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プロローグ3

 戦いは、オレ達の勝利に終わった。

 どうやら、敵は先行部隊だったようで、数もそれほどではなかったらしい。こちらの被害は、ほとんどが傭兵達で、主力である王国軍の被害は、最小限に抑えられた。先陣にたって獣人に攻撃をしかけた、傭兵達の勇気ある行動のおかげである──と、連合の指揮官は言った。

 それを聞いた者の反応は、それぞれだ。素直に受け止めて、喜ぶ者や、援軍の遅れに怒る者に、仲間の死に悲しむ者。

 オレ達の傭兵団からも、四人の死者が出た。とてもじゃないが、勝利の祝杯に参加をする気にはなれず、オレ達の傭兵団は、その日の夜を、静かに過ごしていた。


「あの指揮官、中々の食わせ物だぞ。名前は確か、バーティス将軍だったか」


 野営地の焚き火の傍で、夜食のパンを食っていると、隣にリータが腰を下ろし、火が弱まってきた焚き火に、燃料を追加した。火は勢いを取り戻して、暖かさが増す。


「と、言うと?」

「傭兵達が混乱して敵に突撃をかけたとき、連中は全く動かなかった。指示を出すこともなく、ただ見守っただけだ。そうなる事を見越して、傭兵達に命令することなく突撃をさせ、自らは敵の出方を探り、突撃のタイミングを見計らっていた。おかげで、戦闘が終わった後も、傭兵達から指揮の事で責められる事もない、という寸法だ」

「オレ達は所詮、使い捨ての駒っていう訳だ」

「……」

「?」


 リータが、無言で何かを差し出してきた。それは、リルラの実と呼ばれる、果物だった。拳大程の、赤く丸い果物なのだが、コレがオレがいた世界の、ある果物と同じような味で、それはオレの好物でもあった。そのため、このリルラの実はオレの好物でもある。

 しかしここで、いくつかの疑問が生まれる。リルラの実は、それなりの高級果物であるため、そんなに簡単に手に入る物ではない。また、手に入れる事ができる地方は、王国国内でも限られていて、目に入る事も少ない。オレが口にする事なんて、年に一回程だけ。しかも、実を切っていくつかに切り分けた後のひとかけだけである。

 それが、何故こんな所にあって、何故それをリータが持っている?


「どうしたんだよ、これ……?」

「ここに来る前に、偶然手に入る機会があった。やる」


 絶対に、偶然じゃない。たぶん、オレのために、苦労して買ってくれたんだと思う。だが、それを指摘するのは野暮ってヤツだ。

 そんな、フードによって隠されたリータの表情は、たぶん照れだ。元々こんな事をするようなヤツでもないので、渡し方の不器用さに、思わず笑ってしまった。


「何を笑う」


 リルラの実を、頬にぐりぐりと押し付けられる。痛い。


「ごめんって。ありがたく、いただきます」

「うむ」


 せっかくなので、ここは丸かじりでいただく。昔はよく、そうして食べていたもんだ。この世界に来てからは、そんな事できなかったけど。

 実にかじりつくと、シャリっという音がして、果汁が溢れる。口の中に果汁の甘酸っぱさが広がって行き、それが身に染み渡っていく。口の中から味が消える前に、更にもう一口。溢れる果汁。まだまだリルラの実は残っている。こんな贅沢、あっていいのだろうか。


「ふ。本当に、美味そうに食べるな、お前は。見ているだけで、味が伝わってくるようだ」

「そうか?」

「そうだよ。まったく、あの無愛想な子供と、同一人物だとは思えない」


 今でこそ、オレはこんなだ。しかし、リータ達と出会った頃は、色々あって、人との関わり合いを避けていた。その頃の話をされると、当時の自分を思い出して、身体がむずかゆくなる。


「あの頃の話で言うなら、お前だって人の事は言えないだろ」

「うるさい」


 お察しの通り、当時のリータは今程とっつきやすい人間ではなかった。それこそ、隊長以外の人間には冷淡で、新入りのオレ以上に隊に馴染んでいなかったのだから、酷いもんだ。


