脅迫
せっかく話をしに訪問してきたウェルスだが、屋敷にあげるわけには行かない。それは、リリード氏の指示であり、メイドさん達は頑なにそれを拒む。オレとしても、無理に屋敷には上げてやる必要はないと思う。
「何の騒ぎだ、コレは」
メイドさん達に頑なに拒まれたウェルスは、ちょっとした不機嫌モード。
そんな中で、屋敷から出てきた人物に、ウェルスの機嫌は、一瞬で良くなった。
「セレス」
「あ、兄上……?」
「お前は、どんどん美しくなる。元気にしていたか?」
現れたセレスの前に膝をつき、セレスの髪を、愛しげに触るウェルス。セレスは、そんなウェルスの行動を拒まず、ただ黙って耐える。
「セレス。嫌なら嫌だと言って良いんだぞ」
「れ、レイス。私は、そんな事は……思っていない……」
目を逸らしてそう言うセレスは、絶対に嘘をついていた。正直なヤツである。
「セレスに、大切な話がある。私と一緒に、首都で暮らそう」
「はぁ!?」
ウェルスが突然、セレスの肩を掴み、目を見据えてそう言った。
その話に割って入ろうとしたが、それを兵士達が邪魔してきて、止められてしまう。先ほどの、オレの胸倉を掴んできた兵士は、特に嬉しそうに邪魔をしてくる。
「私の所に来れば、今よりも遥かに安全で、恵まれた生活が待っている。お前が望むなら、剣の稽古もつけてやろう。勿論、テレスも一緒だ。テレスは、セレスが大好きだからな。セレスが私の所に来ると言えば、来てくれるだろう。どうだ?セレス」
「わ、私は……」
「来る、だろう?」
「っ……!」
ウェルスは、セレスを睨みつけて言う。これは、ただの脅迫だ。昔のセレスは、こうしてウェルスに連れて行かれたのだと、分かる。妹を脅迫して連れ去りとか、ホントに、クソったれな男だ。
せっかく、前に助けられて評価が上がったのに、ウェルスという男を知れば知るほどに、評価は下がっていく。ちなみに今この瞬間、ウェルスの評価は、助けられる前を、下回った事を報告しておく。
「……わ、私は……」
「私は?」
「……私は、兄上とは……行けません!」
それは、勇気を振り絞ったセレスの言葉だった。足も声も震わせ、そんな中でもハッキリと、言った。ウェルスとは、行かない、と。
「理由を聞こう。今よりも裕福な生活が待っているのに、どうして来ないと?」
「私は、今の生活に満足しています。むしろ……新しい住人も増えて、これからもっと楽しくなりそうなのに、兄上について首都に行く理由は、ありません」
「……そうか。分かった」
ウェルスは、意外とあっさりと納得する。そして、セレスを解放。
オレを睨みつけてくるが、オレのせいじゃない。セレスが、自分で決めたことだ。
「あー!兄上、お久しぶりね!」
そこへ、一際明るい声が響き渡った。可愛らしいツインテールをぴょこぴょこを跳ねさせ、現れたのはテレスだ。白けた現場が、テレスの登場によって、一気に明るくなる。
テレスは、ウェルスの元へと駆け寄るが、決して触れようとはしない。ウェルスも、そんなテレスに手は伸ばさず、二人の距離感は、どこかよそよそしい。
「テレスも、大きくなったな」
ウェルスは、久々に会った体で現れたテレスに、話を合わせた。
こういう、頭のキレは学ぶべき所がある。それ以外は学びたくないけど。
「もういいのか?」
「ええ。少し寝たら、スッキリしたわ」
オレの問いかけに答えるテレスは、確かに少しスッキリとした顔色をしている。目の下のクマもなくなって、元気そうだ。
「兄上。少し、お散歩をしながら、お話しをしましょう」
「……そうだな。屋敷には、いれさせてもらえないようだから、それしかあるまい」
「待て。テレス」
ウェルスについていこうとするテレスの手を、セレスが引っ張って止めた。
そりゃあ、可愛い妹がウェルスについていこうとしているのだ。そうなるよな。オレだって、止める。
「テレスには、オレがついていく。だから、安心しろ」
「レイス……」
そんなセレスの頭に、軽く手を置きながら言うと、セレスはテレスの手を離した。
「大丈夫よ、お姉ちゃん。少し、兄上にお話したい事があるだけだから。お家で待っていて」
「……分かった。レイス。テレスを、頼むぞ」
「任せとけ」
それから、黙り込んでしまっているティアの肩を、叩く。いつもの、ゴミを見るような目をしたティアだが、若干元気なく、しょんぼりとしている感じだ。
「ティア。ウェルスの発言は、ただの挑発だ。お前が気に病む必要は、全くない。もし気になるっていうなら、ウェルスをボコボコにして、謝らせてやるよ」
「……いえ。ご主人様が、逆にボコボコにされるかと。そうならないためにも、気にしない事にします」
遠まわしに、オレがウェルスよりも弱いと言われてしまった。ウェルスの実力は知らないけど、やってみないとわかんねぇよ?
