プロローグ4
「……置いて、逃げろ」
銀色の少女が、消え入りそうな声でそういった。
ぐったりと項垂れる銀色の少女は、オレが手を貸していないと、今にも倒れてしまいそうだ。
今、オレが助かる道は、銀色の少女が言った通り、それしかないのかもしれない。トンキ族の少女は、この銀色の少女がお気に入りだ。たぶん、オレを追ってくることはないだろう。かと言って、そんな見捨てるような事が、できるものか。そんな選択肢を選ぶくらいなら、ここで死んだ方がマシだと、タカをくくる。
「七の霊剣の毒は、動けなくなる。だけ。だから、生きたまま、少しずつ、セレス様を食べれる。ふふ。ふふふふふ。あはははははははは!!」
暗闇から聞こえる声に、恐怖心が一層煽られる。
落ち着け。逃げるな。立ち向かえ、オレ。何か手は、あるはずだ。
「お前、邪魔」
すぐ、横からの声。金色の瞳が怪しく光り、そこに彼女はいた。その手には、ナイフ。オレの横っ腹目掛けて、突っ込んでくる。完全な、虚をついた一撃。避けることも、受ける事も叶わない。
だが、突然、膝の裏を蹴られて、オレは大きく体勢を崩す。片手で支えていた銀色の少女は地面に倒れ、オレも倒れ掛かった。しかし、それがナイフを避ける形となった。おかげでナイフは空を切って、トンキ族の少女がいる場所も把握する事となる。
オレは、迷わずに反撃に出た。
「おるぁ!!」
刀は、短剣によって受け止められた。しかし、追従して攻撃を続ける。離れて闇にまぎれられたら、おしまいだ。距離はとらせない。
しかしそれも、長くは続かない。突然、右足に痛みが走り、片足をつく。トンキ族の少女が操る短剣が、オレの右足を貫いたのだ。
「ぐあぁ!」
膝をついたオレの目の前に、トンキ族の少女はいた。怪しく目を光らせ、ゴミを見るような目で、オレを見下ろしている。
とどめを、さすつもりだ。その手に持った短剣が、ゆったりとした動きで、オレを襲う。
「アイスバインド!」
その瞬間を狙い、オレは魔法を発動させた。
さすがに、無詠唱で魔法が飛んでくることは、想定していなかっただろう。特に抵抗もなく、彼女の足は、氷で地面と一体化されて、その場から動けなくなる。
しかし、予想外の事が起きる。氷が砕け散り、再び自由となった彼女は、オレに斬りかかってくる。
レジストされた。それは、ゲームで言えば、オレのレベルと、彼女のレベル差が大きいことを意味する。勿論、オレの方が下。
「プロシィ・ウォール!」
光の壁が、オレの盾となり、トンキ族の少女の短剣を受け止めた。
「……!」
さすがに、驚愕の表情を浮かべるトンキ族の少女。
こうなれば、出し惜しみはなしだ。
「ルーンシングルアロー!」
光の紋章が現れ、そこから矢が放たれる。すると、トンキ族の少女は後ろに下がり、暗闇にまぎれてしまう。同時に、複数のナイフが、暗闇の中からオレを襲う。プロシィ・ウォールは、一面からの攻撃しか守れない。四方から、しかも暗闇から現れる短剣を避ける事は、叶わなかった。
体が、短剣で切り裂かれる。しかし、急所への攻撃だけは避ける。腕、足、胴、そこら中から血が噴出して、今すぐぶっ倒れたくなってしまう。それは、死を意味する。
「シャイン!」
意を決し、魔法を発動させる。辺りを明るく照らすだけの魔法だが、洞窟などの探検時に、火がないときに使える魔法だ。無詠唱で唱えずとも、短い詠唱で唱えられる魔法なので、無詠唱の恩恵は少ない。それでも、この状況下では十分使える魔法だ。ただ、効果時間は短い。
視界が明るくなったことにより、飛んでくる短剣を一つ、叩き落す事に成功した。その間、視線をめぐらせ、トンキ族の少女を探す。
いない。いない。いない。どこにもいない。
と、言うことは、だ。周辺の地上を素早く確認してから、最後に空を向く。彼女は、空高く飛び上がり、襲い掛かってくる所だった。
「グラビティバインド!」
アイスバインドと同じく、敵を足止めする魔法。レジストの危険性はあるが、こちらは敵に重力をかけることで、足止めする物だ。地面に足をついている状況ではレジストされるかもしれないが、今相手は、空中にいる。少しでもバランスを崩させる事ができれば、十分だ。
「ルーンシングルアロー!」
更にそこへ、魔法の矢を放つ。
それは、短剣で弾かれ、霧散した。しかし、更にバランスを崩した彼女は、オレから離れた場所に着陸する。