「戦いは、もっと酷くなる。もしかしたら、明日死ぬかもしれないし、こちらが勝てる保障もない」

「そんなの、もうとっくに覚悟して、ここにいる」

「……怖くて震えているだろうから、慰めてやろうと思ったのに、つまらん奴だ」

「もし仮にそうだったとしても、いらねぇよ。お前は大好きな隊長の身でも心配してろ。そういや、怪我の具合とかはどうなんだ?」


 戦いの後、リータに連れられて救護所に行った後、隊長の姿を見ていない。あの様子じゃ隊長なら平気だろうが、姿が見えないのは不安になる。


「安心しろ。あきれるほど、元気だ。しかし、休むように言いつけて来た。……言うことを聞くとも思えないが」

「確かに、な」

「レイス!リータ!昼間はご苦労だったな」


 言ってる傍から、隊長が歩いてきた。全身いたるところに包帯を巻いた、痛々しい姿だ。

 しかし、本人は元気そうに、すたすたと歩いている。けが人とは到底思えないような、健常っぷりだ。


「ん。リルラの実か。やっと渡せたんだな」


 オレの食いかけのリルラの実をみて、隊長が漏らした。


「隊長は、余計な事言わなくていいです」


 そんな隊長にリータが凄むと、隊長はわざとらしく咳払いをして、ごまかした。

 たぶん、追求したら隊長がリータに怒られる。ここは、ごまかされておいてやろう。


「あまり、遅くまで起きてるなよ。今日の疲れを、明日に残させるな」

「それは、こちらの台詞です。私は先ほど、貴方にしっかりと身体を休ませるように言ったはずです。それが何故、出歩いているのか私に説明してください。分かりやすく、短めに」

「う……お、おう。そんなに怒らないでくれ、リータ。訳は、ちゃんとある。実はレイスに、謝っておかないといけないことがある」

「オレに?」


 なんだろう。そう改められると、ちょっと怖い。


「恩人の頼みごとだったから、仕方ない。許せ。じゃあな」

 

 隊長はそれだけ言って、オレに背を向けて歩き出してしまった。意味が分からず、呆然とする。


「……私は、隊長がちゃんと寝床に戻るか、見張っておく事にする。お前も、食べ終わったら休めよ」

「あいよ」


 隊長について、リータも行ってしまった。

 一人になったオレは、リルラの実をじっくりと堪能し、キレイにIの字になったリルラの実を地面に植えた。リルラの木がここに生えるかなぁとか、ちょっと夢見てみての行動だ。


「見つけたぞ。101師団の、ジャック」


 おかしな行動をしている所を、見られてしまった。それ以上に、その声に驚く。

 振り返ると、そこにいたのは、銀色の少女だった。鎧を脱ぎ捨て、白を基調としたワンピース風のドレスに、地肌が露出しすぎないよう、その下には黒の、身体に貼り付くタイツのような服を身に着けている。正直、ある意味でちょっとエロいんだが、いかんせん、鎧を脱ぎ捨てたことで丸見えとなる真実もある。その真実とは、彼女の胸が、お留守になっているという事だ。つまり、胸がない。断崖だ。ただ、プロポーションは抜群にイイ。その身体のラインはしなやかで美しく、まるで元いた世界で言うところの、モデルのようだ。


「さ、さぁ、誰かなそれはぁ。知らないなぁ」

「とぼけるな。傭兵部隊の隊長が、無詠唱で魔法が使える者の名を教えてくれた。お前が、レイスだな?」


 謝らないといけないことってコレかー。隊長のやつ、オレの事を教えやがったな。


「そう構えるな。聞きたいことがあるだけだ」

「ほう。王国軍の騎士様が、一介の傭兵に聞きたい事、ですか」

「貴様、何故無詠唱で魔法が使える?」


 予想通りの尋ねだ。オレの無詠唱魔法を見た者は、まずそれを尋ねてくる。そして、その問いに対してのオレの答えも、もう決まっている。今まで、そうして切り抜いてきたからな。


「ナンノコト、デスカ?」


 どうだ。この、おとぼけフェイスと、おとぼけ声。大抵の人間は、コレを見て尻尾をまいて逃げ出す。オレが使える、最強スキルである。


「は?」


 しかし、銀色の少女は、真顔でそう返してきた。


「は?」


 黙っていると、もう一度。


「い、いや、その……」

「貴様、私をバカにしているのか?だとしたら、大変遺憾だ。今、この場で、処刑されても、文句は言えまいな?何せ、貴様が喧嘩を売ったのは、セレス・リム・キスフレアなのだからな」


 ば、バカな……オレの最強のスキルが通用しない、だと?

