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白い壁


 リリード氏は、金の腕輪の魔法道具を使い、人形を、自分の姿に見せて、操っていた。発動した魔法は、その人形に組み込まれた、誘発型の魔法だ。金の腕輪が破壊されるのが、トリガーとなっていたらしく、魔法は事前に詠唱し、人形に閉じ込められていたので、詠唱は必要ない。こういったトラップ型の魔法は、古代の遺跡でよく見られる。その技術を転用して、こんな罠を張られていた。しかし、グリムも何も感じない、こんな完璧な罠は、初めて見た。


「本当に、なんともないんだな?お兄ちゃん」

「ない」

「……信じられんな。アレをまともにくらって、生きているとは」


 本人が、一番信じられないよ。毒に、耐性があるのかも、と思う節はあったが、まさかこんな完璧に耐えられるとは……。

 これで、オレがゲームから引き継いでいるのは、全ての魔法と、無詠唱スキルと、加えて毒耐性もある事が分かった。


「リリード氏は、やっぱり研究所か?」

「そう考えるのが、妥当じゃ。そして、その研究所に、兄上が攻撃を仕掛けておる最中じゃな。何も抵抗されなければ、今頃は制圧されているはずじゃが……」

「それはないだろうな。さっきの、リリード氏の様子を見たら、分かる。それより、召喚魔法の研究は、もう終わっていると言っていたが」

「それが、一番気がかりじゃ。ハッタリかもしれぬが、厄介な状況だぞ」

「ああ。でも、召喚魔法の詠唱が完了するまでは、時間がかかる。その上、装置の発動にも、時間を要する。だな?」

「その通りじゃ。時間はまだ、ある。わしらも急ぎ、父上の研究所へ向かうぞ」


 テレスが示したタイムリミットは、日没まで。今はまだ、早朝だ。それだけ、大規模な魔法には、時間を要する。

 それに、オレ達は、こういった事態も予想して、どう動くか綿密に考えてきている。だから、冷静に、慌てずに次の行動に移ることができるのだ。


「その前に、コレは、どういう事ですか?」


 実を言うと、そこいいたのは、テレスだけではない。ティアも、いた。オレとリリード氏の会話の様子を伺うように、言っておいたのだ。


「見たままだ。リリード氏は、世界を滅ぼしかねない、実験を行おうとしている。オレ達は、それを止めないといけない」

「リリード様が、そのような事をするはずが、ありません」

「さっきの、リリード氏の発言を、お前は聞いたはずだ。何より、リリード氏はテレスをも巻き込んで、オレを殺そうとした。アレが、ヤツの本性だ」

「事実は、事実として受け止めます。しかし、アレがリリード様である確証はありません。誰かが、化けていた可能性も、あるのではないでしょうか」


 ティアのいう事も、一理あるが、それは限りなく、ゼロに近い可能性だ。別人がリリード氏になりすましているのなら、絶対にテレスが気がつく。


「その可能性は、ある。しかし、今は事実の部分だけを見よ。父上は、わしと、お兄ちゃんを殺そうとした。そして、父上は恐ろしい研究を完成させたと言っておった」

「……貴女は、誰ですか?」


 本性を現して話すテレスに、ティアが怪訝な表情で言う。


「かっはっは。わしはテレスだよ、ティア。見れば、わかるじゃろ?」


 ティアは、オレに目を向けてくるが、オレは頷くしかない。だって、本当にテレスだもん。それ以上でも、それ以下でもない。


「……一体何がおきていているのか、私の頭の中は混乱状態にあります」

「気持ちは分かるが、ティアにしてもらいたい事がある」

「ご主人様。私は、ご主人様に仕えている前に、リリード様のメイドです。リリード様を裏切るような行為は、できかねますので、ご承知を」


 こういう所は、忠誠心が高いメイドで困る。でも、こちらとしても、今のティアにリリード氏を裏切るような事をしてもらうつもりはない。


「セレスと、屋敷のメイドさん達を連れて、安全な場所に移動してくれ。そこは、リリード氏も知らない場所が良い」

「リリード様が、私達に危害を加える恐れがあると言いたいのですか?」

「その通りだ。隠れるだけなら、リリード氏を裏切るような行為にはならない。事が済むまで、皆を守ってやってほしい」

「事が済むまで、とは、一体いつまででしょうか」

「日没まで。それまで、身を潜めていてくれ」

「……分かりました。ご主人様も、私にとってはご主人様であり、疑うつもりはありません。一旦は、言うとおりにして、身を隠す事と致します。しかし、その時になったら、全てを話してもらいますよ」


 ティアなら、話せば分かってくれると信じていた。何よりも、オレ達の会話の様子も伺わせていたのが大きい。

 となれば、オレ達はセレス達という、憂いを残さずに、リリード氏と対峙する事ができる。


「悪いな、こんな事を、突然頼んで」

「全くです。一介のメイドに、頼むような事ではありません」


 困ったように、肩をすくめるティアだが、こんなに頼りになるメイドは他にいない。


「リリード氏に関しては、どうなるか分からないが……」

「リリード様は、たとえ何が起こっているのだとしても、私の恩人です。ですから、私は信じています」

「……分かった。リリード氏と、ちゃんと話ができるようにしよう。で、いいか?」

「はい」


 話がまとまれば、オレ達はすぐに行動に移す。

 オレとテレスは、リリード氏の研究所に向かわなければいけない。準備に時間がかかるティア達を待たず、オレ達は屋敷を後にする。

 その時に、屋敷の窓から顔をのぞかせる、セレスと目が合った。オレは、そのセレスに大きく手を振ると、セレスは小さく手を返してくれた。


「しかし、父上には驚いたのう。地下を見て、分かってはいたが、あのような本性を隠していたとは……」

「お前が、見抜けなかったほどに、リリード氏の外面は、良かったって事だな」


 馬で移動をしながら、オレとテレスは話す。テレスは、オレの前にのせ、手綱はオレが握って走っている所。

 テレスは、オレと同じで、この世に生まれたときから、もう物心があった。そのテレスですら、リリード氏の本性を全く感じなかったのだから、大した偽装工作だ。


「実を言えば、信じられん、という気持ちはある。しかし、下手をすれば、わしもお兄ちゃんと一緒に、死んでいてもおかしくないような事を、父上は平気でしたのだ。大切な娘を、アレが平気で、殺すような事を、したのだぞ。信じられん……」