「アクセルワールド」
次の瞬間、トンキ族の少女の姿が消えた。
スキル、アクセルワールドは、自身のスピードを、短時間著しく向上させるというものだ。消えたように見えたのは、単純に、早すぎて見えなかっただけ。
「せ──背中、だ!」
その声は、銀色の少女の声だった。小さくも、大きい。必死に、振り絞った声だった。
「プロシィ・ウォール!」
背後に、魔法の壁を張る。金属が、当たる音が響いた。忠告通りに、攻撃は後ろから来た。
「……?」
攻撃は防いだのに、突然、体が根元から崩れ、両膝をついた。
体から、力がぬけて上手く動かせない。まさか、毒か?あの、先ほどの攻撃の最中に、使われていたとしても不思議ではない。避ける事はどうせ叶わないので、頭からは捨て置いていた。
「七の、霊剣。遅いから、効かないと思ったけど、効いてる。貴方は、頑張った」
「がっ!?」
トンキ族の少女に、顔面を殴られた。シャインの効果も消えていき、あたりが再び、暗闇へと包まれていく。
地面に倒れこみ、鼻血が噴出す。痛みと、死の恐怖が全身を支配していく。
「ふ、ふふ。貴方も、気に入った。だから、セレス様の後で、ゆっくり食べる。楽しみ」
そういい残し、彼女は姿を消した。多分、言葉通り、銀色の少女の方へと行ったのだろう。オレは、彼女が食された後の、デザートっていう訳だ。
全身が、痛い。血が溢れて止まらない。静寂と、暗闇。敗者らしく、なんともみじめな姿だ。
とまぁ、冗談は、これくらいにしておこうか。いや、冗談でもなんでもないんだけどね。倒れたのは、本当。ただ、それは毒が原因ではない。魔法の使いすぎによる、グリムの枯渇。それが原因で、オレは倒れたのだ。毒の方は……よく分からんが、本当に食らっていたとしたら、もしかしたらレジスト。もしくは、オレがゲームの世界で習得していたスキルである、弱体耐性が発動したのかもしれない。こちらは試そうにも、毒を飲むとかバカみたいな事はしたくないので、試さずにいて存在をすっかり忘れていた。
力を振り絞り、立ち上がる。グリムもまだ、少し残っているので、体が完全に動かなくなった訳ではない。話を合わせるために、完全に動かないフリをしていただけだ。ただ、ぶっ倒れるほどに消耗はしている。その上で、右足には短剣がぶっ刺さったままである。刀を杖かわりにしていなければ、倒れてしまいそうだ。
なるべく、音はたてないようにしながら、不気味な笑い声のする方向へ、慎重に歩く。
「ふ。ふふ。じゅる。じゅ。あむ。おい、しい……あ?」
「悪いな。不意打ちみたいになって……」
オレの刀が、銀色の少女の腕にかぶりつく、トンキ族の少女の胸を、背後から貫いた。
夢中になりすぎて、まったくこちらに気づかなかったようで、それは完璧な奇襲だった。
「あ、ああぁ?あ、ごふっ!ごほっ!ごほっ!」
トンキ族の少女の口から、血が溢れた。急所を、完全にとらえたはずだ。彼女は、死ぬ。オレが、殺した。
彼女は、信じられないと言った目をこちらへ向けて、それから、柔らかな笑みを浮かべてみせた。その笑みは、先ほどまでの不気味さなど、一切感じさせない、優しげな笑顔だった。
その笑顔が、あまりにも普通の女の子のような笑顔なので、刀を握る手を思わず弱めると、突然、刀を振り切られ、彼女がこちらに向き直ってきた。そして、自分の懐をまさぐりだす。一瞬、武器が出てくるのかと思ったが、違った。出てきたのは、歪な形の水晶石。何色、と決めるのは難しい。強いて言うなら、虹色。角度により、様々な色に変わって見える。どこかで、見たことがある物だ。だが、なんだったか、全く思い出せない。それを、手渡された。そして、優しげな笑顔のまま、彼女はオレに倒れ掛かってきて、息を引き取った。
トンキ族の少女の胸から、刀を引き抜く。そして、地面に寝かせてやり、胸の上で手を組ませてやった。イカれてはいたが、最後のあの優しげな笑みが、頭から離れない。
「……無事か?」
銀色の少女に声をかけると、返事はない。ただ、首がわずかに、縦に動いた。
「怪我は……手をちょっとかみつかれてるな。早く解毒してやりたいが、どうすりゃいいか……」
「……」
銀色の少女が、小さく何かを呟いた。聞こえなかったので、耳を近づけてやる。
「静かすぎる」
