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再会


「……ナーヤ、様!」


 オレを壁に押さえつけたまま、そいつはナーヤの方を向いた。そいつは、トンキ族のオスだ。まだ、白くない。金色のたてがみの、威風堂々とした、百獣の王たる風格を漂わせている。

 ナーヤの姿を見ると、彼はその目から涙を流し、それを慌てて腕で拭った。


「グレド。助けに、来た。その人は、協力者。離して、あげて」

「……」


 グレドと呼ばれたトンキ族のオスは、オレを睨みつけて、呻ってから、ようやく手を離してくれた。


「グレド。よく、無事でいてくれた」

「お手を煩わし、申し訳ございません」


 よく見ると、彼は足枷を付けられたままで、身体にはいくつもの傷跡も伺える。痛々しい姿だ。


「グレドおじさん!」

「グレドさん!」


 トンキ族の少女の中には、彼と親しい者が多いようだ。彼に駆け寄ると、無事を喜び、涙を流す者もいる。

 そんな彼女達に、グレドも嬉しそう。凶暴な顔のイメージしかなかった、トンキ族のオスだが、彼の優しそうな笑顔を見て、なごまされる。


「喜ぶのは、後にして。グレド。他の皆は、どこ」

「……奥に、います。ですが……半数以上は、命を落とし、誰が生き残っているのかも……」


 グレドはそう言って、タニャの方へと目を向けた。


「レーニャが、どうかしたんですか……!?グレドさん!」


 何かを察したタニャが、グレドに詰め寄った。胸倉を掴まれるグレドだが、体格差であんまり効果はなさそう。ただ、困った表情を浮かべるだけだ。


「あんたは、どうしてこんな所に?」

「奴ら、慌てて逃げていくもんだから、鍵を閉め忘れていった。拘束も甘く、あんなに慌てているのは、初めて見た。おかげで、どうにか脱出する事ができて、しかし人間の気配があったので、ここに身を潜めていたのだ」

「そんな事よりも、レーニャです!レーニャは、どこですか!?」


 タニャは、狂ったようにグレドの髭を引っ張って、答えを促す。それに根負けをして、グレドは仕方ないといった様子で、重い口を開いた。


「レーニャは……連れて行かれた。何かに使うとか言って、人間の男が奥へと連れ去って……」


 それを聞いて、タニャは駆け出してしまう。


「タニャ!」


 引き止めようにも、タニャの動きの方が、早かった。オレが伸ばした腕をすり抜けて、通路の奥へと走って行ってしまう。


「ウェルス!」

「……」


 オレが促すと、返事もせず、ウェルスはタニャを追いかけてくれる。更に、ナーヤの指示により、数名のトンキ族の少女が後を追った。


「グレド。ここに、リリードは、いる?」

「います……レーニャを連れて行ったのは、リリードです……!」


 その名前を聞いただけで、グレドの表情が曇り、身体が震えだす。しかし、震えながらも、必死にそう告げた。


「貴方達は、グレドの怪我の治療と、拘束を解いてあげて。残りは、タニャを追う」

「はい!」

「待て!」


 駆け出そうとしたオレ達を、グレドが止めた。


「人間は、裏切る。どうか、人間を信じるのは、止めてください、ナーヤ様……!」

「っ……!」


 そう言われても、何も返す言葉がない。同じ人間が、人間全てを信じられなくなるくらいの仕打ちを、彼らにしてしまったのだから。


「グレド。彼は、リリードじゃない。だから、大丈夫」

「あの、優しいリリード様が、本性を隠し、私達にこのような仕打ちをしたのですよ!?それでも、人間を信用すると言うのですか!?」

「うん。私は、信じている」

「……!」


 ナーヤはそう言って、オレの手を取り、優しく微笑んできた。

 オレは、ナーヤに頷いて答え、二人で走り出す。今は、ナーヤの信用に応えよう。失った人間の信頼なんて、後だ後。

 通路の奥へと行くと、檻に閉じ込められ、拘束されたトンキ族のオス達が、ナーヤの姿を見て、歓声を上げた。既に、そこには先にタニャを追いかけて行っていたトンキ族の少女達が残っていて、檻をこじ開けようとしているようだ。この場は、彼女達に任せ、更に奥へと進む。

 次は、鉄の扉が左右に並んだ、廊下。レーニャが拷問され、死んでいた部屋のある場所だ。中にはたぶん、トンキ族のメスがいれられている。しかし、今はレーニャを優先させてもらう。本当は、今すぐにでも助けてやりたいが、心の中で謝罪。その足を止めずに駆け抜ける。

