表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

本性


 この日オレは、早起きをした。身支度を全て終えて、武器を携行し、勇ましく歩く。その内心は、恐れが半分と、もう半分は、期待。


「おはよう、お兄ちゃん」


 廊下で待ち合わせたテレスが、既にそこにいた。その服装は、いつもの可愛らしいドレスではなく、動きやすそうな格好だ。ズボンに、長袖のシャツと、その上からカーディガンを羽織っている。その小さな身体に巻きつけるようにつけたベルトには、ポシェットが備えられ、勇ましい冒険者風の服装だ。


「よう。中々似合うな」

「バカ者。かような格好を褒められても、嬉しくないわ」


 気合の入ったその服装は、不測の事態を予測しての、備えである。

 オレも、怪我はまだ完全ではないが、動くのに邪魔な包帯は、取っ払って来ている。それも、この日のためにした、準備の一つだ。


「準備は、良いな?」

「とっくにできてる」

「なれば、参るとしよう」

「おう」


 オレとテレスは、並んで歩き出す。目指すのは、リリード氏の部屋。この時間なら、彼は起きている。これから飯を食って、仕事場の研究所へ向かおうとしているはずだ。

 その、リリード氏の部屋へ辿り着くと、オレは部屋を二回、ノックする。


「どうぞ」


 中から、リリード氏の返事が聞こえ、扉を開く。


「どうしたんだ、こんな朝っぱらから。どこかに、ピクニックでも行くのかい?」


 優しい笑顔で迎えてくれたリリード氏に、惑わされる。もしかしたら、自分は間違っている事をしようとしているのかもしれないと、思ってしまう。


「大切な話があって、来ました。少し、時間をください」


 だが、意を決して、そう言葉を発する。


「すまないが……今日は早めに仕事に行かなくてはいけなくて。帰ってからでも、いいかい?」

「大切な話なんです。どうか、聞いてください」

「すまない。どうしても、遅れる訳にはいかないんだ。話は、帰ったら聞くよ」

「研究所の、地下について。あそこで行われている事を、知っている」

「……」


 リリード氏の動きが止まった。その表情が硬くなり、冷たさを帯びていく。


「テレスは、関係ないだろう。外で、待っていなさい」

「そうはいかん。わしも、お兄ちゃんと同じく、知っておる。だから、父上の話を聞くために、ここにいるのだ」

「お前は……いいだろう。話を聞こう。ただし、手短にね。今日は、ホント、早く仕事場に行かないといけないんだ」


 リリード氏は、柔らかな、余裕のある表情に戻り、ソファに座った。

 あくまで、研究所には行くつもりらしいが、そうはならないだろう。オレも、テレスも、そうさせるつもりはない。


「それで、話は?」

「今すぐに、召喚魔法に関する研究を、やめてください。同時に、トンキ族達を解放し、家に帰してください」

「すまないが、話が分からない。召喚魔法に関しては、研究しているが……トンキ族を解放?何の話だ?」

「とぼけなくてよい。父上。レーニャという名のトンキ族を知っておるな?」

「ふむ……知らないな」

「彼女は、ナーヤの部下。タニャの妹じゃ。そして、ナーヤにとっても、大切な存在。今すぐに、解放し、家に帰すのじゃ」

「ナーヤが、そう言ったのかい?」

「違う。オレが、見たんだ。あの薄暗い鉄の扉の中に閉じ込められた、レーニャを」

「そうか。レイス君か。ウェルスに、おかしな事を吹き込んだのは」


 空気が、凍った。リリード氏の鋭い目が、オレを捉える。その目は、明確な憎悪を宿していた。

 いつもの、優しい雰囲気のリリード氏は、この瞬間に消えた。代わりに、目の前にいるのは、別人のように、冷たい表情の、おっさんだ。


「研究の邪魔を、するな。さもなくば、いくらレイス君とはいえ、殺さなければならなくなる」

「……ナーヤ達を呼んだのも、研究のためか?獣人との交流も、嘘なのか?いつもの、優しいあんたは、偽りだったのか?」

「嘘ではない。が、ナーヤを呼んだのは、君の言うとおり、ちょっと試したい事があったからだ。ああ、でも、そんなにたくさんはいらないんだ。数匹でいい。研究所の地下を見たときの、反応が見たくてね」

「……反応?」

「そう。彼らを知るには、全てを理解しないといけない。痛みを味わったとき、どんな風に泣くか。どんな風に、痛がるか。どんな時に、絶望を感じるのか。どんな風に、死んでいくのか。私がしている事を知ったとき、どんな反応を見せるのか。全てを知った上で、初めて相手を理解でき、そして交流が生まれる。私は、獣人と仲良くなるため、必要な事をしているんだよ、レイス君」


 そのふざけた主張に、頭が痛くなってくる。コイツは、どこか違う世界の住人だ。言っている事が、全く理解できない。仲良くなるために、拷問だ?ふざけすぎている。

 そして、その口調もまた、頭痛の原因になる。あまりにも、口調が冷たすぎる。何の感情も持たない、抑揚のない言葉。しかし、その目には憎悪が宿り、オレを睨み続けてくる。どうしたら、そんな風に話せるのか、分からない。