でも、ティアの調子が、元に戻ったようで安心する。
オレ達は、屋敷を出て、すぐ傍の木陰に居座った。オレとテレスは地面に尻を着いて座り、ウェルスは木に寄りかかって立っている。兵士達は辺りの警戒をさせておき、会話は聞かれないようにしておく。
「さて、兄上。どうだった、父上の研究所は」
「あの土地特有の物なのか、どうかは分からないが、あの場の雰囲気は、おかしい。まるで、古代の墳墓を訪れたときの、禍々しさを感じる。召喚魔法の影響だとしたら、ただちにやめさせるべきだ」
「古代の墳墓か。良い表現じゃ。恐らくだが、あの施設のあった場所で、過去に大量虐殺が行われておる」
「まさか、リリード氏が……!?」
「それは早計じゃ。もっと、昔。遥か、数千年も前の話だと思う。というのも、この世界に、アレの技術はないからのう」
「もったいぶるな。アレとはなんだ」
「生命グリム化装置……範囲内にいる生命のグリムを壊し、壊れたグリムを集約する装置じゃよ。あの施設の地下そのものが、装置の形を成し、祭壇に集約するようになっておった」
生命グリム化装置というものは、聞いた事がない。ただ、名前と説明を聞く限り、ろくなもんじゃないということは、分かる。
「恐らくは、大昔に数千の命を、グリムに変換しておる。そのグリムをどうしたのかは分からないが、その者たちの怨念が、今も残っておる。そして、父上はその装置を使い、召喚魔法を完成させるつもりじゃ。それが意味するのは、あの場にいる者全員の死と、侵食者の召喚」
「侵食者?」
「わしが元いた世界で、生き物を絶滅させた、化物じゃ。父上は、召喚魔法によって、結果的にそれを呼んでしまう」
「そんな装置が、本当にあるのか?数千の命を一気に奪う装置など、聞いた事がないぞ」
「ある。その装置を再現するために、トンキ族をあそこに集め、実験に使っておるのだろう。実験によって、装置が確立されれば用済み。捕らえられたトンキ族は、殺される」
テレスはそう言うと、オレの足の間に腰掛けて、体重を預けてきた。背もたれのない地面に座っているのが、だるくなったからだとは思うが、今度はその分オレがキツくなる。
「オレはイスじゃねぇぞ……」
「わしのような娘のイスになれて、嬉しいじゃろう?」
ニヤリと笑ってくるテレスだが、これで中身がじじいじゃなければ、構いやしない。ただ、徹夜明けで疲れているだろうから、今だけは、勘弁してやる。
「だが、私はあの施設の、空気がおかしいと言っただけだ。そんな不確定な勘だけで、軍を動かす訳にはいかない。大体にして、お前達は見たのか。あの施設の、地下とやらを」
「無論、見た。だから、騒いでおるに決まっておるだろう」
「いつ、どうやって見たと言う。父上は、施設に地下があるなど、一言も言わなかった。隠蔽も、完璧だ。地下への入り口がどこにあるのかも、さっぱり分からん」
「信じんというなら、話はお終いじゃ」
テレスの発言に、オレは驚いた。せっかく、頼りになる、一応の味方ができそうなのに、あっさりと引いてしまったから。
「わしは帰って眠る。お兄ちゃん、連れて行ってくれ」
「甘えんな」
さすがに、そこまでしてやる気はない。オレはテレスの襟を掴み、強制的に立ち上がらせる。
「……待て」
帰り支度をするオレ達を、ウェルスが呼び止めた。
「召喚魔法の中止を要求した時、父上の様子が、変わった。まるで、何かにとりつかれたように、必要性を訴えられ、迫られた」
「……許可、したのか?」
「あそこは、父上の施設だぞ。同じように、何人もの研究者に迫られれば、そうせざるを得ない。もしも、そのまま研究の中止を告げていたら、私は殺されていただろう。……父上は、危険だ」
ウェルスにそう言わせるほど、リリード氏が迫ったと考えると、やはり、リリード氏は本性を隠しているのだろうか。新たな情報に、リリード氏に対する疑いが強まる。
「わしは、何も行動を起こすなと言ったはずだがのう……まぁいい。して、それがどうした」
「私兵1000を、首都から呼び寄せている。父上の施設を制圧するには、十分な兵力のはずだ。3日もあれば、着くだろう。指示を待つ」
「それは、わしを信じるという事か?」
「何にせよ、私の要求を拒んだ父には、罰を受けてもらう。その延長戦に、レーニャの救出という任務も加わっている。お前達と組む訳ではないが……指示には従う」
全く素直じゃないが、それはオレ達と協力するという事と、なんら変わらない。
それだけ言い放つと、ウェルスはオレ達に背を向けて、向こうで待つ兵士達の方へと歩いて行ってしまった。
オレとテレスは、顔を合わせ、苦笑いをする。あまりにも素直じゃなく、実感がわかないが、ウェルスもオレ達側に加わった。
「いよいよ、見えてきたのう。3日後、じゃ」
3日後、未来が、変わる。
武者震いが起こり、オレの心は、期待に高鳴った。