気持ち悪い
ウェルスに美しいと言われた瞬間、ナーヤの耳の毛並みが逆立ち、オレの腕にしがみついてくる。腕に、ティア程の大きさではないが、程よい大きさの胸が当たり、心地がよい。……という感想はさておき、ウェルスの目は、完全にナーヤを捉えている。
その目は、獲物を捉えた、狩人の目である。
「ナーヤ様を、その穢れた目つきで見るのはやめてください!」
そんなナーヤを庇うように、タニャが立つ。
「ふむ……悪くない」
ウェルスは、今度はタニャを目踏みして、そう呟く。それにタニャも怯み、オレ達が座っているソファの後ろに隠れてしまった。
「その耳、獣人の娘だな?」
「そ、そう。トンキ族の、族長、キラの娘。名前は、ナーヤ・メルセル」
「ナーヤ・メルセル……良い、名前だ。私は、ウェルス・エッジ・キスフレア。以後、お見知りおきを」
ウェルスは、机から降りて、丁寧に頭を下げて、挨拶をした。
その態度の急変は、ナーヤに対する、タニャの言うところの、穢れた目つきに由来する事は、明らかだ。確かに、ナーヤはキレイだ。そのキレイなナーヤに、ウェルスは、惚れてしまったようである。
「どうやら、兄上に気に入られたようじゃのう」
「まさか、これが狙いでナーヤを連れてきたのか……?」
「狙いとまではいかぬが、期待は、しておった。兄上は、美しい物には目がないからのう」
それはいいのだが、先ほどの、ウェルスの変態趣味の暴露のせいで、ナーヤ達の好感度は、最底辺からのスタートである。
「さて、兄上。ここで、ナーヤ達の話を聞いてやってほしい」
「聞こう」
ウェルスの返事は、早かった。
そして、オレ達と対面するソファに腰を下ろし、目線をナーヤと同じにする。もしかしたら、ただナーヤを近くで見たかっただけかもしれない。正面に座ったウェルスは、舐めまわすような視線で、ナーヤを観察する。
「レーニャの事を、話すのか?」
「うむ」
「じゃあ、まずオレから説明させてもらうと──」
「待て。私が聞くと言ったのは、ナーヤの話である。貴様は黙っていろ」
オレが代わりに話してやろうとしたら、ウェルスに思いっきり睨まれて、そう言われてしまった。殴ってやろうと思ったが、ここは堪えて、おとなしくナーヤにタッチしておく事にする。
「……数年前、私達の村が、何者かに襲われた。そこには争いの形跡があり、しかし住人の形跡が、跡形もなく消えていた。その中には、タニャ……ソファの、後ろのいる娘の、妹のレーニャも含まれる。彼女は、私にとっても妹のような、大切な存在」
「心中察する。できる事があれば、言ってくれ。力になろう」
「その、レーニャがいるのが、リリード氏の研究施設で、今正に、リリード氏に殺されようとしてんだよ」
「お前は黙っていろと言ったはずだが……それはない。父上は、獣人族との交流を目指している。その父上が、獣人族との関係を損なうような行動をとるとは──」
「そんな事は、もうとっくに分かってる。だが、事実だ。レーニャは、リリード氏の研究施設の、地下にいる」
「……そもそも、あの施設に、地下などない」
「それでも!お願いです!」
ソファの後ろに隠れていたタニャが、いきなり立ち上がって大きな声を出したので、びびる。心臓に悪いので、よしてもらいたい。
「コレが、ずっと足取りのなかった、レーニャの唯一の情報なんです!どうか、私達に、貴方の力を貸してください!」
「私からも、お願い」
「……」
ウェルスは、目を閉じて黙り込んでしまった。
「まずは、先も言った通り、父上の研究所の、視察に行け。あとは、それを見た、兄上の判断に任せる。だが、勝手な行動はとるな。くれぐれも、施設を見るだけでよい」
「……分かった。ひとまずは、そうしてみる事にしよう」
「ありがとう、兄上!大好き!」
ウェルスは、テレスのリップサービスに満更でもない様子を見せると、ナーヤに目を向けた。
「ただし、条件がある」
「……聞く」
「耳を、触らせてくれ」
その場の全員が、沈黙した。別に、耳を触るくらい、どうでもいいとは思う。しかし、ウェルスが言うと、凄く気持ち悪く聞こえてしまう。
「か、構わない……けど、少し、一回だけ」
気持ちが悪いので、ウェルスが耳を触るシーンは割愛。我慢できなくなったナーヤがオレに泣きつき、すぐに終わったので、特には何も、語るべき事はない。
ちょっとの間だけだが、よく我慢したよ。
「ふむ」
耳を触り終わったウェルスは、満足げだ。耳を触った手を、にぎにぎとしている。気持ち悪い。
「で、では、兄上。約は、成されたという事で、良いな?」
テレスも、若干引いているようだ。気持ち悪さに気持ち悪さを上乗りして、大変な事になってるけど、それ、お前の兄貴なんだぜ。
「良い。すぐに、視察に出る。屋敷で連絡を待て」
勇ましく部屋を出て行くウェルスを、オレ達は無言で見送った。
「大丈夫なのか?アレ」
