表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/49

決裂


「久しぶりね、兄上!」

「……ああ。大きくなったな。そして、どんどん美しくなる」


 挨拶をするテレスに、そう返したウェルスに、オレは少し、違和感を覚えた。


「野盗に襲われたと聞いたが、大事なさそうだな」

「はい。この、お兄ちゃんが助けてくれたの!」


 オレは、テレスに抱きつかれて、そう紹介される。


「そうか。それは、大儀だった。感謝する」


 簡単ではあるが、ウェルスはオレに、そう言った。なんだか、初めて会ったときとは、雰囲気が違う。セレスに対して向けられていた嫉妬心や、必死さが、何も感じられないのだ。


「ところで、この町に、何か用が?」

「実は、兄上にお話しないといけない事があるの」

「何故、私がここにいると?いや……オーフェンの娘か。それは、今すぐでないとダメな話か?」

「うん。今すぐに、お部屋でゆっくりと話したいわ」


 そんなテレスのお誘いに、ウェルスはため息をついた。


「分かった。付いて来い」


 ウェルスに案内をされ、オレ達は駐屯地の建物へとやってきた。町の半分くらいは、この駐屯地の敷地である。敷地全体をぐるりと囲む木の柵は、簡単ながらも、軍の敷地との境界線だ。

 建物は、そんな敷地内に散々としており、どれが本部なのかは、一目では分からなくなっている。どれも同じような作りなので、錯覚してしまいそうだ。

 オレ達は、ウェルスの私室へと通された。そこには簡素なソファと、美人のメイドさんが待っていた。メイドさんは、お茶を淹れようとしてくれたが、テレスはそれを断り、人払いを済ませる。


「実は、兄上にお願いがあるの!」

「可愛い妹のためだ。なるべくは、聞いてやる」


 ウェルスは、ソファには座らなかった。代わりに、机の上へと腰掛けて、足を組みながら、こちらを向いている。ソファの方が低いので、必然とオレ達は、ウェルスに見下ろされる。見下ろすの、好きなのかね、ウェルスは。

 ただ、ソファに座っているのは、オレとテレスと、ナーヤの三人。一番大きなタニャは、立ったままなので、ウェルスよりも高いまま。

 それが気に入らないのか、ウェルスはチラチラとタニャを見ているが、タニャは気にもせず、座ろうとはしない。


「私の合図があったら、いつでも軍を動かせるようにしておいて」

「妹が乱心を起こしたと判断する前に、一応、聞いておいてやる。どこを、攻めるつもりだ」

「父上の、研究施設よ」

「……テレス。お前、自分が何を言っているのか、分かっているのか?」

「分かっておる。父上が、世界を滅ぼす、危険な研究をしておる事をな」


 テレスの雰囲気が、変わった。それにオレは驚く。目つき鋭く、口調は年寄り臭い。それは、テレスの本性だ。

 その本性を現したテレスを前にして、ウェルスは大して反応を起こさなかった。まさか、知っているのか?テレスの本性を。

 一方で驚きを隠さないのは、ナーヤとタニャだ。


「テレス……?」


 ナーヤが声をかけるが、テレスはスルー。話を続ける。


「兄上。お主、ここに何をしにきた。いや、聞かずとも分かる。野盗が出るような危険な場所から、お姉ちゃんとわしを、避難させるつもりじゃろ?」

「その通りだ」

「兄上は、父上が何の研究をしているのかは、知っておるのか?」

「知っている。召喚術の研究と、ポーションの量産化……加えて、古代魔法の研究等だ」

「地下の事は?」

「……地下?」


 やはり、ウェルスはリリード氏の、表面の事だけしか知らないようだ。


「兄上。父上の施設を、視察しろ。それで、全てが分かる。賢い兄上なら、気づくであろう」

「悪いが、何も見えてこない。地下?なんの話だ」

「良いか、兄上。父上は、世界を滅ぼしかねん、危険な研究をしておる。それを止めさせるため、軍を動けるようにしてほしい」

「そんな事は、私に言う前に父上に言え。お前が頼めば、喜んでやめるのではないか」

「父上は、信用できん」


 テレスが、きっぱりそう言い切る。

 あの地下の惨状を見れば、仕方がない。それに、あの地下がある限り、じゃあやめますで、済むような話でもない。下手に話をしようものなら、逆上して侵食者を呼ばれ、全てが終わる危険性をはらんでいる限り、今は地を固める必要がある。


「お前に、そう言わせるだけの事があるのは、理解した。しかし、軍を動かすかどうかは、私が判断する事だ。お前の命令に従うつもりはない。そもそも、実の妹にこう言うのはなんだが、私は父上以上に、お前を信用できない」

「そうじゃろうなぁ」

「しかし、やはりこんな所にセレスは置いておけん。首都に連れ帰る必要が、ある」

「お姉ちゃんを連れ帰ろうとしても、無駄じゃ。お姉ちゃんは、この、お兄ちゃんの物だからな。兄上の言う事など、聞きやせんだろう」

「……」


 ウェルスは、オレを強く睨みつけてくる。テレスの突然の振りに、オレは特に何も準備していなかったので、ボケっとした面で、ウェルスを見返す事となってしまった。


「男嫌いのセレスが、こんな男に心を奪われる訳がない。まぁもし、本当だとしたら……オレはこの場で、この男を斬らねばならなくなるがな」

「……テレス。オレは、状況によっては、セレスを安全な地におくというのは、反対じゃない」

「……」


 テレスが静かに、目を細めた。オレは、構わずに話を続ける。


「だけど、ウェルスにセレスを預けるのはだけは、反対だ。ウェルスの、セレスを見る目は、異常だ。気持ちが悪い。そんなウェルスにセレスを預けるなんて、ゾッとする。だから、セレスがウェルスについて、首都に行くことは、絶対にない。そうなりゃ、オレが止める」