 悔しげに言うテレスの頭の上に、オレは手を乗せる。

 テレスにとってリリード氏は、第二の人生の、実の父親だ。そのリリード氏に愛され、育ってきた姿を思うと、テレスの受けた心の傷は、ただでは済まない。


「この、超絶可愛いわしを、殺そうとしたのだぞ!?信じられるか、お兄ちゃん!?」

「そうだな。本物に会ったら、一発ぶん殴ってやれ」

「言われずとも、そうしてやろう」


 テレスはそう言って、拳に息を吐いて暖める。やる気満々だ。


「セレス達の方は、大丈夫かな……」

「ティアを、信じるしかあるまい。なに、アレは優秀な娘じゃ。お兄ちゃんも、よく知っておるだろう」


 知っている。だからこそ、心配になる。


「お兄ちゃん。今は、わしらに出来る事に集中するのじゃ。わしらにはもう、後がないのだぞ」

「……その通りだな。すまん、テレス」

「謝る必要はない。だが、気合をいれろ。父上を、止めるのじゃ」


 馬を走らせていくと、その途中で、おかしな事態がおこっている事に気がついた。道の途中の、研究所が見える場所で、それを見て一旦止まる事になる。


「アレは……!」


 リリード氏の研究所は、兵隊に包囲されている。予定通りの手はずだが、その兵隊達は、施設の外で囲むだけで、中には入っていない。入れないのだ。

 原因は、施設を囲む、白い光の壁。それは、ラングールエンドゲージ。古代魔法に属する魔法で、光の壁を張り、侵入者を拒むための魔法だ。

 過去に、テレスが使って見せた事がある。それと、同じ魔法だ。


「驚いたのう。アレを、使えるのか」


 テレスは、予想外に出来事に、冷や汗をかいた。

 あの魔法は、そう簡単に消せる物ではない。だが、それだけに消耗の激しい魔法だ。莫大な量のグリムを持つテレスですら、長くは使えなかった物だ。

 すぐに、解ける。オレは、そう思っていた。

 しかし、壁は消えない。オレ達が施設にたどりついても、弱まる気配すらない。


「おい、ウェルスはどこだ!」


 壁を見て、呆然と立ち尽くす兵隊の一人に、オレは馬に乗ったまま尋ねた。


「え、あっち……最前線にいます」


 兵隊の指差した方向に、オレは馬を走らせた。


「どけどけ!」


 真っ直ぐに行くため、途中の邪魔な兵隊達の中を、蹴散らし、走らせる。兵達が作った道を走っていくと、先ほどの兵士の言うとおり、最前線の壁の前で、ウェルスが立ちすくんでいた。


「ウェルス!」

「兄上!」

「やられたぞ。コレでは、手が出せん」


 そういうウェルスの目の先は、壁の中へと向けられている。そこには、何人もの魔術師がいて、ラングールエンドゲージを発動させている。見ると、その手にはグリム石が握られていて、近くにはグリム炉が置かれている。

 それをエネルギーとして、魔法を発動させているようだ。


「あれ程上質のグリム石を、父上はどこで手に入れた。それ以上に、あの連中は、何だ」


 壁の中の、ラングールエンドゲージを発動させていた魔術師が、倒れた。魔法のグリム量に耐え切れず、グリムが崩壊をおこしたのだ。倒れた魔術師の代わりに、次の魔術師が魔法を受け継ぐ。そうして、代わる代わる魔法を維持しているのだ。辺りには既に、グリムの崩壊を起こした魔術師が、数人倒れて死んでいる。


「何を、してるんだ……」


 彼らは、研究所の職員だ。たぶん、皆が優秀な魔術師である。しかし、その行動は正気の沙汰ではない。命を張ってまで、施設を守ろうとするその意気は、常軌を逸している。


「よせ!おとなしくしていれば、あんたらに危害を加えるつもりはない!」


 壁を叩き、叫ぶが魔術師達は無視。なんらリアクションを起こさず、たんたんと死に、次の魔術師が魔法を維持させる。


「おい。貴様がここに来たということは、父上の身柄の確保に、失敗したという事で良いのだな?」


 レイスが、オレを睨みながらそう言って来る。その目は、作戦失敗による、非難が篭められている。


「ああ、失敗した。屋敷にいたリリード氏は、魔法で化けた偽者だった。たぶん、リリード氏は、この研究所に篭もっていやがる」

「間抜けなヤツだ。そんな物も見ぬけられ──」

「下がれ、お兄ちゃん!わしが、この壁をぶち抜いてやる!」


 ニヤリと笑うテレスが、ウェルスの言葉を遮り、魔法の詠唱を始める。しかし、それは詠唱隠蔽のスキルにより、オレ以外に誰も分かっていない。


「下がれ!全員下がれ!」


 オレは慌てて、そう叫んだ。何事かと、兵士達は戸惑うが、ウェルスがオレの指示に追随し、おとなしくテレスから距離を置く。

 テレスの魔法が放たれる、準備が整った。


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