「仲良くなるために、そんな事が必要だと、本気で思ってるのか……!?」

「思ってないよ。これは、ただの、趣味に近い。面白いよ、トンキ族は。人より、遥かに頑丈で、壊し甲斐がある」

「っ……!」


 会話に、なっていない。会話を、しようともしていないのかもしれない。

 でも、リリード氏が、地下の事を認めたことは、確かだ。コレで、リリード氏の黒は、確定する。オレの、最後の迷いもなくなり、これで心置きなく、リリード氏を敵だと認識できた。


「よく、分かりました。ここで、あんたに選んでもらいたい事がある。おとなしく、捕らえたトンキ族を解放し、召喚魔法の研究を放棄した上で、罪を裁かれる道と、強制的に裁かれる道の、二つだ」

「人を、罪人扱いするのはよせ。私は、何もしていない」

「とぼけてんじゃねぇ!」


 思わず、大きな声を出してしまった。その上で、リリード氏の胸倉をつかみとる。しかし、リリード氏は何の抵抗もせず、その冷たい目でオレを睨んでくるだけだった。


「何か、勘違いしているようだが、獣人を傷つけた者が裁かれる法律など、この国にはないよ。あるのは、人を傷つけた場合に、裁かれる法律だ。なので、私は罪人ではない」

「……あんたが、なんと言おうと、もう事態は動いている」

「そうだね。ウェルスが兵士を動かしたのは、意外だった。でも、遅すぎるよ、君達。私の研究は、もうとっくに終わっている。あとは、いつ、どのタイミングで、実行するか、だけだ」

「しかし、父上はここにいて、研究所は今頃、兄上の部隊が制圧にかかっている。そんな状況で、何ができると?」

「甘いよ、君達は。何故、私がここにいると、思うのだ?」


 その言葉の意味を考えるより先に、オレの身体が動いた。

 リリード氏を床に投げ飛ばし、その腕を背中に回して動けないようにする。


「待て、お兄ちゃん!何か、おかしい!」


 テレスが何か勘付いたようだが、その真意は分からない。だが、リリード氏はここにいて、逃げられない状況にある。それで、十分だ。


「私は、ここにはいない。その意味が分からないのなら、君達の負けだ」

「黙ってろ。訳の分からない言葉で、かく乱させようとしても無駄だ。あんたは、逃がさない」


 それにしても、これだけオレの体重かけて床に押さえつけても、苦しげな表情一つ浮かべず、普通に話す。なおかつ、冷たい目つきのまま表情が全く変わらない。人間とは、ここまで無表情で、冷たいままいられる物なのだろうか。


「……その、腕輪はなんじゃ?」


 テレスがそう言って指差したのは、リリード氏の、右腕につけられた、金色の腕輪だ。別段、何かおかしな所はみつからないものの、テレスがそれに手を触れると、その表情が険しい物へ変わった。


「テレスは賢いな。気づいたか。それに比べて、レイス君は……まったく、愚かだなぁ」

「お兄ちゃん、父上は──!」

「残念だけど、死んだよ、君」


 突然、リリード氏の金の腕輪が砕け散り、リリード氏のその姿が、木の人形へと変わる。そして、間接がおかしな方向へ曲がり、オレの腕を掴んできた。それは強い力で、振り払えない。更に、その人形が、とある魔法を発動させた。その魔法は、デラノバイオ。対象を蝕む、毒の魔法である。人形から煙が発せられ、周囲を包み込み始める。


「お兄ちゃん!」

「毒だ、離れろ!部屋から出て、絶対に中に入ってくるな!」


 迷った様子のテレスだが、テレスにはどうする事もできない。テレスは部屋を出て行き、扉を閉めた。部屋が、毒で充満していく。人形は、オレにくっついて固まり、全く引き剥がせない。早すぎるが、オレはここで終わりだ。毒に包まれながら、オレはそう悟った。


「……ん?」


 しかし、特に身体に変化がない。確かに、コレは毒だと思うんだが……とりあえず、窓を開けて空気を換気。身体にまとわりつく人形を、何度か壁にぶつけてぶち壊し、どうにか取り払うことに成功した。

 窓を開けたことで、段々と毒が晴れていく。大分部屋の中の毒がなくなってきて、そのタイミングを見計らい、オレは部屋の扉を開いた。


「お兄ちゃん……」


 テレスが、泣きそうな顔をして、そこに突っ立っていた。こうやって見ると、本当にただの美幼女だが、中身はじじいである。


「バカ者がっ!油断しおって、普通なら死んでおるぞ!?何故生きてる!」

「確証はなかったんだけど、もしかしたらオレ、毒に耐性があるのかもしれない」

「信じがたいが、そのようじゃな……アレで生きていられるとは、恐ろしいのう。だが、一回死んだ物と思え!運が良かっただけじゃ、まったく、心臓に悪い!」

「分かった。分かったから。それよりも、リリード氏は──」

「……どうやら、やられたのう。魔法により、人形を自らの姿に化かしておったようじゃ。本物の父上は、研究所にいるんじゃろうな」


 リリード氏を、研究所に近づけないというオレ達の計画は、早速失敗した。

 出鼻をくじかれた形だ。しかし、リリード氏の本性は、よく分かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