言われてみれば、そうだ。これだけの騒ぎをおこしているのに、兵士が誰も駆けつけやしない。加えて、辺りは静まり返っている。まるで、人がいないかのよう。
「……移動、するぞ。手を貸せば、歩けるか?」
「っ……」
オレが手を貸してやると、銀色の少女は、どうにか立ち上がる事ができた。立ち上がっている、というのはちょっと無理があるか。ほとんど、オレが支えている状態だ。正直、オレも満身創痍なので、けっこうキツイ。
ただ、嫌な予感がする。すぐにこの場を離れなくてはいけない気がする。一旦、隊長達と合流しよう。
「待て」
「あ?」
「……いる。敵だ」
「っ……!」
銀色の少女の言葉に、オレは刀を構えた。
冗談じゃない。こっちはもう、闘えるような状態じゃない。
「……シャイン」
残り少ないグリムを、シャインに使う。ただ、この魔法はあまり消耗が多くはないので、なんとかなるだろうと踏んだ。
魔法が発動し、辺りを明るく照らす。そして、見えてきた光景に、言葉を失った。
辺りは、トンキ族の少女達に囲まれていた。皆一様に、真っ白で痩せ細っている。そして、不気味に笑い、その手で人間の首を抱えている。
「……あ、ああ」
よく見ると、オレの傭兵部隊の仲間達の首も、ある。リンクス……ベイル……馴染みの顔が、首だけとなり、そこにいる。
中でも、隊長の首を発見したとき、オレの頭の中で、何かが切れた気がした。
「てめぇら……!よくも、よくも……!隊長をおおおぉぉぉぉ!!」
不思議と、さっきまでの痛みは吹き飛んだ。怒りと、悲しみで、全てが吹き飛んだ。ただ、今守るべきものだけは、ちゃんと忘れていない。片手で支える銀色の少女からは、離れる訳にはいかない。今すぐヤツらに飛び掛りたい気持ちをぐっと抑えて、踏みとどまる。
「くそ……こんな、事……!」
「……ありがとう、レイス」
銀色の少女が、そう呟いた。貴様、ではなく、ようやく名前で呼んでくれた。
ただ、それはまるで、これで最後かのような口ぶりだ。
「……くそ」
オレも、膝をついて、悟った。
敵が、多すぎる。これじゃあ闘っても、すぐ殺されるし、突破口もない。頼りの仲間は、殺された。絶望的だ。
「……?」
懐で、何かが光り輝いている。それを取り出してみると、歪な形の水晶が出てきた。先ほど、トンキ族の少女が渡してきた物だ。
何故、それが突然光りだしたのかはわからない。ただ、何かを訴えているような気がする。
「……」
銀色の少女が、光に誘われるように、まだ自由の利かないその手を必死に動かし、震えながら石に触れてきた。
その瞬間、石が砕け散った──
同時に、オレの中で、魔法が発動するのを感じる。その魔法は、リバイズドアレータ。オレが、使えるはずのない、高位の魔法である。だが、発動した。何故?どうして?答えは、どこにもない。だが、確かなのは、魔法は発動した。オレを中心として、光が広がり、世界を包んでいく。真っ白だ。全てが、白くなる。
──大きな、風が吹いた。体ごと吹き飛ばされそうな、デカイ風だ。
何が、どうなっているのだろう。気づけばオレは、大草原の真っ只中にいた。しかも、先ほどまで夜だったのに、昼間になっている。囲んでいた、トンキ族のメスたちもいない。広がるのは、長閑な自然の光景。先ほどまでの、戦闘の気配など、どこにもない。
「……ランデクリフト」
腕に抱えたままになっていた、銀色の少女が呟いた。そちらを見て、オレは突然目の前に広がった草原以上に、驚く事となる。
「レイス!ここは、ランデクリフトだ!私の故郷だぞ!」
銀色の少女ははしゃいだ様子で立ち上がり、興奮している。毒は、どうなったとか、細かい所はきになるのだが、何よりもきになるのは、銀色の少女のその容姿だ。彼女の容姿は、それまでよりも一回り縮んで、オレと対等くらいであった背が、オレの胸下くらいにまで下がっている。それと、髪が長くなって、全体的に、容姿が幼くなっている。
「……はぁ」
リアクションをしてやりたいのだが、いかんせん、体力がもう残っていない。急に視界がぐらついて、オレは、地面に突っ伏した。
「お、おいレイス、大丈夫か!?……て、なんだコレは!私、小さくなっているぞ!どうなってる!?」
近くで、銀色の少女がわめいているのが聞こえるが、意識が遠のいていく。今までにない、疲労感と眠気だ。悪いが、眠らせてくれ。
オレは、意識を手放し、あっという間に眠りについた。