶対に、ない。お前は、裏切るようなヤツじゃない。いつもみたいに、冗談だと言ってくれ。


「状況はよく分かりませんが、裏切られたんですね……?」


 タニャが、忌々しげにティアを睨みながら、言う。


「……」


 オレは、何も、答えられなかった。


「本当は、娘を殺すような事はしたくないのだが、仕方ないんだ。邪魔をするなら、ナーヤも、セレスも殺す。分かったら、ウェルス。お前は下がれ」

「……」


 ウェルスは、ゆったりとした動きで、階段を下りてくる。そして、ナーヤを羽交い絞めにする、ティアを睨みつけ、その横を通り過ぎた。


「ティア。離してやっていい」


 リリードの命令で、ティアはナーヤを解放する。倒れこみそうになるが、周りのトンキ族の少女がそれを支え、抱きかかえた。


「では、外へ出てもらおう。ああ、捕らえたトンキ族の、彼らは連れて行ってもいいよ。もういらないからね。あと、その、レーニャも連れて行って良い。もう暴れなくていいよ。彼女達についていきなさい」


 リリードの命令一つで、レーニャはそれまでが嘘のように、おとなしくなった。だが、その様子は、とてもじゃないが、普通には見えない。目は光を失い、人形のように動かなくなってしまった。


「レーニャ……!」


 タニャが、それを見て、息を呑んだ。見ていられなくなってしまい、目を逸らす。だが、そんなレーニャに、タニャは駆け寄らなかった。


「でも、急いだほうがいい。この施設にいる者は、全員グリムが崩壊して、死んでしまう。そうなりたくなかったら、早く、動く。ほら、急ぎたまえ」

「行くぞ。今は、ナーヤの命を守るのが、先決だ」


 ウェルスの指示により、トンキ族の少女達は、ナーヤを連れてこの広場に背を向けた。レーニャも、そんな彼女達に抱かれて、連れられていく。


「レイスさん。今は、我慢です。私たちも、行きましょう」

「……」


 タニャは、オレの腕を引っ張り、そう促してきた。どうやら、そのために、レーニャに駆け寄るのを我慢したようだ。

 オレも、ふらふらとした足取りで、歩き出し、タニャと共に、ナーヤ達の後を追うことにする。


「ああ、待ちたまえ。レイス君の、無詠唱魔法は、非常に興味深い。いい物を見せてもらったお礼に、こちらもいい物を見せてあげよう」


 リリードはそう言って、オレを呼び止めた。


「いい物……?」

「では、私も残ります」

「ダメだ。失せたまえ。お前のような、愚かで力のない娘に、アレを見る資格はない」

「っ……!」


 リリードは冷たく言い放ち、本当に、くだらない物をみるような目で、タニャに向かって言い放った。タニャは、怒りで顔を赤くするが、ぐっと堪えている。


「絶対に、ナーヤを死なせるな。あと、今の状況を、テレスに伝えろ。テレスなら、何かいい事を考えてくれるはずだ。今は、逆らわず、従え」

「ですが……この場にレイスさん一人を残して行くなんて……」

「心配してくれて嬉しいが、レーニャにはお前が必要だ。ついていてやれ。だけど、テレスには、しっかりと伝えてくれよ」

「っ……。分かりました。死なないでください」


 タニャはそう言って、ティアの横を通り過ぎて、去っていく。

 ティアは、オレと目を合わせようともしてくれない。

 この場にオレの味方は一人もおらず、全てが敵。絶望的に見えるが、チャンスはある。隙を見て、リリードを殺すことさえできれば、オレの勝ちだ。


「ティア。レイス君をここへ連れて来て。それと、お前と、お前。こちらに来なさい」


 リリードは適当に、祭壇の下に整列している魔術師を指差して、指名されたヤツが二人、オレと一緒に階段を上がっていく。オレがおかしな事をしないように、見張りのつもりだろうか。


「で?何を見せてくれるって言うんだ?」


 階段を上りきったオレは、リリードと対峙する。武器を奪わず、拘束もしないとは、そうする必要もないという、自信を感じさせる。


「コレだよ」


 リリードはそう言って、黒い腕輪を見せてきた。人形リリードが付けていた、金色の物とは全く違う。その黒色は、どこまでも純粋な黒色で、なんの成分でできているのか、全く分からない。