 そして、そっと剣に手を伸ばし、鞘から数センチ剣を抜く銀色の少女。その目は本気っぽい。こちらを殺気こもった目で睨み付けている。

 オレ、絶体絶命。せっかく昼間の激戦を切り抜けたのに、ここで死ぬのかも。


「冗談だ。どうだ。面白かったか?」


 そう言って、剣から手を離す、銀色の少女。どうやら、本気ではなかったようで、安心する。

 しかし、正直全く笑えない。だって、目が本気だったもん、この人。あんな本気で睨まれて、何が面白いの?誰か教えてくれる?


「あ、あはは、面白いなー」


 とりあえず、そう言っておいた。何か怖いし、機嫌を損ねたらいけない気がしたから。


「……そうか。ありがとう」


 すると、何故か顔を少し赤めて、照れくさそうに礼を言ってきた。騙しているという、若干の罪悪感が生まれる。


「話が逸れた。私の問いに、答えろ。もう一度言うが、貴様は何故、無詠唱で魔法が使える」

「……」


 どうしよう。素直に話すのも、面倒だ。どうせ信じないし。かと言って、適当に言い逃れできるような雰囲気でもない。どうしよう。沈黙が流れる。


「分かった。無詠唱については、いい。正直に言うと、それに興味ない」


 沈黙を破ったかというと、興味ないとか言われてしまって、複雑な気分だ。


「じゃああんたは、そんな興味もない事を聞きに、わざわざオレを探してたのか?だとしたら、相当酔狂だな」

「本題は、別にある。貴様が何故、無詠唱で魔法を使えるのかはおいておいて、魔法に関しての知識はあると予想させてもらった。そこで、とある魔法に関しての情報が知りたい」

「オレ、そんなに詳しくないんだけどなぁ」

「知らないのなら、別にそれでイイ。しかし、知っているのならどうか教えてほしい」

「……分かった。聞くだけ、聞いてやる」


 オレの答えに満足して、銀色の少女はそっと頷いた。

 そして、少し間を置いて、意を決したように口を開く。


「リバイズドアレータ。この魔法について、何か知っている事があれば、どんな些細な事でもいい。どうか、教えてほしい」


 知っているか、知っていないかで言えば、知っている。オレは、ゲーム内の魔法を全て覚えているので、この世界がゲームの世界の範疇に収まる限り、知らない魔法はない。だが、このリバイズドアレータは、少し特殊な部類だ。分類的には、ワープ系の魔法に入る。プレイヤーを、ゲームの設定上の世界から、時間を巻き戻した世界の拠点に、ワープさせるという物だ。この魔法を覚えている事により、いつでも現代世界のゲームワールドから、過去世界のゲームワールドへとワープができるという優れもの。

 そんな魔法を使えるとしたら、やはり過去へと行けるのだろうか。考えたことなかったな。まぁ使えないから考える必要がなかった、というのが正しいか。


「逆に質問になって悪いんだが、あんたはその魔法を、どこで知ったんだ?」

「物語の絵本で、主人公がリバイズドアレータを使うという場面がある。正確にいえば、リバイズドアレータを使ったとは描かれていなかったが、その後の私の調べで、この魔法にたどり着いた」

「ふむ」


 絵本に出てくる魔法とは、コレまたロマンチックな事で。

 ゲームの中では、高難易度のBC戦のドロップ品で、ドロップした魔法スクロールを使用するだけで覚えられたんだけどな。しかも、多額の金で取引されていたのだから、夢もなにもあったもんじゃない。


「その様子では、何か知っていると考えていいのだろうか。だとしたら、あまりもったいぶらないでほしい。私は、この魔法に命を賭けている。あまりじらされると、我慢がきかずに、詰め寄ってしまいそうだ」