「頭は、良いはずじゃ。今は、信じよう。ナーヤ達も、苦労をかけてすまなかったな」
「……良い。それより、テレスと、レイスは、転生者?」
「そうだ。しかも、テレスに限っては、転生前は150のじいさんだ」
「かっはっは!」
「……」
ナーヤとタニャが、フリーズした。きっと今二人の頭の中では、可愛いテレスとの思い出が、訳の分からないじいさんとの思い出に、塗り替えられているはずだ。
「くっ!?」
ナーヤは耐え切れず、頭を抱えて床に突っ伏した。
ウェルスとの会話で、疲れている所に追い討ちをして、悪いことをしてしまった。しかし、今知っておけば、傷はまだ浅く済むはずだ。許してくれ。
「ナーヤ様、気を確かに!」
タニャがナーヤに寄り添い、その背中をさすってやる。
「テレス。本当?」
「本当じゃ。わし、元齢150のじいさん。長いあご髭がチャームポイントじゃった」
いらない情報が増えてしまった。その新たな情報に、オレの心にもダメージを負ってしまう。
「おふざけは、これくらいにしておいて──」
と話を切り替えるテレスだが、オレ達は別に、ふざけている訳ではない。本当に、心に深く傷を負っているのだ。
「兄上は、ナーヤ達のおかげで、どうにかなりそうじゃ。となると、決行の時は近い。ナーヤ達トンキ族の娘達にも、手伝ってもらうからの」
「勿論。そのつもり」
「当然です。レーニャを助けるためなら、この身も捧げます」
最初は、オレとテレスから。それが、ナーヤも加わって、ウェルスも加われば、もっと大きな戦力となる。
セレス、もう少しで、未来を変えられるぞ。
「となれば、町に出かけるぞ!」
「何でそうなんだよ」
意気揚々と宣言したテレスに、オレはすかさず突っ込みをいれた。
「お姉ちゃんの記憶を呼び覚ますための、魔法に使う道具が売っているやもしれん。ティアに留守を任せている屋敷も心配だが……少し、見て行くくらいなら、いいじゃろ?」
「そういう事なら、反対はしない」
「記憶?とは?」
ナーヤが、テレスの言ったことを聞いて、首を傾げてきた。
「オレが使った、過去に戻る魔法は、オレ自身が、時間を移動しているんじゃない。世界そのものを、その時間に作り変えているみたいなんだ。だから、頭では覚えていなくても、魂で記憶を覚えている可能性があるとか、って話」
「その記憶を呼び起こさねば、使い物にならん人物がいてのう。それが、わしのお姉ちゃんという訳だ。ティアは、事情を話せば分かってくれそうだがな。とりあえずは、今はお姉ちゃんの身を守ってもらっておこう」
「魂の、記憶」
ナーヤは、身に覚えがあるのか、自分の胸に手を当てて、目を伏せた。
オレの話した、この世界の未来の話や、ナーヤ達の身におこったことを、ナーヤは現実のように感じると、受け入れた。それは、魂が覚えていた記憶が、あるからなのかもしれない。
「魂……全く分かりませんねっ」
個人差があるようで、タニャはきっぱりそう言い切った。
馬は、駐屯地の人の良さそうなおっさんに預け、オレ達は町へと出かけた。小さな町とはいえ、ちょっとした土産屋や、服屋に、宝石店と、色々と店はある。
「で、何が必要なんだ?」
「そうじゃのう。ますは、服じゃな!」
あ、コレ騙されたわ。オレは、目を輝かせて服屋にかけて行くテレスを見て、そう悟った。
「せっかくここまで来たのだから、仕方ない。だから、私も行く」
「私もお供します!」
ナーヤとタニャも、はしゃいだ様子で服屋へと入ってく。服屋って、そこまで人を引き付ける魔力があるのかね。ちょっと、服屋という存在が怖くなってきた。
「ナーヤには、色っぽい服の方が、似合うと思うわ!コレなんてどう?」
「む、無理!何で、こんなに脚が、出ているの……?」
「な、ナーヤ様。絶対に、お似合いになります!」
店内に入ると、早速3人組みははしゃいだ様子で、服を物色していた。ナーヤが、テレスに強制的に合わせられているのは、脚に大きなスリットの入った、色っぽいドレスだ。
「タニャには、コレ。この、紐のようなドレス」
「むむむむむ無理です、無理です!なんですか、コレ。何にも隠れていないじゃないですか!」
「すごーい!着てみましょうよ、タニャ!」
「絶対に、イヤです!」
「ねぇねぇ、コレ、どう?似合う?」
テレスが自分に合わせて見せてきたのは、大事な所が一切隠れていない、下着である。それにはさすがに、テレスとタニャも顔を真っ赤にし、ちょっと引いている。
よく見れば、この店、そういう服ばかりだ。オレが異変を感じ、店の親父の方を見ると、ニヤついた顔でこちらを見てきた。
兵士の多い町には、兵士の相手をするための、女も多い。つまりココは、そういう女にターゲットを絞った、服屋である。
オレは、すぐに三人の手を引っ張って、店の外へ出たよ。
「お前、わざとだろ」
「んー?きゃはっ」
テレスを問い詰めると、可愛い笑顔である。