 そうして行くと、開けた場所に、辿り着いた。祭壇のある、広場である。


「ウェルス!」

「止まれ」


 背中を見せて、その広場の入り口で止まっているウェルスは、手でオレ達を制してきた。そこには先に行かせていた、トンキ族の少女達もいる。その彼女達と、ウェルスの見る先の、祭壇。その頂上に、リリード氏がいた。


「リリード……!」


 その、リリード氏の祭壇を中心として、辺りには多くの魔術師が集合し、そこに整列している。襲ってくる気配はないが、襲われたら逃げ出すレベルの数である。


「やぁ、レイス君。今朝ぶりだね。まさか、生きているとは思わなかったよ」

「レーニャは、どこだ!」

「今、それについて、話し合っているところだ」


 リリード氏の脇に、鎖につながれた、トンキ族の少女がいた。短髪の、姉のタニャに似た、ボブカットの小さな少女だ。彼女はボロ切れのような服を着せられ、足枷を付けられた上に、首輪をつけらられて、まるで奴隷のような姿である。


「レーニャ……!」

「ナーヤ様……!」


 その姿を見て、ナーヤの毛が逆立った。今にも、リリード氏に襲い掛かりそうな殺気を放つ。


「言っただろ、ナーヤ。今、話し合いをしている所でね。手は、出さないでくれよ」

「話し合い……?」

「どういう事だ、ウェルス」

「ここから動けば、レーニャを殺すと言われている。この距離では、手が出せん」

「そういう事です。皆さん、動かないでください」


 タニャは、祭壇の階段の、すぐ下にいた。タニャこそ、できれば今すぐにでもレーニャを助けてやりたいだろうに、拳をぐっと握り、我慢している。


「レーニャは、返す。他の、獣人達もだ。だから、ここはおとなしく引いてくれ。こちらとしても、これ以上の死者を出すと、召喚魔法が使えなくなってしまうんだ」


 それは、生命グリム化装置の、燃料が足りなくなるという事だ。今以上に、敵を倒せば、召喚魔法に必要な分のグリムが、確保できなくなる。良い事を聞いた。


「……良いでしょう。では、レーニャを返してください」

「ありがとう……!私は、この魔法に、全てを捧げているのだ。分かってもらえて、非常に嬉しいよ」


 リリード氏はそう言って、タニャの返答に涙を流して喜んだ。

 単純すぎて、罠を疑う。もしかしたら、一斉に、魔術師達が魔法を放ってくる可能性だってある。しかし、そんな様子はない。となれば、力押しで突撃してくる、とかか……?


「さ。もう行きなさい。愛する、姉の下へとね」


 そういうと、リリード氏はレーニャの首輪を外し、そう促した。

 まだ足枷等があるものの、歩くには十分だ。彼女は一生懸命、小さな体躯で階段を駆け下りて、そして、それを下で待ち受ける、タニャが抱きとめた。


「お姉ちゃん……!」

「レーニャ……!レーニャ!」


 二人は、涙を流し、再会を喜んだ。特に、タニャは強くその身体を抱きしめて、レーニャが苦しそう。しかし、一方のレーニャも、そんな事が気にならないくらい、強くタニャを抱きしめている。

 しかし、罠の可能性を考慮して、早くこっちへ戻ってきてもらいたいのだが。こっちは、いつ魔術師達が襲ってくるか、気が気じゃないんだよ。


「うんうん。家族の感動の再会。涙が出るね」


 リリード氏が涙ぐんでそう言うが、それはお前が言う事じゃない。

 オレは、そんな彼に、強い嫌悪感を抱き、睨みつける。


「タニャ!」


 オレが声を掛けると、タニャは、ようやくレーニャを抱いたまま、こちらへ歩いてきた。

 意外な事に、何もない。罠では、なかった。ウェルスと目を合わせるが、ウェルスも意外そうな顔をしている。

 リリード氏の考えている事が、分からない。オレ達が、約束を守る保障なんてどこにもないのに、どうしてレーニャを解放した。


「ナーヤ様!」

「レーニャ!良かった……本当に、無事で良かった」


 次は、ナーヤがレーニャを抱きしめて、涙を流す。レーニャもそれに応えて、また泣いた。その、ナーヤの安心しきった顔に、思わず笑ってしまう。良かった。本当に、良かった。

 そして、レーニャは知らないかもしれないが、今こうしてナーヤとオレが知り合えているのは、レーニャのおかげであり、お前のおかげでここまで来れた。心の中で、レーニャに礼を言っておく。


「──可愛い、あの子のため」


 レーニャが突然、そう言った。異変に気づいた時には、もう遅い。

 ナーヤの足元に、血が流れ落ちる。


「レーニャ……?」


 レーニャから手を離したナーヤの胸に、ナイフが突き刺さっていた。


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