「そいつは勘弁してくれ」


 一応、この少女はオレの命の恩人であるし、隊長の命も救われているようだ。だとすれば、多少面倒そうだが、力になりたいという気持ちもある。

 ……魔法に関しての情報くらいなら、流してやってもいいだろう。

 どうやら銀色の少女も、本気で求めているようだし。その証拠に、拳を作り、若干震えてオレの答えを待っている。本当に、今にも飛び掛ってきそうな勢いである。


「……リバイズドアレータは、過去の世界に飛ぶ魔法だ。でも、これはかなりの高レベル魔法だ。常人には到底使えるような魔法じゃないし、この世界でこの魔法を使えるような魔術師を、オレは見たことがない。たとえ、万が一にだぞ?リバイズドアレータを使う方法があったとしても、人間が使用できるような魔法とは思えない。というのが、オレの見解だ」

「……」


 オレの答えに、不意に、銀色の少女の瞳から、涙が流れた。

 オレは驚いて立ち上がり、おどおどとするばかりで、何もできない。こういうとき、どうすればいいのか誰にも教わってないから。ただただ、おかしなダンスを一人で踊るだけという、ただの変質者へと成り下がってしまった。


「すまない」


 ややあって、銀色の少女が涙をぬぐい、泣き止んでくれた。

 ホントに頼むよ。こんな所を誰かに見られたら、オレは本当に死刑になってしまうかもしれない。


「この問いに、初めてまともな答えが返ってきた。ようやく、手がかりを掴んだ気がして、思わず、な」

「そんなに?」

「どんなに高位の魔術師に問うても、知らぬと返されるばかりだった。そもそもこの魔法は、古代の文献の、ほんの一部にしか載っていない。しかし、今は記録に残るだけである、失われた古代魔法にも属さない。誰も知らないのは当然であるとも言えるのに、貴様は知っていた。貴様は、どこでこの魔法の事を知った」


 ……やはり、話したのは失敗だった。まさか、そんな誰も知らないような魔法だったとは、予想外だ。


「お、オレも、その絵本ってのを読んだ覚えがー……」

「では、絵本のタイトルは?主人公の名は?ヒロインは?どんな内容だったか、言ってみろ。しかし、絵本の中にリバイズドアレータという名称は出てこない。何故、貴様がリバイズドアレータという魔法の名を知っていたのかも、同時に答えてもらおう」


 今にも襲い掛かってくるような、威圧感である。手がかりを目の前にして、明らかに余裕がなくなっている。下手に答えようものなら、殺されそう。


「……はぁ」


 オレは、腹を決めた。面倒だが、どうやら本当の事を話さないと、ダメそうだと悟ったのだ。銀色の少女が信じようが信じまいが、関係ない。本当の事だけを話しておけば、それでもういい。


「実はいうと、だな──」


 オレは、話そうとした。だが、その瞬間に、ある動物の鳴き声が響き、それを妨げた。


『ニャアアアアァァァァァァオオオオオォォォォォォォォ』


 それは、猫だ。どう考えても、猫の鳴き声だ。ただ、異様に大きく、響き渡るような鳴き声だ。まるで、昼間のライオン型の獣人の鳴き声のような、威圧感もある。

 その鳴き声に、辺りは騒がしくなり、張られたテントの中から、休んでいた兵士達が顔を出す。しかし、辺りは暗い。焚き火や松明の周辺以外は、真っ暗だ。いくら辺りを見渡したところで、視界はそう長くない。ただ、聞こえてきたのが猫の鳴き声という事もあってか、昼間ほどの混乱は起こらない。むしろ、おこらな過ぎる。


「猫。いや、トンキ族の、メスか……?」


 昼間のライオン型が、トンキ族のオスなのに対して、メスは猫型だ。前もっての情報があるからこそ、そう思考が巡る。何も知らなければ、ただ猫のデカイ鳴き声が聞こえたくらいにしか思わない。