「かっはっは!」

「ちっ。まさか、話したのか、テレス」

「いや、何も。今のは、お兄ちゃん自身の思いじゃ。しかし、兄上に面と向かって言うとは、面白すぎじゃろう!」


 ツボに入った様子のテレスは、腹をかかえて笑う。涙まで流しているが、笑っているのはテレスだけ。オレはウェルスに強く睨まれてるし、ナーヤとタニャは沈黙し、呆然とその様子を眺めている。


「ところで、ウェルスはテレスの正体を知っているんだな?」


 テレスが、素で話し出したのに、ウェルスは動じなかった。それが、ずっと気になっていた。


「素を隠し、周囲に偽の笑顔を振りまいている事は、知っている。だが、正体、という意味で言えば、知らないと答えておこう」

「転生者だよ。オレも、コイツもな」

「あ、コラ。勝手にバラすな、お兄ちゃん」

「合点は、いった」


 テレスの頭に手を置きながらいうと、ウェルスは思いのほか、あっさりと受け入れた。もしかしたら、その可能性は考えていたのかもしれない。


「しかし、お兄ちゃんの審美眼は、正しい。兄上は、お姉ちゃんを自分だけの人形にしたくてたまらないのじゃ」

「人形……?」

「美しいものは、美しい姿のままで、いつまでも傍に置いておきたいというのが、兄上の、お姉ちゃんに対する愛の正体じゃ。そのためには、傷をつけないよう、大切に保管せねばならん。首都に持ち帰った後は、大方お部屋にでも飾っておくつもりじゃろう?」

「正解だ。セレスは、私の理想像そのものである。首都に連れて行き、大切に、私の部屋に飾る。毎日着せ替えをさせ、毎日肌の手入れをし、毎日、傍に置いて鑑賞し、楽しむつもりだ。想像してみろ。あの、どんどん美しくなっていくセレスを、毎日自由にできるのだぞ?」


 そう言いながら、ウェルスは興奮した様子で、顔を赤くする。その、身振りを交えての訴えがまた、狂気を感じさせる。


「テレスも、同じようにしてやりたいのだが……」

「わしに、指一本でも触れれば、殺すと忠告してあるからのう」

「そういう訳だ」


 どうしよう。想像以上の変態さんだった。気持ち悪すぎて、鳥肌がたつ。こんなヤツにセレスを預けたら、セレスは本当に、変態さんの毒牙にかかってしまう。

 ふと、隣に座っているナーヤが、オレの腕にしがみついてきた。見ると、その顔は引きつっていて、ウェルスを恐ろしい物を見る目で見ている。

 女の目線から見れば、ウェルスは更に気持ち悪い物に見えるのかもしれない。タニャのほうを見ると、こちらを見て、引きつった顔で首を横に振ってくる。


「くれぐれも、口外するなよ。私のイメージに、傷がつく」

「口外してほしくなければ、わしの願いを聞き入れる事じゃのう」

「それとは、別問題だ。セレスは連れて帰るという方針に、変わりはない。大体にして、私を家から追い出しておいて、一方的に頼みごととは、虫がよすぎるのではないか?」

「追い出した?テレスが?」

「そうじゃ。兄上の、お姉ちゃんに似せて作らせた大量の人形コレクションを、わしが父上にばれるように仕向け、父上に、兄上のお姉ちゃんに対する歪んだ愛が、知られた。愉快だったのう。父上は怒り、兄上のコレクションを破壊し、兄上は首都の親戚に預けられる事となった次第は」


 それはそれで、ちょと可愛そうな気がしないでもない。


「あの時破壊された人形達の思いを糧に、私は等身大のセレス人形を完成させた。その等身大のセレス人形と、セレスを並ばせてみろ。凄い事になるぞ」


 しかし、同情の気持ちもすぐに吹き飛んだ。やはり、気持ち悪い。それに、首都にいって、逆に趣味を堪能しているように見える。


「さて。話は決裂という事で、いいな?であるなら、私はセレスを迎えに行かねばならん。お前達は、ここでゆっくりしているといい」

「いやいや。今のお前の話を聞いて、尚更セレスに会わせたくなくなったわ」

「なら、どうする?力ずくで、止めてみせるか?」


 ウェルスは、剣に手をかけて、こちらを威嚇してきた。その行動に反応し、オレも刀に手をかける。


「まぁそう焦るでない。ナーヤ、タニャ。フードを外して、兄上に見せてやれ」

「……いい?」


 ナーヤが、オレに許可を求めてきた。テレスの意図は分からないが、何かありそうだ。オレは、ナーヤに頷く。

 それ見て、ナーヤがフードを外す。露になる、ナーヤの容姿。金髪に、青いライン。丸々とした、金色の、瞳。美しい毛並みの、ネコ耳。


「美しい……」


 ウェルスは、ナーヤに見とれ、そう呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