 ただ、その類の黒色を、オレは見たことがあった。この、祭壇の上で、この場所で、どこまでも黒い色の、ペンキをぶちまけたような跡を、見たことがある。今はその跡はないようだが、その黒は、リリードの腕輪と同じだった。


「腕を出せ」

「……」


 言われた通りに、腕を出すと、リリードはその腕輪を外し、オレの右腕に装着してきた。しかし、特に何もおこらない。

 それよりも、今目の前にいるのは、無防備なリリードだ。間合いは十分で、しかも指輪で何か小細工をしているようにも見えない。

 オレは、リリードがオレから目を離した隙に、刀を抜いて、斬りかかった。しかし、それと同時に足を蹴り払われて、無様に床に倒れこむ形となってしまう。やったのは、ティアだ。


「ルーンシングル──」


 倒れこんだまま、魔法を使おうとすると、右腕をティアに、踏みつけられた。右腕はまだ、治りきっていない。もしかしたら、今の一撃でまた、折れたかもしれない。あまりの痛みに、オレは魔法どころではなくなってしまった。


「ぐああああぁぁ!」


 痛みに叫ぶが、ティアは足を踏みにじってきて、更に痛みが増す。もはや、声にもならない程の痛みだ。


「この腕輪はね。異世界と繋がっている。装着者は、少しだけ、その世界を覗けるんだ」


 目の前にしゃがみこんで来たリリードが、腕輪に触れながらそんな事を言ってきた。

 今こっちは、そんな場合じゃない。ティアの足をどかすのに必死だ。


「ただ、穴を開くのに、ちょっと通行料が必要でね。そこで登場するのが、この二人だ。さぁ、レイス君にも、可愛いあの子を、見てもらおう」


 リリードに促され、オレが付けている腕輪に、魔術師が二人、触れる。すると、腕輪が光り輝き、次の瞬間、魔術師二人は倒れ、泡をふいて死んだ。

 それも衝撃的だったが、もっと衝撃的な事が起こった。オレは、腕輪に飲み込まれてしまった。辺りは、暗闇。その空間で、目の前に小さな穴があいていた。そこから中を覗くと、そこには、ぽつんと一人、子供がいた。顔はハッキリとしないが、間違いなく、それは子供だ。暗闇の中で、たった一人、そこにいる。

 声が、聞こえる。


 ──タスケテ

 ──クルシイ

 ──ココカラ、ダシテ


 それは、子供の悲痛な訴えだった。可愛そうに。こんな所で、一人ぼっちで、本当に可愛そうだ。出してやらないと、いけない。使命感が、オレを襲う。


 ──ダシテ

 ──コワイヨ

 ──サビシイ


 オレは、その穴の拡張に取り掛かる。しかし、穴は広がらない。コレでは、通ることが出来ない。一生懸命穴をこじあけようとするが、どうやってもそれ以上広がらないのだ。


 ──ミテ


 その子の訴えに、オレは穴を広げるのを諦め、穴を覗いた。すると、そこには、目があった。それも、一つではない。いくつもの、目だ。


「あああああああああぁぁあぁぁぁぁ!」


 目が、覚めた。そこは、先ほどまでいた、祭壇の上。目の前には、リリードとティアがいる。ティアはもう足をどかしてくれていて、不思議な事に、痛みはもうなくなっている。

 そして、涙が溢れる。コレは、可愛そうなあの子を想い、助けてあげられない無力な自分に対する涙だ。助けないと、いけない。あんな世界で一人ぼっちなんて、可愛そうすぎる。可愛い、可愛いあの子を、この世界に連れ出すのだ。


「素晴らしい!レイス君は、あの子と深く繋がった!凄いぞ、君は!素晴らしい!すばらしいいぃぃ!」


 興奮気味のリリードがうるさい。とにかく、あの子を助けなければ──


 肩を、叩かれた。それは、ティアだ。ティアが、心配そうに、見つめている。

 オレが、守るべき物の一つ。オレを、命を張ってまで、守ってくれたティア。強く見えて、実はと言うと弱いところもある。母親の事が、大好きなティア。面倒見が良くて、怪我で動けないオレを、文句を言いながらも看病してくれた。たまに言う憎まれ口は、彼女の照れ隠しなのかもしれない。いつも、ゴミを見るような目をしているけど、たまに見せる笑顔は、すごく魅力的な女の子。

 そんなティアが、そこにいた。


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