「敵襲だ!戦闘配備につけ!」


 銀色の少女が叫んだが、この辺りで野営をしているのは、王国軍の連中ではない。主に、オレ達傭兵達の集まりだ。そんな指示が飛んできても、すぐに動こうとする者は少ない。


「私は部隊に戻る。貴様は連中を、戦闘配備につかせろ。話は、その後だ」


 銀色の少女は、一旦はオレに背を向ける仕草を見せるが、すぐに立ち止まり、勢いよく振り向いた。


「美味しそうな匂い」


 銀色の少女の行動に、戸惑う間もなく、少女が向いた方向の暗闇から、声が聞こえた。その声に、背筋が凍りつく。今すぐ何かをしなければ、殺されてしまう衝動に駆られて、オレは思わず武器を構えてしまう。

 銀色の少女もまた、オレと同じ様子で、腰につけた剣に手をかけた。


「姿を見せろ」


 銀色の少女の声に応えるように、声の主は焚き火に近づいてきて、その姿を現した。

 それは、トンキ族のメスだった。顔は人間そのものだが、頭にはネコミミがちょこんと生えており、人間でない事を示している。他にもその目が特徴的で、怪しく金色に光って見えるのは、人とは違う。ただ、その姿は、オレが知るトンキ族とはかけ離れている。まず、昼間の、トンキ族のオスであるライオン型もそうだが、こちらも全身真っ白だ。毛も、肌も。肌には血色なく、生気が感じられない。そして、異様に痩せ細っている。オマケに、刺繍の施された、高そうな民族衣装のような服は、ボロボロである。オレの知るトンキ族のメスは、肌も髪の色も普通で、可愛らしく人懐っこいキャラだ。そのトンキ族とこのトンキ族とは、似ても似つかない。

 ホント、ゲームと現実って違うんだなぁと、実感してしまう。


「う……」


 トンキ族のメスが、ゆったりとした動きで、手に持つ物を、見せてきた。それを見て、吐き気を催す。それは、人間の腕だった。筋肉質な腕は、まだ持ち主から離れて間もない事を示すように、鮮血を垂らしている。

 あろうことか、そいつはその腕に食らい付いた。噛み砕き、咀嚼し、じっくり味わうように飲み込む。心底美味しい物を食べるような仕草で、顔中を血まみれにし、恍惚に満ちた表情で、食らう。


「ああ……美味しい。貴女は、もっと美味しそう。セレス様」


 こいつ、銀色の少女の名前を知っている?

 思えば、昼間のオスのほうは、言葉を発する個体はいなかった。しかし、コイツは饒舌に言葉を話す。言葉が通じるということは、意志の疎通ができる。


「……お前、どこかで会ったか?」


 銀色の少女が、名前を呼ばれたことで、何かを思い出したようだ。しかし、中々それが出てこないようで、苛立ちを見せる。


「お忘れですか?セレス様のお屋敷に、一度だけ伺った事が、ある」

「……!!」


 ヒントを得て、銀色の少女が思い出したようだ。しかし、その顔色がどうも悪い。目を見張り、冷や汗まで流している。


「ナーヤ・メルセル……」

「正解です!覚えて、いてくれた!」

「しかし、その姿は……」


 銀色の少女は、絶句する。自分の覚えている人物とは、ずいぶんと風貌が違うようだ。


「私はあの日から、ずっとセレス様を食べたくて食べたくて、我慢していた。ですから、食べてもいい?ね?美味しそうなセレス様は、一体どんな味がするの?食べたい。食べたい食べたい食べたい食べた──うっ、おっ、えぇぇぇぇ、おげぇ、え……ええぇぇぇ!」


 トンキ族の少女は、突然吐いた。吐しゃ物は、人間の血や、肉だ。

 美味そうに食ってはいたが、ゲームの中でトンキ族も含めて、獣人が人間を食らう設定はない。彼女がその設定の上にいるのなら、その行動は食えない物を無理矢理美味い物として口にしているだけで、吐くのも仕方のない行動ともとれる。

 人間を、食っては吐く。そんな事を繰り返しているのなら、彼女が酷く痩せている説明がつく。その上で、目の下には大きなクマができていて、とてもではないが、正常とは思えない。


「ああ……こんなに美味しいのに、また吐いちゃった」


 あろうことか、彼女は自分の吐しゃ物を手ですくうと、自分の口へと運び始めた。それは、見るも耐えない、おぞましい光景である。


「ずいぶんと、イカれた知り合いがいるんだな、セレス様には?」

「……」


 せっかく、少し場をなごませようと思って言ってやったのに、無視されてしまった。


「お腹、減ったな。美味しいもの、食べたい。セレス様を、食べたい」

「ならば、やってみろ。当然、抵抗はさせてもらう」

「食べて、いいの……?ふ、ふふ。ふふふ。あはははははははは!いただきまぁす!」


 いきなり、テンションマックスで、高笑いをしながら、トンキ族の少女が、銀色の少女に襲い掛かった。ゲームの設定通り、彼女の動きはとても素早かった。気づけば、銀色の少女の足元に、伏せをするような形でそこにいた。その両手には、ナイフが握られている。金色の瞳が怪しく光り、なおも不気味に笑いながら、斬りかかる。

 そんな、自分の足元から斬りかかってくる相手を、銀色の少女はいとも簡単に、さばいてしまう。

 まず、切りかかってきたナイフを、剣で弾き飛ばす。その衝撃に耐えられずに、トンキ族の少女は、ナイフを手放して空を飛ぶ事になる。一方で、もう片方の手に握ったナイフは、まだ無事だ。今度は、そのナイフが銀色の少女を襲う。それは、身体を横にそらして、ナイフは空を切った。しかし、トンキ族の少女もそれを予想していた、と言ったような動きを見せる。彼女は、空を切った勢いそのままに、銀色の少女の横を通り抜けると、素早く反転し、背後から銀色の少女に襲い掛かる。

 しかし、トンキ族の少女の動きが止まった。その次の瞬間、あと1ミリでも踏み込めば当たる場所に、銀色の少女の剣が通り抜けた。目を向ける事もなくやってのけた一撃に、トンキ族の少女はたまらず後退し、距離をとる。


「ふ、ふふ……」


 トンキ族の少女は、尚も不気味に笑うと、再びナイフを腰から取り出した。

 そして、それを投げ飛ばす。狙ったのは、銀色の少女でも、オレでもない。辺りの焚き火と、松明だ。ナイフが命中したそれらは、辺りに飛び散ってしまう。しかし、明かりが消えた訳ではない。それでも、時間の問題だ。燃料を失った炎は、すぐに消えてしまうだろう。


「アイツたぶん、夜目がきくぞ。暗闇にまぎれられたら、厄介だ」

「分かっている」

「暗闇の中には、こわぁい化物がいる。ふふ……その化物をみたら、セレス様もきっと、泣いて、泣き喚いて、おしっこを漏らして、懇願する。楽しみぃ」

「面白い。その化物とやらに、会わせてみろ」

「……ふふ」


 突然、ナイフが宙を舞い、トンキ族の少女の周りにふわふわ浮いて、集まった。先ほどから、彼女が投げ捨てたナイフに、銀色の少女が弾き飛ばしたナイフも含まれる。


「……レアードベル使いか」


 それは、自らの武器を、手で握ることなく操って戦う者の事を言う。具体的に、剣や槍を、まるでそれぞれが生きているかのように、四方八方から敵に襲わせ、または、盾にするなど、自由度の高い戦闘を実現させる。


「あはははははは!」


 突然の、高笑い。同時に、ナイフが襲い掛かってくる。銀色の少女は、素早く駆け出して、それを回避。予想外だったのは、オレにも向かってきたこと。ついでみたいな荒い攻撃ではあったが、慌てて銀色の少女とは反対方向に駆け出して、どうにかそれを回避する。

 銀色の少女が回避したその先。そちらに、トンキ族の少女が先回りし、ナイフで斬りかかった。しばしの、剣と剣のせめぎあいが始まる。弾き、弾かれ、高度な剣術同士の応答のし合いに、入り込む余裕はない。その間も、トンキ族の少女が操る短剣が、銀色の少女を襲う。どういう訳か分からないが、彼女はそれらに視線をやることもなく、難なくさばいている。

 その光景には、思わず見入ってしまう。見事で、隙のない、美しく、しなやかな剣さばき。


 ゲームの世界の、廃人たちを思い出す。あれくらいの動きをするヤツは、わんさかといた。オレに挑んでくる剣士たちも、あれくらいは難なくできたものだ。だが、それはゲームの中の話で、現実ではない。しかし、彼女はそのゲームの中の話を、実現させている。自分の中で、熱いものがこみ上げてきた。昔を思い出し、オレも、昔のように戦いたいという思いが、生まれる。この世界に生れ落ちて、最初に思い描いた、最強の魔道士の自分を想像する。

 だが、それは無理だ。今のオレは、か弱い。ろくな魔法も使えない、みじめな魔道士だ。


「すごい!すごい!セレス様、すごい!食べたい!美味しそう!」

「……堕ちたな。ナーヤ・メルセル。いや、あのときからお前は、本性を隠していたのか」

「あは!あはははははは!はははははは!!」

「もういい」


 銀色の少女は、若干イラだった様子で、その力を解放させる。スキルを使うつもりだ。彼女の剣が、銀色に神々しく光り輝き、辺りを照らす。


「レーヴァテイン」


 それは、昼間にオレを襲ってきたトンキ族のオスに放った、一撃と同じ物だ。剣を正面に突き出し、自らを弾丸のごとくとし突進する技だ。単純に、破壊力の高い剣技で、威力は昼間見ての通り。


「ふふ」


 結果からいうと、完全に捕らえたと思われた銀色の少女の一撃は、避けられた。

 理由は、銀色の少女がスキルを放つ直前に、トンキ族の少女がジャンプし、距離をとったから。だが、それだけでは、避けることはかなわなかった。銀色の少女の一撃は、とても早い。射線からは逃げ切れていない。

 トンキ族の少女は、猫のようなしなやかな動きで、背を反り、身体をくねらせ、空中でその一撃を回避してみせたのだ。


「ぐっ……!」


 一見すると、完全に避けたと思われた一撃。しかし、トンキ族の少女は頬から血を流した上、着地も失敗し、地面に叩きつけられる形となった。


「まさか、あの状態から反撃までしてくるとはな」


 一撃を避けられた銀色の少女も、腕に傷ができていた。大した傷ではないが、トンキ族の少女が操るナイフが、あの最中に銀色の少女を襲っていた。


「ふ、ふふふ……」


 トンキ族の少女の、怪しい笑い声と共に、辺りは暗闇に包まれた。炎が、ついに消えてしまったのだ。

 何も見えなくなってしまっては、戦いようがない。


「お、おい、まずいぞ、銀色!」

「しっ。うろたえるな。あと、音をたてるな。それと、銀色とは誰の事だ」


 暗闇の中、背後から肩を叩かれるのはさすがにびびる。どうにか、なさけない叫び声は抑える事ができたオレは、たぶん凄い。


「貴様の魔法で、辺りを照らせるか?」

「やろうと思えば、できるが、長時間は無理だ。あと、貴様じゃない」

「なら、少し静かにしていろ」


 銀色の少女は、オレの肩に手をあてたまま、感覚をとぎすまさせる。目がなれてきたことにより、すぐそこにいる銀色の少女のシルエットくらいは分かるようになっている。しかし、依然として真っ暗だ。今日は、星が出ていないのでなおさらだ。


「……すぐ、そこにいる」


 銀色の少女が、呟いた。


「分かるのか?」

「分かる。機を伺っている。いつ襲われてもいいように、準備をしておけ」


 そうは言われても、オレには、何も見えないし、何も感じない。

 格好ばかりに刀を構えるが、本当に格好だけ。何に対して構えてるのかも分からない。


「くっ……!」


 突然、背後の銀色の少女が、オレにもたれかかってきた。


「おい、どうした……?」


 片手で刀を構えたまま、今にも倒れてしまいそうな銀色の少女に手を貸してやる。彼女の身体は震えて発汗し、恐ろしく冷たい。明らかに普通ではない。

 毒だ──

 あの、腕に受けた傷。ナイフに、毒が仕込まれていた。

 その時オレは、暗闇に飲み込まれるような感覚に襲われた。暗闇にいる化物──。

 それに、飲み込まれていく。

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